オレンジと青
増田朋美
オレンジと青
オレンジと青
その日は、11月というのに、なぜか半そででいても平気なくらい、暑い日だった。テレビではえらい人たちが、もうこれ以上異常事態が続けば、地球は大変だと討論し続けているが、一般の人たちは、そんなことに従っているほど、余裕がないのが、現実と言えるかもしれない。本当は其れはいけないんだろうけど、生活してくためには、こうするしかないと言って、無理やり生きている人もいるのかもしれない。
そんな中、環境問題関係なく、製鉄所では、問題を抱えた利用者たちが、勉強したり、仕事したりするために、毎日通ったり、住み込みで暮らしたりしているのだが、最近は、どうも様子が違うらしい。「こんにちは。」
と、花村さんが、インターフォンのない、製鉄所の玄関を開けると、ジョチさんが、はいどうぞと言って、応答した。確かに、応答にきたのは、理事長をしている、ジョチさんであることに間違いないのだが。
「あれ、理事長さんどうしたんですか、その腕の傷。」
と、花村さんは、心配そうに言った。というのはジョチさんが、右腕を怪我して、包帯を巻いていたのであった。
「いや、大したことありません。利用者が、僕に刃物で切り付けました。それだけの事です。」
いつも通り、強気なセリフをいうジョチさんは、口調こそいつもと変わらなかったけれど、
「ちょっとお疲れではないのですか。」
と、花村さんが言いたくなるほど、一寸つかれた顔をしている。
「はあ、また素行の悪い利用者が現れましたか。まあ、頻度は少ないんですけど、そういうひとが出るんですよね。大体、一年に一度くらいでしょうか。」
花村さんは一般的なことを言った。確かに、そういう風に、暴力的な利用者が、たまに現れることもあるのだが、、、。
「ええ、一年に一度は、確かに現れます。でも、今回はね、まあ、大嵐。今年は、よくわからない感染症が流行していますけど、僕たちも、彼に関しては、どういうアプローチで接して行ったらいいのかよくわからないで困っております。」
ジョチさんは、にこやかにわらった。
「そうですか。一体何歳の利用者さんなんですか。」
「ええ、中学校三年生です。このままでは進学もできないと学校の先生に言われたようで、それで親御さんと一緒にやってきました。まあ、とにかく無気力な子でしてね。勉強も碌にしようとはしませんし、かといって、何か手伝おうともしないのですよ。きっと、親御さんに、ごみのように捨てられてしまって、怒りの気持ちでもあるんでしょうが、どうしてもそこから出ようとしてくれませんでね。それで、ほかの利用者も、彼には話しかけなくなりました。多分、怖いと思っているんだと思います。」
花村さんが聞くと、ジョチさんは言った。
「僕たちが声をかけようと思えば、そうやって刃物を持って何かしてくる事もありますし。まるで、どこかのテロ組織みたいに、干渉すれば、攻撃してきますからね。」
「そうですか。其れはずいぶん大変ですね。中学校三年生とお伺いしましたが、どちらの中学校なんですか?」
と、花村さんが言う。
「ええ、あの、静岡市にある名門の私立中学校ですよ。そういうところに行くんですから、頭は悪くないと思うんですけどね。でも、それがうまくいかなかったんでしょうね。一度、自殺未遂を起してもいます。」
ジョチさんは、大きなため息をついた。
「ああ、あそこですか。なんとなくわかりますよ。あそこはかなりのスパルタ教育で有名ですからね。それに対応できる子はかなり伸びるでしょうけど、そうではない子も少なからずいますよね。彼の名は、なんというのですか?」
と、花村さんがまた聞くと、
「ええ、儀間貴君です。」
とジョチさんは答えた。
「ああそうですか。儀間というのは、沖縄によくある苗字ですね。」
花村さんは、そう相槌を打った。
「ええ、よくわかりましたね。確かに彼も沖縄県の出身です。ですが、お父様とお母さまが離婚することになって、それで、お母さまと一緒に、静岡の実家に帰ってきたそうです。沖縄と言っても那覇市ではなく、沖縄本島の最南端の田舎町だったということで。まあ確かに、都会の子に比べると、田舎の
子は、知力が落ちるという研究結果もあるようですが、そこは逆に長所にもなると学ばせることは、今の時代は、難しいですね。」
「そうですか。其れは理事長さんも大変ですね。それで、水穂さんはどうしてます?今日こちらへ参りましたのは、彼の様子を見させてもらいに来させてもらったんですけど。」
花村さんはやっと本題に入ることができた。
「ええ。そうですね。儀間貴に最初に歩み寄ったのは彼でしたが、さっそく第一の犠牲になったのも彼でした。儀間貴に殴られて、何も抵抗もできませんでした。今は、薬で眠ってますよ。」
