#7 秋は夕暮れ

「あの、竜神さまは、ずっとひとりでこの土地を守ってくださっているのですか?」



 ミミィが自分の事を話し終えた後、カルヴァは一応、竜神の務めの事をミミィに話して聞かせた。


 ミミィの考えの及ばぬ程に長い間、目の前の男は一人で頑張っていたのかと思うと、ミミィはいてもたってもいられなくなった。

 ソファから立ち上がり、テーブルに身を乗り出して、カルヴァの頭を撫でようとする。


 咄嗟にその手を弾いたカルヴァは、困ったように眉根を寄せてミミィを見た。



「す、すまない……」


「いえ、あたしこそ、すみません……竜神さまにさわれるような人間じゃないのに……!」


「いや、それはちが……その……キミは綺麗だし、純粋で、あー、そういうことじゃなく、別に私に誰が触れようと問題ない。今のは突然の出来事に、驚いてしまっただけで」



 綺麗だ、などと言われた事のないミミィはどうにもむず痒い気持ちになったが、今はその事を気にしている時ではないのだと思い直す。



「では、竜神さまをほめてもいいですか」


「褒める……」


「はい。夢の中のお仕事がどんなに大変かは分からないですけど、でも、ずーっとひとりで頑張る大変さは分かります」



 肯定の返事の代わりに、カルヴァはそっと目を閉じ、ミミィの方へ頭を倒した。

 ミミィは優しくその頭を撫でる。


 カルヴァの喉からクルクルと獣のような声が聞えて、ミミィは少し驚いた。

 しかし、その声を発した本人の方がミミィよりも驚いていて、ミミィは思わず口元が緩む。

 それに気付いたカルヴァは、先程より優しくミミィの手を頭から離し、気まずそうに視線を逸らすのだった。



 ◆



「竜神様は、彼女を選ぶだろうか」



 領主であるシュトーラスは、書類仕事をこなしながらぽつりと呟いた。

 傍に控える執事が、カップに茶を注いで差し出しながら応える。



「どうでしょう。しかし、もう夕暮れも近い。気に入らなかったのなら、もう、塔から追い出されていてもおかしくないのではありませんか?」


「うむ、確かに。この時間まで話し込んでいるのならば、可能性はあるか」



 シュトーラスは、前に炎神と話した時の事を思い出していた。

 先代の竜神が元々居た世界には、季節というものがあって、こちらの世界での今頃を“秋“と呼ぶのだと。

 そして秋は、夕暮れ時が最も美しいらしかった。


 窓の外を見る。

 こちらの世界の夕暮れは、あちらの世界と比べて、美しかっただろうか。

 カルヴァは、自分の母親が産まれた世界を見た事があるのだろうか。



「竜神様、私は貴方の笑ったお顔が見たいだけなのですよ」



 シュトーラスは、出逢ってから今までカルヴァの笑顔を見た事がなかった。

 あの手この手で喜ばせようとしても、何も望まぬ竜神はただ首を横に振るばかりで。

 だから今、期待せずにはいられないのだ。


 ミミィが、カルヴァの笑顔を引き出してはくれないかと。

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