第3話

「は、はい何でしょう」

「家の中に入りたいのですけれどまだでしょうか」

「ああ! いえいえすみません今どきます」


 女の子が扉の前に来て何をするかと思えば鍵等を出さず、さっきは確認できなかったレバーの下についているダイヤルを回してレバーを引いたと同時に上の階の扉がシュンっと入れ替わる。そのまま扉を開けて私の事をチラッと不審者を見るような目で見て部屋へ入っていった。


 するとまたも扉は入れ替わりさっき私が見た景色に戻った。


 一瞬のことで脳が追い付かず固まっていたが途轍もない技術だ。流石? 商業都市である。こんな摩訶不思議な魔法技術を取り入れた家があるとは、本当に面白い。って感心してる場合ではない。


 結局話す機会を逃してしまったじゃないか。多分さっきの人が使っていたダイヤルは部屋番号、そしてレバーは……なんだ? 多分扉の切り替える際に必要な工程なのだろうけどいるかこれ?。まるで初めて文明に触れた知的生命体みたいにおっかなびっくり触れる。分からないけれど他に当てがないので仕方あるまい。さっきの入っていった人の部屋番号を確認する。


「205号室と、これでレバー引っ張ればいいわけね」


 まるで不審者そのものだ。さっき話しかけずに態々部屋に入ったのを確認して尋ねるなんて何か企んでいるようにしか見えない、私なら開けた瞬間閉める。でも日が沈んで暗くなってしまえば明日の朝まで動けないし住宅が多いとは言えども夜道は危険だ。


ガチャンっ。


レバーを下げれば予想通り扉は切り替わると思ったのだがうんともすんとも言わない。


「壊れてる?」


もう1度ガシャンと下げる、反応無し。もう一度。ガシャンっ。変化無し。ならもう一度。ガシャっと下げた瞬間。


「何ですか!!! しつこいですよ!!! 自警団呼びますよ!!!!」


 がなりたてるように声がレバーの横の穴が開いた装置から響いてきた。びっくりして尻もちついてしまい情けない姿を見られていないか首を回したが幸い誰もいないような。


 しかしこれが呼び鈴代わりにもなってたのか、申し訳なく思うが感心している場合ではない。初日から自警団を呼ばれて補導されては敵わない。


「ごめんなさい! 道に迷ってて仕方なく……」


 出来るだけ悲壮感が出るように演技交じりで言葉を発したがどうだろうか。反応は無くどうにか相手の様子を伺いたい。


「……」


すると扉は入れ替わり先程の女の子が出てきた。


「貴方さっきの……」

「あはは、どうも」


シリルと同じ黒髪でこの子は普通の人間らしい。


「道に迷ってたって言うけど本当なの?」


疑うような視線が突き刺さり急いで誤解を解こうとあたふたと事情を説明する。


「ここの街に今日来たばかりで、あっ、わたくしハーブ専門店を営んでおりますハイリ・スウィントンと申します。どうぞ名刺です」

「えっ、あぁどうもご丁寧に、私はアキです…………あの、この名刺に地図書いてありますけど本当に道分からないんですか?」


そうなのだがまず私は現在地すらわかって無いので地図を見ても分からないのだ。


「無我夢中で走ってたらどこにいるのかすら分からなくなっちゃって」

「来たばかりで無茶なことするのね……」


でも走った方角は合ってたはずなのだ。それがちょっと道をそれただけで見覚えのない場所に誘われてしまっていた。流石迷宮街。


 というか鬼ちゃんが私のこと探し回ってたらどうしよう。きっとすごい怒られるだろうから何かプレゼントでも探して立って言う体ではぐれたとでも言ってごまかすしかないな。だが帰ってからのことを考える余裕が出てくるくらい状況は好転したということではないのだ。


