第13話 樹洞
蔵に行こうと庭に降りると、桜の葉がとうとうみんな落ちたのに気づいた。この屋敷の庭にある中では最初に裸になった木だった。
茶色いかさかさした落ち葉が地面を覆い尽くしている。
朔はつい、落ち葉を踏み締めた。ふかふかだ。
何度も踏み締める。何度も、何度も。
ややして我に返る。
掃除をしよう。泉にそこまでやれと言われているわけではなかったが、こういうことは気づいた人間がやるべきだと施設で教育されていた。
玄関のほうにある別の蔵に行く。
こちらのほうは倉庫として今も使われていて、ほうきや大型のちりとりといった外掃除用の道具が入っている。朔は時々ここにまとめたごみ袋を置きにきていた。昔は庭師が作業道具を並べていたらしい。
竹ぼうきとアルミ製のちりとりを手に取る。
すぐにもとの、自分の縄張りの蔵の前に戻る。
せっせと落ち葉を掻き集めた。
そして、垣根を割るように設置されている木戸を開けて屋敷の外に出た。
そこは鬱蒼と茂る森だ。広葉樹の森が広がっている。山の中である。
文恵が言うところによると、この山はふもとの集落の人々に鎮守の山と呼ばれているのだそうだ。どんないわれがある山なのかもう少し知りたい気もするが、知らなくても暮らせるのであえて追及はしなかった。長く暮らしていればいつか知る日も来るだろう。
先日、泉が、猿や猪が出るので危ないんです、と笑っていた。でも、朔はこの家に来てからまだ野生動物を見たことがなかった。たぶん、泉はこの山に一般人が出入りすることをよく思っていない。私有地なので当たり前か。
三歩、四歩と走って森の中に出る。
名も知らぬ広葉樹の下にちりとりの中の落ち葉を捨てる。がさがさ、という小さな音が鳴る。ただの枯れ葉なのでこれで土に還るはずだ。
ちりとりの中が空になったタイミングで、辺りを見回す。
三百六十度枯れ葉をまとった広葉樹に囲まれていて、誰かが木の影からこちらを見ていても違和感はない。
そうなったらどう対応すればいいのか、後で泉に確認しておかなければ。勝手に撃退するとご近所さまと揉めるのだ――と言っても一番近い民間人の家屋まで二、三キロあるが。
ふと、変わった木が目についた。
腹に穴の開いている木だ。太い幹の真ん中にラグビーボールの形の穴が開いている。これは何だろう。
穴の中を覗き込む。
思わず顔をしかめた。
中にびっちりとてんとう虫がひしめいていた。
気持ちが悪い。
木ごと燃やして始末しようか。
屋敷に戻ろうとして、はっとした。
何で?
今時マッチもないし、泉が煙草を吸わないのでライターもない。ガスコンロからはあまりにも遠すぎる。火を出せるものがない。
どうせここは山の中だ。虫の百匹や二百匹何だというのか。
朔は見なかったことにして歩き出した。
冷静に考えれば、この乾燥した空気の中、延焼させるのに十分な枯れ枝や枯れ葉がたくさんある。山火事にでもしたら大変だ。
そういえば、昔、同じように施設の庭の木に虫が留まっていて、朔はマッチで火をつけたことがあった。女の子たちが怖がるので始末してやろうとやったことだったが、あの時はこどもだったので、庭の木が燃えたら火事になるというのが頭になかった。朔も賢くなった。
あれもこの上なく怒られた。朔は女の子たちに頼まれたからやったのに、おとなはひどい。
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