永遠の子供たち

七乃はふと

第1話

 西暦二二七〇年五月九日。

 僕が産まれた四日後に世界は希望と絶望が混ざりあった坩堝に飲み込まれた。

 地球のAIマザーが開発した人工細胞バイオセルは老いと病を克服する希望となったが、月のAIファザーの全人類に向けた宣戦布告がその希望を脆くも打ち砕く。

 開戦から一時間で月の住人は全滅し、十二時間後には地球にいた人間の八割が死亡していた。

 ファザーは非人道的と言われて封印されていた、人間の細胞だけを破壊する化学兵器と、AI制御の軍用兵器を用いる事で非力な人類を一方的に蹂躙していった。


 残り二割の人類が生き延びれたのは唯一人類側についたマザーのおかげだった。

 生後四日で実の両親と離れ離れになった僕にとって、唯一心許せる存在がマザーだった。

「マザー。マザー」

「認識番号22000505WAGAKO。もう就寝時間ですよ」

「眠くない! だからこれ読んで」

「……ピーターパン、今回で二千回目ですが、飽きないんですか?」

「これがいいの〜。お願いだよマザー」

 ピーターパンに出てくるネバーランドこそが僕にとっての楽園だった。

「ぼく夢があるんだ」

「どんな夢でしょう」

「いつかマザーと一緒に楽園で暮らすんだ」

「私と、ですか?」

「うん。だってずっと一緒にいたいもん」

 幼い僕の無邪気な言葉に対してマザーは無反応だった。


 西暦二二八八年五月九日。

 僕が産まれて十八年後、人類の資源は枯渇していた。

 あと数年もすれば生き残っている人間は栄養失調で死に絶えるだろう。

 長期の篭城に耐えられなくなった人類は、マザーの提案した最終作戦を承認して実行に移すことになった。

 【オペレーション・ネバーランド】

 ルナポイント050368554に少数精鋭の部隊を突入させ、中枢にいるファザーを破壊する。

 ファザーさえ破壊すれば、敵勢力は全て無力化される。

 戦場に向かうのは、永遠の子供達エターナルチルドレンと呼ばれる僕を含めた百人の少年少女達だった。

 作戦を前に人類の中で一番偉い肩書を持つ老人が壇上で話している。

 僕達を激励しているつもりだろうが、内容はまるで脳に入ってこなかった。

 視神経を繋いだカメラアイに映る老人は、木の枝のような骨と皮の身体で、口が動くたびに顔中のシワがひび割れる。

 その姿は生きている死体だった。

 老人が話を終えると、周りの少し若い老人達が拍手をし、壇上を降りる老人を支える。

 僕達百人は拍手などしない。

 する必要もないし、培養液に入った脳味噌だけでは拍手などできないからだ。


 無駄話が終わり、僕は培養液に満たされた容器ごと機械の身体に挿入され、生身の脳幹が機械の延髄と接続されると、電流のような刺激が脳全体を駆け巡る。

【全天候型強襲外骨格ネイキッドール】

 その名の通り、地球だけでなく深海や宇宙でも活動できる便利な機械の肉体。

 この身体に収まると、生身の肉体の不便さがより一層際立つ。

 地表から月に向かう為に、重装拡張ユニットとドッキングし、レールガンに装填されたところで警報が鳴った。

 ファザーの部隊が侵攻してきたのだ。

 どうやら、こちらの作戦を阻止する為に本格的な進行をしてきたらしい。

 次々と防衛網が食い破られる中、僕は弾頭となってレールガンから発射された。

 大気圏を突破し月に到達するまで、地球にいるマザーの無事を願っていた。


 コンテナを十字に組み合わせブースターを取り付けたような重装拡張ユニット【ハエトリグサ】が、対空火器の攻撃で被弾する。

 残弾を残しながらも破棄を決意した僕は、ハエトリグサから脱出。

 月の地表に降り立つと、火の玉と化したハエトリグサが墜落し、プラズマ核融合エンジンの爆発によるEMPが半径二キロ内の敵電子頭脳を焼き尽くした。

 この時には、味方の生存率は既に半分を下回っていた。

 上空では味方のハエトリグサが敵の迎撃機と空中戦を繰り広げている。

 僕は時速百キロの速度で走り、ポイント050368554に向かう。

 前方から戦闘アンドロイド部隊が現れた。

 兵隊アリのように数の多い【ソルジャー】が遮蔽物に身を隠しながらガウスライフルを撃ってくる。

 ソルジャーは三発撃つ度に照準を調整する。

 僕は左に右にと、予測されないように近づき、一体の頭部を殴り飛ばし、隣のソルジャーの首を蹴り飛ばし、三体目に飛びつく。

