愛の世界って
りんさんが言った通り、私は仕事にどんどん慣れてきて、拓海とスキンシップを取ることもそこまで抵抗が無くなってきていた。恋人を良客だと思う、というりんさんのアドバイスは私にはわりとしっくり来ていて、拓海のことを良いお客さんだと思って接しているうちに、以前のように甘えられるようになった。私は稼いだお金で調理器具を増やしたり、友人の恵の趣味に付き合ったりしていた。金銭感覚は正直狂ったままだったけれど、うまくやっていけていた。恵に誘われて私もオカルト研究会に入ったのだが、これが案外楽しく、前よりも世界が広がったのを感じていた。
「結衣、最近楽しそうだよね」
「そう?オカルト研究会に入ったからかな」
私がそういうと拓海は噴き出した。
「あのさ、そのオカルト研究会って何なの?」
「えーっと、うちの研究会は、UMAを探したり、宇宙人と交信を試みたり……あ、最近は魔法陣つくってる」
私の説明を聞きながら拓海はゲラゲラ笑っていた。拓海がこんなに笑うのを見たのは久しぶりかもしれない。
「すげえ~。今度魔法陣の作り方教えてよ」
「結構難しいんだよ。私教えられるかなあ」
前までは拓海に話すネタもなく困っていたけれど、最近は話せることが増えた。心なしか、距離も縮まったかのように思う。拓海は忙しくて相変わらず週に一回しか会えなかったけれど、私も自分のコミュニティが出来たので、今の頻度をちょうどいいと思っていた。
「大好き」
私が拓海に抱き着いて言うと、拓海は急にどうしたんだよ、と言って抱きしめ返した。
「俺も好きだよ~」
ぎゅーっと力強く抱きしめられるのが心地良い。もう私は拓海に抱きしめられてもお客さんのことを思い出したりはしなかった。拓海は拓海だ。
お客さんのことを私生活で思い出すことは無くなったけれど、出勤日数も指名の数も増えていた。私が手コキのしすぎで腱鞘炎になったことを伝えると、りんさんは目に涙を浮かべるほど大笑いして、
「あんたは本当に私と同じ道を辿りがちだね」
と言った。自分も腱鞘炎になった経験があるというりんさんは、おすすめの病院や出来るだけ手首に負担がかからない方法を教えてくれた。頼りになる先輩だ。りんさんと私が喋っていると、畑中さんの声が聞こえた。
「まいさーん、指名入ったよ、三番のお部屋お願い」
三番の部屋に行くと、真珠のお兄さんがいた。真珠のお兄さんはあれ以来すっかり常連になっている。
「おお、まいちゃん久しぶりやな」
「久しぶりって、三日前に来たばっかりじゃない」
私が言うと真珠のお兄さんはガハハと笑った。真珠のお兄さんは見た目や真珠のせいもあってだいぶ恐ろしく見えていたけれど、とても良いお客さんだった。
「ほんまにまいちゃんのお陰で助かっとるわ」
真珠のお兄さんは奥さんが二人目を妊娠しているらしく、もう二年近くセックスをしていなかったという。元々性欲が強かった真珠のお兄さんは、耐えかねて風俗に来たらしかった。子供のことを考えると絶対に浮気は出来ないから、と真面目くさっていうお兄さんを、私は偉いな、と思っていた。真珠のお兄さんのような理由で来ているお客さんや、仕事の疲れを癒すために来ているお客さんを見ると、自分の仕事もそう悪くはないなと度々思う。風俗の仕事なんて搾取されてるだけだ、と思っていたけれど、人の助けになっている部分もあるようだ。その日はラストまでの出勤だったので、私は終礼に参加した。
「みなさんお疲れ様でした」
畑中さんの声に合わせて、女の子たちがペコリと軽くお辞儀をする。
「今日もたくさんのお客様に来ていただきました。アンケートを集計しましたが、満足度もとても高かったです。みんなのおかげです、ありがとう。一緒にこれからもお店を盛り上げていきましょう」
頑張ろう!という畑中さんの声に合わせて、オーッと女の子たちが拳を挙げた。最初はなんとなく嫌な気持ちになっていた終礼も、今は心地よく聞けている。畑中さんや、女の子たちと一緒に頑張りたいと思えるようになっていた。
「まいちゃんお疲れ様」
着替え終えて、帰ろうとすると声をかけられた。振り返ると、三浦さんがいた。
「三浦さん、お疲れ様です」
「久しぶり、写メ日記の時以来だよね!あのね、私あれからまいちゃんの日記ちょくちょく見てたんだけど、ほんっとーにすごく良くなっててびっくりしちゃった」
「わぁ!嬉しい、ありがとうございます」
「うんうん、本当に良いよ。これからも頑張ってね!」
はい、と返事をして私は三浦さんに手を振った。苦手だった三浦さんも、写メ日記も、近頃ではあまり苦手ではない。私は変われた。りんさんの言うように、ちゃんと適応できていた。時間が経って、ちゃんと私は変わっていった。自分を認めてくれる人が大勢いる今の状態を好ましくも思っていた。多分感覚はどんどん人とずれてきているし、自分でもそれがよく分かる。でも今の私はこれでいい。これが一番楽で、私の中では正解なんだから。かすかに風が吹いて、自分の髪にしみついたいろいろな人間の匂いがわずかに香った。
悲喜こもごも 青い絆創膏 @aoi_reg
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