第26話 父上の魔石 (2)

「その炎の魔石はグレンのじゃろ? ……、しかし、いつまで抱き合っているんじゃ?」


 鈴の音のような可愛い声の持ち主を探そうと、まわりを見る。

 

 白い壁。白い床。まるで異空間にいるような非現実的な世界。


 塔の中だ。少し離れた場所にある椅子に白いワンピースをきたディアドーネが腰かけていた。ほんのり頬をピンク色に染めている。

 私は、ディアドーネの言葉を思い出して、耳がかあっと熱くなる。ギルバートの腕から逃げようともぞもぞっと体を動かすと、ギルバートは私を抱きしめる手に力を入れた。ギルバートを見上げると、ディアドーネを睨みつけている。いつも女性にはちゃらちゃらしているギルバートにしては珍しく敵意丸出しだ。

 ディアドーネは、ギルバートの敵意をするりと無視して、私の方に近寄ってきた。


 私は、それもそのはずとディアドーネの顔を見て納得する。

 ディアドーネの目は完全に、私の手にある父上の魔石にくぎ付けだった。

 ごくりとディアドーネが唾を飲み込む音さえ聞こえたような気がする。


「……、お前が義父上の魔石を要求する胡散臭い魔女か?」


 ギルバートが警戒心を全開にして、ギルバートらしくない冷たい声を出した。私を片手で抱き、抜いた剣をディアドーネに突きつけている。


「我はおぬしを呼んだ覚えはないが?」


 ディアドーネが少しいらっとした声で答える。


「ジュリアンを守ると決めている」

「今のままでは、おぬしはジュリアンを守れない」

「何っ?」


 ディアドーネは肩をすくめて、くすりと笑った。


「やれやれ、グレンといい、ジュリアンといい、おぬしといい、気が短いのは、どうかと思うぞ? ジュリアンは守り人だ。塔は守り人を傷つけることはしない。しかし、おぬしは別だ。我の敵になるならば、命はない」

「!!」

「魔剣も持っていないただの剣で、我に立ち向かおうとは愚かなものよ」


 ディアドーネが、ギルバートに右手をむけると、小さな声で古い言葉を唱え始めた。途端、ギルバートが剣を落とし、膝をついて苦しみだした。


「ディア! 待って!!」

「ん? なんじゃ? ジュリアン」


 ディアドーネが唱えるのをやめて、私の方を見てにっこりと笑った。


「ギルバートは、ディアのことも塔のことも知らず、私がここに連れてきてしまったんだ。だから……」

「……ゴホッ、ゴホッ、……ジュリ……」


 ディアドーネの攻撃から解放されたギルバートが、膝をついたまませき込んでいる。私は、慌てて、ギルバートとディアドーネの間に立つ。


「我がジュリアンを呼んだ時に、自らくっついてくるから悪いのだろう? それに、敵意を持って我の前に立った。排除してもよかろう?」


 ディアドーネが片方の眉をあげて、意地悪い表情で私を見る。


「だめだ。ギルバートは、私が信じることができ、私のことを信じてくれる大切なたった一人の義弟。これから先、私が辺境伯として生きていくには必要な存在なんだ。だから、ここに連れてきた。ギルバートのことをディアに紹介したいと思っていたんだ。一人より二人、二人より三人でいた方が、塔の中もにぎやかになっていいと思わないか? 

 ……、ギルバートはこう見えても、女の子には優しいし、いつもちゃらちゃらしている分、話も面白い。ギルバートの周りは、花が咲いたように楽しそうな笑い声が絶えないんだ。女性には、お菓子や花をよく贈り物をしているみたいだから、ディアにもきっと贈り物を用意すると思う。

 ……、それに、魔石集めが趣味で、わたしよりもずっと魔石のことも詳しいし、魔術具を作るのも得意だ。ディアと話が合うんじゃないかな? 

