第105話 蘇る想いと記憶

 それからぼんやり待つこと暫くして、ようやく彼女達の攻撃は収まってくれた。

 実際彼女達の濁流魔術が襲ってきた時間は二十秒も無かっただろう。けれど、体感的には一時間以上に渡る猛攻を受け続けていたような錯覚に陥ってしまった。それ程の威力と凄まじさがあったのだ。


 攻撃を終わらせた彼女達を見ると、場所が場所じゃなかったら手篭めの一つもしたくなる程のとても愛らしい笑顔を浮かべていた。その表情、正に歓喜。両腕を折り曲げ胸に寄せ、それはそれは輝く瞳を僕に向けてくれる。

 僕はその満面の笑顔に対し、こちらに牙を剥いている魔獣の姿を幻視した。確信出来た。先程の攻撃が児戯に感じるような何かがこれから訪れる。

 ミミリラ達のほんわかな甘い微笑みが頭に浮かぶ。宿に早く帰りたいなぁ。心底そう思った。


 そんなことを考えていた僕の足元が急に沈み込んだ。

 円形闘技場アンフィテアトルムの床は全て敷石で埋め尽くされている。その床が沈み込むってどういうことだ、と足元を見れば、なんと僕の半径一メートル程が砂地になっていた。

 その砂地は僕が足元を見る直前から高速で回転し始めており、流砂となって周囲を走り回っている。僕の【五色の部屋サン・ク・ルーム】は僕が許可しないものは通さないので、動いているのは僕の足元以外の地面だ。


 それと並行して【魔術感知カラー・センス】と【危機感知ラップス・センス】が反応したので空を見上げると、そこでは大きな氷の塊が僕に狙いを定めていた。


 火は「物体を熱くする」と言う特性を持つが、水は「物体を冷やす」と言う特性を持つ。それを突き詰めれば水そのものを冷やすことが可能となり、その姿は氷へと変質していく。理屈としては非常に簡単だ。

 但し、これは高い知力等級値と属性等級値が無ければ決して生み出せない高位の魔術だ。小さなものを生み出すだけでも相当の難易度がある筈なのに、僕の視線の先にあるのは幅五メートル、長さは二十メートルもある氷柱つららだ。

 水属性魔術士筆頭アクア・カラーズ・ラーレストであるヴァニラード子爵は僕を化物か何かと勘違いしているのでは無かろうか? こんな魔力が凝縮された魔術なんて、流石の僕も障壁無しでは食らいたくない。


 僕が視線を向けて一秒もしない内に、その氷柱は高速で落下を始めた。

 やはり風属性の魔術が付与されているのか、初速から最高速だ。巨大な物体とは思えない落下速度で僕目掛けて向かって来るその姿のなんと恐ろしいことか。

 氷柱と【五色の部屋】がぶつかり、巨大な氷が割れる独特の音が周囲に響き渡った。砕け宙に舞う氷の残滓を目にしたままに精神力の減りを確認すると、今の一撃だけで笑えない数字が削られていた。


 違和があるので再び足元を見れば、気づかぬ内に砂地は泥沼に変わっており、【五色の部屋】ごと身体が沈み始めていた。地面に埋めるつもりだろうか、と思った瞬間、一気にその泥沼が沸騰し始めた。

 巨大な気泡が表面を埋め尽くさんばかりに飛び出しては破裂するその光景を見て、僕は鍋で煮える腸詰ソーセージを思い出していた。もちろんその腸詰ソーセージは僕だ。

 彼女達は何を思ってこんな魔術を創造したのだろうか?


 全く動ずることのない僕を見て、このままでは腸詰ソーセージに火が通らないと判断したのか。煮えたぎる泥は唐突に浮かび形を変え、【五色の部屋】ごと僕を包み込んでしまった。僕の視界は沸騰しながら纏わり付く泥で完全に塞がれてしまっている。

 これは流石に邪魔なので、水属性魔術士筆頭ヴァニラード子爵に倣って【水魔術アクアカラー】で煮える泥を一気に冷やし、熱が完全に引いたところを【土魔術グランドカラー】で操り泥を落とす。

 視界が晴れてすぐに、上空に浮かんでいる十四個の魔石に目をやる。あれは光属性魔術士筆頭ライト・カラーズ・ラーレストであるファーナジー子爵が身に付けていた光属性の魔力が籠もった魔石だ。


 その魔石は十四個全てが光輝いた瞬間、僕に向かって一斉に光線を放って来た。【五色の部屋】と触れた部分が光を弾き散らしている。

 これは僕が作った魔道具と全く一緒の効果だ。魔石が浮いているのは風属性魔術士筆頭ブレイズ・カラーズ・ラーレストであるバルド子爵が浮かせているのだろう。魔石を【透魂の瞳マナ・レイシス】で詳細に見てみれば、元々光属性の魔力が多く籠った魔石を素材にして光線を放つ魔道具として作製したようだった。

 僕の魔道具はその辺をあまり気にすることなく作ったんだけど、初めから正しい属性が多く籠められた魔石を用いた方が強いのかも知れないな。今後の参考にしよう。


 少しお茶目心を出して、僕も自分が作った魔道具で対抗してみることにした。

僕だけの宝物箱カラーレス・ジュエルス】から魔石の形をした七つの魔道具を取り出し、壊されてはいけないので【五色の部屋】を纏わせた状態で周囲に浮かせ、僕を攻撃している魔石を狙って光線を放つ。

 僕の魔道具の放った光線は一発で光属性魔術士筆頭ファーナジー子爵の魔石を破壊した。何だ、別に普通の魔石から作っても問題なさそうだな。そう思い、光属性魔術士筆頭ファーナジー子爵の魔石を敵として設定し、魔道具に破壊させておく。


 今度は真横から衝撃と言える威力の突風が襲って来た。見れば、風属性魔術士筆頭バルド子爵が僕に向かって杖を構えていた。今のは紛れもなく【風撃圧ブリーズ・ラッシュ】だ。しかも相当に威力がある。僕程では無いにせよ、この一撃だけで多数の魔獣を吹き飛ばすことが可能だろう。

 だが、効かない。この程度であれば直接食らってもかすり傷一つ付かないだろう。僕がそのまま攻撃を十発程耐えた頃、自分の魔術が通用しない現実を前に、風属性魔術士筆頭バルド子爵は表現出来ない喜びに表情を染め上げた。


 それから笑みを抑えると、今度は魔術言語カラー・スペリアンを唱えた後に、僕が聞き慣れたそれを言葉にした。


「【風掌握ブリーズ・クラッシュ】」


 え? と、思うよりも早く、僕の身体は空高くに飛び上がっていた。

 一瞬程理解が及ばなかったけれど、なるほど。彼女は普段僕がやっていることをそのまま再現しているのかと納得する。

 確かに【五色の部屋】は攻撃を弾くけれど、風で掴むだけなら可能だろう。だが、まさか自分が掴まれる側になろうとは。

 それに、この状況は新鮮と言えば新鮮なのだが、如何に言っても高過ぎではなかろうか? 僕の身体はもう彼女達が点にしか見えない程に高いところまで持ち上げられている。


 ようやく、と言ったところで上昇は止まってくれた。さてどうするんだろう、とそのままの体勢で円形闘技場を見下ろしていると、僕の身体が急降下を始めた。

 これは先程から彼女達が攻撃する際にやっていた、風属性の魔術による加速が用いられているな。あまりに初速と最高速が速すぎる。一瞬で過ぎては消える左右の景色と、迫り来る地面が僕の高速移動を彷彿とさせる。


 気になるのが、僕の落下地点に泥沼が広がっていることだ。仮にこのまま地面に叩きつけるつもりであれば、あんなものは邪魔でしか無いと思うのだが。

 そんな疑問を他所に、僕の【五色の部屋】が地面に接する正にその瞬間、唐突に泥沼に広い穴が生まれ、僕の身体はその中へと吸い込まれていった。


「おいおい」


 落ちる落ちる。高速で落ちて行く僕の身体はようやく淡く輝く底へと到着した。

 もちろんそこには「待ってました」と言わんばかりのお出迎えがあった。僕が連盟拠点ギルドハウスで罠用に作った、【土柱グランド・アイクル】で作った小さく鋭い土の柱が床一面に生えていた。しかもこれ、ただの土の柱ではない。光を淡く纏っているところを見るに、間違いなく光属性を混ぜ合わせている。

 光属性は物体を散らす。つまり土の柱で貫きながら人の外殻を破壊していく魔術なのだろう。もう本当、殺意しか感じられない。


 もちろん【五色の部屋】はそんなもの難なく踏み潰したが、やはり精神力の消耗率が少し気になるな。まだ全然問題ないが、こんなもの普通の戦士や魔術士が戦えば防具も障壁も耐えられない。

 まぁ魔術士との戦いに於いて、戦士は如何に早く魔術士本人を殺すかが鍵となるし、魔術士も魔術を受け続ける選択肢なんて選ばないので一概には言えないが。

 ただ少なくとも今回の決め事ルールを前提として考えた場合、本当に一部の人しか相手にならないだろう。


 ふと思う。戦が起きた場合、前衛で常備軍が足止めし、後方から『七属性魔術士筆頭セブンズ・カラーズ・ラーレスト』が魔術で支援すればそれだけで勝てそうな気がするな。そもそも戦士が戦闘する者なら、魔術士とは戦闘を有利に進める者なのだ。

 これだけ頼もしい後方支援があれば、戦闘は常時優勢を保つことが可能だろう。改めて魔術士と言う存在の重要性に気付かされるな。

 ザルードには果たしてどれだけの魔術士が居るのだろうか? 城塞都市ポルポーラに着いたら必ず聞いておかなければならないな。


 そんな考えをする僕を他所に、落下してきた穴の通り道が瞬く間に閉じていった。【魔力視マジカル・アイズ】には、急速に凝縮し固まっていく土がはっきりと映し出されている。ただの土の圧縮じゃない。泥水の圧縮だ。


 水は氷へ変質する際に凝縮する特性がある。

 彼女達は泥水に含まれる水を氷へ変質させることで凝縮し、その上で泥水に含まれる土そのものを圧縮し密度と硬度を増したのだ。

 下手をすればこれ、僕が【性質硬化マナ・キューリング】を掛けた普通の土並に硬くなっているかも知れない。少なくともその辺の騎士や上位冒険者が殴ったり斬ったりしても弾くと思う。それ程に魔力と物体が凝縮している。


 この瞬間はっきり理解した。彼女達は本当に僕を殺す気なんだなと――いや、殺す気はないのか。彼女達にはそんなものは無い。悪意も殺意も無く、ただ己の鍛錬と実践をしているだけ。その過程で僕が死ぬことなんて考えは毛頭無い。

 これが『七属性魔術士筆頭』か。分かっていたつもりではあるけれど、実際に味わうとより実感するな。こんなもの、下手な戦闘狂や殺人狂よりも余程にたちが悪い。


 もちろん僕は殺されてやるつもりなんて微塵も無い。彼女達がどれだけ頑丈に穴を閉じようとも、この程度であれば問題ない。


 拳を引き絞り、普段より多くの精神力を注ぎ、言葉と共に打ち出す。


「『その風は万物を灰燼へ』――【万死圧風サーディス】」


 僕を封じ込めていた土を粉砕しながら荒れ狂う風は突き進み、大地を飛び出し空へと姿を見せた。完全に地上まで穴が通じたのを確認すると同時に跳び上がる。

 僕の動きを感知していたのだろう。穴から飛び出した瞬間、再び魔術の嵐が僕を襲い始めた。

 また穴に落ちては困るので、【五色の部屋】の内側から自分に弱めの【風撃砲ブリーズ・ラッシュ】を放ち無理やり場所を移動させる。

 そして無事に着地するも、魔術の雨あられは止んでくれそうにない。僕が空けた穴は邪魔になるので塞いでおく。


「うーん」


 凄く疑問なんだけど、彼女達は僕に攻撃させるつもりは本当にあるのだろうか?

