第60話 道は続いてる

 闘技場を一望できるガラス張りのVIP席にファウスト・ロメロはいた。ガラス窓に肩をもたらせながら、ミサオの戦いを見届けて微笑んでいる。


「本当に頑張ったね夢咲さん。君は本当に立派で素敵な女の子だね」


 ロメロは彼女の戦いに魅せられていた。困難に挑もうとするその気概に尊敬の念を覚えたのだ。ユリシーズの事も乱暴とは言えども、その心を癒してみせた。押さえていた優しさをミサオは外に出せたのだ。そんな素敵な感心に浸るロメロの背中に何処か侮蔑的な響きを持った女の声が投げられた。


『えーそうかなぁ?ロメオ・・・くぅん。そんな理解のある大人の男みたいな台詞はやめて欲しいんだよねぇ』


『そうそう。なんなのあの子?ドン引きなんだけど!ていうかマジで生意気じゃない?ああいう子って嫌いだな。自立した女って奴?馬鹿馬鹿しい!かわいくないのよ!』


『でも学があって普段高慢ちきな女のプライドをへし折るって言う楽しみもあるんじゃない?』


『学ねぇ…女の子にそんなのいらないでしょ!鼻につくだけ!鬱陶しいだけ!』


『それにユリシーズの心の闇を解きほぐしたのもマイナスだよねぇ…。ユリシーズ…いい感じに歪んでいたのに…ああ…台無しだよぅ…計画に支障が出たらどうするのかしらねぇ』


『それはそうだけどね。一人くらいは賢い女がいてもいいんじゃない?どうしてもパークのサキュバスたちには、秩序維持の観点から高等教育を与えられないしね。教養ある女には多少の需要があるわ』


『いる?ベットの中で難しい話をする女って必要?いらないんじゃない?』


『ハーレムにいる他の女たちを管理するという点では、重要でしょうね』


『ああ。そうだねぇ。色事はともかく雑事の管理は必要よね』


『でもイキってる女ってやっぱりかわいくないよね!果たして勇者様・・・にそんな女は愛されるのかしら?』


 ロメロが後ろを振り向くと、そこには豪奢なソファ席があった。その一つにサキュバス・エンプレスが座っている。そしてその周囲の席で様々な種類の人形とぬいぐるみたちが座っていたり跳ねまわっていた。その数は合わせて十体。それぞれがみな違う女の声を出していた。


「夢咲さんもユリシーズもあなた方のくだらない妄想に付き合う気はないと思いますよ。それだけじゃないパークにいる他の女の子たちだってあなた方の計画に付き合う義理はない。あの子たちには自分の将来を自分で決める権利があるはずです」


『そんなものは女の子にはいらないんだよ。女の子の幸せは自由意志による旅路の果てにあるものではなく、素敵な王子様に嫁入りすることにしかないのだからね』


 人形の一つがそう口にした。他の人形たちもまた同意の声をあげる。


『そうだよねぇ。女の子はやっぱり素敵なお嫁さんになるのが一番いいんだよねぇ』


『派手なパーティーでありったけ褒められながら綺麗なドレスを着てヴァージンロードを歩く。その先にいるのは素敵な王子様』


『そう、それがすべての女の子の夢。世界一強くてかっこいい王子様の花嫁になること』


『だから私たちはここに資格ある乙女たちを集めた。あの子たちはこの世界でどんな女の子たちよりも幸せになれる資格があるのよ』


 人形たちは各々何処か天上の歓びを謳う巫女のような声を出している。それがロメロにはひどく癪に障った。


「結婚は幸せの一つに過ぎません。すべてじゃない」


『でもロメオくんも結婚してるでしょ?幸せだったんでしょ?反論できるかな?』


「言ったでしょう。幸せはそれだけじゃない。結婚は愛し合う二人を繋げるための約束です。結婚そのものではないんですよ」


『でももう計画は止まらないよ。やっと2000年たった。勇者様の復活は近い。それはすなわち世界を脅かす魔王の復活も意味する。早く選別しないといけないのよ、勇者の花嫁たちを!』


『そう、そのためのパーク。サキュバスとは勇者の花嫁になる資格を持った選ばれた女の子なのだから』


『勇者様は人類を守護する存在。そしてサキュバスは人類史の縦糸。情報を孕み育み抱えて、次の時代へと紡ぎ伝える抱卵の巫女』


『サキュバスに武芸、知識、経験のコピー能力があるのはそれをすべて勇者様に捧げるため。勇者様はサキュバスたちから捧げられた力でもって、魔王を討ち滅ぼす』


『だからこそ我々枢密院は神聖リーリウム帝国を建国した。勇者様の復活の為だけにこの大陸に国家を創り上げた。すべては勇者様の復活とその花嫁たちの選別の為』


「結局あの子たちを搾取したいって事でしょう?女の子が支えないと戦えない男は勇者でも何でもないでしょうに」


『ロメオ君がそう思うのは自由だよ。でもね。それでも人々は勇者様を求めるよ。そしてそれを支える健気で美しい姫たちの物語を愛するんだ…。男は戦い、女は傷ついた男を癒す。なんて麗しいテンプレート。だから君がどんなにあがいたって無駄だよ。パークのサキュバスたちの幸せは勇者の花嫁になること以外にありえない。他の道はない』