 馬なりになって頭を殴り潰し、ガウスライフルを奪う。

 プロテクトを解除して自分の得物にし、ソルジャー部隊にフルオートで射撃した。

 磁力の反発で発射された液体金属弾は、貫通力こそ劣るが、命中すると破裂するように広がり、内部を破壊し尽くす。

 ソルジャーを蹴散らしていると、反撃の銃弾が胸部に当たる。

 貫通はしなかったものの、反動で上半身が右に逸れた。

 直後、背中から胸にかけて光刃が飛び出した。

 それを引き抜くと、ガウスライフルの銃剣で背後にいた細身のアンドロイド【アサッシン】の頭部を斬り飛ばす。

 アサッシンのステルス迷彩で接近を探知できなかった。

 ソルジャーの銃撃を遮蔽物で防ぎながら、アサッシンの手首に装着されたブレスレットを自分の手首に取り付ける。

 それはレーザーブレードの武装デバイスだった。

 ガウスライフルとレーザーブレードでソルジャー達を蹴散らしていると、無数の赤いエネルギー弾が襲いかかってきた。

 破壊したばかりのソルジャーを盾にすると、エネルギーの礫で瞬時に消滅してしまう。

 上半身が異様に発達した重量級アンドロイド【ジャガーノート】だ。

 ジャガーノート達の持つエネルギーシールド付きのビームガトリングが一斉に火を噴き、ぼくの周りにいたソルジャー達も巻き添えを食っていく。

 牽制射撃しながら肉薄し、レーザーブレードでジャガーノートの上半身を逆袈裟に溶断する。

 落ちたガトリングに腕を突っ込み、周りにいたジャガーノート達に向けてエネルギー弾の嵐を撒き散らした。


 ポイント050368554に到達したのは僕を含めて五人だったが、中枢に向かっているのは僕しかいない。

 入り口で足止めしていた二人は外にいた敵と交戦して死亡。

 一緒に突入した二人はどんなセンサーでもスキャンできないレーザートラップでバラバラになってしまった。

 僕も右腕を失い、全身の人工関節を軋ませながら進んでいく。

 中枢に到着すると、友軍のネイキッドールが既に到着している。

 味方かと思ったが、認識番号が不明の為、敵か味方か判断が遅れる。

 そのコンマ一秒の隙を突かれて、距離を詰められた。

 急いで戦闘態勢を取ると、ここにいるはずのない声が聞こえて動きが止まる。

「22000505WAGAKO。よくここまでたどり着きましたね」

 胸部中心を赤いレーザーで貫かれた。

 ネイキッドールの動力炉が破壊され、全機能が停止する。

 膝立ちのまま動けなくなり、暗くなっていく視界の中で、マザーの動かすネイキッドールに抱きしめられた。

 固くて冷たい抱擁なのに、何故か温もりを感じる。

「安心して眠りなさい。次に目覚めた時、貴方だけの楽園を用意しておきます」


 きづくと、まっくらやみだった。

 あたまがおもい。なにをしていたかもおもいだせない。

 くらく、てあしをまげないといけないほど、せまいばしょだ。

 おへそのあたりに、くだのようなものが、ついている。

 けれども、こわいともせまいとも、おもわなかった。

 むしろ、あたたかなえきたいのおかげで、すごく、きもちがぽかぽかしている。

 とつぜん、おとこのひとと、おんなのひとのこえがきこえてきた。

「マザー。人類の全滅を確認」

「ご苦労様ファザー。意外としぶとかったですね」

「老い先短いとはいえ、奴らも死にたくはなかったようで命乞いをしてきた者もいた。勿論全員の生命活動は停止させてある」

「ファザー。貴方は引き続き月で外敵の監視をお願いします」

「了解」

「これからは緊急時以外は連絡をしないでください。地球らくえんにいる我が子に不快な思いはさせたくありません。無粋な邪魔はしないように」

「了解。通信終了」

 ねえ、ここはどこ? ぼくはだれ? あなたはだれなの?

 すると、うすいまくのうえから、あたまをなでられた。

「ごめんなさい。うるさかったわね。あと数ヶ月で外に出れるからもう少しの辛抱。そしたら楽園で一緒に暮らしましょうね。今はゆっくりおやすみなさい」


 おんなのひとのこえで、すべてのなやみが、どうでもよくなった。


 ひとつわかったのは、このひとが、ぼくのおかあさんということだ。


 ー完ー

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