 いや、分かる。一応趣旨の一つと言うか、名目は手合わせ、試合だしね。相手に攻撃させないようにするって言うのは基本中の基本。攻撃は最大の防御。これには大賛成だ。しかし、攻撃して欲しいと要望を出しておきながらこれは酷くないだろうか?

 それとも「この状態でも反撃くらい出来ますよね?」ってことなんだろうか?


 実を言えば、少し困っている。

 僕が創造している攻撃系の魔術や技能は、その殆どが“相手を殺す”ことを前提とした想像をしているので、基本的に加減が出来ない。出来ても「死にはしない」、「多分死なないと思う」程度が良いところだ。

 今僕が身体の位置を移動させる為に使ったり、先日『英雄譚ヒロイックサーガ』の連盟長ギルドマスターセインにやったように【風撃砲】を“押す”程度に弱めるのことは出来る。【風撃砲】は数少ない加減が出来る攻撃系の魔術だから。王太子屋敷でエルドレッドに使用した際、行動不能程度に抑えられたのもそれが理由だ。しかし、それでは意味が無い。


 なにせ彼女達、どうやっているのか【物理障壁】と【魔術障壁】を七枚ずつ、計十四層の障壁を張っているのだ。

 彼女達程の術者が作り出した障壁の重ね合わせ。こんなもの加減した程度の攻撃で抜ける訳が無いし、低位の魔術を放っても結果は同じだろう。かと言っていつも通りの使い方をして死なれても困る。こんなこと戦う前に気付けと、少し自分に呆れそうになる。

 いっそ一切の強化や支援魔術バフ無しでぶん殴ってみるのもありだろうか?


 そんな感じで悩みながら彼女達の攻撃を受け続けている訳だが、実は先程からずっと身体に違和を覚えている。それがあまりに強いので個体情報ヴィジュアル・レコードの状態欄を見ると、何とも酷いものが表示されていた。


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状態:力等級値が下降:魔術耐性により無効化

  :速度等級値が下降:魔術耐性により無効化

  :頑強等級値が下降:魔術耐性により無効化

  :体力等級値が下降:魔術耐性により無効化

  :知力等級値が下降:魔術耐性により無効化

  :体力等級値が下降:魔術耐性により無効化

  :体力の消耗率が増加:魔術耐性により無効化

  :精神耐性等級値が下降:魔術耐性により無効化

  :魔術耐性等級値が下降:魔術耐性により無効化

  :思考力が下降:魔術耐性により無効化

  :判断力が下降:魔術耐性により無効化

  :記憶力が下降:魔術耐性により無効化

  :知覚力が下降:視覚が下降:魔術耐性により無効化

         :聴覚が下降:魔術耐性により無効化

         :嗅覚が下降:魔術耐性により無効化

         :味覚が下降:魔術耐性により無効化

         :体性感覚が下降:魔術耐性により無効化

         :平衡感覚が下降:魔術耐性により無効化

  :外殻に異状あり:目眩:魔術耐性により無効化

          :吐き気:魔術耐性により無効化

          :倦怠:外殻能力等級値が下降:魔術耐性により無効化

          :呼吸不全:魔術耐性により無効化

          :内蔵機能低下:魔術耐性により無効化

          :外殻劣化:腐敗:魔術耐性により無効化

          :毒素生成:魔術耐性により無効化

               :【悪性還元リターン・ヂェイド】により解毒

  :内殻に異状あり:混乱:内殻能力等級値が下降:魔術耐性により無効化

             :技能の一部が使用不可:魔術耐性により無効化

          :恐慌:内殻能力等級値が下降:魔術耐性により無効化

             :技能の一部が使用不可:魔術耐性により無効化

          :幻覚:精神力が持続的に減少:魔術耐性により無効化

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 彼女達は僕を廃人にでもするつもりなのだろうか?

 しかも知力等級値が下がらなかったからか、わざわざ別途の阻害魔術デバフで思考力や判断力を奪おうとしているし。外殻や内殻異状の欄なんて最早阻害魔術を通り越してただの攻撃だ。


 こんなもの、精神耐性や魔術耐性が低い相手に使えば戦う必要すら無くなるぞ。阻害魔術と言うものの定義を考え直す必要が出てくるな。

 ただ一つ勉強になったのは、彼女達ですら魔力等級にだけは阻害魔術は掛けられないと言うことだ。やはり魂が関わるものには触れられないと言うことなのだろうか?

 この辺は『えにしほだし』が強く関係していそうだな。【久遠の結晶紋マルバリアン・アイビー】を応用すれば魔力等級にも阻害魔術を掛けられそうだけど、あまり触れて良い部分でもないんだろうな。ミミリラ達で試す気になんてならないし。


 ちなみにこれ、阻害魔術が効かないからと言って止めている訳では無く、現在進行形で次々に状態欄に表示が増え続けている。「取り敢えず効くまでやってみますか」と言う意思が強く伝わってくる。本当に僕を対象にして実践と検証をされている気分だ。


 仕方無いな、と。

 通じるかは分からないが、少し意趣返しついでの反撃をすることにした。


「『その瞳は何も映さず』【暗闇ダーク】」


 上に立てた指を一度振りながら、彼女達の瞳に暗闇を纏わせる。最初に彼女達からやられたやつの小規模版だ。

 それは案の定と言うべきか、効果を発揮して一秒もしない内に打ち消された。もちろん承知の上だったので、再び指を振りながらそれを唱える。


「『瞬きの瞬き』【泡沫の蛍光ライト・バブル】」


 強い光は直接目にすると眩しく感じたり痛みを覚えたりするが、暗いところから出た瞬間一気に瞳に浴びるとその効果は著しく増す。

 彼女達は一瞬とは言え完全な暗闇に視界を奪われ、そこから抜け出した瞬間、強烈な光を瞳に受けた訳だ。僕ですら彼女達にそれをされた時は僅かに眩しく感じたのだ。無効化するすべを用意してないのであれば効果は抜群だろう。

 結果、どうやら無効化は出来なかったらしく、且つ僕の魔術が彼女達の魔術耐性にまさったようだ。金属性魔術士筆頭カラーレス・カラーズ・ラーレストであるオレリア以外の全員が両目を押さえている。余程に痛かったのだろうか、お陰で全ての魔術が掻き消えた。


 これで一つ分かったことがある。魔術は本人が“魔術を使う”という意識が途切れた瞬間に消える。つまり、効果が消える。

 城塞都市ポルポーラで僕が【ザルードの槍グラン・テ・レール】を使うか逡巡した時の「魔術が効果を発揮するのか分からない」という迷いの答えは、「効果を発揮しなかった」になる訳だ。本当に使わなくて良かった。


 魔術とは彼女達の言葉を借りれば「発現する始まりの場所を指定しなければいけない」。これは発現する場所を決めはするが、最終的な結果は想像を元にしていると言うことだろう。

 つまり、“相手を燃やす”と言う想像から創造された魔術は、始まりの場所で生まれ、燃やす最終地点や結果に到達することで消える。意識を失えばそれが途中で切れるので、魔術も消えると。恐らく理屈はこう言うことだろう。

 魔術って奥が深いんだな。本当に勉強になる。ただ、何故金属性魔術士筆頭オレリアにだけ効かなかったのか、そこが気になるな。


 そして流石と言うべきか、彼女達のそんな状態は数秒も続かなかった。

 即座に顔を上げた彼女達は再びの魔術を僕に向け始めた。その瞳はむしろ僕からの攻撃を受ける前よりも爛々と輝いている。多分、素直に嬉しかったのだろう。自分達のような最上位魔術士が、あんな低位の魔術でダメージを与えられたのだから。


 そりゃあ魔術耐性が6もあれば大概の魔術は弾けるし、ダメージを食らっても高い精神耐性で耐えられる。

 僕と言う例外を別にすれば、彼女達と純粋な魔術戦闘をして戦いになる人、ダメージを与えられる人なんて国内には本当にひと握りも居ないだろう。

 可能性がある筆頭とすれば『賢者』の異名を持つカルミリア公爵家、次に『守護』の異名を持つラディッシュ辺境伯家だろうか。後は四公三侯の家中になら一人くらいは居てもおかしくないな。


 さて、僕の意趣返しはまだ終わらない。

 指を一つ回し、僕の頭上に十センチ程の土の塊を生み出した。【性質硬化】は使っていないが、【土魔術グランドカラー】で凝縮はさせている簡易的な石だ。

 その数、千四百。一人辺り二百発計算だ。

 数こそ多いものの、中位程度の魔術。彼女達に通用するだなんて思っていない。何もしないよりましかな、程度のお返しだ。


 指を立てて一回転。それに併せて降り注ぐ石の豪雨。

 魔力の込められた彼女達の障壁と石が激しい衝突を繰り広げる。中々に良い障壁のようで、今のところまだ一つも壊れていない。


 そんな彼女達の様子を見据えながら、試合が始まってからずっと気になっていた疑問に意識が向く。

 と言うのもだ。試合が始まって今に至るまで、彼女達の精神力は1も減っていない。正確に言えば、一時的な若干の減少こそあるものの、すぐに満タンに戻っている。


 あれだけの魔術を連発しておいて常時満タン状態を保持キープするとか、果たして可能なのだろうか? そんな方法があるのであれば是が非でも教授願いたい。凡ゆる戦士と魔術士が僕と同じ気持ちを抱くことだろう。「自然回復です」と言われたらそれまでだが、如何に言っても速すぎる。


 この攻撃が終わったら少し聞いてみようかな。そう思いながら、僕は観客席の全員に【王太子の儀礼服ティーゲル・ドーファン】と【五色の部屋サン・ク・ルーム】を掛けた。

 先程から、段々と彼女達の攻撃が広範囲魔術に変わっていっている。観客席には一応特殊な魔石と魔術刻印による障壁こそあるものの、万が一があっては困る。これでもし障壁が壊れても大丈夫だろう。


 暫くして僕の意趣返しは終わった。時間にして二十秒くらいだろうか。結局彼女達の障壁を壊せたのは物理を一層だけだった。流石と言うべきか、随分と頑丈に出来ているようだ。

 不思議なことに、攻撃が終わっても彼女達が反撃してくることは無かった。ただ、変わらずに楽しそうな魂の波動を撒き散らしている。


 そんな彼女達を代表するように、火属性魔術士筆頭フレイム・カラーズ・ラーレストのコーリット伯爵が声をかけてくる


「ジャスパー様」

「どうした?」

「私、今人生で最高の時間を過ごしています」

「そうか」


 どういう反応を返せば良いのか全く分からなかったので、僕はただ頷きだけを返した。とても美しい女性にそんな言葉を向けられたら普通は喜ぶべきなんだろうけれど、何と言うか、こう。何だろう。言葉が出ない。こんなこと人生で初めてだ。

 この状況と会話って、本来戦士同士が「やるな」「お前こそ」なんて男臭いやりとりをする場面ではないだろうか? そう思うだけに、違和感が酷い。


 まぁ戦闘が一時停止しているなら丁度良い、先程の疑問を投げかけてみよう。


「良かったらで良いんだが、一つ聞いても良いか?」

「何でしょう?」

「何か様子を見てたらあんた達、精神力が減っているように見えないんだが俺の気のせいか?」


 もちろん馬鹿正直に【透魂の瞳】のことは言わない。

 火属性魔術士筆頭コーリット伯爵は僕の問いに対し、得心したとばかりに頷いた。


「なるほど。簡単なことです。魔石から魔力を補充しているのです。厳密に言えば、魔石の魔力を先に使用していますね」

「……どうやら俺は浅学せんがくなようだ。魔石の魔力の吸収率はそんなに良くないと記憶しているんだが?」


 根本的に、世に存在する生物や植物、所謂「生あるもの」と言うのは、己の魔力以外を受け入れることは出来ない――この場合の魔力とは、現象化していない、物体化していない『魔力』を指す――。仮に吸収しようとしても自然と己の魂が弾くし、強引に吸収しようとすれば拒絶反応が出る。最悪は魂が崩壊する。

