#3 落葉
門が開くのを初めて見た日、その夜のことだった。
ミミィは老紳士に買われた日以来初めて、屋敷へと呼び出された。
正面玄関ではなく、屋敷の裏にある小さな出入口。
扉に付いた竜のドアノッカーを鳴らせと言われていたミミィは、その通りにした。
すぐに扉が開かれ、メイドが一人顔を覗かせる。
ミミィと目が合ったメイドは、何を言うでもなく、ただ顎をしゃくっただけで屋敷の中へと行ってしまった。
ミミィはその動作の意味するところを知らなかったが、置いていかれてしまうと思い、ついて行った。
はるか昔の記憶にしかなかった屋敷の内部は、しかし記憶の通りに、それ以上に豪奢だった。
ミミィは視線があちらこちらに向かうのを懸命に堪えながら、メイドの後を追い掛けた。
案内された部屋の中には、長男がいた。
老紳士の姿は見当たらず、ミミィは緊張しながら直立不動で長男の言葉を待った。
「明日の朝、お前は領主様の元へ行くことになった。何か粗相があれば我が家の恥となる。拒絶の言葉は許されない。お前はただ、“はい“と言えばいい。分かったな」
「はい」
ミミィがそう言うと、喉の辺りが熱くなった。
手で触れると、喉元の皮膚の一部がミミズ腫れのように隆起している。
何が起きたのかと長男を見れば、もうミミィへの興味を失くしたらしい彼はメイドを呼んでいた。
声は、出なかった。
屋敷から出る直前、メイドがミミィの首にリボンを巻いた。
それは、ミミィが贈り物だという証であると共に、喉のミミズ腫れを隠すものでもあった。
いっそ、そのリボンで絞め殺してくれたら良かったのに。
ミミィは老紳士の迎えを願い、それは叶わなかった。
ミミィが夜を越す小屋までの道、散らばった落葉がガサガサと煩い。
もう、この落葉を掃除することもないのだ。
もう、あの門を磨くこともないのだ。
もう、老紳士に会うこともないのだ。
ミミィはその日、初めて枕を涙で濡らした。
初めてだらけの一日は、すきま風と共に溶けていった。
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