 ……、ただ、ギルバートも急に転移して、塔の中に来て、私を守ろうと必死になっただけで、……、その、……、だから、ギルバートの無礼を許してほしい……。姉として、辺境伯として、ディアドーネに頼みたい」


 私は必死になって、ギルバートのいいところを説明した。ディアドーネは私の説明を黙って聞いていたが、私の手の中にある父上の魔石を見て唇の端を持ち上げた。


「……、今日は、機嫌がいいからな。無礼者を許さなくもない」


 少しだけ口をとがらせて、ディアドーネが言う。


「ありがとう。ディア」


 私はディアドーネに礼を言うと、後ろに振り返り、ギルバートに手を差し出す。


「ということだ。ディアは、私達人間が太刀打ちできる存在ではない。ギルバートも無礼を謝りなさい」

「……」


 ギルバートが、困ったような嬉しいような表情を浮かべた。そして、剣をしまうと、片手を胸に当て片足をついて頭を下げた。


「…………、無礼をお許しください」

「まあ、今度、ジュリアンが言うように贈り物を持ってくるように」


 まんざらでもないような顔をして、ディアドーネがギルバートの頭を撫ぜた。


「……はい……」

 

 私はほっと胸を撫ぜおろした。


「じゃあ、その、グレンの炎の魔石を!!」


 ディアドーネが、私に両手を差し出した。その時である。突然、壁に扉が現れて、ガチャリと扉が開いた。


「??」


 私は慌てて、扉の方を見る。ルシュディールだ。ルシュディールが扉を開けて入ってきた。ディアドーネは私に聞こえるくらいの大きな舌打ちをして顔をしかめている。


「どうして?」


 私は目を大きくしてルシュディールを見る。ルシュディールは冷ややかな笑顔を浮かべたままだ。


「どうしてと聞かれますか? グレン様から鍵を渡されたのは、ジュリアン様、貴女だけではありません。もしも、貴女が箱を開けられない場合は、貴女を殺してここに来るように言われてたんです」


 私が握りしめていた魔石からチリっと熱くなったような気がする。私の隣にいるギルバートが息を飲むのがわかった。


「グレン様は、ジュリアン様のお父上ですが、それよりもなによりもランパデウム領の辺境伯でした。ランパデウムの土地を、人を守りたい、と常日頃おっしゃっていました。そのためなら、何を犠牲にしても構わない覚悟をお持ちでした」


 ルシュディールはゆっくりと私に近づくと、「魔石をこちらへ」と手を伸ばした。私は一瞬渡していいものかどうか躊躇したけれど、ルシュディールの行動には意味があるのだろうと思いなおし、ルシュディールの手に、魔石をのせた。


「……、ですから、自分の魔力くらい魔女に渡しても問題ないと笑っておられました」


 ルシュディールが今までに見たこともないような優しい顔をして、魔石を見つめている。


 ――、ルシュディールも父上のことが大好きだったんだ。


 魔石も、私の手の中にいるときよりも、その色合いをくるくる変えているような気さえする。父上とルシュディールの間にある絆のようなものにチリチリと胸が焼ける思いがしたが、ルシュディールの言葉に自分の心の狭さを痛感した。


「ですが、グレン様の魔石は、娘であるジュリアン様にも持つ権利があります。違いますか? 魔女よ?」

「……、まあなぁ……」


 ディアドーネにしては、珍しくしどろもどろに答えている。


「ウォルターの話では、グレン様には守り人代理というあいまいな地位のために契約をしたとのことでしたが?」

「グレンの奴、こき使いよったぞ? 『浄化』と『作成』の魔石を作らされた」


「『浄化』と『作成』?」とギルバートが小さな声で私に聞いた。「『水を浄化する魔術具』と『水を生み出す魔術具』のことだ」とこっそりと教える。


「しかし、この魔石は、それらの合計の対価としては多すぎるのでは?」

「……、そ、そんなことは……」

「ジュリアン様には、グレン様の契約について詳しく説明されましたか? グレン様が死んだら、グレン様の魔力をもらうとくらいしか言っていないのでは?」

「むぐぅ……。だって、グレンの魔力は美味しいかったから……」


 ディアドーネが、小さな声で答える。 


「そこで、相談です。魔女よ。グレン様の魔石を使ってジュリアン様に護符を作ってください。そのくらいは作れるのではありませんか?」


 ―― 父上の魔石で護符?


「えー。そんなのめんどくさいしぃ。我の分が減るしぃ。……なぁ、ジュリアンもそう思わんか?」

 

 ごねるディアドーネが私に同意を求める。父上の魔石で護符というルシュディールの言葉に、私は思考がついていかず固まってしまっていた。


「えっ……。わ、わ、私……」

「義父上の魔石から護符を作れるのなら、作ってほしい」


 ギルバートも珍しくルシュディールに賛同する。ディアドーネは、「むぅ……」と口をとがらせていたが、肩をすくめた。


「わかった。グレンの養い子と不届きもの、おぬしらも魔力を渡せ。それらを混ぜてジュリアンの護符を作ってやる。まあ、手間賃として、我の分ももらうがな。それで契約成立といこう」




 


 




 




 


 


 



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