 僕がミミリラ達と魂が繋がっていると知った時に不安を抱いた理由の一つがこれだ。生命力や精神力が個人の魔力と定義するのであれば、ミミリラ達の生命力や精神力を譲渡されている僕はつまり、他者の魔力を吸収していることに外ならない。

 つまり、僕がこうして生きている現状は矛盾しているのだ。


 魔石に籠もっている魔力と言うのは、基本的には七色に染まったものだ。例外を除き、万物の素マナが属性に染まり魔力となり、それが集まり凝縮したものが魔石だ。その魔石に更に魔力が集うことで、密度や大きさが変わっていく。

 魔石の中の魔力とは、確かに吸収して生命力や精神力に変換することが出来るとは聞いたことがある。それは人と言う存在そのものが『七つ神』、つまり七色の魔力で構成されているからだと。

 創世神話に出てくる、人間にんげん生誕のあの逸話だ。


 ではその魔石の中の魔力を十割吸収出来るのかと言えば、そんなことはない。

 人の魂の波動は同じものは一つもない。そして魂の波動はそもそも魂が発するもの。つまり、人の魂の形や色などもまた同じものは無い、配分の違った七色に染まっているのだ。

 魔石に籠もっている魔力もそう。七色の魔力がばらばらの配分で混ざり合っている。一色に偏ることもあれば、七色全てが均等になっていることもある。

 その中から自分の魂、魂の波動に適応する、類似する魔力の色だけを魔石から吸収出来るのだ。


 つまり、魔石から吸収出来る魔力なんて実質知れたものなのだ。ただでさえ高価な魔石。そんな非効率な使い方をする奴なんてそうは居ない。

 そう言う意味で僕は疑問に思ったのだが、火属性魔術士筆頭コーリット伯爵はまるで生徒に教えるが如く、優しい笑みを浮かべた。


「単純なことです。己の魔力を籠めた魔石を使えば良いのです。多少時間は掛かりますが、売り物にするよりも余程に価値があります」

「ああ……なるほど」


 言われてみればそうだ。からの魔石には自分の魔力が籠められる。そこにあるのが自分の魔力だけなら、十割吸収出来て当然だ。

 冒険者を始めた頃、売り物にする為に試して非効率だと止めたことがあるが、あれは冒険者や魔術士として考えれば非常に有用だった訳だ。まぁ、言われてみればそうだよな。何か当たり前過ぎて気付かなかった。

 言い訳をすれば、今火属性魔術士筆頭コーリット伯爵が「多少時間は掛かりますが」と言ったように、魔石に籠められる魔力には伝達率というものがあり、十割自分が放出して十割籠められると言う訳では無い。

 それもあって非効率だと断じた訳だが。これは観点の違いとしか言いようが無い、と思いたい。


「勉強になった。感謝するよ」

「いいえ、幾らでもお尋ね下さいまし」

「じゃあその時は遠慮無く」


 そこで会話は終わる。

 再び魔力の反応に空を見上げれば、そこには直径一メートル程の薄い水鏡が十数枚浮かんでいた。今度は何だろうな、と思いながら見ていると、水鏡の中に急速に魔力が集い始めているのが分かった。

 水鏡を創造しているのは水属性魔術士筆頭ヴァニラード子爵だ。しかし今集っている魔力は誰のものでも無い、自然のものだ。あれは万物の素や魔力を吸収する効果でもあるのだろうか? そう疑問に思い、すぐに答えが知れた。


「ああ、なるほど」


 水の特性を思い出す。水は光を「反射」「屈折」「吸収蓄積」すると言う特性を持つ。意味は文字通りだが、現在行われているのは三番目の「吸収蓄積」だ。今見えているあの水鏡は、光の象徴足る太陽から光の魔力を猛烈な速度で吸収蓄積していっているのだ。幸か不幸か、今日は晴天。さぞ大量の魔力が吸い込めるだろう。


 少しの時間が経ち、魔力の吸収が止まった。ならば来るのは光の雨だろう。


 僕が「来る」と思うよりも早く、想像を遥かに上回る速度でそれは襲って来た。全く目で捉えきれていない。発射と同時に【五色の部屋】とぶつかり激しい光を撒き散らした。

 僕が使う魔道具の何倍も太く、速く、そして威力がある光線。少し溜めの時間が必要となるが、それに値するだけの結果を齎している殺傷能力に優れた魔術だ。

 もちろん【五色の部屋】を貫くことは叶わなかったが、お陰でまたかなりの精神力を持っていかれた。


 不思議なことに、その攻撃が終わっても追撃がやってこない。

 何故かと彼女達の顔を見回せば、どうやら僕からの攻撃を待っているようだった。なるほど。攻撃するだけではなく、自分達に脅威となる魔術を体験することも目的に入ったと言う訳だ。もしくは思い出したのかな。


 ならば僕も練習がてら、遠慮無く攻撃させて貰おう。


「『水は自らを顧みず』。【氷柱アクア・アイクル】」


 彼女達の頭上に、先程僕が攻撃されたのと似た水属性の魔術を創造する。数はそれぞれ一本ずつ。形は太く先の尖った幅一メートル、長さ十メートル程の氷の柱だ。


 そこに、魔術を重ねる。


「『道は未知、されど歩みは意地満ちる』」


 風属性魔術士筆頭バルド子爵がやっていた、物体を加速させる風属性の魔術。

 風とは突風に襲われたり高速で走ったりと、勢いよくぶつかると反発する特性がある。現象でありながら、場合によっては物体となる、それが風だ。

 その反発を無くした上で加速させる。これが風属性魔術士筆頭バルド子爵がしていた魔術だ。僕は使ったことがないので練習させて貰おう。


 立てた指をくるりと回すと同時、一気に七本の氷柱が落下する。その速度は先程彼女達が使用していたものよりも更に速く、瞬く間にその姿をかき消した。

 極力威力を控えめに創造したつもりだが、果たして彼女達の障壁は耐え切れるだろうか。一応狙いは右の肩。そこならば例え直撃しても【母の手】で回復出来る。頭に直撃した場合下手したら即死なので、出来れば動かないで欲しい。


 僕がそんな心配をしながら見つめていると、突然彼女達の頭上に直径二メートル程の闇色の障壁が生まれた。そこに込められている魔力は闇属性魔術士筆頭ダーク・カラーズ・ラーレストであるルラーダル子爵のものだ。


「……そう来るかぁ」


 なんと、僕の放った七本の氷柱はその闇色の障壁に吸い込まれ消えていってしまった。

 闇が持つ特性は「魔力を吸収する」だ。つまり、魔力の塊である僕が放った氷柱を全て吸収してしまったと言う訳だ。

 簡単に言うがこれ、余程に高密度の闇属性の魔力を適所に構え、「絶対に吸い込める」という想像と莫大な精神力が無いと不可能だ。更に言えば、自らを上回る術者――今の場合は僕だ――の魔術を吸収することは容易ではない。


 確かに僕は今、かなり加減して氷柱を創造した。だが、それにしても僕の魔術を上回り、そして完全に吸い込めると確信を抱いた彼女の精神は如何程のものか。

 少し興味が湧いたので、最初に彼女達にやられた五属性の小さな槍を一人に付き五百、計三千五百発程生み出してみる。


 わざと狙いが分かるように矛先を定める。暫く待っていると、僕の思惑が伝わったのだろう。闇属性魔術士筆頭ルラーダル子爵がさぞ楽しそうにして、その狙いの部分に闇色の障壁を生み出した。

 その障壁には先程よりも更に多くの精神力が注がれている。魔力の構成と密度は見ていて芸術とも言える程だ。

 七人全員の前に闇色の障壁が生まれたのを確認する。準備は良いようなので、僕は遠慮無く全弾を発射した。


 まるで僕が受けていた状況の再現と言わんばかりに、濁流となった槍が彼女達を襲っている。しかし、僕の魔術は見事彼女の闇色の障壁に吸い込まれていっている。

 いや素直に凄いな。あれってどれまでの数を、どの威力まで飲み込めるのか、好奇心がくすぐられるな。【ザルードの槍グラン・テ・レール】とか【紫玉の嘆きカーリー・グリーフ】も吸い込めるのかな。でももし吸い込めなかったら確実に死ぬし、試すのは難しいだろうな。


 ここでふと、避妊魔術について思い出す。

 あの避妊魔術も、実を言えば闇の「魔力を吸収する」と言う特性を利用して創造している。そして元々あの避妊魔術、戦闘への応用も想定して創造している。

 ただあの当時では使いこなせないのが分かっていたのと、使う必要が無かったのでそのままにしていた。


 これは丁度良い機会では無かろうか? 攻撃してくれるのは国内最高峰の魔術士達。どれだけの威力を、どこまでなら吸収出来るのか。彼女達の魔術を基準にそれを検証出来れば、今後用いる際の参考となるだろう。


 避妊魔術に想像を加える。

 無色透明の球体に「魔力を吸収する」闇の膜を重ねる。その内側に「魔力を分解する」光の膜を、更にその内側に、魔力を万物の素へと還元する【還元する万物の素ディ・ジシェン・ジ・マナ】を張り合わせ、分解されたそれを「魔力を蓄える」特性を持つ土が集め、僕の中に吸収させる。【金魔術カラーレス】を触媒に、それら全てを一つに合わせる。


 そして最後に魔術名化カラー・レイズする。


「【還元吸収プレデター】」


 上手く創造出来たと思う。あとは彼女達で試すだけだ。

 折角なので避妊魔術自体も至って単純に【避妊カーリー】と魔術名化しておこう。


 高速で放っていただけあって、結構な数があった五色の槍は比較的早く全てが打ち終わっていた。そして闇属性魔術士筆頭ルラーダル子爵の闇属性の障壁も消え去っていた。途中で気付いていたが、残り百発と言うところで唐突に消えたのだ。

 見れば身に付けていた幾つかの魔石が砕けていた。あそこから魔力を補充していたのだろうけれど、逆に言えばそれだけの精神力を消費したと言う証明でもある。

 しかし、まだ魔石はかなり残っているし、彼女自身の精神力は1も減っていない。と言うことは精神力が足りなかった訳では無い。障壁が消えたのは故意か何かしらの条件があったのか、はたまた知力の処理能力の限界を超えてしまったのか。

 気にはなるが、その答え合わせはまた今度だろう。


 闇属性の障壁が消えたせいで、更に一枚の障壁を砕かれた彼女達に声を掛ける。


「何だかお疲れにも見えるが、続けるか?」

「無論のこと」


 少し呼吸が荒くなってきているように見えるのだが、中々の気概だ。精神的な疲労や負担は、それだけで精神力と体力を消耗する。精神力は魔石から補充しているだろうけれど、体力はそうもいかない。

 実際、返事をした火属性魔術士筆頭コーリット伯爵の肩が上下し始めている。まぁ顔は笑み一色だし、迸る魂の波動はむしろ勢いを増しているようにすら見える。戦意に一切の衰えは無い。


 途端、その顔が歪んだ。僕の周囲を水の渦が囲み始めたからだ。

 その水流は勢いよく周りを回り、どんどんと幅を広げてとうとう半円状に僕を包み込んでしまった。よく見ればその水流、川のように連なる水が動いているのではなく、小さな水の玉が密集して流動しているようだった。


