第22話 遥かな

 双子を持て余したらしい、泉は日曜日なのに文恵を呼び出した。朔はもう双子の存在に慣れたのでそこまで苦ではなかったが、泉は息が詰まるとこぼしていた。世の中にはいろんな親子関係がある。


 文恵は快諾してくれたようだ。双子の様子を見たいから、と、小鳥が部活の遠征試合に行ってしまって手持ち無沙汰だから、とのこと。まあ、泉にとってはありがたい限りだと思う。


 文恵の洗濯を手伝おうと思い、朔は洗濯かごを抱えて文恵と一緒に庭にやってきた。


 庭に向いている縁側で、悟と昇がふたり並んで座り込み、空を見上げていた。


 朔も空を見上げた。特に何もない。秋空に雲が広がっているだけだ。双子は何を見ていたのかな。


「あら、悟さまも昇くんも、こんなところで」


 ふたり揃って文恵のほうを見る。同じ顔、同じ仕草をする。双子の兄弟なのだ。興味深い。


「聞いたわよ、金曜の夜にゲリラ帰省したんだって? 来るなら来るってあらかじめ言っといてちょうだい、土曜の分のご飯用意したのに」

「ごめん、泉に黙って乗り込みたくてさ。泉からの返事がないから、何かあって俺の相手が面倒になったんだな、と思って」


 昇は朔が電話に出たことを言わなかった。言ってくれても別に構わなかったが、言わないことで余計な揉め事を回避できているのかもしれないので、朔も何も言わずにおいた。


「あいつ、都合の悪いことは言わねーからな」

「と、俺も思ったので、悟を呼び出してふたりで乗り込んだわけですよ」

「さすが、ふたりとも泉さまに詳しいわね」


 文恵が物干し竿にバスタオルを引っ掛けた。

 昇が「手伝おうか」と言いながら庭におりてくる。対する悟は縁側で仰向けに寝転がった。悟はこういうところが父親に似ている。


「俺も悟も最初泉が俺らの知らないうちにこども引き取ってきたって聞いてめちゃくちゃ驚いたんだけどさ、ふみさん的にはどうよ」

「どうもこうもないわ、泉さまが無言で勝手なことをするの昨日今日に始まったことじゃないもん。こども捨てたり拾ったりするのもこの家じゃよくある話でしょ」

「俺もそれ家を出るまでは普通のことだと思ってたんだけど世間様では異常らしいな」

「だいたい私はこの家からしたら家事をしに来るだけのよそ者だし、相談されたことなんて一度も――あ」


 文恵の手が止まる。


「でもこの何日か泉さまと朔ちゃんの話をする機会が増えたわ。泉さまなりに育児についていろいろ考えてるんだと思う」


 悟ががばりと起き上がった。


「おい、あいつ俺のことは乱暴に育てたくせに他人のこどもはそんな熱心に世話してんのかよ」


 文恵がころころと笑う。


「やきもちですか?」

「ああ?」

「こういうの、案外あかの他人のほうがうまくいくもんですよ。自分の家庭では毒親なのに他人のこどもはボランティアとしてうまくお世話できる人とか、世の中にはいっぱいいるんです」

「本末転倒だろ」

「考え方によります」


 洗濯ばさみにタオルを留めつつ、楽しそうに笑う。


「息子のふたり――三人? に言うことじゃないかもしれないけど、正直、私も泉さまってすごく困った人だと思ってたから、最近人間らしくていいわよ。朔ちゃんの言うことすることに一喜一憂してる。きっと人生今が一番楽しいんじゃないかな」


 朔もハンガーに自分のシャツを引っ掛けつつ、そういうものか、と考えた。

 泉が楽しいなら結構だ。自分は泉のペットとしてここにいるので、ご主人さまを癒すことができているなら何よりである。特別彼に気に入られるようなことをしたおぼえはないが、とりあえず気に障らないように振る舞えているのだろう。よかったよかった。ここを追い出されたら朔はたぶん発狂する。


「すごいわね。人生長く生きてるといろんなことがあるもんだわ」


 文恵はしみじみとそう言った。


「朔ちゃんがおとなになってこの家を出ていくことになったらまたすごいトラブルになりそうだけど、朔ちゃんは出ていく気ないんでしょ?」

「はい」


 即答だ。


「朔がおとなになったらって、何億光年先の話なんだか」

「こどもってあなたたちが思うよりずっと早く成長するもんなの」




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