第16話 無月

 泉に、朝晩は寒いから雨戸を全部閉めましょう、と言われた。この屋敷の雨戸を全部閉める? もしかして毎朝開けて毎夕閉めるのか? 全部?

 日中はまだ暖かいこともあって、朔はそこまでしなければならないほど寒いとは思っていなかったが、泉が寒いのならなんとかしなければならない。指示どおりあちこちの雨戸を閉めてまわった。


 ふと、手を止めて空を見る。

 満天の星空になっていた。気温が低くて乾燥している夜は星がよく見えるものだ。だからといって何というわけでもないが、朔は細い細い消えてしまいそうな月を見つけてしばらく眺めていた。


「朔」


 声のしたほうを見ると、泉が着物の上にはんてんを羽織っていた。


「何かありましたか?」

「いえ、何というわけでもないのですが、夜の空は冬だな、と思いまして」

「風流ですね。空なんか何年も見ていませんでしたよ」


 彼のほうがよっぽど風流なことが好きそうな見た目をしているのに、案外天気の移り変わりには疎い。彼の世界には暑いか寒いかしかないのではないかと思うほどだ。


 彼も空を見る。


「月が細いですね」

「昨日が新月だったのか、明日が新月なのか、などということを、ふと」

「今時蛍光灯もありますし日常生活にはあまり関係ありませんが――あ」


 そこで言葉を切り、朔の顔を見た。


「そうですね。朔は朔という名前なんだから、きっと新月の日に生まれたんでしょうね」


 朔は首を横に振った。


「施設の人が言うには、朔が拾われた日が新月だったそうです」

「ほう」

「朔が正確に何月何日の生まれなのかは誰も知らないそうです。中央公園近くのごみステーションに捨てられていたところをおまわりさんが見つけた日が新月で、首がすわっていたことからだいたい生後三、四ヵ月だろうということで適当な日を誕生日にして戸籍を作ったと聞きました」


 少しの間、ふたりとも沈黙した。寒いからか虫の音も聞こえなかった。


「すみません。軽率なことを言いました」


 朔はびっくりした。泉がひとに謝るということなんてないと思っていたからだ。


「どうして謝るんですか」


 彼は困った顔で苦笑していた。


「悲しいことを思い出させたでしょう」


 また、首を横に振る。


「ただの事実です。記憶にない大昔ですし、悲しいと思ったことはありません」

「そうですか」


 納得したのか頷いてくれた。


「そうかもしれませんね。朔はそういうところがありますね」

「どういう意味ですか」

「まあ、これも個性なのかな、と思うようになりました」

「これがどれなのかよくわかりませんが、朔は小さい頃からこうです」

「そうでしょう。……そうでしょうね」


 泉が手を伸ばした。戸袋に指を引っ掛けるようにして雨戸を出す。がたがたと音がする。


 雨戸を完全に閉め切った。とはいえ、奥の部屋の蛍光灯が明るいので、特に不便ではなかった。



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