 今度は水で僕を覆うつもりかな、と思ったその時だ。その水が一斉に弾け、周囲を白色の煙が覆い尽くした。

 これは水を火で熱して水蒸気に変質させ、すぐさま水の特性で冷やし霧にしたのだろう。そんな現象を一瞬で成し遂げるなんて、本当に称賛に値する。

 お陰で視界は全くない。それを分かっていながらも、僕は視線を頭上に向けた。


 その白色の向こう側に、先程と同じ水鏡と集まる魔力を感知したから。しかも水鏡の数が先程よりも遥かに多い。

 襲い来る光の線。それは霧の中に飛び込むと、進行方向を変化させながら僕に襲いかかってくる。狙いが狙いだ、その中には僕の【五色の部屋】に当たらず地面に突き刺さるものもある。実際の戦いに於いては避けることが困難になる、非常に嫌らしい攻撃だ。しかし、今の僕には何の効果もない。

 光線が全弾当たっていないと言うのもあるし、【五色の部屋】の周囲には先程創造したばかりの【還元吸収】が展開されている。僕に当たる光線の全ては【還元吸収】によって吸収され、精神力を回復させていっている。生命力が回復しないのは満タンだからだろう。

 いや、これでは本当に生命力が回復するのかどうか断定は出来ないな。体力が回復するのかどうかについても含め、要検証だな。


 光線と言う攻撃を受ければ受ける程に僕の精神力が回復していく。

 もっと当たって欲しかったので、障壁の範囲自体を大きくして、より多くの魔力を吸い取る。水鏡自体が余程に大量の魔力を吸い込んでいたのだろうか。何度も何度も繰り返し吸収していく内に、あっと言う間に精神力は満ちてしまった。

 その状態のままに光線を食らい続けて気付いたことがある。どうやら精神力が満タンの場合、過剰分の魔力は世界に放出されるようだった。つまり過剰に吸収して弱体化効果バッドステータスを引き起こすなどの心配は要らないと言う訳だ。

 魂に負担をかけないよう、魂が勝手にそう言う風にしているのかな。他者の魔力を弾くのと同様の理由で。


 気になるのが、【還元吸収】は攻撃に用いられた魔力の十割を吸収しているのかどうかと言うことだ。これは流石に魔術を使用した側の精神力を【透魂の瞳】で確認しながらか、あるいは本人に訪ねることになるので検証は難しいな。

 目の前で僕を攻撃し続けている『七属性魔術士筆頭』達は当てにならない。彼女達は複数の魔術を同時に行使しているので、どの魔術にどれだけの精神力を消費しているのかが判断出来かねる。


 ミミリラ達に「ちょっと魔術で俺を攻撃してくれ」なんて協力を願ったら断固拒否されるだろうし、その辺の冒険者魔術士アドベルカラーズに同様のことを提案しても、多分ザルードの英雄に攻撃してくれる奴は居ないだろう。これは今後の課題だ。


「……」


 大発生の時、精神力の残量に悩んだ時のことを思い出す。

 これをもっと変化、進化させられていたら、ザルード領で活用出来ていたんだろうな、と心底思う。本当にあの時は焦っていたんだな、僕は。今もそうだが、未熟な自分を思い出して眉をひそめてしまう。

 まぁ魔術や属性系技能を使ってくる魔獣なんて少なかったから、そう変わりはなかったのかも知れないけどさ。出来る上での結果、出来ない上での結果。同じ結果でも、意味はまるで違う。


 しかし、本当。試合が続けば続く程に学ぶことが増えていくな。

 昔、彼女達に薫陶を受けていたあの頃を思い出す。全く理解も出来なかったし、用いることも出来なかった。低位の、本当に基本中の基本の魔術すら行使することは出来なかった。

 しかし、彼女達はそれでも日々変わることなく、正しく僕に授業をしてくれていた。だからこそ、僕も彼女達のことを心から「先生」と呼ぶことが出来た。

 彼女達は魔術が絡めば僕達とは価値観が変わるが、それを除けば正しく先導者であり、人徳者なのだ。


 火属性魔術士筆頭コーリット伯爵には殺されかけたことがある。他の『七属性魔術士筆頭』にも困惑させられたことがある。

 だが、それを踏まえた上で尚、彼女達に嫌悪を抱いたことは無かった。

 それは私に対し、侮蔑の視線や見下す態度を取らなかったからではない。ただ、己の信ずる道をひたむきに、真摯に向き合い突き進んでいたから。そこで得たものを私に与えてくれていたから。


 今でも忘れられない、金属性魔術士筆頭オレリアの言葉がある。


「七つの属性とはつまり性格なのです。そして、それらは全て表裏を持ちます。火の属性に染まる者達の中には苛烈な気性を持つ者もおれば、温もりを与える優しさを持つ者もおります。そこには『善正邪悪』があります。されど唯一金の属性だけはありませぬ。

 それは即ち、何ものにも染まれることを意味します。何ものにも染まれぬことを意味します。これが金の表裏。何ものでもあり何ものでもない。そこに残るのはただ一つ。己です。金の属性とは、己を残すものなのです」


 その言葉を聞いて暫くして、私は金の神を信仰するようになった。

 無能でありながら王太子であり、王太子でありながら無能である。しかしその二つの奥にはカー=マインが居る。そんな言葉に、真理を得たから。


 こうして様々なことを学びながら彼女達と手合わせをしていると、あの頃の続きを過ごしているようで寂寥感せきりょうかんに襲われる。もしあの頃にこうして彼女達と本当の意味で授業をすることが出来ていたならば、彼女達とはまた違った関係になれていたのではないかと。

 嘗て過ごした彼女達との記憶を思い起こし、今この瞬間に充実を感じている己に気付いたが故、殊更にそう思う。

 恋愛感情や家族に対する親愛、またミミリラ達やアンネ達に対する情愛とは違う意味で、彼女達に好意を抱いた。慕うとも言える感情。

 これは恐らく、アーレイの血が訴える、強者に対する心持ちなのだろう。あるいは先生と生徒とやらの関係から生まれるものだろうか。これまで抱いていた感情とは矛盾するこれもまた、良し。宿のことは不問としよう。


 ただ、まぁ。現段階でもう相当の授業になってくれてはいるのだが、その中で参考になって参考にならない技術を彼女達は最初の方からずっと用い見せてくれている。


 この世全てを説明する為に、日々魔導士達が研究しているものがある。それが『魔力論』と言うものだ。

 世界は万物の素マナで満ちているが、実際に世界を動かしているのは魔力と化した人や物体、現象だ。その魔力の動きや原理など、全てについて学び語り研究したもの、あるいはすることを『魔力論』と呼称する。


 その中に『魔術学』と言うものがある。言うまでもなく、魔術に関する学問だ。

『魔術学』は、七色を操る技術、その一つの色だけを扱う魔術を『単色魔術ロミ・カラー』と名付けている。

 これは単純に一つの属性を扱う魔術を指す。つまり【光よ在れライト・レイズ】や【暗闇ダーク】などがそうだ。

 それとは反対に複数の属性を混ぜる魔術を『混色魔術ラン・カラー』と呼ぶ。

 これも分かりやすく、二つ以上の属性を混ぜた魔術だ。僕の【五色の部屋】は五色、【僕だけの部屋カラーレス・ルーム】は七色を混ぜているので、これらが『混色魔術』だ。


 しかし、魔術を使う上でもう一つ上の段階ランクの難易度を誇る技術がある。

 それが『絆技カ・ルラ』と呼ばれるものだ。これは冒険者風に言えば集合体連携パーティープレイを意味するもので、二人以上の魔術士が同時に魔術を行使し、結果を齎す技術だ。


 『絆技』には二つの意味があり、一つは単純な連携を指す。

 例えば、対象の左から火属性魔術、右から水属性魔術を同時に発射し、同時に当ててダメージを与える。文字通りの連携だ。片方が阻害魔術をかけて片方が攻撃するのもまた同様の意味だ。


 そしてもう一つ。これは複数の魔術士が、一つの『混色魔術』を創造する為に役割分担をして結果を齎す技術となる。

 例えば僕の【五色の部屋】。これを成す為に五人の魔術士が全く同じ時期タイミングで、一人一色、合わせて五色の属性と精神力を合わせることで創造を成す。

 これを成功させることが叶えば、普通の『混色魔術』よりも更に効果の高い魔術を生み出すことが出来る。何故なら一人一人が一つの属性に専念出来るから。


 だがこれ、本来机上の空論に近い。他人同士で息を合わせるなんて実現するのはほぼ不可能だからだ。

 変な例えをすれば、二人以上、背中を向けて立っている人達が居る。同時に同じ量の息を吸い、同時に同じ高さまで飛び上がり、同時に着地し、同時に同じ量の息を吐く。これを何の合図も無しに行うようなものなのだ。現実的じゃない。しかもこれを戦闘中に行うのだ。一人一人で魔術を行使する方が余程に確実性がある。

 一応は多少のズレを前提で使えはするが、理想とする威力よりも遥かに下がる。下手をすれば効果が発揮しない場合もある。余程に相性が良い人達が使って、一人で魔術を使うよりも少し高い効果が見られる程度が関の山だ。


 それを、彼女達は呼吸するかの如くに行っている。【魔力視】で見ていれば全て分かるのだ。彼女達の魔力が完璧な時期タイミングで創造を成すのが。もう驚きを通り越して呆れしか出てこない。


 こんなこと、それこそ心を通わせるでも無い限り不可能――と、そこで気付く。

 実を言えば、試合が始まってから一度も金属性魔術士筆頭オレリアが行動を起こしていない。防御系障壁で防ぎこそすれ、彼女自身は一切の攻撃に参加していない。

 より正確に言えば、創造された魔術の中に金属性魔術士筆頭オレリアの魔力は混ざっているが、それが直接攻撃に参加している様子は無い。


 僕は自分の魔術運用、創造について振り返った。

『混色魔術』、つまり複数の属性を混ぜ合わせるのは結構難易度が高い。僕であってもそれは変わらない。

 その理由の一つとして、属性相性と言うものがある。

 光と闇は相反するし、火は水に弱く、水は土に弱く、土は風に弱く、風は火に弱い。それぞれに善し悪しの相性があり、仮に悪い相性の場合は『混色魔術』として行使するのは非常に難しい。

 では何故僕がそれを当然のように成し遂げているか。それは金の属性を混ぜることで創造を容易にしているからだ。

 金の属性は中和、中庸、契約を司る無色の属性。だからこそ、金の属性に複数の属性を混ぜることで創造を成している。


 現在『七属性魔術士筆頭』は机上の空論である『絆技』を、属性の相性に関わらず成し遂げている。しかも魔術は威力が上がれば上がる程に制御や操作が難しくなる。彼女達の魔術がどれだけの威力があるかなんて語るまでもない。

 そんな超高難易度の魔術結果を成立させているのが、恐らくは金属性魔術士筆頭オレリアなのだろう。彼女達が完璧に意思を合わせ『絆技』を可能としているのが、金属性魔術士筆頭オレリアの金の属性を用いた技能であるとすれば、納得は行く。

 例えば【久遠の結晶紋マルバリアン・アイビー】に類似する、一時的にでも意思疎通を可能とする魔術を用いているとか。金の属性等級値が5-7もあれば、出来ても不思議ではない。


ほだし』が一時的に太さや強さを増すことが可能なのは、ミミリラとのこれまでのやりとりや、アンネの【夢姫の交感リメルディア・シンパシー】でもう知っている。

 僕の推測が全て合っている場合、金の属性の真価の一つが見えた気がするな。


 戦闘に於いて、単独では意味を成さず、群や軍では最高の効果を発揮する金の属性魔術。これを用いれば、集合体連携が持ち味のサガラをもっと強化出来るだろう。ザルード公爵家当主の座に就き、軍を率いる状況に於いてもまた同じことが言える。

