#8 幸運

 夜が来る。

 夢を見る。


 それは当たり前の事で。

 だから、領主たちからの感謝の言葉も、耳を素通りするばかりで。

 だから、褒められた事が、こんなにも。



 彼女は私と共に夕食を食べた後、眠ってしまった。

 母の使っていた寝室へと抱えていき、使わなくなって何年経ったか知れないけれど、変わらずに綺麗なままの寝台に彼女を横たえた。


 額にかかる赤い前髪を、つ、と払う。

 伏せられた睫毛の下の瞳が、先程までずっと自分に向けられていたのだと。

 それだけでどこか気持ちが暖かくなる気がした。


 彼女と出逢えた事は、私にとっては幸運なのだろう。

 しかし彼女にとっては?


 私は彼女の気持ちを聞かないまま、彼女に魔術の素養があるかどうか確かめようとしている。


 もし彼女に戦う強さがなかったとしたら、せめて話し相手として、ここに居続けてほしいと思ってしまっている。



「随分と身勝手なことだ」



 願わくば彼女にとっても、この出逢いが幸運でありますように。


 その晩の夢の中、彼女が見守っているような気が、した。

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