第23話 神殿の思惑 (2)


「神殿は魔女を探しています」

「何のために?」

「決まっているではありませんか。己のためです」


 さも当然のように、ルシュディールが言う。

 

 ―― 己のため? 

 ―― 人の救うのが神殿のはずなのに……。


 ここ数年、作物の育ちが悪いせいか、女神の加護が薄れたせいか、風の月になっても、ランパデウム領をはじめアウス王国のあちこちで魔物が現れる。魔物は家畜を襲うし、農作物を荒らす。王国の民の暮らしが日に日に悪くなっていくことは、内政にかかわっていない私でもわかった。それなのに、神殿は、人々に寄進料という名目で『加護水』の代金を要求し続けてきた。

 

 ―― それで人を救っていると言える?


 父上の開発した、『水を浄化する魔術具』が普及していたら、もう少し暮らしも楽になっていただろうにと思う。


 ―― 神殿は保身に走ったに違いない。


 私は、ルシュディールが机に置いた女神像を見る。ディアドーネが黒龍草こくりゅうそうの小さなピンクの花だとしたら、暁の女神は薔薇ばらか百合。

 ディアドーネとは違うすべてを包み込むような慈しむような微笑みをたたえている。


 ―― 女神はいったい誰に微笑んでいるのだろう。

 

「……、グレン様は、何年もかけて、ノーム川の水は悪しきものによって穢されている水ではなく、魔力枯渇症の原因となる物質――ラピスニウムによるものであると見つけました。そして、ラピスニウムを取り除くために、魔女の力を借りて『水を浄化する魔術具』を作り出されました。それを聞きつけた神殿長は、……」


 突然、ルシュディールが話すのをやめて机の上の女神像に杖をむけると『ルート・フォテア』と短く唱えた。音もなく女神像は燃え上がる。


「司祭ルシュディール、何を……」


 女神像は、あっという間に形もなく消えて、コロリと小さな紫色の魔石が転がった。ルシュディールは優雅にそれを拾うと、私に渡した。そして、ゆっくりと座りなおす。


 淡い紫色の魔石は、まるで、星花のような小さな五角形をしている。


 ―― 魔石? 

 ―― この大きさの魔石ということは、小さな生物?


 見たこともない色合い、形に自分の記憶を探っていると、ルシュディールの言葉が耳に届いた。


露紫蝶ツユムラサキチョウの魔石です」

  

 露紫蝶は魔の月、さくの夜、魔の森深くに現れると言われているから、その魔石を手に入れることは難しい。魔石店でも高価な魔石。


「? 露紫蝶? それがなぜ女神像に?」


 ルシュディールの向かい側に座っているギルバートが「露紫蝶ツユムラサキチョウって、それって……」と小さな声をあげて、目を大きくする。 


 ―― 露紫蝶……。何の魔法具になる?


 露紫蝶ツユムラサキチョウの魔石といえば、風の魔石に分類されて、遠くの音を拾うことができる魔法具を作ることができると習った。うまく使えば盗聴器になるとも。


「……盗聴?」


 私は、正解を求める生徒のように、語尾があがるのを自覚しながら、ルシュディールを見た。


「さっきから私の話も上の空で、ちらちらと女神像を見ているから気づいたと思ったのですが……」というと、ルシュディールはおおげさにため息をついた。


「違ったのですか?」


 ―― 他のことを考えてた。


 私は助けを求めるようにギルバートを見た

 

「……ギルバートは知っていた? 」


 ギルバートは悔しそうに首をふる。


「ボクはそれほど女神像に気を配っていなかったから、気がつかなかった……」


 ルシュディールが意地悪い笑顔をして、「お二人とも、お甘いことで……」と小さくつぶやいて薄荷茶に口をつけた。


「聞き捨てならない! お前は知っていて、持ってきたのか!」


 ギルバートが立ち上がり、ルシュディールを睨みつける。


「当然です。私もそれなりに神殿での立場がありますから、神殿長に踊らされてあげなくてはいけません」


 反対にルシュディールは涼しい顔をしている。


「じゃあ、ここでの会話は、神殿に筒抜けだというのか? やはり、お前は神殿のまわしものじゃないか!」

「はぁ……。なんという短絡的な方だ。この部屋は執務室なんですよ? 盗聴されないように魔法具が配置されているに決まっているじゃありませんか。それに、私が神殿のまわしものなら、女神像を壊すなんてしません。まあ、神殿長には、ジュリアン様が気がついて壊したと伝えますがね。それで、どうされます? ジュリアン様?」