「そうですか。」
予想通りの答えを聞くことになった花村さんは、それでは見舞いには来ないほうが良いのかなと思い直した。
「まあ、そういうことですが、短所のない人間もいますが、長所もない人間もいませんから、儀間貴の長所を早急に早く見つけて、それを何とかして引っ張り出してやることが、目下の急務だと思っています。もうね、大嵐ですけど、これも何かの試練なのかと思って、頑張らなきゃいけませんね。精神病院に閉じ込めて、体を拘束されるより、よほどいいでしょうからね。まあ、無理をしないようにやっていきますよ。」
ジョチさんは、リーダーらしくそういうことを言ったが、花村さんは、一寸心配な顔をして、
「理事長さんも、無理しないでくださいね。いくら、何十年も前の事とは言え、一度理事長さんも、お体を壊したりしているんですから。」
というと、
「ええ、僕の義理の弟もそういいますが、何も異常はございませんのでどうぞご心配なく。」
とそっけない答えが帰ってきたので、花村さんは、はいわかりましたとだけ言った。
「じゃあ、私はこれで失礼します。水穂さんに一日も早く良くなりますようにと、花村義久から連絡があったと伝えて下さい。」
花村さんは、軽く一礼して、静かに製鉄所を出ていった。それを見送った後、ジョチさんは、食堂へ戻っていった。
「理事長さん。あの、儀間貴君についてなんですが。」
と、掃除をしていた利用者が、ジョチさんに言った。
「ご飯だよと言って、呼び出しに行きましたが、部屋へ行っても何も返事もしないんです。あたし、この間の事もあって、それ以上は言うことはできませんでしたが。何でしょう、ハンガーストライキでもしているつもりですかね。」
「そうですねえ。まあ、しばらくそうしておくしかありませんね。ハンガーストライキはよほど根気のある人でないとできやしませんから。」
とジョチさんは、ため息をついてそういう事を言った。
「でも、このまま部屋に閉じこもられたら、理事長さんも困るでしょう?私、カウンセリングの先生でも探しましょうか?餅は餅屋ということもありますし。」
と、利用者にまでそういうことを言われてしまうありさまで、ジョチさんは、一寸情けないと思った。
「そうですね。確かにそのほうが、いいかもしれません。素人が下手なことをするよりも、専門家を呼んだほうがいいのかも。ただですね、応答してくれる、カウンセリングの先生が近くにいるでしょうか?」
「でも、水穂さんは、僕のような身分ではないのだから、思いを打ち明けられる人を探した方が良いと言ってましたよね。」
と、利用者が言うと、
「ええ、そうですけどね。こちらは田舎ですし、カウンセリングの先生が女性ばかりというのが問題だと思いますよ。ほら、大体カウンセリングの先生は、女性専用にしてしまうのが多いでしょ。確かに、都内とか、そういうところに行けば、男性の先生もいらっしゃいますが、」
とジョチさんは答えた。
「ええ、そうなんですけど、このままハンガーストライキが続いていけば、私も、理事長さんも困りますでしょう。多少、交通費がかかってもですよ。男性の、力のある先生を呼んでくる方が良いと思いますけどね。どうでしょう?」
「まあ確かにそうですね。ちょっと僕も調べてみます。」
と、ジョチさんは、食堂の椅子に座りなおして、大きなため息をついた。いずれにしても、自分が買収した法人は、女性が代表になっている法人ばかりで、力持ちで其れゆえにしっかりと話ができる人物がいる法人はそうはいない。こういう時になると、何も役には立たないなとジョチさんは思うのだった。
「あたし、調べてきますから。誰か有能なカウンセリングの先生をインターネットで調べてみますよ。」
と、利用者はそういうのであるが、
「そうですねえ。インターネットは、あまり信憑性があるものではないですからね。」
と、ジョチさんは、まだそれを渋っていた。
「でも、このままじゃ堂々巡りになってしまうっていったのは、理事長さんでしょ。あたしたちはそのお手伝いがしたいだけですよ。」
利用者はそういうのである。まあ確かに女性というものは、こういう時に直感的に答えを出すことができる生物らしい。理論ではなく直感で見るということは、女性のほうが優れていると思うのであるが、体力とか、そういうことは男性の方が数段上だ。そういうところをうまく分断してくれた社会もある事はあるけれど、そういう社会は、文化的な生活をして言えるわけではないと思う。
「すみません。何回もお邪魔して。でも、どうしても、お願いしたいというか、お勧めしたい方を連れてきましたので。」