 己が信仰する金の神の属性について新しく知ることが出来たからか、今後確実に役立つ助言ヒントを貰ったからか、僕の気分は上昇した。思わず笑みがこぼれてしまう程だ。


 いい加減霧が邪魔なので【風魔術ブリーズカラー】で吹き飛ばす。景色が晴れ彼女達の顔が見えると空を仰ぎ、大発生の際、城塞都市ポルポーラで使ったきりの魔術を創造する。


「『火に火を重ねてまこと』【罪人の檻フレイム・ライズン】」


 地面から水鏡と同じ数の炎が一斉に吹き上がった。水鏡を一気に消し飛ばす為、かなり威力は高めに生み出している。

 天を焼き尽くす為に伸びた火柱は僕を攻撃し続けていた水鏡を一瞬で蒸発させ、魔力を霧散させた。さまその業火を消し、【水激流アクア・フラッド】によって上空から生み出された莫大な水流を叩きつける勢いで円形闘技場へと落下させる。


 ちなみに【五色の部屋】は僕が許可しないと火も水も入れないが、通常の【物理障壁】や【魔術障壁】はそうではない。彼女達は滝のように降り注ぐ水を何とかしなければ、円形闘技場で遊泳することになるだろう。

 水が漏れる出口は【土魔術】で閉じているし、観客席に溢れないよう水量は調節するつもりなので問題はない。


 この水には相当の精神力を込めているし、水の特性でかなり冷たくしてある。そう易々とは火で対抗することも出来ないだろう。相性が悪いこともあり尚更だ。

 土で吸い込んだり穴を空けて落としても、減らされた水量分を増やすつもりだ。風でも飛ばせない。闇でも先程の攻防を振り返るに吸収仕切れないだろう。光なんて何の役にも経たない。

 冷えに冷えた水に浸り続ければ体温も下がって勝負になんてならないだろう。 


 これで終わるかな? と思ったその時だ。僕が生み出した水が瞬く間も無く、全て消えた。


「え?」


 思わず生み出し続けていた水の魔術を止めてしまう。

 見れば、多少なり濡れていた彼女達どころか、床一面の水すら消えている。彼女達が魔力を発した気配は無かった。【魔力視】で見ていたし、【魔力感知】が反応しなかったから間違いない。それなのに、完全に消えた。


 ――消えた?


 ゆっくりと、金属性魔術士筆頭オレリアを見る。僕の視線が彼女の視線と交わった時、彼女は誰かを思わせるように、小首をかしげて微笑んだ。

 彼女が手のひらをそっと差し出すと、そこから水が勢いよく出現し地面へと落ちていく。そしてすぐにまた水の一雫までもが消えた。


 もしかして、彼女の【金色の仮宿カラーレス・エントランス】は魔術を入れることが可能なのか?

 すると、僕の心の声が聞こえたかの如く、金属性魔術士筆頭オレリアは優しく言葉を紡いだ。


「魂を持つもの。生あるもの。それに触れることは叶いません。しかしそうでないのであれば皆同じ。生えている植物は生きております。抜いても暫くの時は生きております。されど入れることは可能。大地は入りませぬ。されど掘れば入ります。

 何を以て魂とするのか。何を以て生物とするのか。それは己で判断し学んでいかねばなりません」

「……勉強になったぞ、先生よ」


 思わず言葉が漏れた。

 あくまで【僕だけの宝物箱カラーレス・ジュエルス】は私の入れたいものを収納する宝物箱。魔術を入れると言う発想なんて無かった。

 されど、あれは想像を重ね変化、進化している。確かに入らない道理はない。その上で尚、魔術を入れるだなんて発想には至らなかった。

 そんなことをする必要が無かったと言えばそれまでだ。【五色の部屋】はこれまで凡ゆる攻撃を弾いてきたが故に、魔術に対して脅威を覚えることは無かった。そもそも想像と創造とは、“必要にならなければ”しようとは思わない。不要なことに至る訳も無い。

 この至らぬ部分を教えてくれるからこそ、先生か。流石、私に知を教えた先生だ。やはり私はまだまだ浅学なようだ。この授業、正に価千金あたいせんきん。否、それすら足らぬ。


「では続きと参りましょう」


 この声は光属性魔術士筆頭ファーナジー子爵だ。その声は弾んでいて、これから起きる状況を心底楽しみにしているようにも聞こえた。彼女が口を開いたと言うことは、再び光属性の魔術と言うことだろうか。

 そう思ったのに、空へ杖を掲げたのは光属性魔術士筆頭ファーナジー子爵闇属性魔術士筆頭ルラーダル子爵風属性魔術士筆頭バルド子爵水属性魔術士筆頭ヴァニラード子爵、そして金属性魔術士筆頭オレリアの五人だった。

 これまでで随一の莫大な魔力を感じて見上げると、何故かいきなり暗雲が立ち込め、その中では激しい明滅が生まれているのが伺える。


 これ、見たことある現象だな、と幼き頃を振り返る。

 そう、確か雨の日に空を見上げていると、唐突に空が光って、爆音が生まれ、王城に生えていた巨木が燃えた現象。


 ――雷?


 僕のその予想は当たったようで。暗雲からは強い光と腹の底に響く、低い音が断続的に鳴り続けている。


 来る。光が殊更強くなったその瞬間、僕目掛けて中空を駆け下りてきた。


「――」


 直撃。同時に、強く走る独特の痛み。

 確実にダメージを受けた。個体情報に一瞬だけ表示されたのは「麻痺」だった。まさか今の落雷が【五色の部屋】の強度を超えたのかと発動状態を確認すれば、精神力こそ削れていたものの、【五色の部屋】は確かにそこあった。


 ならば何故今僕はダメージを受けたのかと考え、一つの推測が立つ。

 雷とは、雷属性とも言える現象は、「魔力を伝わる」特性を持つと言う。雷は水の中を屈折、反射するかのように走り続け、また直接雷を浴びなくとも、地面を跳ねながら離れた人にダメージを与えると言う。

 つまり今僕が浴びた雷も、【五色の部屋】の合間を縫って僕に伝わってきたのではないか。その上で、僕の能力等級値すらも伝わり超えてダメージを負わせたのではないか。


 全てのダメージが僕に通った訳では無いだろう。しかし、もしかしたら、雷属性とは「防御貫通」の特性を持つとも言えるのではだろうか?

 この推測が答えなら、凡ゆる生物にダメージを与えることが可能となる。以前から述べている「優れた攻撃系技能は時に能力等級値を凌駕する」どころの話じゃない。装備や能力等級値そのものを無価値にしてしまう、最強にして最悪の攻撃系魔術技能だ。


 これ、戦場で地面を水浸しにして放てばそれだけで千以上の敵兵を行動不能に出来そうだな。なんて、冷静に思う。

 まぁこんなものを使える魔術士が果たしてこの世界に何人居るのかと言う話ではある。彼女達も流石に単独では使えないだろう。……多分。これを単独で使えるなら、本当に一騎当千の魔術士が誕生するだろうな。


 どうやら僕に初めてダメージが通ったのを理解したようで、彼女達は笑みを浮かべてから再び各々の魔術を展開して攻撃を始めた。『単色魔術』も『混色魔術』も『絆技』も。本当に、自分達が持つ魔術を組み合わせ効果を確かめるように撃って放って創造し続ける。


 それを見ながら、僕は自分の個体情報を確かめていた。

 正直彼女達の攻撃を受けると言う目的をすっかり忘れていたけれど、今の雷属性の攻撃でしっかりと求めていた技能を覚えることが出来た。まだ技能値は低く望む程には至っていないが、今の彼女達の攻撃で、自力で解決出来ることが分かった。


 雷属性が僕にダメージをしっかり与えられるのであれば、僕自身で自分を攻撃すれば良いのだ。

 今までは必要が無かったのと、色々な制限と問題があったのでしてこなかったが、この防御貫通特性とも言える魔術を使えば都合の良い技能値の上昇が可能となる。


 そんな訳で、だ。正直、もうそろそろ良いんじゃないかなって思い始めてきた。

 彼女達はまだ楽しそうにしているし、流石と言うべきか、途絶えることなく豊富な魔術や技能の組み合わせで攻撃を続けている。

 ただ、どれだけ多数の魔術や技能を持っていようとも、最終的に攻撃系技能とは似通った形に収束していく。後は効果と威力に差があるだけだ。

 なので、僕としては「もう目的は達成したんじゃない? お互いに」って感じなのだ。でもそれを言って彼女達が素直に聞いてくれるとは思えない。


 さてどうするかな、と思って気付く。僕ってそう言えば、試合の中で彼女達の魔術の制御や操作の権利を幾度か奪い取っているなと。

 魔術とは結局のところ、魔術士の魔力を使って想像したものをこの世に顕現させていると説明出来る。つまり、顕現させた現象や物体の中にある術者の魔力を乗っ取ってしまえば、その魔術を支配することが出来る、らしい。これは彼女達から習った知識であり、今まですっかり記憶の底に沈んでいた。


 魔術士にとって最も重要なもの、それは創造結果だ。どれだけ精神力や能力等級値や魔道具があろうとも、創造に至らなければ魔術士はただの人に過ぎない。

 もし仮に彼女達の魔術全てを支配出来れば、それは試合が終わったも同然ではないだろうか。試合とは技術を確かめ合う場。その手段が無くなればその瞬間試合は終わる。


 考える。彼女達の魔術は間断無く、それでいて多種多様に、多数を創造し続けている。発生場所は【魔術感知】や【危機感知】で大体は分かる。それがどんな効果も【魔力視】で見れば分かる。

 しかし、全てを同時に把握することは正直、厳しい。

 想像イメージとしては、豪雨の雫一つ一つのどれかに多数紛れ込んでいる“魔力”と“危機”の全てを正確に感知しろ、と言われているような感じだ。

 低位の魔術なら創造された瞬間に支配することは可能だ。しかし中位や高位になれば支配するのに若干の時間がかかる。それでも数秒と掛からないだろうが、一瞬でも操作をさせては意味が無いのだ。


 実を言えば、魔術は【アーレイ王国ロワイダム・ドーファン】に於ける【万視の瞳マナ・リード】でも把握しきれない。元々【万視の瞳】は範囲内に存在する生物や物質を把握する魔術。それに様々な効果を付加させているだけで、根本は変わらない。

 例えば【万視の瞳】の中に石を創造されるとする。これは物質だからか、比較的早くに把握することが出来る。それでも、気付くまでに数秒の間がある。これが現象になると把握するまでに更に時間がかかる。

 しかも、魔術によって生まれた現象は“何かがある”程度にしか分からない。

 十数分もそのままでいてくれるのであれば完全に把握もできるのかも知れないが、戦闘中にそんなことはありえない。

 だからこそ、僕は彼女達と戦っている時は基本的に彼女達の動きを把握しつつ、感知系技能でどこから来るのかを予測していたのだ。


 では、これに想像を重ねよう。

 現在【アーレイ王国】の発動中は、【万視の瞳】によって立体表示された対象に【透魂の瞳】を使用することで常時個体情報を表示させている。ならば、それと同様のことを【魔力視】で成せばいい。これで【万視の瞳】の中にある生物や物質、個体情報と魔力の構造や流れを把握出来る。

 しかし、これではまだ大量の魔術が創造される瞬間や場所の特定が遅い。


 だからこそ、彼女達が宿で僕にやったことに倣おうと思う。

 彼女達は自らの魂の波動を部屋中に充満させることによって、【魔術感知】や【危機感知】を不可能とした。

 ではそこから発展してみる。『万物の素』の中に『魔力』と言う異物が生まれることで感知が可能となるのであれば、自分の魔力で満たされた空間に異物、つまり『他者の魔力』が生まれたならば、即座に感知出来るのではないだろうか。


 人が異物や毒物を飲み込んでしまい身体に違和感や不調を覚えるのはどうしてか? それは自分に適合しない、自分以外の魔力を体内に取り込んでしまったからだ。

 では、自分の魔力で満ちた空間に、自分に適合しない魔力が生まれた瞬間、把握することは可能ではないだろうか?


