迷路街を彷徨って

ぐいんだー

第1話

「よいっしょっと……これで最後かな、なんてね」


 ぺたりと張り付く茶色の髪を払い木箱の上に腰掛ける。路肩に置いてある木箱を店の中に運ぶのは大変だ。狭い路地に構えた小さなハーブ兼薬草専門店、ベイリーモンテは只今準備中だ。


 3階建てだが少し細長い構造になっているのでお安めに借りることのできた唯一の物件で、前の住人が出払ったのを私が運よくすぐ見つけることができ故郷を出てこの商業都市リールに来た。


 薬草店なんてやるもんじゃない。祖父はいつも私に苦言を呈していたがこの活気あふれる商業の街に来ればそんな言葉は遠く彼方へすっ飛んで言ってしまう。古い友人の魔法使いに紹介されここに来たが何ともまあ道が多いこと。


 初め来たときは自分の店が見つからず配達人の人に道を案内してもらったがあの少女は仕事に支障をきたしてないだろうか。今度あったらお礼にハーブティーでも上げよう。


 そしてなんといってもこの街は店が多い。私の24年間の人生でで見たこともないような店がずらりと並んでいた。義手義足店、遺物専門店、記憶保管店、雑談専門店、人間性回帰店、等々用途不明の店もあるが中々楽しめそうだ。店を開店するのは早いに越したことは無いがこの街を探索したくてうずうずしている。


 それに友人にも挨拶しなければ。しかしこの狭い路地に見上げる程てんこ盛りに積まれた荷物を見てるとそんなことに現を抜かす暇が無いのは誰が見てもわかる。


「筋力無い私にこれ運ぶのってもしかして至難の業ではない?」


 今まで力仕事なんてしたことないようなひょろひょろの雑草みたいな身体をしている。いやいや雑草のほうが力強い。さっきひいひい言いながら運んだ木箱だって中身が重いわけではなく木箱自体が重かった。


 まだ20ほど積みあがっている木箱の中には本やら調合用の道具やら腰に響きそうなものが幾つかあるのだ。収納宝石でも持って入ればいいのだがあれはかなり魔力を食う代物だ。そもそも収納宝石自体が高級品で手が出せない。


「困ったぞぉ……お昼ごはん抜きで作業するくらいの心持ちだったが一晩かかっても無理そうじゃん、これは笑えないね、あはは」


から笑いがシーンとした通りに溶ける。日中だと言うのに誰もいないと廃墟にでも来たんじゃないかと錯覚する。


「誰か助けてくれないかなぁ」


 昼時なのに人通りの無いこの石タイルの路地に腰を下ろして胡坐をかく。無理だなーっと途方に暮れるばかりではどうにもならないことはわかっている。これでは悩むばかりでただ時間が過ぎ去っていくだけだ。うんうんと唸っている私のうんうんとハモる様に唸る声が隣から聞こえた。


「ん?」


不審に思って横を見ると知らない鉄製の兜を被った血まみれの甲冑男がいた。


「うわぁあ!!」

「わぁあああ!!! 脅かさないでくださいよ!」

「いやそれはこっちのセリフ! 君誰だい! てか大丈夫なのかその血は!?」


飛びのいて木箱の後ろに隠れながら訪ねると姿勢を正した甲冑男が兜を取った。


兜からは長い黒髪をバサッと振り乱し、前髪の間から角を生やした顔面血まみれのが出てきた。


「ひぃッ!」

「これは失敬失敬、名乗るのを忘れていましたな、わたくし遠方のまたまた遠方の土地から来ましたシリルと申します。呼び捨てで構いません」

「いや、それよりその顔の血は一体何!?」


「お恥ずかしい」と言い籠手を外してごしごしと額を拭いてるが塗り広がって更に赤くなっている。


「ちょ、ちょっとまって。今濡れタオル上げるから」

「なんともお優しい。感謝します」


 一度店に入り濡らしたタオルを急いで渡すと気持ちよさそうに血を拭っている。血まみれでわからなかったが随分と綺麗な子だった。年齢は多分16か17辺りだろう。


「えーっとシリルだっけ、よろしく。私はハイリ・スウィントン、最近ここに越してきたんだ」

「それはそれは、私もここに来たのは2か月程前なので同じ新顔ですね」


差し出してきた手のひらを握ると私の手指より骨ばって硬い感触がする。


「シリルは騎士なの?」

「そんな大層な職業ではないですよ。私は迷宮探索家です。故郷を飛び出して長い道のりでした……あくる日もあくる日もこの都市に辿り着くまでに力尽きてしまいそうでしたがやっとここまで……」

「そんな遠くから……ん? 確か額から角が生えてる種族って隣の地域にいたような気がするけど。というか女の子だって一瞬で気づけなかったよ。あまりに胸部が平坦……ん”ん”」

「おやおや、ご存じなんですか。私はそこから遥々来たのですよ。最後の一言は聞かなかったことにしましょう」


頭の中に地図を思い浮かべたがそんな遠い場所では無かった気がするが、寧ろ私の故郷の方が遠いはずだ。


「ま、まあいいや。それでシリルは一体どうしてこんな辺鄙なところに? もしかして迷子?」

「いえ、ここに新たな薬草屋が出来ると聞きまして立ち寄った次第でございます」


これは驚いた、まだ一部の人にしかここで開店することを言っていないのに耳が早い。しかも薬草店と言っても無名も無名、実力は無いとは言わないが挙って来るほどでもない。早い珍客に僅かな疑問が浮かんだ。


「ですがまだ開店なさないようですね」

「あー……私ここの店主なんですけどね、事情があって」

「おや、店主さんでしたか。それで事情とは?」


私は目の前に積まれた木箱の山を指さし弱弱しく言った。


「荷物が重くて持てない……のです。折角来て貰ったのにほんとすみません……」


 情けない話だ。もう少し事前に情報を得ていればよかった。まさか配達屋さんが荷物を店の前にそのまま山積みにするとは思いもよらなかった。そして事前に室内設置申請していれば無料で家の中に運んでくれたという。無計画にも程がある。大人なのに恥ずかしい!もう田舎の故郷に帰えって姉に甘えたい。この街について第一歩を踏み外すこの体たらく。おじいちゃん、私帰るね。


「手伝いましょうか?」

「えぇ!? 本当に!? ありがとう!!!」

「……やけに食い気味ですね」


 だってその言葉を待ってたんだもの。見るからに力持ちだし、種族的に身体能力に長けているのは周知の事実。そして私のお店のお客ときた。これなら夜まで片付けて外食に行けそうだぞぉ。


ルンルンで仕事を押し付けると困惑されたが人のだ。初めてじいちゃんの言葉が役に立ったかも。





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