 この方が快く道を案内してくれるようには見えない。だってなんか喋っている最中ずっと不機嫌そうなのだ。なんとか帰りたいのだけどどうしたものか。


「アキ? どうしたの?」


すると白いシャツに黒のパンツスーツの男性がひょっこりとアキさんの後ろから出てきた。


「この人迷っちゃったみたいで」

「それは災難だ良ければ私が案内しようか?」

「良いんですか?」


大助かり。ここの人たちはみんな親切なのか今日は助けられてばかりだ。


「ここら辺は慣れないと一向に自分の目的地に行けないからね」

「ごはんはどうするのよ」


アキさんは男性の袖をちょいっと摘まんで不平を漏らす。


「すぐ帰ってくるから」


アキさんは凄い不満そうな顔をしてる。


「あー、じゃあお土産買ってくるよ」


すると機嫌が治ったのか分からないがスっと寄っていた眉間の皺が消えた。


「カボチャパイ買ってきて」

「カボ?……あぁタポタのパイね」

「似てるのよ。早く帰ってきてね」


 はいはいと頭をぽんぽん叩かれたアキさんは「人前でそんなことしないで!」とサリーさんを外へ追い出し照れくさそうに家の中に引っ込んでいってしまった。


「仲良いですね」

「そうかい? 私からするともう少し素直に甘えられたいんだがね」

「あはは、かわいいじゃないですか……あっ」

「どうしたんだい?」

「自警団呼ばれてた方が迷惑かけなかったなって」

「確かに、今から呼ぶかい?」

「えっ……いやー、今時迷子って……」

「冗談冗談。さ、行こうか」


 日は落ち石タイルは街頭煌々と照らし、上へ上へと連なっている家屋からぽつぽつと光が漏れ出し夕食の準備でも始めたのだろうか食欲をそそるような香りが漂って私のおなかの虫が暴れ始めそうになっていた。


「えっと……すみません何だか邪魔しちゃったみたいで、夕飯の時間もずれてしまいましたよね」

「いいよいいよ、たまにはああやってむくれるアキのこと見たかったしいい気分転換にもなる。帰ったらもう少し意地悪しようかな」

「意地悪するんですね……」


 心なしかサリーさんは嬉しそうだ。頬を緩めて楽しそうに同居人をどうやってからかうのか考えてる顔だ。二人はなんだか気兼ねのない友人にも見えるが男女で同じ屋根の下食事を共にする仲ならもしかしてと思い軽い気持ちで私は尋ねてしまった。


「お二人ってお付き合いされてるんですか?」

「まさか、私もアキも女だからね」

「えっ、サリーさん女性だったんですか!?」

「よく言われるしよく見る反応をしてくれるね」

「す、すみません」


 美形の男性に見えアキさんとお似合いだなと勝手に思っていたがまさか女の人だとは何人が騙されたのだろう。あ、いや騙されたは人聞きが悪いな。


「いいよ別に、私自身男っぽく見られてるのに慣れてるし不満は無いよ。でも、出来ることなら本当に男ならなアキと付き合えるかも、なんてね」


フッとサリーさんの声の調子が落ちた。


「それは」

「質問は無し。それよりこの街の話をしようか、とは言っても私は普段小説を書いてて家からあまり出ないからすぐに話のタネは付きそうなんだんけどね」


 一方的に喋るサリーさんは楽しそうに喋っているように見えたがぎこちない。内心どう思っていたんだろう。サリーさんはアキさんへの思いを隠せなかったのか、それとも別の理由があったのか。どちらにせよ彼女にとっての弱音みたいなものが思わず出てしまったには違いないのだろう。遮られるくらいには悩んでいる。首を突っ込むほど図々しい性格じゃないから何も言わないけど気になるものは気になる。


 それからこの街の珍しいお店や変わった商品等他愛も無い話をしているとガヤガヤと人の声が聞こえ始めた。


「大通りの方に来れたね」


アキ、サリー家から歩いて間もなく直ぐについた。


「えっそんなに離れていなかったんですね。どうりで怪しまれるわけだ」

「はははっ、まあ一つ通りを挟むと反対側の景色が見えないからわからなくなるよ。灯台下暗しってやつだね」

「とーだいもとくらし? なんですかそれは」

「異世界の諺だよ。灯台が照らす光りは足元を照らさず見落としてしまう」

「流石小説家ですね」


 当人は自分で考えたんじゃないよと言うが想像力が豊かではないと思い浮かばない。それにユーモアさも兼ね合わせてるとは彼女の書いた小説をいつか読ませていただきたい。それぞれ目的地が違うのここでお別れだ。サリーさんに現在地と鬼人が好むアクセサリーショップの場所を教えてもらいこれでひとまず安心だ。


「じゃあ今度アキと一緒にお店に行くよ」

「お待ちしておりまーす。お礼にサービスしちゃいますよ」


じゃあと手を振り別れる。けどたまにはじいちゃんに倣っておせっかいしてみたい、なんてらしくもなく大声で叫んだ。


「サリーさん頑張ってくださいね!」

「えっ?」

「アキさんのことですよー!」


言うだけ言って違ったらとんだ勘違い野郎なので私は人ごみの中に紛れ込んだ後に叫んだ。隙間から見えた彼女の顔が困って、でもはにかんでいたのは見間違いじゃないはずだ。良いことしたかな。

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