第28話 護符と魔剣のありか(2)

 ディアドーネが服の中からたぐりよせた首飾りは、水色の魔石を中心に5つの輪が重なっていて、一番外側の輪には円錐の雫がついているチャーム。


 ディアドーネは、右手でチャームの上部を持つと、円錐の下に左手を添えた。


 「ROTSIN RANPA RU……」


 ディアドーネが、私の知らない言葉を唱え始める。


 鈴のような透き通ったディアドーネの声が、吟遊詩人の歌のように部屋の中に響き渡る。私の隣でギルバートが、息をとめて、ディアドーネの言葉を聞き漏らさまいと集中している。


 ディアドーネの長い髪が舞い上がり、外側以外の4つの輪がそれぞれぐるぐる回りだし、水色の魔石が輝き始め……。


 ―― 何度見ても、幻想的で美しい……。


 ……、円錐の雫の先から、小さな魔石が現れると、音もたてずにディアドーネの左手の中に落ちた。


「ほれ、護符用の魔石じゃ」


 そう言って、ディアドーネが私の手の中に小指の先ほどの小さな魔石を乗せた。朝焼けの空のような色の魔石は、よく見ると、魔石の中心で、赤と白と緑の筋が、くるくると渦を描いていた。


「綺麗…………」

「当然じゃ。我が作ったからの」


 ディアドーネが少し鼻を持ち上げて答える。自慢げな態度に、私も自然と笑みがこぼれてくる。父上の魔力がこもった護符をもらえるとは、考えたこともなかった。


 ―― 嬉しい。


 私は魔石がある手をぎゅっと握りしめると胸に当て、もう片方の手をそえた。


 ―― 父上、それから……。


 私はこの魔石づくりを提案してくれたルシュディールの方を見、そして、頭を下げた。


「司祭ルシュディール。ディアに護符づくりを頼んでくれて、ありがとう。私は思いつきもしなかった」

「グレン様のためにしたんだ。お前のためじゃない」


 ルシュディールはそっけない。


「それでも司祭も護符づくりのために魔力を提供してくれた」

「魔女がグレン様の最期の言葉を教えてくれたからだ」

「それでも……」

「うるさい! オレはグレン様に頼まれたんだ。お前を守るようにって。だから!」


 ルシュディールは、そう言うとそっぽを向いた。


 ―― そう簡単にはいかないか。


 私は小さくため息をついた。しかし、ルシュディールが私の護符を作るために魔力を提供してくれたことは、大きな進歩だと思うことにした。

 視線を動かして、私は、近くにいたギルバートを見た。ギルバートはルシュディールの言い方が気に入らなかったらしく、ルシュディールを睨みつけている。


「……ギルバート、ありがとう。君のおかげで素敵な護符ができそうだ」


 私は感謝の気持ちを込めて頭を下げた。


「そんな他人行儀なことはやめてくれよ。ボクはボクの意志で魔力を提供したんだ。ジュリアン。それよりも、その魔石をボクにもよく見せてくれない?」


 私はゆっくりと手をひらいた。


「本当に奇麗な魔石だ。朝方の東の空のように青色と赤色が混ざったような色あいだね。いろんな魔石を見てきたボクだけど、初めて見る。それに、この魔石の中心で渦をまいている緑色の筋はボクの思いだよね? そうだといいな」

「ギルバート……」


 ギルバートが魔石を持っている私の手をとる。


「ねえ、この魔石、首飾りにして、見せびらかさない? ボクが台座と紐を作るからさ。……、ていうか、ボク、作りたい! ジュリアンの首飾り!!」

「しかし……」

「絶対、似合うって! ね! いいだろ?」


 首をすこし傾けて、ギルバートがにっこりと笑った。ギルバートが女性にもてはやされる理由が分かるような気がする笑顔だ。今までは、この笑顔の裏の意味を考えていたけれど、その必要はないだろう。私はため息を一つつくと、ギルバートを見た。


