第2話
「これはあっち、それはぁ……うーん、そっち、あ、いや、あっちかなぁ……いやでもやっぱり」
「早くしてください!!!」
ぷるぷると震える腕で木箱を持っている彼女は叫んだ。
「えぇ? 鬼人族って力持ちでしょ?」
シリルはオニガトウ出身の鬼人族で優秀な探索家らしいので荷物運びを手伝ってもらっているのだがすぐに音を上げた。甲冑を外せば幾分マシになると思うが修行でもしてるのだろうか。
「力持ち依然に何ですか! さっきから私うろうろさせられてばかりですよ!」
そう言われても置き場所はしっかりとしなければ後々仕事で困るのだ。そこで妥協しては私が苦労する。
「ほら、夕飯時になる前に運び終わらせるよー。鬼人ちゃん頑張れー」
「……絶対高いところの奢らせてやりますからね」
「うおぉぉぉ」と気合いを入れて外にある荷物を次々と部屋の中に運び込む。
「取り敢えず全部入れましたよ。後は中身を出して整理するだけですね」
「あっ、これとこれ外に出しといて良いやつだ」
「くっそぉぉおお!!!」
そんなこんなでお店として使う1階には大体必要なものが揃った。2階は私の自室と倉庫、それに空き部屋が一つ、いずれ何かに使うだろうけど今は放置しておく。3階天井がガラス張りになっており日当たりが良いのでハーブを育てる用の部屋として機能させるつもりだ。ぜぇはぁと犬みたいな体制で汗をたらすシリルはよく頑張ってくれた。お礼と常連客確保の為に私特性のハーブティーを淹れるのは名案かもしれない。熱いものより冷たいものの方が喜ぶだろうから液体を一気に冷やせる冷却カップに注ぐ。
「お疲れ様、シリル」
ちょいちょいっと手招きをすると今更甲冑を外してカウンターに座る。
「これ、ハーブティーなんですけど苦手じゃなければ飲んでみて下さい。多少は疲れが癒えますからね。」
「それはどうも、ん? 何処と無く懐かしい香りですね」
それは勿論彼女の故郷で育つオーガグラスを使ったハーブティーなのだから。有名なハーブティーでは無いが気付けには持ってこいだ。そのままでは少し辛味があるのでヒーストと言う赤くて甘い実の搾り汁を入れると美味しく味わえるし香りも消さない。
「ほぉ……美味しいですね」
目を閉じこくりと喉を鳴らしながら飲む姿に私は大満足だ。
「それは良かった、取り敢えず片付いたしご飯でも食べに行かない?」
こうもお世辞無しに高評価を貰うと恥ずかしくて素直になれないのは経験不足もあるが地元以外の人に飲まれたことが無いからかもしれない。これからはこの街の人を呼び込めるようにしなきゃと気合いを入れたがこんな迷路都市で人通りが少ない場所に人は来るのだろうか。まあでもその日が来る時の為にも今日はガッツがつくようなものを食べよう。
「そうですね、しかし夕飯には少し早いですし少し寄りたい場所があるのですが良いですか?」
「全然良いよ、じゃあ飲み終わったら言ってね、支度してるから」
初めてのショッピングなのでちょっとおめかしして行かなければ。普段はシャツに黒スカート、そしてお店が営業中の時はその上に緑色のエプロンを付けている。今もそうだ。けど今日は姉からお下がりだがトップスはシースルーの黒いブラウスに若草色のカーディガン、白のフレアスカートと少々気合の入った格好だ。本当は田舎者と思われるのが嫌なだけなんだけどね。
「おぉ……これは見違えましたね。素敵ですよリルさん」
「や、やめてよぅ。照れくさいってば」
「いえいえ、本当に可愛らしいです」
「わかった、わかった、本当に恥ずかしいからそれ以上は無し」
「その照れ隠しもかわいら」
「あー聞こえない聞こえない! 私先行くね!」
恥ずかしいったらありゃしない。あれは絶対わざとに決まっている。後ろから「ちょっとまってくださーい」と間延びした声が聞こえてきたが私は火照った頬を覚ますために風を切る様に走っていた。案の定いつの間にか迷っていた。大通りの方へと走ったのは良いがその大通りにたどり着けずに入り組んだ道をにょろにょろと進んでいる。あまりにも早すぎる迷子。この街のキャッチフレーズは迷宮より迷宮らしいが今肌で実感するとは思いもよらなかった。
「弱ったなぁ」
地図を見てもどこだか分からない。積み重なるように高く聳え立つ家屋のせいでランドマークである時計塔やギルドすらも見えない。方角は合っている筈なのだが。暫くの間彷徨っていると次第に空が臙脂色に染まり始め辺りは闇に包まれ始める。これは住人に尋ねる他ないなと思い呼び鈴を鳴らそうと近くの家に向かった。が呼び鈴が無い。扉の上にも横にも呼び鈴が置いておらず代わりに謎のレバーがある。仕方なしに上の階にある家に行こうとしたが上に上がる階段がない。
「ここ本当に家? 扉だけが付いたただの飾りなんじゃないの?」
私の店にはこんな仕掛けは無かったはずだがどうもこういった場所がいくつかあるみたいで向かい側や隣の家にも備え付けてある。しかし階段が無いとなると本当に装飾なのではないかと思う。
「これ上の人はどうやって家の中に入るの? え? もしかして飛ぶの?」
この街の住人はみんな空を飛ぶような魔法を使えるのだろうか。それともみんな魔法の箒でも使うのか? 扉の前で腕を組んでうんうんと唸っていると後ろから声をかけられた。
「あのー」
暗闇からぬっと出てきたのは私より背が低い女の子だった。
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