「いや、そうやって、お前はジュリアンに取り入ろうとしているのかもしれないじゃないか!」


 ギルバートがルシュディールにかみついている。それを見ていたせいで、逆に私の気持ちは落ち着いてきた。


「ギルバート、さっきも言ったように、司祭ルシュディールはウォルターと同じで父上の側の人間。それはぶれない」


「しかし、ジュリアン……」となおも食い下がるギルバート。


「……、私たちが司祭ルシュディールやウォルターの信頼に値するかどうかはまた別の問題だけれどね。だから、まず、司祭ルシュディールとウォルターを信じようと思っている」


 私も薄荷茶を一口飲んで、あいまいに笑った。ギルバートはむすっとした顔をしたまま座り込んだ。そして、一気に薄荷茶を飲み干す。

  

「ギルバート、矛を収めてくれてありがとう。……、司祭ルシュディール、神殿が盗聴するための露紫蝶を持たせたのなら、私は、神殿を信じないし、言いなりにもならない」


 私は強い口調で言い切ると、手の中の露紫蝶の魔石をギルバートに渡した。ギルバートもうなずいている。ルシュディールは薄荷茶に口をつけて目を細めている。


「そして、『剣を持つのは男性、かまどを守るのは女性という教えをまげてまで容認するのだから、ディアドーネの居場所を教えろ。もしくは神殿長の思い通りに動かせ』とでも圧力をかけるのなら、真っ向から立ち向かう」


 ルシュディールは、私の言葉を聞き流すように、ティーカップを置いてなつめの甘露煮を一つ口に入れた。


「やはり、なつめの甘露煮は女性のための食べ物ですね。暁の女神も好んで食べられた食材の一つですから神殿でもよく口にしますが、私には少し甘すぎます。どちらかというと、なつめはお酒にした方が好きです。まあ、こればかりは神殿内でも意見が分かれてしまいますけれども。神殿の中もいろいろな考えの司祭がいますから、仕方ないことですが……」


 ―― 何がいいたい?


 私の大演説を無視したルシュディールの言葉の意味を考える。


 ―― 神殿内もいろんな考えの司祭がいる?


「そういえば、神殿長であるセルゲリオ王弟おうてい殿下はかなりの美食家だと聞いている。なつめは口になさるのか?」


 ギルバートが助け舟のように声をかけてきた。


 陛下の義理の弟であるセルゲリオ王弟が神殿長になったのは、五年前。もともと神殿長になるはずだったルーシャン王弟が急死したために神殿長になった。それまでは、王弟として内政にも参加していたし、詳しいことは知らないけれど父上や母上とも交流があった。ミーシャが私の侍女になったのもセルゲリオ王弟の紹介だったはずだ。ミーシャの顔を思い出して、胸がきりっと痛む。


なつめは口にしませんよ。甘露煮が好きなのはランパデウム領での司祭長、ホロス司祭長です。一度、甘露煮を持ってお会いすることをお勧めします」


 ―― ホロス司祭長? 


「ホロス司祭長か。よく父上と、 シャトラをしていたな。たしか、その時もなつめの甘露煮が机の上にあった。白い髭をたくわえた小さなご老人が、酒ではなくて棗をかじっているのが不思議だったから覚えている」とギルバートがつぶやいた。


 シャトラとは、王、騎士、魔法使い、馬、兵士の駒を使って、お互いの王を狙う盤上遊戯ボードゲームだ。父上とゲームをするくらいなのだから、気心が知れた仲だったのかもしれない。私は、当時のことを知っているだろうウォルターを見る。ウォルターの表情は変わらない。


「……、私もホロス司祭長に、会いに行こう。しかし、魔剣の件もある。どちらを優先した方がいい?」

「魔剣を探すことをお勧めします。ホロス司祭長も難しい立場にいるので、 訪ねていく理由が必要です」

「わかった。魔剣を探すことを最優先にしよう。明日の朝、ディアドーネを訪ねる。ギルバートと司祭ルシュディールも付き合ってほしい。ギルバートは父上の魔石を持ってきてほしい。話は以上だ」


 


 




 










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