ふいに玄関からそういう声が聞こえてきたので、ジョチさんも利用者も顔を見合わせた。誰だろうと思ったら、花村さんである。二人は急いで、食堂から玄関に向かった。
「善は急げと言いますが、こういう時に使うのかと思いまして、速急に彼にお話をしましたら、すぐ行きましょうということになりまして連れてきました。彼の名は。」
と、花村さんがそう説明した。確かに隣には一人の男性が立っている。
「彼が、その儀間という人を何とかしてくれるかもしれないと思ったので。」
そういう花村さんが紹介した男性は、体も小さくて、一寸ひ弱そうな人であった。そうじゃなくて、本当は体力に自信のある体育会系のひとを望んでいたのであるが其れとは、けた違いに大外れだった。
「えーと名前を紹介しますと、菅希望さんです。菅は、菅原道真の菅、希望は希望とかいてのぞみ。職業は、プサルターという楽器の講師をしています。カラーセラピーの講師でもあります。」
と、花村さんが説明するが、ちょっと頼りなさそうだなと、ジョチさんも、利用者も思ってしまったのであった。
「私が、お箏教室で共演させてもらって、知り合いました。まあ、山椒は小粒でもぴりりと辛いとおもって下さい。きっと役に立つことが在ると思います。」
花村さんがにこやかに笑ってそういうことを言うと、その菅希望さんは、帽子をとって、
「菅希望です。よろしくお願いします。」
と、頭を下げてあいさつした。確かに小柄な男性であるが、口調はしっかりしていて、きちんとした態度である。
「わかりました。確かにこちらでは、慢性的に人が足りないという症状に悩まされていますから、お手伝いしていただきましょう。」
とジョチさんは、とりあえずそういってみる。利用者が、こんなちいさな男性に何ができるんだと言いかけたが、ジョチさんはそれをやめさせた。まあ確かに、体の大きな強そうな男性ということからはかけ離れているが、何か別の事で役に立つかもしれないと思ったからだった。
「じゃあ、菅希望さん、早速ですが、おあがりいただいて、儀間貴に話しかけてもらえますでしょうかね。」
と、ジョチさんが言うと、希望さんは、すぐに靴を脱いでお邪魔しますと言って中に上がった。ジョチさんは、食堂近くの部屋に、儀間貴はいますからというと、分かりましたと言って、すぐに入っていった。
「じゃあ、あとのことは、菅さんにお任せして下さい。彼はちょっと頼りないですけど、なかなかのやり手ですから。期待してやってくださいね。」
と、花村さんはもう邪魔してはいけないと思ったのか、静かに製鉄所から出ていった。利用者とジョチさんは、一体これからどうなるのかなと思いながら、それを見送った。とりあえず、花村さんの姿が見えなくなると、ジョチさんも利用者も儀間貴のいる部屋へ行く。
「儀間貴君と言いましたね。僕は、菅希望と言います。もし、嫌じゃなかったら、顔を見せてくれないでしょうか。僕はあなたを責めたり批判したりはしませんよ。そういう人間じゃないですから。一寸、だけでいいです。顔を見せてくれませんか。」
と、希望さんは、そういうことを言っている。優しい口調であるが、大丈夫なのだろうかとジョチさんも利用者も心配していたが、儀間貴の部屋のドアが開いて、儀間貴というひとが現れる。確かに反抗的な顔つきはしているけれども、彼は決して素が悪いわけではないという表情をしていた。それでも、儀間よりも、希望さんは体が小さいのだということが、はっきりわかったので、さらに二人は心配したのであるが。
「初めまして。菅希望と言います。単なる友達と言っておきましょうか。先生でもなんでもありません。ただ、儀間君の話が聞きたいので、それをお願いしたいだけです。」
菅希望さんは、にこやかに笑ってそういうことを言った。そんな話なんかないよと儀間貴はそういうことを言い返すと思ったが、何も反応しなかった。ただ、呆然と、立っているだけであった。
「こんなところで、話していても、一寸味気ないですね。それでは、一寸外へ出てみましょうか。」
と、菅希望さんは、そういって、呆然としている儀間貴を部屋の外へ出すことに成功した。
「ゆっくり話せる場所がいいですね。そうですね、食堂へ行きましょう。」
希望さんに手を引かれて、儀間貴は食堂へ行った。その時、ひどくせき込みながら、五郎さんに肩を貸してもらいながら、水穂さんが現れる。
「水穂さん大丈夫ですか。寝ていなきゃだめだと言われたばかりでしょうが。」
と、利用者は、急いで水穂さんに言うが、
「いえ、ど、どうし、て、も、彼、の、ことが、心配で、しょう、がない、と言いますので、それで、つれて、き、ました。」
と五郎さんは申し訳なさそうに言った。ジョチさんも、水穂さんのこのふるまいにはあきれてしまったような気がしてしまうのであるが、
