#2 吐息

 その日は木枯らしが吹いていた。

 ミミィの手は赤く、所々が切れて血を滲ませている。

 気にすると痛みを思い出してしまうから、ミミィは極力、手を見ないようにしていた。

 屋敷の使用人たちが、手に真っ白な軟膏を塗っているのを見たことがある。

 ミミィの手にその軟膏が塗られたことはない。

 ただ、涙の代わりに血を流すばかりである。


 相変わらず門を磨き、塀を掃除している時だった。

 ミミィの磨いた門が、開いたのだ。

 ミミィの目の前で門が開いたのは、これが初めてだった。


 遠くから馬車の音が聞こえる。

 馬の嘶きと、蹄の音。

 ミミィは暫しの間、仕事を忘れ、門を見つめていた。

 痺れる手を、指を、視界には入れないように、吐息で暖めながら。


 馬車はミミィの前を、速度を落とすこともなく通り過ぎていった。

 屋敷までの道に並ぶ木々の間に立つミミィの姿を完璧に映す漆黒の馬車。

 赤と金の車輪が高速で回転して、綺麗だった。


 ミミィは馬車に乗っている男と目が合った。

 砂埃を上げながら駆け抜けていく馬車の速度はいかほどか。

 だけれど間違いなく、目が合ったのだった。


 とても綺麗な赤色をした右の瞳。

 黒く長い前髪に隠れていた左の瞳が青空に似た色をしていたのさえ、ミミィには見えていた。


 美しい、ひとだった。


 いつの間にか棒立ちになっていたミミィの、吐息はもう、ただただ消えていくばかりだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る