#10 誰かさん

 ミミィの前に、カルヴァがいた。

 しかし、それは眠る前までミミィが見ていたカルヴァとは違う。

 、カルヴァの姿だった。



(これは、夢かな)



 周囲は霧に覆われ殆ど見えない。

 幼いカルヴァはどこか諦めたような表情で、足元に散らばる本のページを捲っていた。

 本には挿絵があり、男の人と竜が共に戦っているように見えるが、ミミィの位置からはぼんやりとしか見えなかった。


 ミミィが幼いカルヴァに近付くと、本を捲る手が止まり、カルヴァはミミィを見上げた。



「そこにいるのは、だれ?」


『あたしが見えるの?』


「みえない。でも、いるのはわかるよ」


『あなたは、竜神さま?』


「りゅうじんさまは、かあさま」


『ええと、あなたは、カルヴァ?』



 ミミィは記憶を辿り、紫の人が言っていた名前を出してみる。

 カルヴァはそうだよ、と頷いて、ミミィの方へと手を伸ばした。

 ミミィは思わず後ずさり、カルヴァの手の触れない距離まで離れる。



「きみは? きみばかりしっていて、ずるいよ」


「あたし? あたしは」



 ミミィ、と、答えようとして急に世界が霞む。

 視界が歪み、声が出ない。

 身体が宙に浮いたような感覚で、どっちが上でどっちが下なのか分からなくなる。


 開かれたミミィの目は、天井画を映していた。


 欠伸が一つ。

 ミミィは布団から出ると、裸足のまま部屋を出た。


 ミミィが扉を開けたのと同じタイミングで、隣の部屋の扉が開き、カルヴァが姿を現した。

 カルヴァも裸足で、どこか慌てたような表情をしていた。



「ミミィ、きみ、ボクの夢に」


「あれは竜神さまの夢だったのですか? でも、夢には認めた人しか入れないのでは……?」


「違う、あれは、害意を清める為の夢じゃない。ただの、ボク……私の、夢だ」


「ぷっ、あははは! いまさら取り繕わなくてもいいじゃあないですか!」


「む、いや、しかし……というか何故、夢に……」


「竜神さまが呼んだのではないですか?」


「そ、そうなの、だろうか……うぅむ……」



 腑に落ちない表情をしたカルヴァは、それから少しして自分とミミィの格好に気付き、慌ててメイドを呼んだ。



 ◆



「もう出掛けてもよいか」


「ダメです」


「多分今頃、楽しいことになっておるぞ」


「誰かさんのせいで、でしょう?」


「まぁそう褒めるな」


「褒めてないよ!」



 炎神の笑い声が、青空に響いていた。

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