第4話 辺境伯と義理の弟(1)
遠慮がちに扉を叩く音がする。私は、木箱を隠すように手に取ると、ソファーから立ちあがった。
入ってきたのは、義理の弟のギルバートだった。自分の部屋でなにか作っていたらしく、着ている薄萌黄色のシャツから少し薬草の匂いがする。いつもはきちっと束ねている赤い髪が無造作に結ばれているところを見ると、私の話を聞いて慌ててきたようだ。
「ジュリアン、辺境伯に決まったんだって?」
深紅色の目でじっと私を見る。
「う……」
私の方が目をそらしてしまった。さっき母上がウォルターにそう言ったけれど、まだ議会も騎士団も教会も了承していない……から、まだ決まっていないんじゃないかな……? 辺境伯になる決心がつかない私はギルバートを直視できない。それなのに、ギルバートがぎゅっと私に抱きついてきた。
「おめでとう!!」
―― え?
ギルバートがにこにこと人懐っこい笑顔を浮かべて、部屋の中に入ってきた。そして、ポケットから取り出したのは、小さな緑色の魔石を組み込ませた丸い小さなピアス。
「新しい辺境伯誕生を祝って、ジュリアンに」
「もらえない。ギルバート、君に祝ってもらう理由がない」
屋敷では普段、あまり会話をしないように心掛けているというのに、扉の入り口で抱きつくなんて! 破廉恥な!! それに、立場上、贈り物をもらうわけにはいかない。私はむうっと眉を顰めた。ギルバートはいつもちゃらちゃらして軽い。王立学院でも、屋敷でも。
「そんなにそっけなくしないでよ、ジュリアン。 義理とはいえ弟がお祝いに来たんだよ。心広く対応してくれてもいいんじゃないかな?」
ギルバートは、にっこり笑って、さっさと今まで私が座っていたソファーに腰掛けた。そして、無遠慮に部屋の中を見渡す。追い返す理由も見つからず、私はため息をついた。ギルバートのことだ。私が嫌だって言ったって、居座って喋ることをやめないだろう。
「やっぱさぁ。この執務室って殺風景だよね? これからは、ここがジュリアンの部屋になるんだから、クッションとか花とか置くといいよ」
「そんな必要はない」
「そうかなぁ。真面目なのはとてもいいことだけど、息がつまるよ?」
―― そんなこと、余計なお世話だ!
「そうそう、このピアス……、実際にやってみた方がいいね。ジュリアンも座って!」
ギルバートは自分の隣をポンポンと叩いた。私は大きく首を振って、さっき母上が座っていた場所に腰掛けることにした。ギルバートの後ろを歩いて、執務机の上に後ろに隠していた木箱をさりげなく置く。ギルバートは気づいたようだったけれど、何も言わない。
私が座ると、今度はギルバートが立ち上がり私のそばに寄ってきた。そして、私の耳から黒いピアスを外すと、持ってきたピアスに付け替えた。その手際の良さに感心してしまう。
「うん。似合ってる。ジュリアンにはやはり緑がいいね。目の色と合っているし」
―― 何を言っているんだ? だからちゃらちゃらした男は!
私は睨みつけるようにギルバートを見た。ギルバートは笑ってそれを受け止めた。
「こういう時は、にっこり笑って『ありがとう』って言えばいいんだよ」
ギルバートは耳元で囁くと、自分の席に戻った。そして、私が『ありがとう』というのをわくわくするような顔をして待っている。……、私の負けだ。
「……ありがとう」
「よくできました!」
とても嬉しそうに顔を崩してギルバートが笑った。そこまで嬉しそうにされると、ちょっとだけ私の気持ちも嬉しくなる。
「そのピアスね、実は魔法具なんだ。聞きたくない話とかあるでしょ? その時は右側のピアスの魔石部分を触ってみて。リュートのような音が聞こえてくるから。それから、聞きたい内緒話の時は左側を触ってみて。廊下で扉に立っている護衛達が喋る内容くらいは聞き取れると思うよ」
「それは面白い」
「でしょ? 風蝙蝠の魔石が手に入ったから作ってみたんだ。そしたら、結構うまくいって……」
私は右側のピアスの魔石部分を触ってみた。ギルバートの声が小さくなって、耳元で風のような、リュートという弦楽器が奏でるような不思議な音がしてきた。聞いていて心地よい。もう一度触ると、音が消えて、ギルバートの声がもどってきた。
「……わかった?」
「ああ。聞いていて心地いい音色だ」
今度は左側のピアスを触った。いろんな音が大きくなって聞こえてくる。廊下を歩く靴の音、窓の外の風の音、その中にぼそぼそっと人の声があった。私はそれを聞きとろうと耳を集中させる。
『ジュリアン様にお会いしたいのですが』と聞いたことのない若い女性の声。
『帰れ。今は誰ともお会いにならない』と男性の声。
おそらく廊下の外のやり取りだろう。私はピアスの性能に満足して左側のピアスに触れた。
「さすが、ジュリアン!!」
ギルバートがパチパチパチっと拍手している。
「おだてても何も出ない」
私は、ピアスを外そうと耳に手を持っていった。焦ったようにギルバートが声をかける。
「待って! ジュリアン。それは、本当にジュリアンにあげようと思って作ったんだから、もらって!」
「もらう理由がない」
「ある。それを対価にお願いがあるんだ。ボクが開けられなかった木箱の中身をみせてほしいんだ」
ギルバートは両手をテーブルにおくと、いつになく真面目な顔をして頭をさげた。
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