第25話 父上の魔石 (1)
「ジュリアン、ここは……?」
側の庭の先にある塔へ続く門扉を開けて、月紫葛の生け垣を歩いているとギルバートが声をかけてきた。
「ボク、こんな場所があるなんて知らなかったよ」
あたりをきょろきょろして落ち着きがない。「私の秘密の遊び場だった」とも言えず、私は黙ってギルバートの前を歩く。
「当然です。ここは塔に選ばれたものしか入れない場所です。今は、守り人であるジュリアン様が一緒ですから通れますが、普段は月紫葛に囚われてしまい、気がつかないうちに追い出されるか最悪死にます」
生け垣からにゅるっとでてきた
「塔とか、守り人とか、ボクの知らないことだらけだ」
ギルバートがため息交じりに言った。ギルバートが知らなかったということは、塔のことは、秘密にされていたんだろう。
「塔には人ならざるものがおります。その人ならざるものと交渉し、ランパデウムの地を守るものが守り人です」
「辺境伯とは違うのか?」
「違う場合と同じ場合があります。辺境伯はグレン様、守り人はカール様がしたこともあります」
「カール様って、おじさま? おじさまが守り人だったのか?」
私は思わず、ルシュディールの方を振り返った。おじさまは、私が小さなころに亡くなってしまっている。いつも、北の庭で絵を描いていたことをふと思い出す。
―― おじさまはいつも、何を描いていたんだろう?
それ以上、思い出せなくて、私は小さく首をふった。
「グレン様の兄上だと聞いていますから、そういうことになりますね」
ルシュディールが興味なさそうな声で答えた。
「ところで、その守り人って具体的に何をするんだい?」
「人ならざるものの知恵を、己の魔力を対価に、授かるものと聞いています」
「義父上が魔力を使えなかったのは、そいつに渡すために貯めていたというわけか?
ジュリアンも使えなくなるのか?」
「グレン様は、別の契約をしていました。ですので、ジュリアン様が使えなくなるということはありません。それに、ジュリアン様は、魔力以外のものでも対価として使えるものを知っていらっしゃるようですし……」
ルシュディールが厭味ったらしい口調で私の方に言葉を投げた。
―― お菓子のことを言っているんだ。
確かに、ディアドーネのお土産に、棗の甘露煮を持ってきた。これは交渉に使おうと思ったものではないと言おうとしてやめる。いちいちルシュディールの言葉に反応する必要もない。
私は、ルシュディールを無視して、前を向いて歩く。もうすぐ生け垣を抜ける。塔も見えてくるはずだ。
「……、ところで、人ならざるものというのは言いにくいな。他に呼び名はないのか?」
少し黙って考えていたギルバートが口を開いた。
「グレン様は魔女と呼んでいましたが、ジュリアン様は……」
「ディア。愛称で呼んでいる。私は、彼女と友でありたいと思っている」
「ジュリアン様は相変わらず甘い」
「そうかもしれない」
ルシュディールの冷たい言葉に私は苦笑する。私のまわりの月紫葛がさわさわっと揺れる。不意に視界が開け、目の前に塔が見えた。この前と同じように、黒龍草の小さなピンク色の花が風に揺れている。私の後ろでギルバートがあっと息を飲むのが分かった。私は立ち止まって振り返った。そこには、少しむっとした顔のルシュディールと、優しい顔をして私を見ているギルバートがいた。
「もうすぐ塔に着く。ギルバート、父上はディアと『死んだら、魔石を魔女に渡す』と、約束をしていた。これは変えようがない。対価だからな」
「……いいのかい? それで……」
恋人や家族の魔石を手元に置いておく人もいる。それを言っているだろう。
私は、一瞬、考える。
―― 父上の魔石をこのまま手元に置けたら……。
目をつぶり、頭を振る。そんな考えは捨てなければと思い、無意識にため息がこぼれる。
「仕方ない。約束は約束だ。私がどうこう言える問題でもあるまい?」
私は力なく首を振った。
「……、でも、……ディアに渡す前に、私も父上の魔石に触れることくらいは許されるだろうか……」
父上に嫌われていなかったと知った今でも、魔石に触れるのはなんとなく怖い。それに、ギルバート達に今更何を言っているんだと思われているだろうと考えると後ろめたい。それでも、今触らないと絶対に後悔する。触れたいのに触れたくない。
―― でも、これ以上、後悔したくない。
そう思いなおして、私はギルバートの目をもう一度見た。ギルバートは優しく笑っている。
「構わないよ。本当なら、ジュリアンが持っているべき魔石なんだから……」
ギルバートは、首から下げていた巾着から赤い魔石を取り出して、私の手を持つと、その中にそっとのせた。
『ジュリアン……』
魔石がふるるっと揺らいで、父上の声が耳に届いたような気がする。私は、魔石をじっと見つめた。手には魔石からほんのりとしたぬくもりも伝わってくる。魔石全体が、くるりくるりと色を変える。むくげのような桃色から薔薇のような黒っぽい赤になり、ムスカリのような紫になり、目まぐるしくその色合いを変える。
やはり、炎のようだ。私は父上を氷のように冷たい人だと思っていたけど、本当は全く逆だったんだと今更思う。
「ごめんなさい……。私、ずっと勘違いをして、父上を避けてました。私に勇気があれば、違う未来があったのかも……」
今ならわかる。この魔石の温かさは、父上の愛だ。視界が涙でかすむ。
『ジュリアン……』
私の名前を呼ぶたびに、魔石が色の深みと輝きを増す。
北の庭で隠れて遊んでいたから父上に嫌われたと思っていたけれど、本当の理由は違うのかもしれない。真意を聞きたいと思っても、もう父上はいない。
『ジュリアン……』
「ごめんなさい。自分のことばかりしか見えていなくて、父上に嫌われているとずっと思っていて……」
『ジュリアン……』
父上の思いに触れて、涙が止まらない。
―― どうして、もっと早く、父上と話さなかったのだろう。
後悔が雪崩のように押し寄せてくる。私は、魔石を握りしめて立ち尽くす。
『なにをそこでぐだぐだしているのじゃ? はよ、はいってこい。グレンの魔石を持ってきたのじゃろ? しかし、今日はおまけが多いのぉ……』
その言葉に、ギルバートが剣の柄に手をかけた。途端、地面がぐにゃりと揺れた。思わず、ギルバートの腕に捕まろうと空いている方の手を伸ばした。
「転移か! ボクも一緒に行く!」
咄嗟に、ギルバートが私に手を伸ばし、自分の腕の中に私を閉じ込める。私は不意に抱きしめられて、思わず目をつぶり息を飲んだ……。
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