第29話 護符と魔剣のありか(3)

「だそうですよ。ジュリアン」とギルバートが私の方をむいて、茶目っ気たっぷりに片目をつぶった。


 ―― 相変わらず、軽い男だな。でも、おかげで、話題を変えることができたから、助かった。


 いつもなら睨みつけるところを、少し唇の端を持ち上げてギルバートに笑いかけてみる。すると、ギルバートの深紅色の目が大きくなった。


 ―― ふっ。たまには、やりかえしてみるのもいいな。


自分の小さな悪戯に満足した私は、ギルバートからディアドーネへと視線を移した。

 

「ディア、神殿が、辺境伯なるための条件を書き記した先々代の辺境伯の遺言を持ってきたのです。一つ目は直系の成人男子であること、二つ目は魔剣の所持者であること、三つ目は認められていることというものでした」


 ディアドーネが、片方の眉を少しだけあげた。


「人の世も随分と変わったものじゃ。神に仕えるものが、まつりごとをするのか? ならば、神の恩恵に対価を要求しそうじゃ」


 私は「そうだ」とも「違う」とも言えず、苦笑いを浮かべた。神殿は、寄進料という名目で『加護水』の代金を要求し、金のないもの、飢える者たちに祈りをささげることはなくなってしまった。そんなことをどういえばいいか悩んでいると、司祭でもあるルシュディールが、大きなため息をついた。


「今まで相手を蹴落として生きてきたセルゲリオ王弟殿下に、慈悲の心があるはずもない。護符も祈りにも金がいります」

「セルゲリオ? ああ、王の弟か」

「問題は、神殿長になったセルゲリオ王弟殿下は、神殿を動かして、己の望みを叶えるために魔女を探していることです」

「王の弟が我に何を望むのだ? 王の座か? 」


「それもあるでしょうが………、一番は、……」といったところで、ルシュディールがちらりと私の方を見、そして、ディアドーネにむきなおると、硬い表情をして口をひらいた。


「……、女神の復活です」


 女神と聞いてディアドーネがおもいっきり顔をしかめた。ディアドーネの銀色の髪がふわりと浮き上がったかと思うと、ひやっとした重い魔力風がルシュデールにむかって飛んでいく。咄嗟に、ルシュディールが呪文を唱えて、自分の周りに結界をはる。ディアドーネから放たれた魔力風がルシュディールを守る結界にぶつかる。バリバリっという音と一緒に青い火花が散る。


「この塔で、あやつの名を口にするのか!」

「口にしないとわからない!」


 ディアドーネの威圧する空気に抗いながら、ルシュディールが答える。手にしている杖を強く握りしめて、魔力をためているのがはたから見てもわかる。


 ―― まずい!! 


 私は咄嗟に、両手をひろげて、ディアドーネとルシュディールの間に立った。


「二人とも落ち着いてください」

「中途半端な正義感は、誰のためにもならぬぞ。ジュリアン、お前が守ろうとしている養い子は、思い出したくもない奴の名前をわざと口にした。それも、お前のために、意図的にな。おかげで、こっちは気分がひどく悪い」


 ディアドーネが怖い顔をして私を見る。


「邪魔するな」


 ルシュディールも強い口調で私をなじると、私を押しのけて、ディアドーネの前に立った。持っていた杖の先に、乳白色の魔力の塊がある。ディアドーネがその魔力に手を伸ばそうと、一歩前に出る。


「その魔力は、謝罪か? それならば、はやくよこせ」

「謝罪ではなく、対価です」

「何を求める?」

「ランパデウムを守る力を!」


「ふん。おぬしの願いはきけぬし、その程度の魔力では全然つりあわぬ」と言いながら、ディアドーネはルシュディールの杖の上にある魔力に手を伸ばそうとする。ルシュディールは、ディアドーネが微妙に届かない場所に杖を持ち上げた。ディアドーネが、軽くジャンプしながら、魔力を取ろうと手を伸ばす。


「カール様が麗しの姫のことをセルゲリオ王弟殿下に話したとグレン様から聞きました」

「カールか。あやつは美しいものしか興味がなかったからのぉ。あやつの願いは、ランパデウムに天色の花を咲かせたいとか、雪虫を飛ばせたいとか、そんなものばかりだったぞ?」


 ―― カール叔父上も守り人だった?