 想像する、創造する。

 自分の魔力が満ちた空間。自分だけの空間。思い浮かぶのは初めて創造した、僕が許したものだけが入ることを許される【僕だけの部屋カラーレス・ルーム】。

 今度は違う。更に大きく、誰が入っても良い、されど僕だけ、僕こそが持ち主の巨大な、僕だけの空間。


「【僕だけの王宮カラーレス・パレス】」


 僕と彼女達が居る空間を、無色の障壁が覆い尽くした。効果としては【五色の部屋】と同じ。けれど、僕が許可しなければ凡ゆる魔力は入ることも出て行くことも出来ない。


 生み出した空間内を、精神力をそのまま放出した魔力で満たす。僕の魂の波動は覇気。それで満たすのは流石に不味いと思ったので代用品だ。お陰で相当の精神力を消耗している。

 魔術は創造してしまえばそこから効率化出来るが、精神力を放出するのはそうもいかない。しかも空間に充満させようと思えば逆に何倍もの量を消耗させられてしまう。今後この使い方はあまりしたくないな。

 しかし、これでこの空間は僕の魔力で満ちている。僕の魔術の発動は見えないし、成功していれば彼女達の魔力は発動する場所も動きも全てが手の内だ。


【僕だけの王宮】によって発動する場所と瞬間を把握し、【アーレイ王国】の【魔力視】がその魔力の構成を理解、支配する。正に魔術士殺し。

 魔術士が魔術を使えなくなる。戦士で言えば手足を切り落とされたも同然だ。彼女達には直接の戦闘力なんて無いのだから、文字通り手も足も出ない。


 試しに彼女達が現在生み出している低位の魔術の全てを一気に支配し、分解してみた。


「【技能解除マナ・アンロック】【還元する万物の素ディ・ジシェン・ジ・マナ】」


 創造した魔術技能は見事効果を発揮した。僕が支配した彼女達の魔術は一斉に世界へと還元していった。

技能解除マナ・アンロック】は以前エルドレッドの『魂の暴走オーバーブースト』を解除した時に使ったものの、基本的には自身に使う魔術なので、直接他者の魔術や技能に干渉することは出来ない。

 これは以前検証して確かめたので間違いない。なので、一回一回支配して使う必要がある。エルドレッドに何故効果を発揮したのかは未だに謎だ。

【還元する万物の素】は魔術としての効果が消えても、物体として残っているものを世界へ還元させる為に使用した。【還元する万物の素】は魂を持たないもの、生なきものであれば凡ゆるものを世界へ還元させる。


 自分達の魔術に干渉されたのが分かったのだろう、ほんの僅かに驚きの表情を浮かべた彼女達は、やはり楽しそうな表情を浮かべたまま更に魔術を行使していく。僕はそれらを低位高位関係なく、片端から全て支配し解除し還元していった。


 それを幾度も幾度も重ねた辺りで、ようやく彼女達の魔術の嵐が収まった。どれだけ魔術を創造しようとも、その瞬間に支配され何も出来ないことを悟ったのだろう。

 余程に集中して魔術を行使していたのか、彼女達の顔にははっきりと疲れが見える。額や頬にも汗が見えるし、身に付けていた魔石が幾つも砕けている。合間合間に使用していた魔道具達もすっかり効果を無くして床に転がっている。興味深い魔道具もあったので少しもったいなくも感じるな。

 そんな破壊の群れが蹂躙した跡地は悲惨なものだった。石敷の床は全てが砂地へと変わっているし、地形すら変わっている。ところどころが砂丘みたいに凹凸になっているその光景は正に戦場だった。


 これは修復が大変そうだなぁ。なんて思いながら、僕は首をかしげた。


「まだやる?」

「本当に、流石ですわ。これが英雄。これが十数万の魔獣を一撃の元に屠り、広大なザルード領を救った、現代に生まれしザルードの英雄」

「ですね。私はこの時代に生まれこの瞬間に立ち会えたことを『七つ神』に感謝しています。私を産んだ両親にも」

「数多を照らすとは正にこのこと。ジャスパー様の後ろに光が見えますわ」

「出来ることなら一つでも弱体化効果バッドステータスを付けてみたかったですが、いっそ晴れがましくもありますね」

「本当の意味で流されてしまいました」

「頑丈は持ち味の一つだったのですが、まだまだですね」

「ここに至るまで、何も出来ずに終わってしまいましたね」


 順に火属性魔術士筆頭コーリット伯爵水属性魔術士筆頭ヴァニラード子爵光属性魔術士筆頭ファーナジー子爵闇属性魔術士筆頭ルラーダル子爵風属性魔術士筆頭バルド子爵土属性魔術士筆頭ベラーダ子爵、最後に金属性魔術士筆頭オレリアの言葉だ。


 オレリア以外は肩で息をしているのに、それこそ表情も声も生き生きしている。いけない、彼女達の冗談が移ってきているな。

 それにしても、水属性魔術士筆頭ヴァニラード子爵は少し過剰な気もする。僕もその両者に感謝の念はあるから分かるけど、動機がさ。

 あと闇属性魔術士筆頭ルラーダル子爵。予想はしていたけれどあの阻害魔術はやはりあんたが下手人か。結局最後の最後まで表示が増え続けていたぞ。


 何はともあれ。彼女達の様子を見る限り試合はここで終わってくれそうだった。

 彼女達がどう思っているかは知らないが、僕としても非常に有意義な時間となってくれた。短くも凝縮されたこの時間によって、僕は間違いなくこれまで以上に強くなれた。

 これはもう一つの褒美だけではなく、他にも何か与えねばなるまい。まぁ口にしたら何を強請ねだられるか分かったものじゃないので絶対に言わないが。

 彼女達が喜ぶ魔道具でも贈れば褒美になるかな?


 暫く息を整える時間をとってから、火属性魔術士筆頭コーリット伯爵が口を開いた。


「最後に、一つ試したいものがあるのですけれど、よろしいでしょうか?」

「分かってるだろうけど、もう魔術は使えないぞ?」

「ええ、無論のこと。されど、そんな中でも生み出せると言う自負がありますの」

「まぁ、そう言うならどうぞ。俺は止めないよ」

「では、私共が現在で成しうる、無上の魔術、ご堪能あれ」


 その言葉を発した後に、『七属性魔術士筆頭』が全員杖を天高くに掲げた。目を閉じて、集中を始める。

 あれは恐らく『絆技』を使う為に何かを合わせているのだろう。同時に想像もしているのかも知れない。一から想像と言うことは無いだろうけれど、まだ不慣れな状況とか、そんな感じだろう。でなければ彼女達程の魔術士がこんなに隙だらけな時間を作る訳が無い。


「ん?」


 何故だろう。まだ彼女達の魔術は創造に至っていないのに、既に【危機感知】が発動している。今までの攻撃なんて目じゃない程に、僕に危険を知らせてくる。もしこれが戦場であれば即座にこの場から離れたくなる程の反応だ。


 これから彼女達が創造する魔術はそれ程に危険なものなのだろうか?


「――」


 ザルードの大発生を思い出す。あの時、幾度己の油断と慢心で無様を見たか。それを思えば、「まぁ大丈夫だろう」と楽観するのは迂闊に過ぎるだろう。ましてや魔術を行使するは国内で魔術士に於ける最高峰の存在達。本来なら即刻この場から去るべきだろう。


 されど。この場には父上を始めとした国の上位者達が座して戦いを観ている。

 そんな中で逃げ出すような真似が出来るだろうか?

 初めから本当の意味での手合わせをしているならまだしも、もうこれまでの試合の流れで、私が彼女達の攻撃を受けるのことが趣旨とは伝わっている筈。元々伝わっていた可能性だってもちろんある。

 そんな中、逃げ出す?

 ありえない。国王と王妃が観ている中、尻を見せるだなんて王太子カー=マインには許されない。

 やる気を見せている彼女達には心苦しいが、全力で防御させて貰おう。


 魔術言語を唱えながら込められるだけの精神力を注ぎ、【外殻上昇シェル】【内殻上昇シェリー】【王太子の儀礼服ティーゲル・ドーファン】【五色の部屋サン・ク・ルーム】【還元吸収プレデター】を創造する。

 体力、知力、魔力以外を強化。更に精神に干渉する攻撃を防ぎ、五つの属性に染まった障壁を張り、更にその外側に魔力を吸収する障壁を張る。

 ここに【僕だけの部屋カラーレス・ルーム】を重ねれば完璧なのだが、あれは姿が消えてしまうので使えない。よって、これが現段階で出来る最高の防御体勢だ。この状態であれば、彼女達が創造した魔術を支配出来なくとも何とでもなる。


 そうして準備が整ったのか。

 とうとう彼女達の艶やかな唇が、【言霊モ・ア】と共に魔術言語を紡ぎ始めた。


『そうとぞう、生まれまします七色の、りしかたしの人間ひとはざま。我らがれらを担いましょう。無色むしょく六色むしょくを染めましょう。六色むしょく無色むしょくかえしましょう。金につどつどいて人間ひとはざま。金から散らばる人間にんげんよ。生まれでしは始まりの、『七つ神』が成す御力みちからよ。万物の素マナせ。魔素マオと化せ。神素オドへと至れ。我らがれらを成しましょう』


 ――駄目だ、これは駄目だ。【危機感知】なんて関係ない。私の中の何かがはっきりと告げている。ここに居てはならぬと。今すぐ去れと。

 どんな魔術かは分からない。されど、彼女達が紡ぐ魔術言語から、途轍もない何かが顕現しようとしている。


 だが、逃げない。逃げてはいけない。私は王太子カー=マインなのだから。偉大なるアーレイ王国の王太子が、逃げる無様を晒せるものか。


 ――そして、長く紡がれた魔術言語によって導かれた想像に精神力が注がれ、彼女達の魔術は創造に至った――


『【我ら七色を司るものマナ・オブ・セブンズカラーズ】』


 それはこの世に姿を現した。金によって交わった、六色の小さな球体。


「――」


 消えた。そこにあった私の魔力が、掻き消えた。

 焦燥が先か無意識が先か、咄嗟に【僕だけの部屋】を張った。【五色の部屋】よりも更に強力な、私が持つ最強の障壁。

 だが、その最強の障壁も、【五色の部屋】も【還元吸収】も、急激に膨らみ私を飲み込んだ球体によって、一瞬で掻き消えてしまった。


「――」


 周囲を魔力が包み込む。独特の色合いの六色が混ざり揺らめき周囲を舞うように蠢いている。まるで何かの体内に居るような錯覚が起きる。


 これは一体何だろうか――そう思った瞬間、抜けた。


「ぁ――」


 抜ける抜ける。身体中から何かが抜けていく。

 咄嗟に個体情報を見れば、嘗てない速度で生命力と精神力が減り続けている。体力までもが減っているのか、身体には僅かにしか力が入らない。

 状態欄には『世界へ還元している』とある。生命力や精神力は人の魔力そのもの。それが、世界へ還元されていっている?

 気が付けば、六色に染まっている筈の空間に燐光が浮かび上がっている。それが周囲に浮かべば浮かぶ程に、身体から力が抜けていく。何か大事なものが失くなっていく。


「――」


 ――ああ、分かった。これは、凡ゆる魔力を強制的に世界へ還元させる魔術だ。

 これは今、人と言う、“カー=マインと言う魔力”を世界へ還元させているのだ。死して世界へ還元するのではなく、世界へ還元させることで死を成す、人が使ってはならぬ、禁断の技だ。

 こんなもの、最早魔術ですらない。魔術で成せぬ神秘を生み出す、即ち魔法。不可能を可能とする現象が、ここにある。


 この魔術の前では英雄なんて関係ない。魂位も能力等級値も技能も、魂ごと全てを世界へと還元させる。正に英雄殺し。


 分かる。カー=マインと言う存在が世界へ還元されつつある。全身から細かな光の粒子が舞っている。僅かに動く手を見れば、形を成すことが出来ず指先からゆっくりと失われていくのが目に映る。


 死ぬ。消える。身体を動かす力すらも奪われていく。このままでは確実に、カー=マインが、消える。


「――」


 これまでの軌跡が脳裏を走り遡っていく。

 生まれた故郷へと帰って来た。己の正体を知られ、久方の家族の時を過ごした。

 ジャスパーとして生き、小さな冒険をした。色々な出会いがあり、様々な出来事があった。知らぬ世界を味わった。その力を持ったままに、王太子として戦にすら趣いた。


 私は王城から国王別宅へと送られた。数年を無為に過ごし、僕となった。

 無能の王太子として詰まらぬ塵芥に囲まれつつも、家族に恵まれ時を過ごした。


 私となる前の僕が見える。何も成せぬ自分に気付く。幼い身体で弟を膝に乗せ抱いている。父上が居て、母上が居る。母の胎内から人間ひとはざまに産まれ出る。そして、母の胎内で、僕は、僕を――


 ――違う。僕はこんな惨めに食われる為にそうした訳じゃない。その道を選んだ訳じゃない。僕はただ、母を、父を、家族を――


 “じゃあ、良いよね?”


