第15話 オルゴール
今日は蔵ではなく押し入れの話。
この屋敷には全部で何部屋あるのかわからない。あまりにも広すぎるので、建物全体が有機物で朔の知らないうちに増殖と死滅を続けている気さえする。
普段の生活は泉と文恵が『表向き』と呼んでいる母屋の南側だけで事足りていた。もっといえば、玄関、台所、夏の食事の間、冬のこたつの間、泉の部屋、くらいしか用事がない。
泉には好きな部屋を好きに使っていいと言われていたが、朔はあえて泉の部屋――のうちのひとつ、寝室でも文机の部屋でもない三つ目の部屋――の南側を選んで寝起きしていた。泉の近くにいたほうが用を申し付けやすいのではないかと思ったからだ。
でも、もうちょっとこの屋敷のことをわかっていたほうがいいのかもしれないなあ。
そうだ、探検に行こう。
と思って『奥向き』の部屋に向かったところ、人間が住んでいた痕跡のある部屋を発見したのである。
その部屋にはシンプルな机と椅子が置かれていた。文机ではなく、脚の長い机である。誰かがここで勉強していたのではないか。
部屋の隅にはカラーボックスがある。中には古い少女漫画が並んでいた。手に取ってみると、障子に近い場所に置かれていたせいか日に焼けてしまっており、背表紙の色は薄れ、小口が黄ばんでいた。
この部屋では女の子が生活していたのだ。
でももういない。この家にはもう泉のほかに誰もいないのだ。この少女漫画の主は跡形もなく消えていた。少女漫画の奥付の発行年月日が平成序盤なので泉の妹だと思うが、朔は泉の三人いたという妹たちの名前さえ知らなかった。
押し入れを開けた。
朔は驚いた。
押し入れの中のポールにセーラー服がかかっていた。
どこの学校だろう。見覚えがない――というか朔はそもそも家から出ないのでどこにどんな制服の学校があるのかもわからない。
セーラー服やコートを掻き分けてみる。
奥にもカラーボックスがあった。
今度は漫画ではなくCDが並んでいた。
一枚手に取ってみる。
ジャケットに、ヒーリングミュージック、80年代J-POPヒットソングオルゴールアレンジ、と書かれている。
裏を見ると、小さな文字で1995年7月発売とあった。二十五年前だ。泉はその頃二十歳か。想像もつかない。
当時何歳の妹がいたのだろう。このセーラー服が中学のものかも高校のものかもわからないが、十代の少女がいたのは間違いない。それもごく普通の女の子だ。学校に通い、漫画を読み、CDを聴く、ごくごく普通の女の子だ。
この家に?
彼女はいったいどこに消えてしまったのだろう。
そして、泉は何を思ってこの部屋を放置しているのか。埃をかぶっているわけではないので時々文恵が掃除に入っているのだろうが、何のためか。
カラーボックスの上にCDプレイヤーと思われる見慣れない機械が置かれていた。スピーカーがふたつ、頭にはCDを入れられる丸い受け口、モニターだろうか小さな緑色の窓、いくつかのボタンには再生、一時停止、録音、それからFMやらAMやらなどなどと書かれている。
朔はそれを手に取り、たたみの上に下ろした。そして、背中のコードを引っ張り、コンセントを探して、プラグを差し込んだ。
ボタンを押してみた。
動かなかった。
これではCDを再生できない。
朔は思った。
彼女の時間は死んでいるんだな。
カラーボックスの中に機械とCDを戻した。
そして、押し入れを閉めた。
これ以上ここにいても仕方がない。今度処分しにこよう。
朔は無言で部屋を出ていった。
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