第27話 護符と魔剣のありか(1)

 ディアドーネが、とても可愛らしく笑って手を出した。その仕草、その表情は、まるで、お菓子をねだる子どものようだ。しかし、その可愛らしい笑顔とは不釣り合いな言葉が部屋の中に響く。


「グレンの養い子と不届きもの、おぬしらの魔力もグレンの魔石と共に渡せ」

「はあぁ?」


 ディアドーネの言葉を聞いて、ルシュディールが思いっきり眉をよせた。


 本来、護符は親が子どもの無事を願って、紙でできた小さな人型に自分の魔力をこめて作る魔術具だ。護符は愛情の証であり、作る人の愛情が深ければ深いほど、護符の力は強いと言われている。


 ―― ルシュディールが嫌がるのも当然だ。


 私は、自分に言い聞かせるように小さく首をふる。


 ―― 嫌われているとは知っていたから、ルシュディールの態度にも動揺しないつもりだったのだが……。


 私は、ルシュディールの態度に落ち込んでいる自分を見つけて、自虐的に鼻を鳴らした。そして、ルシュディールから視線をそらすと、そっと隣にいるギルバートの表情を盗み見る。ギルバートは目の端を少しさげて、自分の手を閉じたり開いたりしている。

 

 ―― ギルバート……。


 ギルバートが困っていると感じた私は、ギルバートとディアドーネの間に立った。


「ディア、待ってください」

「ジュリアン、グレンの養い子がおぬしの護符を作れというから、対価を求めただけだが?」


 ディアドーネが、不思議そうに首を傾げた。私は、ゆっくりを首を振った。


「私はそれを望みません。父上の魔石は約束通り――」と言いかけたところで、「待って!」と私の言葉をさえぎるようにギルバートが私の手をひっぱった。


「ねえ、ジュリアンは護符を持っていないだろ?」


 私は聞かれたくないことを言われて、思わず目をそらした。『おかわいそうに。ジュリアン様に護符を作ってくださる方がいなくて……。誰にも愛されていないなんて……』と何度も耳元でささやかれたミーシャの声がよみがえる。私は思わず下唇を噛んだ。


「やっぱりな。エリーゼ様がジュリアンに作るとは思っていなかったけど……」


 ギルバートが自分の手で私の手をそっと包むと、私の目を覗き込んだ。


「ジュリアンは、これから魔剣を探しに行くんだろ? 魔物相手だし、護符のような魔術具で身を守るものがあったほうがいい。義父上の愛情は折り紙付きだから、絶対にジュリアンを守ってくれる」


 そこまで言ってギルバートは一端大きく息を吸い込むと、少しだけ顔を赤らめて優しく笑った。


「それにね、ボクも義父上に負けないくらいジュリアンのことが大好きなんだよ? だから、ボクにも護符を作るのを手伝わせて」

「しかし……」

「さっき、ジュリアンはボクのことを、『私が信じることができ、私のことを信じてくれる大切なたった一人の義弟』って言ってくれたよね? そして、ボクのこと守ろうとしてくれたよね? ボク、本当にすごくうれしかったんだ」


 さっきは、ディアドーネからギルバートを守ろうと必死だったから、何を口走ったかよく覚えていない。わたしは困った顔になっているに違いない。私はギルバートから視線をそらせて床を見る。


「しかし、ギルバートは、魔力を渡すことを躊躇したじゃないか」

 

 思わずギルバートを責めるような言葉を口走ってしまった。


 ―― しまった。私としたことが余計なことを……。


「ううん。そうじゃない」とギルバートが首を振って否定する。


「必要な分だけの魔力をどうやって魔女様に渡せばいいのか、どんな言葉を唱えればいいのか、考えていたんだよ。ここには、依代となる人型の紙もないし、どうするのかなって思ってさ」

「しかし……」

「ジュリアンは、もっとボクのことを信じてよ!」

「しかし……」

「あのね! ジュリアン。なんで、いつも悪い方、悪い方に考えるのかな? ボクはいつだって、ボクはいつもジュリアンの味方だって言っているじゃないか。だったら、もっとわがままを言ってもいいんだよ?」

