第22話 神殿の思惑(1)


「あ、ジュリアン、おかえり!!」


 執務室の扉を開けると、満面の笑みを浮かべて立ち上がるギルバートがいた。

私に呼び戻される形で、ルッコラ村から夜通し馬を走らせ来たのに、その表情は明るい。文句の一つでも言われるかと思っていたから、ちょっと肩透かしにあった気分だ。


「呼び戻して、悪かった」

「大好きなジュリアンの頼みなんだ。叶えてあげるのが僕の望み♡」


 ギルバートが片目をつぶって見せる。チャラチャラしたギルバートの相手をする気もないので、私はそれを軽く無視してルシュディールのほうを見る。ルシュディールは、さっきの庭で見た時と違って、優し気な微笑みを浮かべている。あんなに怒っていたのに、それを微塵も感じさせないような穏やかな表情を浮かべることが出来るなんて、とんだ猫の皮をかぶった人間だ。


 このまま、さっきのことを追及して、ルシュディールを遠ざけるのは簡単だ。今までの私だったら、嫌われているのだからと言って彼から逃げただろう。でも、……と考える。それでは、今までと何も変わらない。


 私は、なるべく優雅にルシュディールに笑いかけた。 


「司祭ルシュディールも朝早くからすまない」


 私はギルバートの後ろを横切って執務机の椅子に座る。私が座ったのをみて、ギルバートが座る。


 ルシュディールは、司祭服の中から小さな女神の像を取り出すと、執務机の上に置く。そして、杖を自分に抱えるようにして頭を下げた。


「空に輝く太陽のように 女神の加護がランパデウム辺境ともにあらんことを。

ジュリアン様は、私どもが提示した条件の中で『認められていること』という条件を満たしたとお聞きしました」


 そういうと、ルシュディールも座った。


「司祭ルシュディール。私は最初に辺境伯になる条件は、三つと聞いている。

 一つ目は直系の成人男子であること 二つ目は魔剣の所持者であること 三つ目は認められていることの三つだ。私は女だから、一つ目の条件を満たしていない。それはどうなる?」

「問題ありません。神殿には神殿の思惑がございますが、先代と王家の了承がとれれば異を唱えることはしません」

「「神殿の思惑?」」


 私とギルバートの声が重なった。


「神殿は、剣を持つのは男性、かまどを守るのは女性というように、男性と女性にそれぞれの役目があると教えを説いています。ランパデウム辺境は魔物も多く生息していますから、辺境伯には魔物を倒すだけの力が必要になってきます。それらの辻褄をあわせようとして、辺境伯は男子であるべきだと言ったものがいただけです」


 ルシュディールは、そこまで言うと、笑みを深くして、杖の柄の部分を触った。


「ジュリアン様が、ランパデウム辺境伯にふさわしい振る舞いをなされば、男子だの女子だのという問題は、すぐに解決します」

「私に、魔物を倒してみせよと?」

「まあ、そういうことになりますね」

「それは、ジュリアンに対する挑戦か? だいたいお前がここにいること自体、僕は認めていないけど? 」


 黙って聞いていたギルバートが、ルシュディールを睨んだ。睨まれたルシュディールは涼しい顔をしている。そんなルシュディールの態度に腹を立てたギルバートが真眉をひそめた。


「ジュリアンも、こんな奴の言葉を信じるなんて考えられないよ。こいつ、よりにもよって、義父上が死んですぐに母さんと……」

「ギルバート。ルシュディールはウォルターと同じ父上の側の人間だ。母上や第二夫人にはつかない」

「どういう意味?」

「そのままの意味だ。ルチア、みんなに薄荷茶ミントティを。私も少し頭をすっきりさせたい」


 ルチアは黙ってうなずくと、ワゴンで三人分の薄荷茶ミントティを入れ始めた。部屋中に、薄荷の香りが立ち込める。香りは部屋の空気を変えてくれる。いぶかしげに、ルシュディールをみていたギルバートの視線も少しだけ和らぐ。

 ソーサーに、なつめの甘露煮。ディアドーネに食べさせたら、どんな顔をするだろうとふと考える。

 

 ―― すべてはおのれの心次第。


 頭の中に、ディアドーネの言葉が広がる。私は浮き立つような気持ちを押し込めるように、カップに鼻を近づけて立ち上る香りをかぐ。


「じゃあ、こいつが父上の側の人間だっていう根拠は?」

「勘?」


 私は首をすこしかしげてあいまいに笑って見せた。


「ごまかさないで教えてよ」

「司祭ルシュディールは、父上の魔石が入った箱を私やギルバートが開けられるかどうか試したかった。あまり表立って、私やギルバートに接触したくないが、結果は公にしたい。そこで、自分に近づいてきた第二夫人や母上を利用した。二人ともこれを開けられれば辺境伯になれると囁けば、嬉々として行動するだろう? 司祭が持ち出した条件は神殿の思惑で効力がないものだとすれば、そんなところかな?」


 私は、ルシュディールのほうを見る。ルシュディールはすました顔をして、薄荷茶が入っているティカップに口をつけている。


 ―― 答える気はないとうことか。


「おい! なんとか言えよ」

「おーこわ。ギルバート様も、少し薄荷茶を飲んだ方がよろしいのでは?」

「なにを!」

「ギルバート。争いたくて二人を呼んだんじゃない。私は司祭ルシュディールに、聞きたいことがたくさんある。もし、気に入らないなら、ギルバートが部屋にもどってくれてもいい」

「……」


 むうっとした顔をして、ギルバートが腕を組んだ。



「司祭ルシュディール、話をもとにもどしてもいいか?」

「構いません」

「魔剣を持っているという条件は、どう考えればいい?」

「そのままの意味です」

「でも、私は魔剣を持っていない」

「知っております。探しにいくことをお勧めいたします」


 まるで、ちょっと置きっぱなしにした本を探すような気軽さでルシュディールが答えた。


「どこへ行けばいいい?」

「私に聞きます? 聞く相手が違うと思いますが?」


 ルシュディールの眉がぴくりと動く。


「ディアドーネ?」

「そんな名前なんですか?」

「『ルート パラデーノ』というのは?」

「魔法自体はそれほど魔力を使いません。ただ、問いの難易度によって吸い取られる魔力がかわります。魔剣の場所をおおまかに聞くくらいならば、ポーションで回復可能です」

「そうか。……神殿は味方か?」

「それを私に聞きますか? 神殿は魔女を探しています」


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