「……仕方ない。ギルバートにまかせる」

「やったぁ! ジュリアン大好き!!」

 

 ギルバートが、突然、ぎゅっと私を抱きしめた。私は逃れようと、ギルバートの腕の中でじたばたとする。それを見て、ディアドーネがくつくつと笑い出した。


「くっくっく。ここへ二人で来た時もそうやって抱き合っておったな。……そういえば、ジュリアンは、なぜここへ来たんじゃ? 律儀にもグレンの魔石を持ってきただけか? ……、約束のタルトは持っていないようだが?」

 ディアドーネの言葉でギルバートの腕の力が弱まり、私はギルバートから抜け出すことができた。


「申し訳ありません。タルトを作るよう料理人に頼む時間がなくて、持ってこれませんでした」

「そ、そ、そうか……。それは仕方ない……」

「しかし、代わりになつめを持ってきました」

「棗? 棗……」


 棗と聞いてディアドーネががっくりと肩を落とした。


「おいしいですよ? 干して、甘く煮てあります。ひとつ、いかがですか?」


 私は、魔石をギルバートに渡すと、ポケットに入れていた瓶から棗を取り出した。


「うむ……」


 少し唇を尖らせながら、ディアドーネが手を出した。ディアドーネの手に乗せると、ディアドーネは飴色の実をしげしげを眺め、……、そして、ふうっとため息をつくと口に入れた。


「なつかしい味じゃな……」

「ディアは、棗を食べたことがあるのですか?」

「ずいぶん、昔にな。棗が好きなやつがおっての」


 ディアドーネは、棗ののせていた手をじっと見ていたが、小さく首をふった。


「ディア。棗に何か思い出でも?」


「ああ。昔、ちょっとな……」と言ったっきり、ディアドーネは私から視線をそらせて黙りこんだ。ディアドーネにしてはらしくない態度だ。


 ―― ディアに何があったのだろう?


 最初に、棗と聞いて肩を落としたのはタルトではないからだと思ってしまった自分に文句を言いたくなる。


 ―― 浅はかだった……。


 私は、何をどうすればいいのかわからなくなり、下唇をかみしめる。


 ―― 困った。どうすればいい?


 私は、助け舟を求めるように、部屋の中を見回した。ルシュディールは相変わらず怒った顔をしている。ギルバートは肩をすくめると、口を開いた。


「……、魔女様。先ほどの呪文は、とても美しいものでした。いにしえのものですか?」

「そうじゃ」


 ディアドーネが、いつもとかわらない表情にもどった。


「私に、いにしえの呪文を教えてもらうことはできますか?」

「無理じゃな。古の言葉を話すことも、魔石を生み出すことも人間にはできん」

「そうですか。それは残念です。覚えることができれば、魔石の作り放題だと思ったのですが……」


 ギルバートがふふっと笑う。つられてディアドーネが笑う。


「ギルバートは魔石を作りたいのか?」

「というより、魔石が好きなんです。魔石を集め、それを使って魔術具を作ることが趣味なんです」

「ほお? おぬしが作った魔術具とやらを見たいものじゃな」

「お見せするのはやぶさかではありませんが、差し上げるとなるとそれなりに対価をいただきますよ?」


 ギルバートが片目をつぶってみせる。


「おぬしは、我に対価を求めるのか? グレンと言い、おぬしといい、最近の人間はタチが悪い」


 今度はディアドーネがやれやれと肩をすくめる。


「そんなことありませんよ。私は魔女様に畏敬の念を抱いております」

「ほお? そうは見えんかったが?」

「それは失礼しました。これからは、見えるように努力します。魔女様」


 ギルバートが、片目をつぶって笑って見せた。


「そうそう、我らは、貴女に、魔剣のありかをうかがいに来たのです。どこに行けばいいのですか?」

「すまぬな、ギルバート。ランパデウムのことについては、守り人の問いにしか答えられぬのじゃ」

「そうですか。では、私が聞いてもダメなんですね。……、だそうですよ。ジュリアン」



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