第7話 秋は夕暮れ
今日は朝から曇天で、昼前ぐらいから雨が降り始めた。
朔は縁側に座って屋根瓦から落ちる水滴を眺めていた。雨なので蔵を開けないようにと泉に言われたのだ。
最近日が落ちるのが早い。午後二時くらいにはすでに日が傾き、四時を過ぎると急速に暗くなっていく。今日は雨で空が暗いので、余計に日没が早くなったように感じる。
だからといって何というわけでもない。外出することがめったにないからだ。暗かろうが明るかろうが朔は家から出ないのだ。
行きたい場所もない。行かなければならない場所もない。来週から学校をがんばろうねと言っていた文恵も今日は土曜日だから来ない。解放だ。
「朔」
後ろから声をかけられた。
振り向くと、いつもどおりの和服姿の泉が立っていた。
「今日の夕飯、出前でも取りましょうか」
文恵が一応作っておいてくれたが、明日も一日彼女は来ない。冷蔵庫の中の食品がどのタイミングで切れるかわからなかった。実は、朔も泉もそこそこ食べる。
「ピザでもどうですか。朔は若いからそういうの好きでしょう」
施設にいた頃には絶対食べられなかったものだ。だからといって特別食べたいとも思っていなかったが、いい経験かもしれない。週末だけ里親のところに行く子らは外食しただの出前を取っただのとよく自慢していたものだ。
朔はもうぼんやり自分はこの家から出ていかないだろうと思っていた。けれど何をきっかけに外の世界へ出るかわからない。学校もこのまま永遠に行かないでいるわけにはいかない気がしていた。そういう時に話を合わせるために勉強すべきか。
「何が食べたいですか。ふみさんが几帳面にチラシを保管しているんですよ、見ます?」
「泉さまはピザをお食べになりたいんですか?」
「いえ、この年になると、油っこいものはちょっと。ただ、朔の年頃だとそういうのが好きかな、と思っただけです」
泉の顔を見上げる。
相変わらず、穏やかに微笑んでいる。
なんという譲歩か。泉はこの家に君臨する王さまで、何でも好き勝手できるというのに、哀れなみなしごに自分は食べたくもないピザなどを与えてくださる。
「朔もピザはいいです」
「では、どうしましょう」
「カツ丼がいいです。朔は知ってるんです、ふみさんが駅前のお蕎麦屋さんのメニューもとっておいてあること」
泉がからっと笑った。
「図々しい子ですね」
「お嫌いではないでしょう?」
「バレましたか」
彼はそこまで言うと、踵を返して部屋の中に引っ込んでいった。
「この雨の夕方にこんな山奥まで配達させられるお蕎麦屋さんも大変ですねえ」
それはピザ屋も同じではないのか、と思ったが、朔がカツ丼がいいと言ってしまったので、これ以上言わなかった。
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