「ごめんなさい、どうしても心配だったので。」
と、水穂さんは、咳をしながらそういうことを言った。
「そうですか、お体が悪いのに、心配してくださってありがとうございます。良かったですね、これで、あなたも二人のひとを動かすことができたんだから。」
希望さんがそういうことを言う。
「どうですか。周りをよく見てください。こんなにたくさんの人が、あなたのことを心配してくれるんですから、あなたは、一人ぼっちではありません。だから、けっして、勘違いしないでくださいね。あなたの味方になってくれる人はこんなに大勢いるんです。みんな、あなたのことを、格子的にかけてくれている。だから、あなたが悲しむことはないんですよ。」
うまいところに視点をもっていかせるんだなとジョチさんは思った。そういう風に、視点を変えさせるのはなかなか容易ではない。大体のひとは、あなたにこれだけの人が、心配してくれているのだから、もっと応えるようないきかたをしろというだろう。其れが有害か無害か、考えもしないで。
「あなたのことは、花村さんに聞きましたが、どうしてそんなに孤独だとお思いになるのですか?」
希望さんがそういうことを聞いたため、小さくなった儀間貴は、こういうことを言う。
「だって、肝心な時に、いつもいないじゃないですか。僕、わかるんですよ。そういうことだって。みんな、僕がどうしたらいいのかわからないと正直に答えるといやそうな顔をする。」
「そうですか。其れは、なぜそう感じるのでしょう。勉強がわからないとかそういうことですか?それとも、ほかの事で疑問があるのかな?」
希望さんがそういうと、
「ええ、疑問というか、ほかのひとと自分は違うから。」
と、儀間貴は答える。
「違うって、どういうことですか?見た目が違うのかな?それとも、何か言葉が違うとか?あるいは、そうだな、生活習慣とか、そういうことが違うのですか?」
と、希望さんは、静かに話しをつづけた。
「わからないんです。でも、なんか、溶け込めないんです。学校の人たちと。学校のひとって気ぜわしくて、なんか息苦しくて。」
まあ、成文化できないのは、どの子もそうだ。できたとしても、それが、本当の真実とはかけ離れてしまっている場合もある。
「そうですか。つまり、学校になじめなかったわけですね。それを、ご家族とか、そういうひとに話したことは?」
と、希望さんが聞くと、
「ええ、親には話したけど、何も聞いてくれませんでした。そんなこと聞いている暇はないってしかられました。」
彼はそう答えた。そこは多分真実なのだろう。其れは、間違いないことは確かである。問題を起こしたきっかけは大体覚えていることが多いので。
「そうなんですか。では、もうあきらめて、親御さんに話をするのはやめて、新しい聞き手をつくっていきましょう。そうだな、その第一号は、僕が立候補してもいいですか。もちろん、あなたが僕を、聞き手として、認めてくれればの話ですが。」
と、希望さんは言った。彼つまり、儀間貴は、小さな声ではいと素直に頷いた。
「それじゃあ、僕が聞き手第一号になります。これから定期的にこっちに来ますから、色いろお話してみてくださいね。僕は、先ほどの通り、あなたの事を批判したりすることはしませんから。其れはお約束します。だから、あなたも寂しがる必要はありませんよ。」
菅希望さんは、にこやかに笑って言った。
「ありがとうございます。」
と、儀間貴はぼそりと発言した。
「ええ。ありがとうございます。こちらこそ、僕のことを信じてくれてうれしいです。じゃあ、又来ますから、楽しみに待っていて下さい。もう寂しくありませんよね。其れを、心から思っていてくださいね。」
「わかりました。」
儀間貴は、やっとそういうことを言った。
「それでは、寂しい思いはもうしないでください。」
菅希望さんは、にこやかに言うのだった。ジョチさんも、利用者もやっと儀間君が静かになってくれるかと安心したのか力が抜けて、大きなため息をついた。
「しかしなんで、そういう風に、すぐに対応をとることができたんですか?」
水穂さんが、菅希望さんにそう聞いてみると、
「いいえ、彼の服装でわかったんですよ。オレンジのTシャツに、青いズボンをはいていらしたから。其れは、悲しみのピエロとカラーセラピーでは言うんですけどね。寂しくて、大人の気を引きたいという人が、そういう色を使うんですよ。」
と、専門的な答えが返ってきた。
「やっぱり餅は餅屋ですね。」
ジョチさんは、苦笑いをしながら、思わずそういった。
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