「あなた方がどんなに強大な存在であっても…それを打ち破るものは必ず現れる」


『それがあの夢咲操ちゃんのことかな?…ククク…果たして彼女はサキュバスの天命に抗えるのかな?たかが小娘一人が粋がったってこの世界のシステムには抗えない。サキュバスは女の極致である。故に女の限界を超えることはない。いつも通りさ。女はこの社会システムに膝を必ずつく。そしてその再生産に喜んで身を捧げる。それが悦びだ。そしてあの子が戻りたいと願う人間の女の役割さ!むしろ私たちはサキュバスたちの幸せを願っているよ。勇者の花嫁。誰もが望む最高の地位だよ。女の幸せはそこにある』


 ロメロは反論しようとして口を開きかけた。だがソファに座るサキュバス・エンプレスが無言で手を挙げてロメロを制した。そして口を開く。


「枢密院の皆様。ここで議論をしても栓の無き事です。建設的ではありません。わたくしは一つ提案したいことがございます。あの夢咲操さんを花嫁最有力候補の一人として考えていただきたいのです」


『おや?それはつまり花嫁修業をさせたいってことでいいのかな?いいの?本当に?』


「はい。花嫁修業で心が折れたならば、それはそれで構わないでしょう。そして超えてくるのであれば、それはそれで結構な事でしょう?どちらにせよ、我々には花嫁たちを磨くことしかできません。実際に誰を迎え入れるかを決めるのは、勇者様の御意志です。多くの属性可能性を検討するのはいいことでしょう?もしかしたら勇者様はミサオさんのようなはねっ返りが好きかも知れません。もともと花嫁は一人とは限らないのですからね。勇者様の後宮には様々な花があった方がよろしいかと存じます」


『うむ。正論だね。…よーし、枢密院議員のみんな!久しぶりに決を取るよ!夢咲操を花嫁修業に放り込むかどうか!イエスの人は手を挙げて!』


 人形たちは各々唸ったり近くの別の人形とコソコソとお喋りしている。そして五体の人形たちが手を挙げた。

 

『お!ちょうど半分だね!ということはこの動議は枢密院議長を兼任するサキュバス・エンプレスちゃんに委ねられたね。まあ聞くまでもないか』


「はい。わたくしはこの動議を議長権限で可決いたします。夢咲操さんには今後花嫁修業を受けていただきます」


『『『『『『『『『わーパチパチパチ!』』』』』』』』』』


 人形たちはふざけ切った様子で動議の可決を承認した。


「くだらない…」


 ロメロはその馬鹿騒ぎから目を逸らして、闘技場に目を向けた。この先にある困難を思い、額にしわを寄せながら。




 そして決闘が終ってしばらくして、私の部屋にユリシーズが入り浸るようになった。


「ねぇ…ぶっちゃけ勉強の邪魔だから出て行ってくれない?」


「君は薄情な奴なのかな?ボクは君に決闘で勝ったけど、派閥に加えるのはやめてあげたんだよ?」


 そうあの決闘、判定によると私の方がギリギリ先に気絶してしまったらしい。ローラから聞いたのだが、コンマ0.5位の差だったらしい。普段戦闘慣れしていたユリシーズに軍配が上がった。すごく悔しい。だけどユリシーズは決闘での勝者として私と約束していた権利を行使するのを放棄した。その代わりに暇になると寮の私の部屋に遊びに来るようになってしまったわけだが。


「あなたが適当に遊んでるだけなら文句は言わない。でもそれはなに?リビングを完全に占拠してるのよね?腹立つわ…」


「可愛いだろ?ボクのお手製のドレスなんだ!今度のパレードに使うつもり!」


 最近のユリシーズは私の部屋でドレスをチクチクと布から縫い上げるという謎の趣味活動に没頭している。さらにひどいことに私に着させるためのタキシードみたいな服まで作っているのだ。それに必要な道具で私の部屋のリビングは取っ散らかっている。さらに言えばユリシーズが持ち込んだ寝袋まである。これが決闘に負けた者の末路である。生活環境が完全に侵略されてしまったのだ。


「パレードが終わったら、まじでこの部屋かたしなさいよ…足の踏み場もないんだからね!」


「わかってるわかってるって!ところで君の上着できたけど試着してみる?」


「ふぅ…いいわよ。でもこの間みたいな下乳見えるようなデザインはやめてね。さすがにあれは恥ずかしいからね」


「ふふふ、闘技場でおっぱい曝した女にいわれたくないなぁ」


 ユリシーズの喋り方はまたボクに戻てしまったけど、今は昔と違ってどこか柔らかい感じになっている。自然に可愛いって思えるような様子ならきっと自分を殺してないから、大丈夫だと思った。最初の決闘は惜しくも負けてしまったけども、目の前にはそれを通してできた素敵なお友達がいる。まだまさサキュバス・エンプレスには遠いけど今はこれでいいと思えた。きっと遠い道のりでも、出会った優しい人たちがいれば、きっと歩いていけるはずだから。



シーズン1完結


シーズン2へ続く!

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