外伝9「ソーシャルディスタンス」

 四月下旬、ここ最近、私と母さんには気になっている家がある。

 その家はよく行くスーパーまでの途中にある家なんだけど、その家の庭には立派な支柱が立っている。


 あるとき見ると、そこに大きな鯉のぼりが一匹、黒くて大きい真鯉だけが飾られていた。


「鯉のぼり、飾りつけ中かな?」


 私がつぶやくと、


「昔は真鯉だけ飾ってたから、ここもそうなんじゃない?」


「へぇ、そうなんだ」


「ついでに、良く見る謎の虹色のやつは吹き流しって言って、神さまへの目印なのよ」


「なんで神さま? ここに元気な男の子がいますよって報告?」


「立身出世を願って鯉のぼりをあげるから、たぶん、うちの子の出世をお願いしますってことじゃないかしら」


「なるほど、完全に神頼みってわけね」


 と、何気ない会話をしつつ、その日は通り過ぎる。


 また数日後にそこを通ると、今度は緋鯉だけが飾られていた。


「母さん、緋鯉だけ飾ることはあるの?」


「いや、ないはずだけど……、そうよ、きっと、!!」


「いまのご時世、鯉のぼりも距離を取らないといけないのね」


 ついでにその後見たときには、再び真鯉だけが飾られていたが、5月5日には吹き流し、真鯉、緋鯉、青鯉の家族勢ぞろいでしっかり風にたなびいていた。


 あのソーシャルディスタンスは何だったのか、未だに謎のままなのよね。

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マンガ家母さんの迷言 タカナシ @takanashi30

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