第10話 辺境伯と魔女(3)

「対価が必要?」

「そうじゃ。我に問うならば対価を払わねばならぬ。ここはそういう決まりだ」


 少女が私に手を出してくる。お金だろうか? 私はポケットを探る。銅貨一つ見つからない。少女は、意地悪い笑顔をはりつかせたまま首をふった。


 ―― ギルバートに貰った、ピアスか。抜け目がないな。


 仕方なくピアスに手をかけようとすると、少女は私から視線をわざとそらし明らかに落胆の顔をした。出来の悪い生徒の回答を待つ教師のようだ。……これも違うのか。私は、自分自身を見回したが、対価として渡せそうなものは何一つ持っていない。



 突然部屋に響いた声は、強くて重い声だった。例えるならば畏怖さえ感じるようなそんな威圧を含んだ声色。私は自分の中のものを引きずり出される錯覚を覚えて思わず自分の腕を抱きしめた。


 ―― 怖い!! 

 

 全身が震える。泣き出したいのを必死でこらえて、自分の腕に爪を立てて、ぎりりっと奥歯をかみしめる。怖いからといって逃げ出したくはない。私は袖口に手を入れて短剣を取り出し、片足を後ろにひいた。


 ―― 絶対的に勝てない相手でも、最後まであがいて見せる!!


 睨みつける私とは裏腹に、少女は口角をすうっと上げるとパチパチっと愛らしい瞬きをした。


「冗談じゃよ。からかっただけじゃ」


 鈴のようなかわいらしい声が耳に届く。さっきの威圧が嘘のようだ。目の前にいるのは愛くるしい少女。今度は私の方が瞬きをする。


「そんなに殺気を放たなくともよいではないか。風蝙蝠の魔石でなんとかしようと浅はかなことを考えるから、ちょっとだけ味見をしてやろうと思っただけじゃ」


 私の殺気などまったく気にせず、肩をちょっと竦めて、てへっと舌を出した。そして、ふざけた顔をしまうと、洋服の裾をきちんとなおすとにこりと笑いかけた。片手を私の方に差し出して宣誓するような仕草をとる。


「おぬしは守り人ゆえ我に問う権利と魔石を渡す義務がある」

「問う権利と魔石を渡す義務?」

「おぬし、ランパデウムの守り人とは何かも知らぬのだったな。守り人は、『ランパデウムを魔の森から守るもの。そのための知恵を我に問い、対価として己の魔力を渡すもの』」

「……辺境伯とは違う?」

「辺境伯は人間の王が決めた役職にすぎぬ。ただ、ランパデウムを守るという点では同じかもしれぬな。確かに、グレンは辺境伯でもあり守り人代理でもあったのぉ……」

「しかし、私は、『守り人』を知らない……」

「『守り人』を選ぶのは塔の意志だからな。おぬし、なんの迷いもなく月紫葛で作られた迷路のような生垣を歩いてこれたじゃろ? それが答えだ」

「しかし、私は、辺境伯のこともランパデウムのことも何も知らない……」

「これから知ればよかろう?」

「しかし……」


 少女がこほんと小さな咳払いをした。


「さっきは無理やり魔力を奪おうとしたが、普段は我の手の上で『ルート パラデーノ』と唱えればよい。火の魔法を唱えれば火が現れるように、魔石が現れるだけじゃ。知りたいことがあれば我に問えばよいぞ?」


 少女はにこにこしながら、手のひらを私に見せた。

さっきの自分の中から何かが引きずり出される感覚、あれが魔力を奪われるということだろうか? 思い出しただけでも、ぞっとする。


「ルート パラデーノ?」


 聞いたことのない呪文だ。


「ん? 試してみるか?」

「この状況で、知らない魔法を唱えるほど私は愚かではない」

「……おぬしを見ていると、グレンが初めてここに来た時を思い出すのぅ」


 なぜ、ここで父上の名前が出てくる? 私はぴりぴりと神経をとがらせた。


「?」

「グレンは、魔剣に火を纏わりつかせて入ってきよった。その時の目とそっくりじゃ」

「父は魔剣に火を纏わりつかせるだけの魔力が使えるなど、見え透いた嘘をぬかすな! ギルバートの話だと、ろうそくの火より小さな火球を出すくらいしか出来なかったはず!」


 私はぐっと短剣を持つ手に力を入れる。少女の目から父上の話を持ち出した真意を探る。


―― だめだ。読めない。


 少女は腰に手をあてて頬をぷうっと膨らませる。それから、私に聞こえるようにわざとため息をつくと、首を二、三回ふった。


「さっき、言っただろうに……。出来の悪い奴じゃな。グレンが、我が魔石を作る対価に己の魔力全てを我に渡すという契約をしたと。おぬしに嘘をついても我の益はなにもない」

「……」

「そうやって警戒心むき出しでいるところも、グレンにそっくりじゃ。親子というものは似るものなのかの……」


 二度も父とそっくりだと言われて返答に詰まる。私は父に嫌われていたのだ。そんなことを言われても心は動かない……はずだった。


「グレンが己の魔力を自由に使えなかったのは、グレンの魔力が無くならないように指輪をしておったからじゃ。死んだ時に魔力を使い果たしておると困るからな」

「あの青い魔石の指輪……」

「そうじゃ。あれは契約の証でもあり、枷でもあったのじゃ」

「しかし、何故、父は契約を……?」

「さあな。グレンの心の中まではわからん。それに、グレンはいつも怒ったような顔をしてここに来ておったからな」

「……」

「謎は解けたじゃろ? ギルバートやらにそう言って、魔石を取り返してこい」

「しかし……」

「ん? さっきから『しかし』が多い奴じゃな。過ぎ去ったことを考えても自己満足にしかならぬ。言い訳ばかりしていても何も解決にならぬ。自分がどうするべきか考えるほうが先ではないのか?」


 呆れたような顔をして少女が私を見ていた。

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