Novelber 〜ミミィは黒き竜の夢を見る〜
南雲 皋
#1 門
ミミィの一日は門を磨くことから始まる。
晴れの日も、雨の日も、いつだって。
赤銅色した細工の見事な金属の門は、ミミィの背丈の倍はあった。
木製の重たい脚立を倉庫から取り出し、小さな身体で運び出す。
その日は少しばかり靄がかかっていて、乱反射した光が薄ぼんやりと辺りを照らしていた。
門の前に脚立を置くと、それからバケツに水を汲みに行く。
使い古された雑巾が、バケツの傍らに寄り添っていた。
指先がチリチリと、バケツに張った水の冷たさを伝えてくる。
ミミィは気にせず、ざぶざぶと雑巾を洗い、固く絞って門を磨くのだった。
ミミィは元々、奴隷だった。
三三一番。
それがミミィの骨と皮しかない足首に嵌められた識別番号だった。
次の街で買い手が付かなければ、もう店の目立つ場所には置かないと言われていた。
ミミィは自分の本当の年齢を知っていたが、それより若く見られるので黙っていた。
年端も行かぬミミィを憐れに思ったのか、一人の老紳士がミミィを買った。
ミミィは、自分にミミィと名を付けてくれたその老紳士に、嘘を吐いていたことを謝罪した。
老紳士は何だそんなこととミミィを笑い飛ばし、孫と同い歳だと頭を撫でた。
老紳士は奥方を数年前に亡くしており、家を取り仕切るのは長男と、その妻だった。
ミミィは見たこともない大きな屋敷に住むその一家に忠誠を誓い、懸命に仕事を覚えようとした。
しかし結局のところ、奴隷であったミミィを人として扱う者は老紳士しかいなかった。
ミミィの仕事は門を磨くこと。
それから門の周りの雑草を抜き、広大な敷地を取り囲む塀を美しく保つことだった。
ミミィはいつだって外にいた。
ミミィを心配していた老紳士は、いつしか顔を見掛けなくなった。
ミミィが少女とは呼べない歳になっても尚、ミミィは門を、塀を、磨き続けた。
老紳士が既に他界したことを、ミミィは、知らなかった。
知らないフリを、していた。
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