第24話 ウォルター視点 魔女との契約
私、ウォルターは、ジュリアン様、ギルバート様、ルシュディールが北側の庭の先にある塔へ続く門扉のむこうへ歩いていくのを見ながら、昔、初めて、この場所に来た日のことを思い出していた。
***
「兄上はこのあたりに塔に通じる道があると言っていたが、ここは月紫葛の化け物ばかりじゃないか」
グレン様がイライラした声をあげる。門扉に絡んでいる月紫葛のツルが明らかに敵意を持って、グレン様に向かってくる。グレン様は、自身の大剣―『竜の火焔』に「ルート、フォテア」とつぶやきながら魔力を込め始める。ぶぉんと大きな音をたてて、『竜の火焔』が空を切り、私とグレン様におそいかかる月紫葛が一瞬のうちに灰になる。しかし、またすぐに月紫葛のツルがグレン様の大剣を奪おうと伸びてくる。
「くそっ。きりがない」
グレン様が深紅の魔力に輝く大剣を天に向ける。
「おい! 姿を現せ!! 話がある!! 」
答えはすぐには帰ってこなかった、月紫葛のツルが私達から少し離れたところでうねうねと動いているところを見ると、カール様が言っていた塔に囚われた麗しの姫とやらは悩んでいるのかもしれない。再び、グレン様がぶぉんと大剣を縦に、横に振る。そのたびに、月紫葛は灰になり、新しいツルを伸ばす。
グレン様が大剣に一層魔力を込める。紅玉のような濃い紅色の炎がゆらゆらと揺らめく。妖しく美しく、まるで太陽のように輝く炎は、たとえようもなく美しい。
『………… 対価は?』
鈴のような軽やかな声が響いた。グレン様がにやりと笑う。
「この魔力だ」
『よかろう……』
世界がぐにゃりと回る。軽いめまいをおこしたので、きつく目をつぶって頭をふる。すると、もうそこは、見知らぬ白い部屋の中だった。グレン様は、大剣に魔力を纏わせたまま、構えている。剣先には、銀色の長い髪、青い目をした白いワンピースを着た少女がいた。子ども? カール様は麗しの姫と言っていたが……。
「兄上は麗しの姫と言っていたが……、小娘ではないか」
私と同じ感想をグレン様が口にする。
「ふん。カールを兄と呼ぶとは、おぬしは、グレンじゃな。さあ、その魔力、よこせ」
少女は、グレン様に睨まれても笑って、魔力を帯びた大剣を怖がりもせずに手をのばす。全く怯えている風には見えない。むしろその逆だ。口角をあげて笑みさえも浮かべている。それを見て、グレン様は、さっと大剣を後ろにまわした。
「その前に、話がある」
「はあ?」
少女は青い目を細めて、ほほを膨らませた。おあずけを食らった子どものようだ。
「兄上が死んだ。俺が守り人になる」
グレン様はきっぱりと言った。
「ランパデウムの守り人は塔が決めるもの。それに、もう、すでに塔は選んだ」
「誰だ? 叔父上か? クリステーヌか?」
「知らぬ。そのうち、塔にやってくるだろう」
「だめだ。俺がなる。浪費家の叔父上ではランパデウム領が潰れてしまう。クリステーヌはセルゲリオ王弟殿下の言いなりだ。俺は、領民の暮らしを守らなくてはならない。俺は、辺境伯としてこの地を守る義務がある」
「それは、人間の都合だ。我は知らぬ」
「兄上は、守り人としての務めすら怠ったのだ。領内や王国を見ようとせずに、お前を甘やかし、愛でるばかりだった」
「我は約束を守った」
少女はかすかに首をふった。
「そう暢気なことも言えない。兄上はセルゲリオ王弟殿下にお前のことを話してしまった。殿下はお前を探している。己のために利用するつもりだ」
「……」
「俺は、ランパデウムに生きるものすべてを守りたい。そのためにお前と組む。だから、おれのこの魔力を対価に、俺を守り人にしろ」
少女は、目をつぶり、考えているようだった。グレン様も瞬きもせずじっと少女を見ている。大剣に込められた魔力の炎の揺らめきが白い壁に映ったのか、壁にわずかに色を呈して揺れているようにも見える。……、どれくらいたったんだろうか。今思えば、ほんのわずかな時間だったと思うが、その時は、やけにひどく長く感じた。
「……、カールの次の守り人がここへくるまで、お前を守り人の代理として認めよう。その代わり、お前の魔力すべてを渡せ」
私はぎょっとして少女を見る。人間は己の中の魔力を全て失うと死んでしまう。それでは意味がないではないか。私は袖の下に隠しているナイフに手をかける。
「はぁ? 俺はまだ死ねない」
グレン様がぐわんと大剣をふると、赤い炎が少女に向かって真っすぐ飛んでいった。少女は涼しい顔をして、小さく古い言葉を唱える。赤い炎がことりと小さな魔石に代わる。少女はそれを拾うと、口の中に入れた。一瞬、嬉しそうにほほを緩ませたのを私は見逃さなかった。
