#17 錯覚

 一瞬、現実かと錯覚するような光景。

 違う。これは、夢だと、ミミィが自覚すると、目の前の世界はどこか不安定に揺れた。


 ミミィは塔の廊下を歩いていた。

 もう捨ててしまったキツい靴を履いていて、服もお屋敷で門を磨いていた頃のもの。

 通りすがりに見た豪華な額縁の鏡には、昔のミミィが映っていた。


 すすり泣く声。

 それは幼いカルヴァにしては低く、唸り声にも似ていた。

 ミミィは微かに聞こえる声を頼りに塔を上っていく。

 人ひとりがやっと通れそうなくらいの小さな木の扉の先に、石造りの階段が続いていた。

 声はどんどんと近付いてくる。


 階段を上りきったところには、一匹の竜がいた。

 ミミィよりは大きいものの、小さな黒い竜。

 ミミィはそれがカルヴァだとすぐに分かった。

 カルヴァは身体を丸めて、ひそやかに泣いていた。

 ミミィはカルヴァの腰の辺り、鱗に覆われた肌にそっと触れた。



「……っ! だ、れ……?」


「カルヴァさま、あたしです」


「ミミィ……あ、見せないって、言ったのにね……」


「上手に竜になれたのですね、やっぱりかっこいいです」


「でも、ぼ、暴走、しちゃって……かあさまが止めてくれなかったら、あぶなかったって」


「だけど、無事だったのでしょう? 大丈夫ですよ、カルヴァさま。助けてくれる人がいるのなら、頼ることは恥ずかしいことじゃないです」



 ミミィは誰も頼りはしなかったけれど、老紳士がもう少しでもミミィの傍にいてくれたなら、きっと頼りにしていたに違いないのだ。

 もし母親がいたならば、もし父親がいたならば、彼らが導いてくれると言うのならば、それを受け入れて成長する事は、恥ずべき事ではないのだと。

 たどたどしく必死に話すミミィに、ようやくカルヴァの笑い声が聞こえた。


 大人のカルヴァは、竜神さまは見ているだろうか。

 理解してくれるだろうか、この夢を。


 もう少し誰かに頼ってもいいのだと、ミミィは、今のカルヴァにこそ言いたかった。

 自分の事だって、頼りないかもしれないけれど、頼ってくれていいのだと。

 面と向かって言うのは気恥しいし、無礼な事かもしれないと、ミミィは夢の中の幼いカルヴァにだけ、その気持ちを打ち明けるのだった。

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