第29話 白昼夢

 トイレから庭の蔵に戻ろうとしたところ、いつの間にか泉が縁側に座っていた。こちらに背を向けている。ぱち、ぱちと小さな音がする。たぶん、日光浴をしながら足の爪を切っている。


 太平洋に面したこの辺は今日も晴れだ。

 泉が自分を虫干ししている。


 朔は無言で忍び寄った。


 泉のすぐそばに辿り着くと、泉のほうに背を向けて、その場に座り込んだ。


 泉の背中に、自分の背中をつける。


 静かな午後、暖かな日光の中、ふたりでゆっくり過ごす。


 時々、これは夢なのではないか、と思うことがある。目が覚めたら、自分は見知らぬどこかにいて、善良でおもしろくない他人と暮らしているのではないか。

 こんなにも居心地のいい空間はほかにない。神様はどんな気分で朔にこれを与えたのか。


「朔? どうしました?」


 泉が手を止め、声をかけてくる。

 朔は返事をしなかった。


「……まあ、ゆっくりしてください」


 また、ぱち、ぱち、と音が聞こえてくる。


 これが夢で、目が覚めた時何もなかったら、どうしよう。

 朔は今度こそ、世界の何もかもを破壊してしまうかもしれない。

 そう思うと、泉は救世主だ。

 この屋敷は朔を飼い馴らすための檻だ。朔は檻の中で安穏とした生を得た。

 もう出られない。


 この夢が、永遠に続きますように。





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