「ふん。味は奥深いが、持ち主は浅はかだ。魔力すべてと言ったが、今すぐとはいっていない。これをやる」
少女は、石の形に握りしめていた右手を突き出すと、手を広げた。中には、青い魔石がついた指輪が入っていた。
「?」
「お前が魔力を使おうとすると、魔力はこの指輪に吸い込まれる。つまり、お前はもうこれから死ぬまで魔力を使えぬ。死んだら、この指輪とお前の魔石を我に渡せ」
「俺のために働くのなら考えてやってもいい」
「はぁ?」
「お前は古い約束に縛られ、ランパデウムを守るために守り人に知恵を授けると聞いている」
グレン様がにやりと笑った。
「ウォルター、お前の出番だ。交渉は任せる」
「はい。では、塔の……、なんとお呼びすれば?」
「好きに呼べばよい。カールは麗しの姫と言っていたぞ?」
「いや、お前は、魔女だ。俺には魔女にしか見えぬ」
グレン様は近くにあった椅子にどかりと座ると、少女からもらった指輪を眺めながら言った。
「ならば、魔女で構わぬ。呼び名など、我にはどうでもいいことだからな」
「わかりました。塔の魔女よ。グレン様の魔力量は非常に多く、……守り人の代理というあいまいな立場に対しての対価として多すぎます。カール様の魔力量から考えると、先ほどの魔力を3度で十分なはずです。なので、グレン様から魔力を奪う指輪は必要ないのでは?」
「そ、それは美味しかったから、つい……」と魔女が小さな声で言いよどむ。
「魔女がランパデウムのために身を粉にして働くのなら、俺の魔力ぐらいいくらでもやる」
「グレン様、それはいくら何でも……」
「魔力がなくても、俺は強い。魔物にも人間にも負けない」
「そ、そうですが、もしものとき……」
「くどい」とグレン様が、少女との交渉の場でありながらぐずぐずいう私を叱責した。
「セルゲリオ神殿長や教会を抑え、王国からも魔の森からも俺はこのランパデウムを守りたいのだ。そのためには魔女の力が必要だ。俺の魔力でそれが得られるのならくれてやる。そのかわり、魔女よ。俺の言うことを聞け。俺にあいつらに負けないための知恵を授けろ」
グレン様が大剣を床に振り下ろす。ガツンという大きな音を立つ。普段魔力を見ることができない私でさえ、グレン様から発せられる圧に恐ろしくて、膝をつきたくなる。それなのに、少女は口角をわずかにあげて、少し顔を傾けて困った顔をしただけだった。
「強引な奴じゃ。しかし、ランパデウムを思う気持ちは確かなのだろう。……、我も是としか言えないではないか」
「ふん。これで、契約成立だな。この指輪はお前との約束の証としてはめていよう」
その帰り道だった。塔に選ばれたものしか入れない月紫葛の生け垣から、ひょっこりと顔を出したジュリアン様を見つけたのは。
「ジュリアン……、お前が選ばれたのか……?」とグレン様がつぶやいたかと思うと、もうその時には、ジュリアン様はグレン様に殴られて宙を飛んでいた。あっという間のことだった。
「…………、ランパデウムのため、俺は、次の守り人を殺しても構わないと思っていた……。だが、ジュリアンを手にかけることはできない。できるはずもない…………」
***
塔へ続く門扉の向こうに見える月紫葛の生け垣が、ジュリアン様が通りやすいように自ら道を開けているのがわかる。ツルも葉もふわふわと喜んでいるようにさえ見える。あの時の、敵意むき出しの月紫葛とは大違いだ。私はその違いに苦笑して、ちいさく笑いそうになった。
さわさわっと生け垣の方から風が吹いてきて、私の頬を撫ぜた。ヘンリッシュの香りが微かについた風。ジュリアン様を殴り飛ばした後、グレン様の何かに必死に耐える背中を見た時もこんな風が吹いていたような気がする。
「グレン様、グレン様もひどく不器用なおかただ……。やっと、ジュリアン様が貴方の気持ちに気づいたというのに、もういらっしゃらないなんて……」
『……そんなこと、お前に言われたくないぞ』
「え? グレン様??」
私は、グレン様の声が聞こえたような気がしてあたりを見渡す。
『お前にはちゃんと未来を見届けて俺に報告する義務がある。頼んだぞ……』
「グレン様? まだ、そこにいらっしゃるのですか?」
私も塔に通じる門扉の中に入ろうと駆けだした。しかし、非情にも、門扉は私の前で閉じてしまい、押しても引いても動かない。叩いても、蹴ってもだめだ。塔は私を受け入れてくれる気はないのだろう。しかし、塔が見せた幻は、確かに私に希望をくれた…………。
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