#15 オルゴール

 ミミィは魔術の練習を終えて、塔に戻ろうと歩き出した。

 木々から落ちた葉っぱが、ミミィの靴に踏まれて乾いた音を立てる。

 今履いている靴は、爪先が痛くない。

 ミミィの足のサイズにぴったり合った靴だった。


 服も、靴も、貰ってしまった。

 ミミィはまだ、何も返せていないのに。


 冷たい風がミミィの頬を撫でて、ピリピリと痛む。

 カルヴァの話を聞くだけの自分が、こんなところにいてもいいのかと、赤い鼻をすすりながら歩く。

 魔術は、少し上達していた。

 いくつかの呪文を覚え、それらを発現させることも出来ている。


 それでも、ミミィには、カルヴァが夢に自分を呼ぶ事はないと思ってしまうのだった。


 まだそれほど長い時を共に過ごした訳ではないが、それでも、カルヴァが一人で成し遂げたいと思っている事は分かった。

 他者に助けを求める事は、いけない事だと。

 自分の弱さを認めてしまう事になるのだと。

 己の力が及んでいないから成し遂げられないのだと、そう考えているに違いなくて。

 きっとそれは間違っているのに、ミミィにはカルヴァを説得出来るだけの材料がなかった。


 カルヴァを助けたいと、そう思うのは、烏滸がましい事だろうか。


 そんな事を考えていると、どこからか澄んだ音が聴こえてきた。

 金属を弾くようなその音は、何かのメロディを奏でているようだった。

 ミミィには聞き覚えのないメロディだったが、耳馴染みの良い曲だった。

 それは塔の入り口の前にそっと置かれた小さな箱から鳴っていた。


 誰かの忘れ物だろうか。

 こんなところまで来られるのは、領主の関係者だろう。

 今度領主に会った時に渡してあげようと、ミミィはその小さな箱を手に取った。



「あれ、君のナカには何の曲もないのかぁ。珍しいね」


「えっ?」



 声は箱からしていた。

 ミミィがまじまじと箱を見つめると、クスクスと笑い声を漏らしてから、彼は言った。



「ぼくは魔法のオルゴール。前の持ち主はもうぼくが必要なくなったんだ。ここに置かれたのも何かの縁だと思って、新しい持ち主に出会えるまで、ぼくを預かっておくれよ」


「えーと……たぶん、大丈夫だと思うのだけど……。カルヴァさまに聞いてみますね」


「ああ、キミが主って訳じゃあないのか、ごめんね。ありがとう」



 オルゴールを抱えてカルヴァの元へ向かう。

 もう絨毯を踏むのにもだいぶ慣れた。

 ミミィはカルヴァの部屋の扉をノックし、返事を待ってから扉を開けた。


 カルヴァを見るなり、オルゴールは先程とは異なるメロディを奏だした。



「……それは」


「ああ、キミがぼくの新しい持ち主だ。キミの心が癒えるまで、ぼくはここにいるよ」



 その言葉にミミィは喜んだが、カルヴァは浮かない表情をしていた。

 オルゴールは悲しげな旋律を奏で、それは夜まで続いた。

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