第6話 双子

 朔は蔵の中のものを次から次へと捨てていった。


 正確には、分別した、というべきだろう。普通ごみでは出せないものが多かったので、資源ごみ、埋め立てごみ、それから粗大ごみに分け、特定のごみの日まで玄関の脇に置いておくことになっていた。

 そして、そのごみの日までに泉が本当に捨てていいものかチェックすることになっていた。


 しかし、泉がその中から何かを回収することはなかった。


 泉に、朔は思い切りがいいですね、と言われたことがある。

 本当に思い切りがいいのは泉のほうだ。

 彼は自分の家に伝わるものをあかの他人である朔に捨てさせて何も言わない。繰り返すが、朔はほぼすべてのものを捨てようとしているのだ。


 今日、朔は人形を掘り返した。といっても、着せ替え人形のたぐいではない。こどもが甲冑を身につけた、いわゆる五月人形というものである。四月の末になると施設の玄関先に置かれるのでおぼえていた。


 これは何ごみだろう。たぶん埋め立てごみだと思うが、そのまま捨てていいものだっただろうか。解体するんだっけ。あとで調べよう。


 台座ごと抱えて、庭を歩いて玄関先に向かう。


 ごみの山の前に泉がしゃがみ込んでいた。朔がまとめたごみをチェックしているらしい。だが彼が山から何かを拾っている気配はない。やっぱり全部捨てていいんだ。


 気配に気づいた泉が、朔のほうを振り向いた。


「おや、そんなものもあったんですか。買ったことをすっかり忘れていました」

「泉さまが買われたんですか?」


 言われてみれば、この人形は比較的新しい気がする。

 五月人形というものを飾る風習がいつからあるのかは知らないが、こういう古い家なら先祖代々伝わる人形があってもよさそうだった。あるいは、日本にまだ身分制度が残っていた時代に武家だったなら、本物の甲冑とか。あれ、所持していてはいけないんだっけ? 確か刀は廃刀令というものがあったはずだ。

 朔は日本史を勉強しようかなと思い始めた。学校の教科書にはそういう細かいことは載っていない。


 泉が立ち上がる。


「そうです、息子が生まれた時に、紅葉が欲しいと言うものだから。蔵を探せば大昔のものがあるはずですが、あの蔵、私たちが若い頃にはすでにああいう感じでできあがっていたので、探す気になれなくて」

「はあ」


 一瞬聞き流しそうになった。


「え、息子さんがいらっしゃるんですか?」

「ええ、双子ちゃんだったんですよ」


 さすがに驚いた。この家には影も形もなかった。


 弟妹がいると聞いたのは、二、三日前だったか。あの時も少し気になったが、そこまで驚かなかったのは二親等だからだろう。泉も一応人間なので、親がいるはずだ。その親が泉のほかにこどもを作ったと思えばあまり不自然ではない――今誰ひとりとしてこの家にいなくても、だ。

 しかし一親等となれば話が別だ。泉が紅葉と作ったこども? 違和感しかない。


 この家には本当に、泉のほかの人間が生きていた痕跡が蔵の中にしかない。泉に家族がいる感じがしない。仕事としてこの家に出入りしている文恵は家族に数えられないだろう。

 逆に言えば、蔵の中を漁れば漁るほど泉が人間だったことを思い知らされて不思議な感じだ。


「この家は古い家ですからね」


 泉が一歩分朔に歩み寄った。朔も一歩分泉に歩み寄り、五月人形を差し出した。

 泉の手が、かぶとを撫でる。


「双子は不吉だと言われていたんですよ。家をふたつに裂くもの、と言いまして。特に長男が双子であることは財産を奪い合うとても危険なことだと思われていたんです」

「そんなことを真に受けたんですか?」

「紅葉が育児に困っていたこともありましてね。ひとりだったらよかったのに、と思った私は、紅葉に無許可であとに生まれたほうを養子に出したんです」


 朔は思わず「あら」と呟いてしまった。さすがの朔も、我が子を勝手に家から出されたら母親はどう思うか、なんとなく想像がついた。泉には人の心がない。朔にもないので気が合う。


「そこから紅葉はみるみる病んでいきまして」


 その先は聞かなくてもわかった。

 泉が珍しく真顔で沈黙したこともあり、朔はとっさに言ってしまった。


「いいです、その話は、また今度で」


 すると泉はいつもの穏やかな笑顔を取り戻した。


「朔は賢い子ですね」

「そうでしょうか」

「私も自分の話をする時はどう説明すれば嫌われないか手探りなんです」


 そのわりには結構あけすけなことを言うと思うが、朔も自分の感覚が狂っているのを理解していたので、泉を嫌いにならない自信もあった。


 もう少し近づけば噛み合う気がする。


 朔はあまり人間と関わりたくなかったが、泉とはもう少し近づいてもいい気がしていた。

 泉が人間らしくないからだ。

 それは人間らしくない生き方をしてきた朔にとってとても居心地のいいことであった。


「この先男の子に恵まれる予定もない気がするので捨ててしまいましょう。朔が飾りたいと言うのなら保管しておいてもいいですが」

「いえ、いりません。処分に困るので」

「物を持たない子ですねえ」





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