「しかし……」

「もう、じれったい!! 魔女様、ボクの魔力も使ってください!」


 ギルバートが私から手を離して、ディアドーネに向き合う。


「不届きものにしては、よい心がけじゃ」

「不届きものではなく、ギルバートとお呼びください。魔女様」


 ギルバートが、胸に手を当て片足を引く。そして、ゆっくりと頭を下げた。それを見てディアドーネはゆっくりと唇の端をあげた。


「ギルバートか。よいだろう。して、グレンの養い子は、どうじゃ?」


 ディアドーネがルシュディールの方を見る。


「私の魔力を使っても、ジュリアン様をお守りすることはできないと思いますが?」


 ルシュディールが私から視線をそらせて言う。


「護符を作れと言い出したのはおぬしぞ? 対価を支払いたくなければ、言わなければよかったではないか」


 ディアドーネがゆっくりとルシュディールに近づいていく。


「それは、……、グレン様が、ジュリアン様のことをいつも気にかけておいでで、叶うのなら、その思いを形にして差し上げたくて……」


 珍しくルシュディールが口ごもる。


「ふん。めんどくさいやつじゃの」


 ディアドーネが肩をすくめて、ルシュディールの手の中のある父上の魔石を手に取る。


「グレンの最期の言葉はなんじゃったのだろうかのぉ……」

「?」

「グレンの魔石が、おぬしへの思いとジュリアンへの思いで揺れ動いておる。『ルシュディール、いつもお前にはお願いばかりだ。すまない』」


 父上の声だ。私は、ハッとしてディアドーネを見る。ディアドーネの青い目が、父上の魔石のように真っ赤になっている。ルシュディールも驚いたようにディアドーネを見ている。


「?!」

「『ルシュディール、囚われず自由に生きろ』」

「!!」


 ルシュディールの目が大きく開かれる。ディアドーネが古い言葉を唱えると、父上の魔石がぎゅっと濃縮されて小さな魔石に変わる。ディアドーネはそれを口の中に入れると、にっこりと笑った。反対に、ルシュディールは唇をきつく噛んで黙ってしまった。ディアドーネはそんなルシュディールに背をむけて、ギルバートに近づいた。


「さて、ギルバート、おぬしの魔力をもらおうとするかの。片手を我の手に重ねて『ルート パラノーラ』と唱えよ。そうすれば、護符を作る分だけの魔力がおぬしの手に現れよう」

「ルート パラノーラ? さっき、ジュリアンが司祭殿に聞いていた呪文と少し違う気がするが?」

「おぬしは守り人ではない。『ルート パラデーノ』は守り人が我に願いをするときに使う言葉じゃ。守り人以外の願いは聞いてやれぬ。……そうじゃった、ジュリアン、おぬしはまだ護符はいらぬと言い張るか?」


 ディアドーネが少し意地悪く私を見た。ディアドーネには、私の気持ちなんかお見通しなのかもしれない。私は小さく首を振った。


「……、ディア、わたしのために護符を作ってください」


 私は耳まで熱くなるのを感じた。


「よかろう。守り人の願い、聞くとしよう。ジュリアンもその対価に、己の魔力をさしだせよ」

「はい」


 ディアドーネがギルバートに右手を差し出した。


「では、ギルバートからもらうかの」


 ギルバートが自分の右手をディアドーネの右手の方にさしだして、『ルート パラノーラ』と唱える。


 ふわっと若草色の魔力がギルバートの手からディアドーネの手に落ち、それは小さな緑色の魔石になった。


「ほう、土の魔力か。赤い髪をしとったから火の魔力を持っておるかと思っていたが、おもしろい」


 ディアドーネはにっこり笑うと、その小さな緑色の魔石を口に入れた。


「さて、次は、ジュリアンじゃな。おぬしは『ルート パラデーノ』だぞ?」

「はい」


 私がディアドーネに『ルート パラデーノ』と唱えようと手を挙げた時、ルシュディールが、「私の魔力もお使いください」と声をかけてきた。

 見ると、持っていた杖の先に、乳白色の魔力が集まっていた。私はその魔力の色を見て息を飲む。


「空の魔力……」


 私の隣でギルバートがつぶやいたのが聞こえてきた。乳白色の魔力は普通の魔力― 火、風、土、水とは違う特別な魔力。なぜなら、乳白色の魔力を持つ人間は数少なく(領内では私の知っている限りでは、ホロス司祭長くらいだ)、治癒魔法を使うことを得意とする。


「しかし、さっき、火の魔法を使っていたが……?」

「あれは、この杖にレッドベアの魔石を隠し込んでいるからです。私が空の魔力の持ち主であることは、グレン様とウォルター、ホロス司祭長くらいしか知りません。魔女よ、私の分はこれで足りますよね?」


 ルシュディールは杖をディアドーネに向けると、白い光がディアドーネに飛んで行った。ディアドーネは、小さく古い言葉を唱える。白い光が小さな魔石に変わる。


「ふん。めんどくさいやつじゃの」


 ディアドーネは、そう言うと、白い魔石を口にいれた。


「あとは、ジュリアンじゃな」

「はい」


 私がディアドーネの手に自分の手を向けて『ルート パラデーノ』と唱える。

ふわっと淡い橙色の魔力が手からディアドーネの手に落ち、それは小さな淡い橙色の魔石になった。


「火と風の魔力か。二種類の魔力を持っているとは珍しい」

「そうなんですか? どっちつかずな魔力だと言われてきましたが……」

「そんなことはない。魔剣を手に入れれば、その良さがわかるだろう」


 ディアドーネはそう言うと、嬉しそうに淡い橙色の魔石を口に入れた。


「さて、護符を作ろうかの」

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