第2話 吐息

 一応今は晴れているが、西のほうには黒い雲が沸き起こっていた。

 けれどそんな空に反して、朔は自分がゆるんでいるのを感じていた。


 今日は泉と買い物に行く日だ。

 学校は行かなくてもいいことになった。

 平日だけど。


「まあ、一日くらい、いいでしょう」


 朝食を食べながら泉が言う。


「朔が行きたいのなら止めませんが、この山から通学するのは大変ですからねえ。私も学校には行きませんでしたよ」


 世の中にはいろんな人がいるものだ。


 おとなにはこどもに教育を受けさせる義務がある。


 施設の先生たちも今までの里親たちも、朔を学校に通わせようと躍起になっていた。

 先生たちは、施設育ちだからといって縮こまらず胸を張って通学しなさい、と言っていた。別に縮こまってはいなかった。

 里親たちは、学校で嫌なことがあったら無理して通わなくてもいい、と言っていた。別に嫌なこともないし無理したこともなかった。


 おとなはなんだか的はずれなことを言うなあ、と朔は思っていた。

 朔は別に誰とも敵対していない。いじめられたわけでもない。もしかしたらいじめられていたのかもしれないけど、気づいていなかった。朔は何にも嫌じゃないのだ。

 ただ、面倒臭いなあ、と思っていただけだ。

 みんなが言うように毎日学校に通っているだけなのに、どうしておとなたちは朔を心配するのだろう。

 そういうのがわずらわしい。


 そんなふうに思っていたところに、泉のこれである。


 朔は気がゆるんだ。

 ひょっとしたら、ひとはこれを、ほっとした、とか、安心した、とかと言うのかもしれない。朔にはよくわからないけど、学校に行かなくてもいいというのは楽なことなのである。


「あ、一応言っておきますが、落ち着いたら行ってください。転校の手続きはしましたし、里子を学校に通わせないとなると私の体裁が悪いので」


 そう言われると、やっぱり、ゆるゆるになる。


 そうか、泉の体裁のために学校に行くのか。


 大義名分、動機付け。


 朔は、学校に行く理由ができてよかったなあ、と思った。自分のためだったら、このまま泉に甘えてだらだら行かなくなっていただろうなあ。


「はい」


 ふと漏らした自分の吐息に今までなかったものを感じて、朔は、不思議なところに来たなあ、と思ったのだった。





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