第21話 帰り道

 山を下って公道に出るのに三十分ほどかかるが、幸いにもすぐそこにバス停とコンビニがある。バスはありがたいことに一時間に二本も来て、コンビニは他の一般的な店舗同様二十四時間営業だ。


 朔は悟と昇に誘われてコンビニに来た。


 三人で、大量に買い込んだコンビニ弁当と菓子を持って山道をのぼる。泉が適当に一万円札をくれたので、リッチなことに買い物バッグではなくビニール袋を買って両手にぶら下げた。


「もっと気前よくカード貸せよなぁ」

「コンビニでどんだけ買う気だよ」


 悟と昇は、表面的には互いを罵り合ったり揚げ足を取り合ったりするので仲が悪そうに見えるが、根本的なところでは仲良しだ。性格が真逆だからこそ噛み合うのかもしれない。

 いずれにせよ、ふたりとも基本は善良な人だ、と朔は思う。騙されやすそうな連中だ。


 十代の男ばかり三人、山ののぼりおりは苦ではない。


 ちなみに双子は十九歳だったらしい。ではあの洋酒は何だったのか、と思うが、悟は一回火がつくと怒り狂うタイプだということを学習したので朔は突っ込まなかった。


「まあ、でも、ここだけの話、よかったよね、朔」


 唐突に名前を呼ばれた。

 朔は隣を歩く昇の顔を見上げた。昇も悟も背が高い。百八十センチはあるだろうか。泉もそれくらいだ。そこは遺伝したらしい。

 顔立ちも泉とよく似ている。双子はいわゆるイケメンというやつで、女ウケが良さそうだ。泉も若い頃はこんな感じだったんだろう――今もイケおじというやつだが。


「こんなことあんまり考えたくないけどさ、結局お金なところあるよね、この世の中。悲しいことだけどさ。ぶっちゃけた話、俺も今泉のお金で大学通ってるんだよね」


 そういう話か。

 昨日、悟に、金目当てか、というようなことを言われたのを思い出した。言われてみれば、朔自身、最初は金があれば人生が楽になる気がして泉についていくことを決意したものだ。もはや遠い昔の話で、今は単純に居心地がいいから居座っているだけで財産の多寡はあまり気にしていない。


「大学で教育学部行ってて、福祉の勉強とかも一応始めたんだけど、もう、寂しいことばっかりだよ。俺んち――あ、外岡の家ね――あんまりお金ないけど家族で平和に暮らせてハッピー、みたいな脳味噌お花畑でさ、まあ、今思えば両親共働きでなんとか最低水準の幸せ保ってたんだな、みたいな」


 朔は自分が施設育ちであることをあまり気にしていなかったが、昇のような善良な人からすると不幸な生い立ちかもしれない。


「だから俺は、朔があの屋敷で暮らすことで衣食住を保証されてるってんなら、まあいいかな、と思わなくもないんだよね」


 悟は「そうそう」と頷いた。彼が素直に昇に賛同するのは初めてかもしれない。


「悪かったな。俺も衝動的にあんなこと言っちまったけど、かといって長男の俺が継ぐのか、って言われたら、なんだかな。泉が死んだらソッコー相続放棄してやろうと思ってたから、お前が管理してくれるっていうんなら悪い話じゃないのかもなぁ」

「はあ」


 今となってはそんな理由ではない。もっと単純で本能的な理由でこの屋敷にいる。だが善良な彼らからしたら想像のつかないことなのかもしれない。

 朔は泉のペットでよかった。何も考えず泉に尻尾を振って生きる人生で満足だ。だいたい朔には五年以上先の展望はないのだし、泉が死んだ後の相続がどうこうなど考えたこともない。

 泉が死んだら死ねばいい。泉のいない世の中で生きながらえても仕方がない。


 しかしそんなことを言ってもこのふたりは納得しないだろうから言わない。


「昇さんは大学生なんですか」

「そうだよ。普段は静岡でひとり暮らししてるけど、まあ、電車で一時間ちょっとだから頻繁に外岡の家に帰ってくる。カノジョもこっちいるしね」

「カノジョさんがいるんですか」

「そりゃもう、めっちゃ可愛いカノジョが。ただ問題は二年前付き合い始めた一個下の後輩だからまだ高校生でさ」

「おい、高校生と淫行するなよ、俺ら十九だぞ」

「ほんとだよ、どうしてくれるんだよこれ」


 何が楽しくてそんな話になったのか知らないが、とりあえず人間関係を頭に入れておきたくて頷く。


「悟さまは?」

「俺も静岡でひとり暮らし。泉と一対一が嫌になって、十六の時に屋敷を飛び出して沼津で半グレやってたんだけどな、今の勤め先の社長に出会って、こんな生活やめよう、真人間になろう、と思って」


 そして付け足す。


「お前もまっとうに生きろよ」


 まっとうって何だ。朔は十分まっとうなつもりだ。


「では、社会人なんですね」

「一応な。工場で働きながら定時制の高校通ってる。正社員だから会社が倒産しない限り職を失うことはない、と思いたい」


 昇が溜息をつく。


「いや、こんなこと言うの癪だけど、悟は偉いよ。悟こそ長男なんだし今や泉の直系の親族って戸籍上悟だけなんだし、あの屋敷まるまる相続したら一生遊んで暮らせるじゃん」


 悟の頬が赤く染まった。


「なんだよ、やめろよ。お前に褒められると照れるだろうがよ」


 昇の頬も赤く染まった。


「こういうことはまめに言っておかないとと思ってさ」

「お前だって、大学生って言ったって、夜中までバイトしてるんだろ。学費はともかく、生活費とか」

「まあ、一応ね。でもあんなのいつ辞めたっていいんだ、最悪そっちも泉にたかればいいんだし。俺だってたまには腹黒く俺のこと捨てたくせにって迫ってもいいんだしさ」

「まあ……、まあな、それは、そう。お前は間違ってない」

「うん」


 中学生カップルか?


「いや、まあ、その、ね。俺らにとっても弟ができたっていうのはいい刺激だってこと」


 そんな話だったっけ。


「弟、ですか。あまり泉さまと親子という感じではないのですが」

「はたから見ればそうだよ」


 昇が微笑む。


「朔、困ったことがあったら何でも言ってね。俺、なんとかして朔のために時間作るからさ」


 悟が「お前ばっかりいい顔しやがって」と言う。


「しょうがねえなぁ、俺の連絡先も教えておいてやるか。屋敷の構造、かくれんぼはどうしたらいいのかぐらいは教えてやれる」


 それは貴重な人材だ。朔はまだあの屋敷の構造がよくわからないのだ。


 まあ、万事うまくいっている。最初はどうなることかと思ったが、なんとかなりそうだ。


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