 ――酷く懐かしい声と気配。誰よりも深く知るそれ。

 僕が僕に意思を伝えてくる。何を言っているのかが分からない。聞こえない。僕は僕なのに。聞こえているのに、分からない。


 けれど、何をすれば良いのかだけは、理解出来た。

 それは僕が決めたことだから。否だなんて言えない。言うつもりは無い。僕の選択は正しくて、僕はこれまで生きてこれたのだから。

 だから、その声に、頷く。


 自然、僕達の口が動いた。 


『【技能解除マナ・アンロック】』


 かちり、と。確かに何かが外れたのが分かった。

 故に、それを以て更に鍵を外していく。


「【――――】【――――】【――――】【――――】」


 ――あーあ。いいのかなぁ?


 外れる、外れる、外れる、外れる。最後の鍵は残しておこう。今は必要じゃないから。何か聞こえたけれど構わない。僕が良いと言ったんだから。お前は黙ってろよ。


 身体が軽くなる。これまで十数万の人でも背負っていたのか、そう思う程の重みや圧迫感が消えていく。僕は今までよくこんな赤子みたいな状態で戦ってたね。凄いよ本当。あの程度の大発生で死にかける訳だ。


 身体が再生していく。失われた髪が、身体が、瞳が、元に戻っていく。

 十五年の時を経て、僕と僕が僕になる。


 僕を包み込むそれ。先程まで僕を消し去ろうとしていた下らない玉も、今ではただ纏わり付くだけの不快な魔力に過ぎない。

変化ヴェイル】を掛け直しておく。この髪と瞳の色は不味いもんね。衣服は下半身だけ。上半身はこのままで良いや。邪魔だから。


 じゃあもう良いかな。

 そう思うと同時、右腕を振るった。それだけで、僕を包み込んでいたその英雄殺しは霧散していった。振るった先にあった石垣が吹き飛んだのはご愛嬌。

 久方に見る景色。そこでは瞠目する女達の姿がある。

 何を驚いているんだろう? 君達が相手をしているのは僕なのに。その程度で消せる訳がないだろう。僕が優しいからって何か勘違いしていたのかな? 安心して欲しい。ちゃんと今から殺してあげるから。


 折角だ、君達が見たいと口にしていたものを見せて上げよう。僕風に言えば褒美を授けよう、って感じだね。丁度さっき僕が褒美を考えていたみたいだし、僕が代わりに授けてあげよう。


 でもここじゃあ場所が悪いな。彼女達の背後には僕の父親達の姿がある。このままじゃ皆を殺しちゃうな。僕の家族は大事にしないとね。

 一歩進んで彼女達の背後に回る。僕を見失っている彼女達をそのまま風で掴んで放り投げる。十数メートルは高く飛んでいったけれど、まぁ落下して死んだら自業自得だ。それはそれで良いよ。


 風の魔術で体勢を整え、落下速度を落とし、着地地点を土の魔術で柔らかくして無事に彼女達は下り立った。うん。そうこないとね。折角僕からの褒美なんだからきちんと受け取って貰わないと。


「避けるか受けるかしないと、死んじゃうよ?」


 聞こえているかは知らないけれど、一応の忠告だけしておこう。どうせ後で殺す訳だし、早いか遅いかの違いでしか無いけどね。

 右手を前に出す。形を変える必要は無い。今の僕ならこのままで良い。ちょっと精神力を増やせば良いかな。

 じゃあ君達が見たいと言っていた魔術だ。存分に味わっておくれ。


 そして、


「【風撃砲死ね】」


 伸ばした手のひらから風が飛んでいく。悪くないものだ。生み出され進んでいく風は地面を大きく削りながら進んで行き、彼女達の立つ位置を通り越し、更に円形闘技場の観客席と周壁を粉砕しながら進みに進んでいく。


 はて、あれはどこまで行くのだろう? 僕の視力を以てまだ止まる様子が見えない。高低差の兼ね合いで王城の城壁は壊してないみたいだけど、あのままだと王都の第一城壁に当たって打ち抜いちゃうな。実に楽しそうだ。

 でも、それは駄目か。そう思い、拳を握り進み続ける風を握りつぶす。


 改めて風が通り抜けた場所を見ると、数メートル程抉れた地面が円形闘技場を飛び出し向こう側まで続いている。観客席と周壁も、全体の四分の一程が失くなっている。ついでに人が座ってくれてたら良い経験値だったのに。

 ああでも駄目か。今は経験値なんて直接吸収出来ない。良かれと思って開発クリエイトしたのに、欠点技能デメリットスキルってやっぱり善し悪しだな。まぁ無駄にしないって意味では問題ないのかな? どうせ僕の物になる訳だしね。


 さて、と意識を彼女達に向ける。

 彼女達は僕が風を生み出した瞬間に、自分達を障壁で覆って即座に泥化させた地面の奥深くに逃げ込んでいる。結構深くまで沈んでいるようで、中々手が出しづらい場所だ。なるほど、流石先生達。勉強になるなぁ。

 そのまま潰しても良いんだけど、もう一つ見せてあげようかな。ご褒美の追加だ。本物のザルードの技をお披露目といこうか。開発は出来ないから劣化版だけどね。

 見た後に形が残っていることを神に祈っておいて上げよう。いや、『七つ神』なんて役立たずに祈っても仕方無いな。今のは無しだ。やっぱり祈るなら『花の姫君』だな。


 まぁいいや。ご褒美の準備をしようか。


技能スキル開発修正パッチ』を発動。『固有技能ペキュリアルスキル』『【ザルードの槍グラン・テ・レール】』を修正――『【ザルードの槍グラン・テ・レール】』の修正を完了」


 僕が創造した魔術、とっても良いんだけど一つ物足りなかったんだよね。これで良い感じになったかな。

 早速出来上がった技能に精神力を注ぎ込むマテリアル・ポゥ。あまり注ぎ過ぎても大変なのである程度。完成したので、では行こう。


 手のひらを空に掲げる。魔力に気づいたのだろう、彼女達が地面の中を泳ぐようにして高速で動き始めた。

 でもちょっと遅かったかな? これが君達が見たがっていたザルードの英雄、その技だよ。見たらさっさと死んでね。


「『汝に穿てぬものは無しルリス・ル・オー』――【瑠璃染めザルードの槍ア・レ・イ・グラン・テ・レール】」


 言葉と同時、手を振り下ろした。

 降ってくるは紫光の柱。直径百メートル程のそれは彼女達が居た場所に真っ直ぐ下り立って、天まで続く紫光はまるで天至の塔バベル。我ながら良い景色を作ったものだなぁ、って感心する。やっぱりこの技は紫色じゃなくっちゃ。

 紫光の柱が消えた後には、底の見えぬ巨大な穴が広がっており、穴が生まれた通り道からは一切の生命が失われたことだろう。

 しかしながら、本当にかろうじて彼女達はまだ生き延びていた。後一秒も無かったら直撃だったのに。惜しいな。『金の神役立たず』の信者め、『はざまはざま』なんて使うなよな。


 生きているなら仕方が無い。今度はきちんと殺そう。取り敢えず地面を全力で吹き飛ばせば死ぬかな? 今の僕だと腕が吹き飛んじゃうけど、まぁいっか。【母の手ラ・メール】って便利な魔術があるしね。


 拳を握り締め、脇に持っていき――


「見事なり!!」


 ――唐突に場に響き渡る声。それは広い円形闘技場を凄まじい圧力を以て支配した。

 構えを解いて振り返ると、そこには立ち上がり僕を見下ろす僕の父親の姿があった。


「ジャスパーよ、その方の戦い振り、正にザルードの英雄の名に恥じぬもの。このアーレイ、確かに見届けた。その武功、褒めて遣わす」


 一瞬、ジャスパーとは誰のことを呼んでいるのか分からなかった。すぐに僕の父親が僕に対して声を掛けているのだと気付く。あのさ、自分で付けたんだから名前くらいちゃんと呼びなよ。分からないじゃないか。殺すよきみ

 そう思いながら側に座っている僕の母親と弟の顔を見て気付く。そう言えば僕は僕だったっけ。じゃあ勝手は駄目だよね。また怒られちゃうから。


 僕は僕の父親に向かって慇懃に礼をした。


「――勿体無きお言葉。このジャスパー、恐悦至極に御座います」

「うむ。褒美を取らす。後で使いを寄越す故、先ずは身を整えるがよい」


 僕の父親はそれだけを言うと、僕の母親と弟を引き連れて去っていった。それに王室の面々が続いていく。


 その途中で僕を心配そうに見る僕の母親の顔を改めて瞳に映し、首をかしげる。


「……」


 今更どうするつもりも無いけど、皆運が良いよね。僕の母親があの人じゃなければとっくに王都の人含めて全員殺してるのに。あーあ。見捨てると思ってたのになぁ。撒き餌にもならない食べ物を十五年変わらずに愛でるとか普通ありえないって。ルリスじゃないんだから。母の愛に限りなしって、あれ本当だね。でもそのせいで僕が十五年も苦労した訳だから、最高の皮肉だよね。お陰で僕が僕のままだよ。もう良いんだけどさ。僕が決めたことだし。

 何にせよ、戦いは終わっちゃったしここまでかな? 元に戻しておかないとね。聞こえて無いだろうけど、僕もさ、もう少し頑張ろうよ。家族の為とは言え、無能であることを選んだのは自分なんだからさ――


 ――そう思い、僕は身体から力を抜いた。


「――」


 視界が晴れる。【王者の覇気】を解いた時のような、意識が目覚めるような、あの不思議な感覚だ。ナーヅ王国との戦、自分の役割が終わった時のような、戦いの後の余韻みたいな熱が頭から抜けていくようだった。


 視線の先、煌びやかな王室一家ロイヤルファミリーの全員が円形闘技場から出て行くと、ようやく本当にこの試合が終わったんだな、と思えた。大きく息を吐くと、自分の中から完全に戦意が失せていくのが分かった。

 余程に集中していたのだろうか、日常に戻ってきたような、そんな不思議な感覚が湧き上がる。まるで心地良い寝起きのように、頭がすっきりしている。

 莫大なダメージを負った時に集中しすぎるとこうなるのか。必死だったせいか、まるで自分が自分じゃない感覚だった。文字通りの我を忘れる、という奴だ。

 今後は強い敵と相対した時はしっかりと冷静に、理性を保つように注意しよう。こういうのを視野狭窄って言うんだったかな。でも、何だか懐かしい感覚だったな。


 それにしても、と少し考えてしまう。

 父上は何故あの時期タイミングで称賛のお言葉をくれたのだろうか。恐らくは僕を制止する為にお褒めの言葉を下げたのだろうとは思う。だがその理由が分からない。

 例え国王であろうとも、戦いを止めることは許されない。審判の居る試合ならともあれ、ここで行われていたのは両者が勝敗を決める戦い。それを止めるなぞ、武を尊ぶ国の国王だからこそ許されない。

