第11話 辺境伯と魔女(4)


「貴女は不思議な人ですね」


 私は、一つため息をつくと短剣を袖の中に戻して、警戒を解いた。少女は私と争う気はないのだ。ランパデウムを守る辺境伯は、この少女と付き合って行かなくてはいけないこともわかった。もどって、調べてみた方がよさそうだ。私はそう結論づけることにした。


「ん?」


 少女は訳が分からないと言う風に、こてんと首をかしげた。


「そうやって、小さな子どものような仕草をするが、本質は全く別のところにある。恐ろしいほどの威圧をかけてきたり、賢者のように諭したり……。不思議だ」


 僅かに少女の口角が上がる。


「父は恐らく貴女のことを全く信用していなかった。契約をむすぶことで、お互いを縛り付け、利害関係を一致させていた」


 恐らく父上はこの少女からどうしても魔術具の情報が欲しかった。だから、この少女との契約を結んだ。魔法を使わずとも辺境伯としてやっていく自信があったからだ。実際に、父の剣は騎士団から指導依頼が来るほどの腕前だった。ランパデウムを統べるにはなにも問題はなかった。それに、父上は母上も私も嫌っていたから、形見の魔石を残したいと思わなかった。だから、対価として死後に魔石を渡すことを了承した。そんなところか。


「ほお? して、ランパデウムを守るためにおぬしは我とどう付き合う? グレンはいつも、あれしろ、これしろと命令ばかりでな。本当に人使いの荒い奴だった……」


 少女はくすりと笑いながら私を見る。


 私はまだ辺境伯になったばかりの十七歳だ。辺境伯の仕事も、未来も、何もかもが手探りの状態。ここで簡単に契約することはできない。誰かに助言をもらいたいが、ここには私しかいない。それに、もどったところで、信じられるものは一人もいない。自分次第だということか。どうしたい? 私は自問する。


「……私は、貴女を何と呼べばいいのですか?」

「……そうさな……」


 少女は考えるようにあたりを見回した。私もつられてこの部屋の中を見渡す。窓も扉も何もない、真っ白な部屋。牢獄と言う言葉が似あうような寒々しい部屋。この少女はここに一人でいるのだろうか。つい、自分を彼女に重ねてしまう……。


「おぬしが入ってきた時に我も同じようなことを聞いたゆえ、答えても構わぬだろう。我はディアドーネ。塔に囚われている魔女じゃ」

「魔女?」

「まあ、グレン達は、我のことを『魔女』と呼んでおったから、魔女と言ったまでじゃがな。その前は姫、その前は聖女、その前は……なんだっだかな……忘れた。おぬしも好きに呼べばよい」


 父上だけではなくおじいさまも知っている? ということは、ディアドーネと名乗ったこの少女は100年以上、ここに閉じ込められている計算になる。やはり、この少女は人ならざるものだったのか……。


「で、どう呼ぶ? おお、そう言えば、姫と呼ばれていた時は、上げ膳据え膳の甘やかされ放題だったぞ。ゆえに姫でもよいぞ? お嬢様とかもいいぞ? あとは女王様とか?……」


 ディアドーネはわくわくした目で私を見ている。おそらく、呼び名で関係性が決まるのだろう。私はどうしたいのだろう? わかっている。幼いディアドーネの外見に惑わされている自分がいる。わかっている。私は父上のように冷徹にはなれない。わかっている。怖さを知ってしまった分、おじいさまのように甘やかすだけもできない。いろいろな感情が心の中で泡のようにぽこぽこ現れるが、ぐっと押し込む。


―― 私と同じようにディアドーネも籠の中に閉じ込められた小鳥。ディアドーネなら私をわかってくれるかもしれない。ならば……。


「『ディア』と呼んでも構わないでしょうか?」

「ん? 『ディア』とは…… くっくっくっく。構わぬぞ」


 ディアドーネが嬉しそうに笑いだした。


「しかし、愛称で呼ばれるのは、……なんだかこそばゆいな」


「ディア、ディア」とディアドーネが嬉しそうに顔をほころばせながら、口の中で転がしている。やはり、小さな子どもだ。私は、自分の選択が間違っていないことを祈りたい。


「ん? どうしたのじゃ?」

「いえ、貴女は、ずいぶん長い間ここにいるのだと思って、……」

「人にとっては長くても、我にとっては短いかもしれぬぞ?」

「それでも、一人でずっといたことには変わりませんよ」

「……」

「寂しくはないのですか?」

「寂しい? おぬしは珍しいことを聞くものじゃの……」


 ディアドーネが私から目を逸らすと壁の方をみた。


「それは問いか?」

「いいえ。ふと思っただけです。気にしないでください。それよりも、さきほど、グレン達と言いましたよね? 父は誰とここへ来ていたのですか?」

「ああ。グレンはいつも腰巾着を連れてきておった。灰色の髪で銀色の眼鏡をした愛想の悪い奴。我がいくら笑いかけても、眉一つ動かさぬ。……そういえば、最近は、黒髪の若造も連れてきておったな」


 ウォルターとルシュディールだ。ウォルターはわかる。ルシュディールが一緒とはどういう理由だろうか? 父上の信頼を得るほどのことをしたのだろうか? 父上の最後に立ち会ったのも彼だ。そして、形見の箱を持っていたのも……。野心家の司祭だ。一度、様子を探った方がいいな。私が腕組みをして考えていると、突然ディアドーネが叫んだ。


「腰巾着で思いだした! ジュリアン、グレンの魔石を持ってくるまでは、魔術具の魔石作りはせんと腰巾着に伝えよ!! ここであれこれ考えておらずに、はやく戻れ!!」

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