第4話
地図通りに行けばここが鬼人が営んでいるアクセサリーショップだ。多分あの子はおめかしをするような性格ではないので何を買っても自分には似合わないと突っ返してくるだろう。でも髪飾り、せめて髪留めくらいはしてもいいんじゃないかと思う。だってあんなに綺麗な黒髪をいじらないなんてもったいないじゃない。
中に入ると雑多に並べられた色とりどりのイヤリングやピアス、ブレスレット等が目を惹きつけた。多分鬼人が好むデザインをしているのだろう、やたらととげとげしい。全商品くまなくチクチクしてるので握ったら絶対に血が噴き出す。
「これよさそうじゃん」
白い花の髪留め、これは棘がついておらずケガもしなさそうだ。彼女の長い髪を後ろで一纏めにするには丁度いい。
「まあ、機嫌悪かろうが悪くなかろうがプレゼントに相応しいものを渡さないとね」
気に入られなくても褒め殺しすれば乗り切れそうな気がする。
「ほう、それはプレゼント用か?」
筋骨隆々のタンクトップの鬼人が私を見下ろしていた。
「ご、ご、ごめんなさい!」
「おう、許してやる。だからそれはプレゼント用かどうか教えろお嬢さん」
「ぷ、ぷれぜんとようです」
「ならラッピングしてやる。ついてこい」
「は、はいぃぃ……」
カウンターまで連れられ、持っていた髪飾りをよこせと手を出してきたのでパパっと渡すと彼は店の奥の方に引っ込んで行った。何故こんな大男の鬼人が女性用のアクセサリーショップの定員なんかしてるのだろうか。店にあまり人がいない理由って店員の見た目が怖くてお客が寄り付けない可能性が高い気がする。
「ほら、おまけにこれもやる。大事にしてやれよ」
「あ、ありがとうございます」
めちゃくちゃかわいくラッピングしてくれ、しかもおまけとばかりにお揃いの黒の髪飾りをくれた。見た目に反して器用で優しい人だった。お代を渡しカウンターに肘をついている筋肉の人に手を振って外へ出る。
迷宮探索終わりなのかぞろぞろとパーティーが泥や血まみれの装備を重たそうに担いで行きかっている。皆一様にして酒場を目指しているみたいだ。心身を労わるためのメニューとなると結構がっつりしたものを食べているんだろうか。気になって酒場の看板にあるメニューをめぐる。肉、肉、肉。やっぱり肉料理が多い。私も食べるなら肉が良いなぁとぐーっとなるおなかを抑えていると右肩をグイっと掴まれた。
「何処に行ってたんですか!!」
振り返ると私服姿? 多分甲冑の下に着ていた黒いシャツとズボン姿のシリルがいた。結構怒ってる。
「シリル! いやぁごめんごめん。あんなに直ぐ迷うとは思わなくて。あ、似合ってるねその恰好」
「心配したんですからね! 慣れるまでは私から離れないでください! どうもありがとうございます!」
それは流石に無茶苦茶な気がするけど。というかこの子は一体何をしていたんだろう。
店の前で話すのもなんなので酒場に入って席に着く。肉の香りが充満して厨房からジュージューとお肉が鳴き声を上げている。
「シリルは何してたの?」
ぺらぺらとメニュー表を開くと大体は肉料理だ。
「貴方を探し回っていたのです。走ってどっかに行ってしまった貴方を探すのは一苦労でしたよ。丁度大通りに戻ってきたら食事処でふらふらしてるあなたを見て今に至る、です。よかったです。危うくギルドに捜索依頼を出すところでしたよ」
シリルは私のめくるメニュー表にくぎ付けになりながら話す。そこまでしなくても良いと思うが言えば多分またぷんすか怒りそうなので頭を撫でて「ありがとーだいすきー」と言った。兜を被っていた割に全然髪の毛は傷んでおらずサラサラしていた。
嫌がられるかと思いきやなんだか頬を染めて小さく「別に…おなかが減ってただけで……それにおごってもらわなきゃ……」と口をもごもごと目を逸らしながらもじもじしてる。ちょろいなこいつ。
「チョロ鬼」
「はい?」
「おっとあんなところに香草が生えてる!」
「ここ店の中なんですけど」
ごまかしが効かないだと。
