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 ともかくも連れ立ち、足早に会場たるレストランへと向かう。なかはすでに、着飾った参加者たちで大賑わいである。

「お待ちしておりました。どうぞ、ご案内いたします」

 乾杯の直前に、どうにか席に着く。半透明の液体で満たされた、小振りな冷たいグラスを受け取った。司会役による短い挨拶があって、パーティーの幕開けと相成った。

「遅刻は厳禁だって言ったろ。浮かれるのは分かるけど、気を抜きすぎないで」

「ごめんなさい。その――本当に久しぶりに着たから」

「いいよ。間に合ったんだから、あとは存分に楽しもう」

 ネアは頷き、改めてイルマを見やると、

「イルマさんはよく着るの? すごく似合ってる」

「たまにね。私やルーニーは、街の空魚使いの代表として集まりに出なきゃならないこともあるんだ。この服はルーニーが選んでくれたんだよ。ちょっと派手じゃないかって言ったんだけど、そのくらいのほうが絶対にいいって押し切られてさ。なんだかんだ、今は気に入ってる」

 言いながらグラスを傾けるさまが、いつも以上に大人びて見える。ネアも真似て、慎重に口に運んでみた。含んだ瞬間はさらりとして感じられたが、咽に落ちる段階で熱っぽさが来た。思わず咳き込みかけた。

 隣席のペトラもちょうど、グラスを置いたところだった。渋い表情を浮かべたまま、

「苦すぎ。思ってたのとぜんぜん違う」

「お部屋にあったの、開けなくて正解だったね」

「本当。一口でもう満足した」

 そうだろ、とイルマが笑いながら言い、給仕を呼んで、

「この子たちに水をください」

 氷の浮かべられた水を、ネアとペトラはゆっくりと味わって飲んだ。酒の直後であるせいか、あるいは場の空気のせいか、想像以上に美味しく感じられた。ようやっと落ち着いて、深く息をついた。

 皆さま、と司会者が軽やかに呼びかける。滑稽な化粧を顔じゅうに施し、気取ったふうな衣装まで着込んだ若い男性である。

「ようこそ、ホワールウィンドへ。この船はまさに、空に生きる民の技術の結晶――もっとも快適で、安全な空の旅を、みなさまにお約束いたします。ただいま本船は〈空都〉上空を飛行中です。どうぞ心行くまで、空の景色をお楽しみください」

 口上と同時に、幽かな音が響いた。壁の一面が動きはじめる。

 参加者たちの視線がいっせいに動いた。カーテンが開くように、壁が左右へと消えていく。

 ぽかんと唇を開いて見入った。いつの間にかずいぶんと高くまで上っていたらしく、密集した建物の影は淡く、ぼんやりとしている。超高層建築の集合体とはいっても差があるようで、ある箇所は突き出して、別の箇所は窪んで見えた。その隙間を縫うように走ったいくつもの通りは、葉脈あるいは毛細血管を思わせる。

 地上を歩いているあいだはあまり見かけなかった緑も、ここからははっきりと視認できた。存外に広い面積を占めており、また建物に比べるとずっと色濃く、鮮やかである。

 この〈空都〉へ一歩を踏み出したときに生じた、果てがない、という感覚が誤りではなかったことを、ネアは知った。景色はどこまでも広がっている。飛空船の壁の、丸ごと一面を使った巨大な窓でさえ、そのごく一部を切り取っているに過ぎないのだ。

「駅はどこ? あれって線路かな。〈黄金の雨〉はどっち?」

 ペトラが窓に貼りついて、矢継ぎ早に問いかける。ネアも立ち上がり、端から端まで見渡してみたが、むろん見当はつかない。さすがのイルマにも分からないらしく、笑いながらかぶりを振るばかりだ。

「失礼。いま〈黄金の雨〉と仰いましたか」

 豊かな髭をたくわえ、丸眼鏡をかけた老人がペトラに近づいて訊いた。周囲には夫婦連れが多いが、この人物は見たところひとりきりである。他の乗客の誰よりも年齢を重ねて見え、どこか神秘的な気配を湛えてもいた。

「そうです。〈黄金の雨〉から来ました」ペトラが快活に答える。老人の視線が傍らのトールシップに向けられていることに気付くなり、胸を張りながら言い足した。「この子はトールシップ。私の相棒です」

「なるほど。年若い、雄の成魚」

「はい、男の子です」

 老人はさらに距離を詰め、間近にトールシップを観察しながら、

「空魚の名産地と聞いていましたが、これは見事だ。胸骨の突起部の美しいこと。通常よりもはるかに多くの筋肉を付けられる形状です。また姿勢を見るだけも、きわめて優れたバランス感覚を有していることが分かる。よくぞここまで――」

「えっと、ありがとうございます」

 思いがけない饒舌さに気圧されたらしく、ペトラはやや困惑気味である。すかさずイルマが席を立って、

「仰るとおり、その子は〈黄金の雨〉でも特に優れた空魚です。早期から胸筋を集中的に鍛えて、胸鰭で羽ばたく力を引き出せるようにしました。空中活動能力はどれを取っても一級品ですが、中でも加速力、そしてトップスピードには目を瞠るものがあります」

 振り向いた老人の、眼鏡の奥の瞳がはっきりと丸くなった。強い輝きを放ちはじめる。

「あなたは空魚の訓練者ですか。いま連れておられるネイトミラージュ――これもあなたが?」

「両方とも私です。訓練者を兼ねてもいますが、本業は乗り手です」

「素晴らしい。私もずいぶんと長く空魚を見ていますが、これほどの個体には滅多にお目にかかれるものではない。まったく生態の違う二種をここまで上等に育て上げる腕がありながら、本分は乗り手である、と。ぜひとも飛ぶさまを見てみたいものです」

 照れたように頬を掻いてから、イルマは控えめな口調で、

「機会があれば」

「訓練飛行の場なら、いくらでも紹介できます。ご滞在中に一度、お越しいただけませんか」

 老人の面持ちは真剣そのものである。イルマも柔らかく頷いて、

「そうですね。〈黄金の雨〉を出発してからはずっと、乗り物に乗せられてばかりなので、この子たちも欲求不満気味なんです。伸び伸びと飛べる場所があるなら、連れていってやりたいですね」

「本当ですか。この二種ならば――うん――ちょっと失礼。部屋に戻って資料を確認します」

 勢い込んで会場を出て行こうとする。イルマが慌てて呼び止め、

「後ほどで結構です。せっかくのパーティーなんですから。お食事もまだでしょうし」

「それこそ後で宜しい。これだけ美しい空魚を前にして、暢気に飲み食いしている場合ではありません。どうか少しだけお待ちください。すぐに戻ります」

 速足で去っていく。老人の後ろ姿が失せてしまうと、イルマは微笑しながら席に戻ってきて、

「空魚の牧場主かなにかかな。さすが〈空都〉、目利きがどこにでもいる」

「訓練場を紹介できるって言ってたし、本当に牧場経営者なのかも。でも、いくらでもって――何個も経営してるのかな」

 首を傾けて考え込んだネアに、イルマは笑い交じりに、

「とんでもない大経営者? 遊覧船に乗ってるくらいだから、不思議じゃないけどね。いい塩梅の場所を紹介してもらえるならありがたい。〈黄金の雨〉みたいに、そのへんを適当に飛ばせるってわけにもいかないし」

 ネア、ネア、と窓際からペトラが呼ぶ。「あれ見て。雲の向こうの影」

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