 私の記憶の中にある叔父上は、長い髪をゆるく束ねて、いつも庭をふらふらと歩いていた。子どもながらにも、浮世離れた人だなという印象しかない。


「でしょうね」

「それで、何がいいたい? 人間同士の諍いは、我には関係ないことじゃ。魔力を対価に守り人の願いを聞くのが契約。おぬし達の正義がどこにむかってようが知らぬ」

「だからです。セルゲリオ王弟殿下の真の願いを知れば、貴女にとっても関係ないことではなくなる。あの人の頭の中には、女神しかいない。そのためなら、手段を選ばない。ランパデウムを焦土と化しても貴女を手に入れたいと思っています」

「そのようなことはさせぬ」

「果たしてそれが可能ですか? 貴女は塔に囚われているのに? 外の世界のことは知らないのに? ランパデウムのためと守り人が願えば、なんでも叶えてしまうのに?」

「……」

「現に、セルゲリオ王弟殿下は、クリステーヌ様を誘惑し、乳母を使って、ジュリアン様の行動を監視し、情報を操作していました」


 ――! ミーシャがセルゲリオ王弟殿下の目?!



「ふん」

「俺は、グレン様が愛したランパデウムを守りたい。ランパデウムに住む人の暮らしも、風景も。セルゲリオ王弟殿下なんかに、壊されたくない! それなのに、こいつは!!」


 非難する目つきで、ルシュディールが私を睨みつけた。


「おまえ! ジュリアンにむかって、なんてことをいうんだ!」

「いいんだ。ギルバート。司祭ルシュディールの言いたいこともわからないもない」


 片手をあげて、ギルバートを制する。

 

「私も昨日までは、辺境伯になるとは考えてこともなかった。ギルバートがなればいいとさえ思っていた。それに、正直、私には、父上ほどランパデウムに対して思い入れがないのは事実」

「……ジュリアン」

「しかし、今は違う。ディアをセルゲリオ王弟殿下には渡さない。ランパデウムもこの塔も守る。父上の遺志も踏みにじらない。私は、……、私の意思で、辺境伯になる。そのためには、力が必要です」

「ほお」


 ディアドーネが、かすかに鼻をならして笑った。


「だそうだ。養い子よ」

「……」

「もう、いいじゃろ? その魔力を渡せ。空の魔力は攻撃には向いていない。それい、安心せい。我は、ジュリアンの味方じゃ。なんせ、友じゃからな……」

「ふん」


 ルシュディールが杖をさげ、ディアドーネの目の前に乳白色の魔力の塊を持ってきた。ディアドーネは小さく古い言葉を唱える。乳白色の魔力の塊がことりと小さな魔石に代わり、ディアドーネの手の中に落ちた。ディアドーネは、にっこり笑って、その小さな魔石を口の中に入れた。


「空の魔力は、優しい味がするの……。それで、なんじゃったっけ? ジュリアンは、神殿に言われたから魔剣が欲しいのか? それなら、適当に持っていくがいい」

「……、最初はそのつもりでした。しかし、今は神殿をけん制するために、父上のような力が必要です。父上の持っていた魔剣は、レッドベアが腕にさしたまま魔の森に逃げてしまいました。どこを探せばいいのでしょう?」

「『火焔』はもうない。ファイヤードラゴンにもどった」

「え?」

 

 父上の魔剣はもうない?


「魔剣には二種類あってな。一つは強い魔力を浴びて魔力が付与された剣。もう一つは、魔物との契約で生まれた魔剣じゃ。この魔剣は、所持者が死ねば輪廻転生の輪に戻る」

「父上の魔剣は、ファイヤードラゴンと契約したものだったのですか?」

「グレンは、お前くらいの年齢の頃、魔の森で出会ったファイヤードラゴンを力でねじ伏せたらしいぞ」


 ファイヤードラゴンといえば、貴重魔物の一種で、その大きさもかなりのものだ。火をふくし、全身も厚いうろこに覆われていて、まるで、動く火山だと言われている。父上はそれをねじ伏せたのか。考えられない。

ファイヤードラゴンに対峙した自分を想像して、ごくりと唾を飲み込んだ。


「…………私にもできますか?」

「ファイヤードラゴンとやりあうのか? おぬしには、無理じゃな」


 ディアドーネが、ひらひらと手をふって答えた。


「……、それでも、私は、父上のような強い魔剣を手に入れたい」


 これでも、剣の腕は悪い方ではない。王立学院の中でも、それなりの順位に位置している。私は、右手にある剣ダコをそっと触った。


「グレンはグレン。おぬしはおぬし。身の丈にあったものを手に入れることが大切じゃよ?」

「しかし……、私は……」

「おぬしには、おぬしの良さがある。きっと、おぬしにあった魔物と契約できるじゃろう」

「それは、いつですか?」

「すぐじゃ。おぬしはランパデウムを守る決心したようだからな。ランパデウムがおぬしを助けようぞ。すべては必然。己次第。……、今日のところはもう帰れ。そして、魔剣を手に入れたら、この前の約束のタルトを持ってここに来るがいい。タルトは、美味しいからの」

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塔の中の魔女(改) 一帆 @kazuho21

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