「しょうもない嘘つくのはいいのでご飯食べましょう」
「そうだね、じゃあ好きなだけ頼んでいいよ!」
「言いましたね? じゃあ遠慮なく頼みますよ。すみませーん」
「このステーキとあのステーキと……こっちのステーキも」とステーキばかり注文するシリルに私は冷や汗が垂れる。別にステーキばかり頼むこと自体はいいのだが料と値段が問題だ。私はそっとつまむ用の揚げ物だけ頼む。
呼ばれた店員さんは思わず「2名ですよね?」と若干引き気味で聞いてきた。まあ私もここまで頼まれるとは思わずお金が足りるか不安になって財布の中を確認した。まあ足りそうだ。明日からは節約しなくてはならないが。ほろりと頬を濡らしている私を見てシリルはクスクス笑う。
「流石に全部は食べれませんからね。ハイリさんと半分こ、です」
「いやでもあれ6人分なんだけど」
「そのくらい普通じゃないんですか?」
鬼人の胃が異常にでかいのかそれともこの子が特殊なのか。
「あっそうだ」
「どうしました?」
この子にアクセサリーを買ってきたことをすっかり忘れていた。ハンドバックに入れていたラッピングのされた小包を出す。
「なんですかこれ?」
「シリルへのプレゼント」
小包の包装を剥がすと随分と豪華な箱に髪飾りが詰められていた。
「こっちの黒いのは私のね」
私の茶色いボブカットに合うかなと思ったがお揃いなら別にいいかなと思う。
「あ、あの……これって」
ただ思っていた反応が返ってこず何か言いたげだ。
「もしかしてあんまり好きじゃなかった?」
「そ、そんないきなり、今日会ったばかりじゃないですか」
別にそこまで高価なものではないし感謝の気持ちとしてのプレゼントなのだ。
「あー、でもこれは私からの気持ちだから受け取ってよ」
「うぅ……こんなに押しつけがましい渡し方されたの初めてですよ。でも、これから分かり合えるかもしれないですしね。喜んで受け取ります!」
「う、うん? 分かり合う、そうだね?」
「ではお互いのことをよく知るために同棲してもよろしいですか?」
「え?」
「ま、まだ早いですよね。でもいずれ私たちの愛の巣に……は、はずかしいですね」
「え?」
熱に浮かされた乙女みたいな顔でおずおずと私の隣に座ってきたシリルを見ているとまるで恋する女の子みたいだった。みたいではなく今してるのだろう。理解できないくらい鈍感ではない。この今お揃いで着けている髪飾りは愛の告白として用いられるアクセサリーなんだ。
「してやられた……」
アクセサリーショップの筋肉にまんまと嵌められたわけだ。シリルははにかみながら髪を結いつけていた。似合っているがこれはそういった意味で渡したわけではないのだ。
「に、似合ってますか」
「う、うん、まあ似合いそうなの買ってきたからね」
喜びのあまり抱き着きそうになるシリルを抑える。流石に店内だ、控えてほしい。
幸せそうに必要以上の「あ~ん」とやらをされ続け周りの視線が突き刺さる。約4人前の肉を詰め込まれえた私は帰る頃にはシリルに良いようにされていても気にする余裕もなかった。やたらとべったりしてきたシリルを引きはがしてこれからどうするか考えてながら帰る。
「好きになるってこんな気持ちなんですね」
別れ際に言われ、この子の無垢な笑顔に不覚にも心が奪われかけたのは気のせいだ。
そして帰ってすぐに二階の空き部屋を掃除したのは今日摂取した肉を燃焼するためである、他意は無いのだ。
某アクセサリーショップにて。
「あんた婚約髪飾りいくらで売ったんだい!」
「2000フィル」
「ばっかじゃないの!!! あれは200万フィルするんだよ! しかもペアで売ったね!!」
「あんなところに置くのが悪いだろう」
「暫く家に帰ってくるな! このあほんだら!!!」
アクセサリーショップは暫く赤字続きだったらしい。
迷路街を彷徨って ぐいんだー @shikioriori
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