第6話 辺境伯と義理の弟(3)

「じゃ、遠慮なく!」


 ギルバートが胸元から巾着を取り出すと、その中に入っていた布で赤い魔石を包んだ。私は黙ってじっとギルバートの手元を見ていた。


「やだなぁ。ジュリアン。そんなに一生懸命見られたら恥ずかしいよ」


 ギルバートが頬に手をあててわざとくねくねと身体をくねらす。


「……くだらない三文芝居だ。どうせ、最初から、その魔石目当てでここに来たのだろう?」

「あはっ! ジュリアンは、すぐそういうんだから! 何でそう思うの?」


 ギルバートは茶目っ気たっぷりに首を少し傾けた。私は大きくため息をついた。


「風蝙蝠を使った魔術具を持ってくるあたりから怪しいと思ったが、決め手はその巾着だ。魔力が漏れないように細工がされてある。魔石をもらうつもりで来たんだったら、まどろっこしいことをせずに最初から自分の権利を主張すればよかったのに」

「うーん。ジュリアンが考えているのとはちょっと違うかなぁ。ボクは木箱の中身を知らなかったんだよ? なのに、どうして魔石をもらうつもりだって決めつけんの? ボクがこの巾着を持ち歩いているのはいつものことで、ジュリアンが知らなかっただけかもしれないのに。

 ボク、ジュリアンが辺境伯に決まったというから、お祝いを言いたくて飛んできたんだ。ジュリアンに辺境伯のお祝いをするのはボクが一番って決めてたから!」

「はぁ?」

「だって、ボク、ジュリアンのことが大好きなんだもの!」

「はぁあ?」


 私は眉を顰めてさらに大きな声をあげた。なぜ、このタイミングで『大好き』という言葉が出てくるのか、相変わらずギルバートの言うことは訳が分からない。屋敷でも学院でも、ギルバートは私を見つけると飛んでくる。側にいる侍女たちにぴりっと緊張が走るというのに、お構いなしに喋りかけてくる。『今日の髪型はさらっさらだね』とか『ジュリアンの瞳と同じ色の薔薇を見つけた』とか。そんなことを言われて喜ぶのは令嬢だけだというのに、本当に空気が読めていない。


「そんな毛虫を見るような冷たい目をしないでよ」

「されるようなことを言うからだ」


 私はギルバートを追い出そうと席を立った。それなのに、ギルバートは席を立たない。逆に部屋の中をキョロキョロ見回している。私は仕方なく席に座りなおした。


「……ねぇ、ジュリアン。この赤い魔石の正当な持ち主はジュリアンなんだよ? そりゃ、ボクも義理の息子って立場にいるけど血も繋がっていないし、義父上の関心は……おっと、これは言わない約束だったっけ」


 ギルバートが部屋の中を見渡しながら少しおどけたように口を塞ぐ。父上の関心が何だったのかとても気になるけれど、聞くのが躊躇われた。


「ボクはね、義父上のことを尊敬しているし、誇りに思っている。ボクの夢は義父上が開発した水を綺麗にする装置のような人に役立つ魔術具を作ることなんだ」

「?」

「それにね、ボクは母さんの味方をするよりもジュリアンの味方をするって決めてんだ。それは義父上とも約束している」

「父上と約束?」

「ううん。こっちの話」


 ギルバートが誤魔化すようににっこりと笑った。問い詰めても答えてくれることはないだろう。ギルバートはソフィアよりも私をとるといった。ふと、意地悪い質問を思いつく。


「……ギルバート、もし、ソフィア様を追い出すって私が言ったら、どうする?」

「それって、ジュリアンの考え? それとも、エリーゼ様に言われたから?」

「……」


 ギルバートを困らせようと思っただけなのに、質問した自分が答えられなくなってしまった。ソフィアを追い出すように指示したのは母上だ。私は……どう思っているのだろう? 私が答えられずに目を泳がせていると、ギルバートが口角を少しあげてにやりと笑った。


「ジュリアンが母さんを追い出したいのなら手伝うけど、エリーゼ様に言われたからだったら邪魔するよ。ボクにとってジュリアンが一番大事だけど、母さんだってそれなりに大事だからね。ジュリアンも、もっと自分に正直に生きた方がいいと思うよ」


 ――なぜ、そんなことを言う?


 ギルバートの言葉が胸に突き刺さる。


「エリーゼ様はジュリアンを辺境伯にすればすべてを自分の掌中に収められると思っているみたいだけど……、それは無理だからジュリアンは安心していいんだよ! エリーゼ様の顔色を伺う必要なんてないんだ」

「?」

「だって、この部屋にはエリーゼ様は入れない。外には護衛が立っているし、ウォルターの目が光っている。ボクだってジュリアンが呼べば飛んでくるつもりだし。だからもう大丈夫。だから、ジュリアンは自由なんだよ!」

「自由?」

「そう。だから、自分の思うように行動していいんだ。なんたって、辺境伯なんだから!!」


 ギルバートはにやりと笑うと席を立った。


「じゃあ、義父上の赤い魔石は借りて行くね! ボクはジュリアンの味方だってこと忘れないでね!……それから、無理してそんな話し方をしなくてもいいよ。ジュリアンはジュリアンらしく……ね!」


 パタンと扉が閉まる音がする。私は、厄禍の箱だと思った父上の形見の箱を眺めた。残された指輪の青い魔石がキラリと光ったような気がする。


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