第17話 錯覚

 鎮守、とは、特定の地域を守るために祀られた神のためのおやしろのことをいうらしい。昨夜、前に文恵がそんなことを言っていたのをふと思い出した。つい気になって検索してみた。


 早朝、まだ薄暗い中目が覚めた。せっかくだから、泉を起こす前に屋敷の周りを歩いてこようと思った。


 山の中の小径こみちにたたずむ。


 朔はこの屋敷にどんないわれがあるのか知らない。

 泉はお金を持っているが、彼がどこで財産を築いたのかは聞いていない。働いているようには見えない。この古い屋敷のある山が先祖代々伝わるもので、泉は親から莫大な遺産を相続してその遺産を食い潰しながら暮らしている、というのなら自然だ。屋敷の建築物もとても古いものだ。大昔からここで大地主だった、と言われれば納得の古さだ。

 朔が掘り返している蔵からは、とうとう江戸時代にさかのぼれる日記と思われるものが出てきた。毛筆による崩し字だったので何も読めなかった。ちなみにさすがにこれは捨てなかった、泉は郷土史料館にでも寄付しようかと言っていた。


 いつだったか、人形を発見した時に、この屋敷が武家屋敷なら、と思ったことがある。しかし、日本刀や甲冑といったわかりやすいものが出てこないので、違うかもしれない。かといって農民だったかと言われると疑問も残る。その場合こんな山奥に屋敷を建てるだろうか、田畑の近くに住まうものではないか。


 鎮守の山。


 神のための社の山。


 それが意味しているのは何か。


 泉は、朔に何を継がせようとしているのか。


 あたりが明るくなってきたので、顔を上げた。

 広葉樹の頭の向こうから朝日が見えた。

 まぶしい。早朝の冷たく清々しい空気の中、それは神々しくすら思える。だからといって膝を折る朔ではないが、人間が崇め奉るには十分なのかもしれない。


 朔は神に祈ったことはない。そんなものに頼っても何にもならないことを知っているからだ。むしろ、神とは残酷なものだ。指先一本ですべてをめちゃくちゃにすることができる。


 ふと、どこかから誰かが見ている気がしてきた。


 振り向いた。


 誰もいない。


 この山には何がいるんだろう。


 まあ、関係ないか、と朔は思う。何がいようと、何もいなくても、朔はまだしばらくこの山で生活する。



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