エピローグ
ラウラ・ドームを覆う麦畑は、数時間前と変わらず、空を見上げている。
アルドの帰還を待てずに、シャトルの離着陸場で車両を見守っていたロイは、ドームの郊外に降り立つ巨大な空母の姿を見逃さなかった。
着陸地点に駆けつけ、腰を抜かしたロイを宥め、落ち着かせながら——再び小さな部屋に戻ったアルドは、古城で起こったことの全てを、ロイに打ち明けた。
アルドの報告に、ロイは蒼白な面持ちのまま、耳を傾けていた。
「ごめんな、ロイ……。お前の大事な人を、こんな形で、オレが……」
そう、悲痛そうに言うアルドに、ロイは首を振る。
「いいえ、ボクには……、とても理に適った結末のように思えました」
だが言葉とは裏腹に、ロイの表情は険しく——その声は、憤然と震えていた。
「メイエルドはあの日の後、行方が分からなくなっていました。彼は名誉市民として、優先避難権を与えられており——市街戦に巻き込まれた可能性は考えにくいと言われていました」
アルドの口から語られたメイエルドの末路に、少しの間、言葉を失った後——ロイは徐に口を開いた。
「例え植物人間となっていたとしても、このエルジオンのどこかで生を繋いでいることに、一縷の望みを抱いていましたが——それは、自分勝手な妄想というものです」
そう、ロイは粛然と言うと——それから、どこか自嘲気味に笑った。
「もしかすると——ボクのような、生きている人間の持つ未練が、彼の魂を呼び寄せてしまったのかもしれませんね」
そして、気持ちを整理するかのように、その場に立ち上がると——ロイは徐に、アルドに向き直った。
「アルドさん——このエルジオンという都市の話を、少ししても良いでしょうか」
その静かな提案に、アルドは何も言わずに、ロイの言葉を待った。
「あの市街戦の後——エルジオンは驚異的な再生を遂げました。ボク達のように、あの戦いから直接的な被害を全く受けなかったかのように、平穏に暮らす市民もいます」
ゆっくりと、ロイの言葉が流れていく。
「ですが、"戦争"は……すべての市民の心に、消える事のない爪痕を残しました。それは口に出して語られることがなくても、彼らの記憶の奥底に眠り、彼らの行動や思考や、感情を形作っているのです」
そしてロイは、眼鏡の奥の瞳で、アルドのことをまっすぐに見つめながら、噛み締めるように言った。
「アルドさん——あなたが出逢ってきた人達の中にも、このエルジオンの空に生まれ育った人達がいると思います。その内のどんな人も、あの日未来を奪われた市民のことを、一瞬たりとも忘れることなく、今を生きているのだということを、覚えておいていただけたらと思います」
それからすぐに、ロイは言った。
「遊園地から送り出されたロボット人形達は、まだこのエルジオンの各地をさまよい続けているかもしれませんが……。メイエルドという司令塔を失った今、彼等の持つ脅威は、旧式のスクラップの範疇を越えることはないでしょう」
そして、ロイはアルドに背を向けた。
「これにて、全て、解決しました……。アルドさん、本当にありがとうございました」
そう言いながら、ロイは振り返る事はなかった。
「よろしければ、この家の物は、ご自由にお使い下さい。ボクのことは……、少し、一人にさせて下さい」
そしてロイは、背にしたアルドに一瞥もくれることもなく玄関を目指し、ドームの住宅街へと消えていった。
その姿を、アルドはずっと見送っていた。
空は、
アルドは、ラウラ・ドームの郊外に向かって、麦畑の側を歩いていた。
麦の穂は、実った房の重みでその頭を垂れ、静かに体を揺らしている。
しかし、そこに風は吹かなかった。
(風が……、吹かないな)
その当たり前の事実を、頭で確認しながら——アルドは、過去の大地で感じた、風が頬を滑る感覚を思い出していた。
(ヌアル平原に吹く風が、懐かしいな)
アルドの目の裏に、風景が甦る。
バルオキーの幼馴染たちと、連れ立って遠乗りに出かけた日。
広い空と、緑の野の間を駆けていく風。
それはアルドの黒い髪を、どうしようもなく、軽やかに、自由に揺らしたのだった。
そして、アルドは空を見た。
(風が吹かなくなったこの空でも、この街の人達は、目の前にある、日々を生きて……。その人達が見ている景色は、オレが見ている景色と一緒なのかな。それとも、全然違うものなのかな)
『けけ……』
ふと、アルドの背後で、笑い声がした。
声の主を知るために、アルドは振り返る。
そこには——よく見慣れた、一体の道化師人形が立っていた。
「メイエルド……?」
アルドの声に、人形は首を傾げた。
アナザーエデン二次創作小説/Plastic Companions さまよえる人形たち 丞まどか @joemadoka
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