第20話 ギルバート視点 風蝙蝠のピアス

 ボクは魔石がしまってある戸棚の前に立った。右から火属性、土属性、風属性、水属性と種類ごとにわけて魔石をしまってある。


「どれにしようかな……」


 ボクの独り言が部屋に響く。この部屋はボクのための部屋だ。誰もはいれないように魔法をかけてもらった。ぐちゃぐちゃになった気持ちを整理するためにボクは魔石を眺める。


 ―― 義父上ちちうえが死んだ。


 どんな魔物でも倒してしまうくらい強い人だったのに、不意に襲ってきたレッドベアにやられたと聞く。ボク達が王立学院から転移装置を使って帰ってきた時には、もう、最期の祈りを終えたルシュディールが部屋の外にいた。こともあろうか、そいつは、次の晩、母さんと腕を組みながらボクの部屋にやってきて、「この箱を開けることができたら、ギルバート様が辺境伯です」と言いやがった。


 母さんの期待の籠った目、意味ありげなルシュディールの口元。

 ボクが開けられなかった時の母さんの驚愕した顔、ルシュディールの落胆。


 いろいろ、思いだしただけでも腹が立つ。


 ―― なんで、みんな、義父上ちちうえの死を悲しまないんだ??

 ―― なんで、次の辺境伯にボクを担ぎ出そうとするんだ??

 ―― 辺境伯はジュリアンしかいないのに!


 何かを作ることで自分の気持ちを整理しよう。ボクは戸棚の中から風蝙蝠の小さな魔石を2つ手にとった。


 ―― この風蝙蝠も義父上ちちうえと、ジュリアンに似合うだろうなぁと言い合ったっけ。


 台座は金でと言ったのは義父上ちちうえだ。ボクは銀がいいと思ったけれど、今回は義父上ちちうえの要望にこたえよう。義父上ちちうえのぶきっちょな愛に気づくよう、祈りながら、ボクは金で台座づくりを始めた……。





「お前はジュリアンが好きなのか?」


 ボクが執務室に入ってきたことを気配で知った義父上ちちうえが、書類に目を通しながら唐突に聞いた。今執務室には、ボクとウォルターしかいない。

 ジュリアンと父上は仲が悪いし、母さんたちはいがみ合っている。ボクはなんて言えば正解なんだろうと考える。


「お前がジュリアンにまとわりついているという噂を聞いたぞ。王立学院で、髪型が可愛いとか、似合う薔薇を見つけたとか必要以上にスキンシップをとってるという報告も受けている」


 グシャっと義父上ちちうえが握っていた書類が潰れる。義父上の手が震えているのを見つけて、ボクは目を泳がせる。


 ―― 怒ってる? 何故?


「それは……」

「お前があちこちの令嬢に手を出しているのは知っている。それは目をつぶろう。しかし、相手がジュリアンとなれば別だ。理由をきこうじゃないか」


 ぎろりと緑の目がボクを睨みつける。嘘はつけないと直観的に思った。


「ジュリアンに、王立学院ではエリーゼ様の目はないからもっとジュリアンらしくいて欲しいと思っています。無理して男のふりをしていなくてもいいんだよって言いたいのですが、なかなか伝わらなくて……」

「それで? お前はジュリアンのことが好きなのか?」


 義父上ちちうえがいらいらしたように聞く。持っていた書類を両手で握り潰してしまった。 

 

「え?」

「だから、お前はジュリアンが好きなのかと聞いている。まどろっこしい言い訳はいらん。もし、お前がソフィアに言われてジュリアンに近づいているなら、これ以上手を出すな。次、近づいたら、お前の命はない」


 義父上ちちうえがボクの目をしっかりと見据えて、人差し指でボクを指した。ぞわっとする怖さが背中から押し寄せてくる。


「違います!!」


 思わずボクは声を荒げた。


「ボクがジュリアンに近づいているのは母さんとは関係ない!! ボクの意志だ!!」

「ほお……」


 義父上ちちうえの眉がわずかにあがった。


「ならば、お前がもし、ソフィアとジュリアン、どちらかを選ばなくてはいけないとしたら、どちらを選ぶ?」

「ジュリアンです!」


 ボクは即答した。確かに、母さんは大切だ。義父上ちちうえの兄さんである父さんが死んでこの屋敷に来てからずっと母さんと二人だった。でも、ボクはジュリアンに出会ってしまったんだ。壊れそうなくらい張りつめたまなざしの少女は、どうしようもなく美しかった。彼女を護るために死ぬのならそれでもいいと思えるくらい、ボクはジュリアンに惹かれている。でも、誰にもばれるわけにはいかない想いだということもわかっている。


「それを証明するものは?」


 意地悪い声で義父上ちちうえが聞く。義父上ちちうえの後ろに立っていたウォルターの銀色の眼鏡の縁がきらりと光る。


「ボクの命で証明します。血の契約でもなんでもします」


 ボクは、義父上ちちうえの鋭い眼をまっすぐ見て答えた。この想いはぶれない。ジュリアンのためだったら、命だっておしくない。


「もう一度聞く。お前はジュリアンのことが好きか?」

「はい。ランパデウムの地に誓って」

「ならば、もう一つ聞く。お前自身、次期辺境伯になりたいと思っているか?」

「全く思っていません。ジュリアンが正当な後継者です」

「ならば、お前は何になりたい?」

義父上ちちうえのような魔術具を開発できる研究者になりたいと思っています」


 義父上ちちうえはボクの答えにうんうんと頷くと、今までに見せたことのないような顔をして、ウォルターの方を振り返った。


「ウォルター、聞いたか? 俺の見込み通りだった」

「私は信じません。血の契約をすることをお勧めします。グレン様は本当に身内には甘すぎます」

「っはっは。そう言うな」


 義父上ちちうえが大きく笑うと、ウォルターがしかめっつらをした。ボクの方に向き直ると、指先でトントンと机を叩いた。義父上ちちうえの態度にあっけにとられ、それが何を意味するのか考えていると、義父上が口角をわずかにあげた。


「よし。ギルバート、お前のために、魔術具を研究する部屋を用意してやろう。お前以外入れないように扉に魔法をかけてやる。そのかわり、王立学院でのジュリアンの様子を逐一報告しろ」

「ジュリアンの様子を報告? ……、ジュリアンに直接聞けばいいじゃないですか……」


 義父上ちちうえはしばらく黙っていた。そして、めずらしく歯切れの悪い小さな声が聞こえてきた。


「…………もし、拒絶されたらと考えただけでも、俺は……」


 ボクが義父上ちちうえのジュリアンに対するぶきっちょな愛を理解した瞬間だった。


 それから、義父上ちちうえとボクの距離は急速に近くなった。一緒に魔石採取のためにでかけたり、領地経営の手伝いをしたり、……この屋敷に帰ってきた時は一緒にいることが多くなった。それが、ジュリアンをさらに傷つけていたとは義父上ちちうえもボクも気づかなかったけど……。





 机の上に緑色の伝書鳥が現れた。伝書鳥はボクが開発した魔術具で、届けたい人のところへ行くことが出来る魔術具だ。この伝書鳥は父上の護衛だったメービスに渡しているものだ。もし、ジュリアンに何かあったら、知らせて欲しいと頼んであった。


「ジュリアンサマ ヘンキョウハク ケッテイ」


 ―― そうか。ジュリアンはちゃんとあの箱を開けることができたんだ。


 ボクは、涙をふいて立ち上がると、出来上がったばかりの風蝙蝠のピアスをポケットに入れて、部屋をあとにした。


 

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