#11 栞

 ミミィはそれから、カルヴァの話し相手として塔に暮らすようになった。

 塔には沢山の本があったから、カルヴァと共に居ない時には、ミミィはずっと本を読んでいた。

 初めは難しくて読めなかった文字も読めるようになって、自分の無作法さに焦ってカルヴァに頭を下げたりもした。


 塔の一階層全てを占める蔵書は膨大で、本棚のひしめきあう空間は独特の香りがした。

 高い天井、響く足音、頁を捲る音すらも空気を震わせる。



「また本を読んでいたのか」


「カルヴァさま」


「あぁ、邪魔をするつもりはないんだ。ミミィの本を読む姿は好きだ」



 カルヴァは、言葉の言い回しが独特だ。

 ミミィはまるで、自分が特別な好意を向けられているような心持ちになることがある。



「栞は使わないのか?」


「栞?」


「途中で読むのをやめた時、どこまで読んだかの目印として本に挟むものだ」


「そんな素晴らしいものがあるのですか」


「なんだ、知らなかったのか。では、私からキミに贈ろう」



 すると、カルヴァのシャツから覗く左手がメキメキと竜の物へと変わっていく。

 美しい黒の鱗が、蝋燭の灯りを飲み込んだ。

 カルヴァはその吸い込まれそうな黒い鱗を一枚剥ぎ取る。

 しゅるりとカルヴァの指先から生み出された魔力の糸が、鱗に穴を開けてリボンのように結ばれて、ミミィの手の中に落ちた。



「い、痛くないのですか……!?」


「髪の毛が抜けた程度の痛みだから気にするな。世界一丈夫な栞だ」


「使い所を間違えている気がしますが……でも、嬉しいです。大切にします」


「本をどこに置いたか分からなくなったら、トゥフォーレイ光りて示せと唱えたら、場所が分かる」


「すごい!」


「そういえば、キミに魔術の素養があるかを確かめていなかったな。今教えた呪文を唱えてごらん」



 ミミィはドキドキしながら呪文を唱えた。

 手の中の鱗が、階層全体を照らさんばかりに光り輝いて、ミミィは思わず目を瞑った。



「素養があるどころか、私との相性まで良いようだ」



 そう言ったカルヴァの表情は鱗の輝きによってミミィには良く見えなかったが、笑ったように、思えた。

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