 だが、これは国王のお目に入れる戦い。即ち御前試合も同然。国王が「満足した」と言えばそこで試合は終了となる。これに異を唱えるというのは、今度はこちら側が不敬となる。


 まだ『七属性魔術士筆頭』達は地面の中に隠れているが、父上であれば彼女達が生きていることに気づいている筈。でありながら、父上が止めたのはどう言った理由からだろう。

『七属性魔術士筆頭』が国にとって有用だから、と言うのは考え難い。はっきり言ってしまえば、先程の彼女達の姿は無様でしかない。無様な弱者なぞ、例えどんな理由があろうともこの国では価値が無い。ならば彼女達の助命の為ではないだろう。


 他に理由と言えば何があるのだろう――と、崩壊、と言うよりも消え失せた周壁と、地面に空いた直径百メートル程の穴を意識が捉えた。


 うん、なるほど。これは止めるな。そして絶対にお叱りを受けるな。


 父上達への被害については頭にあったけれど、建造物については完全に埒外だった。穴なんてこれ、どれだけ深いのか。怖いから【万視の瞳】で確かめる気にもならない。

 え、いや。本当にどうしようこれ。円形闘技場って、パーティーホールとかに並ぶ公的な場の一つなんだけど。


 この後に頂けるのは果たして褒美なのかお叱りなのか。お叱りと言う名の褒美かな。

 溜め息を吐きながら、改めて観客席に視線を向けてぐるりと見回す。僕の視線が向いた人達は、例外なく異物を見るような目を僕に返してきた。

 一番多いのが恐怖。次に驚愕や警戒。

 ただ常備軍の兵士だけは流石と言うべきか、僕を見据えながら魂の波動を迸らせている。驚異という存在に対して、戦士として染まった魂が反応してるのかな。それなりに派手なことをした自覚はあるんだけど、それを目の当たりにした上であの姿勢か。流石王国、いや国王直属の兵士だ。何だか嬉しくなるな。

『魔術士兵団』は何と言うか、論外だ。もう何だろう。尊敬と興味とその他諸々が混ざり合った視線を僕に向けてきている。そこに恐怖や異物に対する感情は一切籠もっていない。ついでに言えば自分達の師匠に対する心配の色もない。流石彼女達の弟子だ。全員が全員、良い素質をもっている。


 ただ、これで確定したことがある。

 宮廷貴族達は耳が早い。そして彼らは様々な派閥に属しているので、伝えるのも早い。それどころか貴婦人だって多数居る。恐らく半月もしない内に国中の貴族がこの場のことを知るだろう。


 その情報を全員が信じると仮定すれば、今後ジャスパーと言うザルードの英雄に触れようと思う貴族は一切居なくなるだろう。

 脳裏にリリーナとアジャール侯爵の顔が浮かぶ。どうせ広がるなら、奴のところに精々誇張して届けて欲しい。そうすれば万が一にも奴がリリーナや『セルリーム』の面々。そして『ミミリラの猫耳キューティー・キャットイヤー』に手を出すことは無くなるだろうから。


「ん?」


 唐突に、身体全体が重たくなった。そして猛烈な空腹と、満身を襲う痛み。精神耐性が効いていてこれって相当だ。状態欄に表示されているのは「外殻痛」。多分人生で初めての痛みだと思う。

 これ結構辛いな。しかも詳細は持続的ダメージって――あ、収まった。何だったんだろう。ただ猛烈な空腹感だけが取れない。

 あれ? この感じ、覚えがあるぞ。城塞都市ポルポーラで味わったあれだ。何でだ? よくよく見れば、精神力が凄まじく減っている。多分これが原因の一つだ。減った魔力を回復する為に、魂が多くの食べ物を求めているのだ。

 王城に向けて思う。父上、お呼びはご飯食べてからじゃ駄目でしょうか?

 

 大きく息を吐く。何だか本当、どっと疲れたな。

 色々勉強になったし、経験も出来たし技能も手に入った。言うことは無いんだけど、本当に疲れた。


「……」


 自分の手のひらを見る。握り、開き、また閉じる。

 試合の最中のことは全部覚えている。自分が成したことも。ただ、自分はあんなことが出来たかな、と思う。しようと思えば出来るだろうけれど、こう、しようと意識しなくても自然とあの威力を出せるだろうか。


 まぁ取り敢えずは彼女達を殺さなくて良かった。さっきは殺すつもりだったけれど、それをしてはこれまで我慢していた理由が無駄になってしまう。

 彼女達が国にとって、父上にとって有益であることは理解した。先程無様を晒したとは言え、その事実は変わらない。であれば、僕が手にかけることは許されないだろう。本当、死ななくて良かった。

 それに、彼女達は王太子カー=マインにとっての恩ある人。それを手にかけるのは躊躇いがある。


 顔を上げると、先程僕が殺しかけた七人の女性達が側に立っていた。

 僕は満足気な彼女達を見て首をかしげる。


「何か強引に終わらせた形だけど、契約は達成で良いのか?」

「もちろんですわ。最高の時間、誠に感謝致します。お礼は必ずお渡し致しますわ」

「いや、まぁ、うん。お好きに」


 彼女達の表情を見ていると、一体何が送られてくるのか非常に不安になってしまう。彼女達は一応貴族家の当主になる訳だし、貴族としての謝礼なら分かりやすくて助かるんだけどな。こっちとしても今後何かあっても返しやすいし。

 次に、自然と近寄っていた金属性魔術士筆頭オレリアが僕の手を取って瞳を見つめてきた。彼女がこう言ったことをするのは何だか珍しくも感じるな。そう思っていると、彼女は穏やかな声で言う。


「私は役割が役割なので、直接触れ合うことは出来ませんでしたが、楽しい時間でした」

「ああ。俺も随分と勉強になった。流石王族の先生だな」

「ジャスパー様ならいつでもお教え致しますわ」


 金属性魔術士筆頭オレリアのその言葉に、他の六人が楽しそうに「そうね」とはしゃいでいる。それは心の底から嬉しいが、絶対に連盟拠点ギルドハウスには来ないで欲しい。その時は是非宮廷でお願いしたいものだ。

 もし、仮に、万が一、連盟拠点に来ると言うのであれば、金の神への誓いと契約紋カラーレス・コアを刻むことは絶対条件だ。


 金属性魔術士筆頭オレリアの言葉はそこで終わらなかった。

 彼女は僕の手を両手で包み、豊かな母性と共に抱きしめると、にこりと笑った。手がとても柔らかい感触に満たされて心地良いのに、どうしてか、力等級値7の人に捕らえられている錯覚に陥ってしまう。


「ところでジャスパー様。ジャスパー様は『交感上昇論』と言うものをご存知ですか?」


 僕の頬がひくついた。


『交感上昇論』。

 それは僕が以前述べたことがある、魔導士により発表された『魂位や能力値の高い者と低い者が交われば低い者が上昇傾向にあり、同じ程度であれば互いに上昇傾向にある』と言う文言を記した論文のことだ。

 僕はもちろんその論文を読んだことがあるし、彼女達ならば知らない方がおかしい。僕が言いたいのはそこではなく、この時期タイミング金属性魔術士筆頭オレリアがそれを言葉にしたことだ。


「一応はまぁ、知ってはいるぞ」

「流石ですね。ではどうでしょう? ジャスパー様が英雄なのは言うまでもなし。ならば七色の花を手折るのが道理かと。互いの為にもなると思われます」

「……『交感上昇論』には即効性があるとは記されていない筈だ。金属性魔術士筆頭カラーレス・カラーズ・ラーレストともあろうものが、意味も無く花を散らし時間を無駄にするのはどうなんだろうな」


 僕がそう言うと、金属性魔術士筆頭オレリアを筆頭にした『七属性魔術士筆頭』がとてもとても愛らしい笑みを浮かべながら近寄って来て、白魚のような手で僕の素肌に触れてくる。その接し方が何故かアンネ達を彷彿とさせる。

 おかしいな、彼女達は少女と言うには遠い年齢の筈なんだけど、その笑顔と容姿のせいでとても乙女なそれを感じる。


「近年、新しい発見がありまして。夜の英雄とも言われる『灰燼』のザーガ。彼の女達の日記が幾つか見つかりまして。そこに非常に興味深い記述がありました。『交感上昇論』に即効性があることを示す内容です」

「それに、最近他大陸から『交感上昇論』に関する文書が国王陛下に献上されまして。恐れ多いことにそれを我らにお授け下さいました。その文書がザーガの女達の日記の内容を裏付けるものでした」

「研究は終わっております。後は実践と検証だけ。丁度良い機会です。私共も女。一度男を知るのも必要と思っておりました」

「英雄にして大魔術士と呼ばれし『創造』のソルシア様は後世の魔術士にこう言葉を残しました。『神秘を求めるなら『七つ神』に祈り、真理を求めるなら魔力を学び、真相を求めるなら万物の素を感じなさい。そして己を求めるなら伴侶を見つけなさい。その伴侶と誠の相思相愛を成すことが叶えば、自身の真の姿が得られるでしょう。私は真の己を得て英雄へと至りました』と」

「ジャスパー様は花を手折り、私共は男を経験する。そして双方共に魂位や能力値を上昇することが叶い、上手くいけば国の戦力増強にも繋がります」

「皆に損なく得がある、最適解ですわね」


『七属性魔術士筆頭』達が連続して言葉を紡ぐ。もしかして打ち合わせていたのではないかと思う程に綺麗な言葉の羅列だ。あるいは『絆技』を用いる時のように、金属性魔術士筆頭オレリアが意思を通じているのか。

 女性から誘われているのに、こう。何だろう、素直に喜べないと言うか。損得勘定と打算に満ちたお誘いと言うか。脳裏に「種馬」という単語がよぎったと言うか。


 ただ気になることがある。僕の人見の瞳には、彼女達の魂や内面がはっきり映っている。そこに映るのは無垢なる七色の光。純粋と言う言葉に魂が染まっているかのような、穢れのない煌きが見える。

 繰り返し述べるが、そんな純粋が“はっきりと”見えるのだ。これ程はっきり見えるのは、母上達家族を除けば、ミミリラとニャムリ、ピピリ以外には居ない。

 僕から彼女達に対して、ミミリラ達に向ける程の情愛や愛着はないし、何より魂による繋がりが無い。その上でこれ程までに魂が見えると言うことはつまり、それだけ僕を慕う気持ちがあると言う証明だろう。僕も自信はないが、「心を開いている」という奴だ。

 その事実に気付いた瞬間、僕は魂や内面を見えないようにする【黄昏エ・ルーレン】の発動状況を確認した。きちんとそれは発動していたが、僕の表情から固さが取れることはなかった。

 一方から送られる膨大に過ぎる強烈な思慕の念は、果たして『絆』の観点からすればどういった結果を齎すのだろうか。世話女のティアナもそうだったけれど、あの時は僕が見る気もしなくて見ていないから、実際のところがどうだったのか分からない。

 あれ? でもそう言えば高級宿でも最初から金属性魔術士筆頭オレリアの魂や内面は見えてたな。あれと目の前の彼女達の状態には何か関係性があるのだろうか?


「うーん……」


 僕は弱々しく片眉を下げた。

 この場もそうだし、この後訪れる父上との対面もそうだし、果たしてどうやって切り抜けるべきか。【万視の瞳】にはこちらに向かって来る、先程僕をとても輝く瞳で見つめてきていた『魔術士兵団』四十九名の姿が映っている。さぁどうするべきか。


 ただ、まぁ。まだ済ませなければいけないことが山ほど残っているし、何だかんだと色々あったけれど。何というか、悪くない気分だった。こう言う締まらない空気にすら、その気持ちは湧いてくる。

 そして、数年ぶりになる彼女達先生達王太子カー=マインとの授業の時間を過ごすことが出来た。

 最初はどうなることかと不安だったし、途中どうしたものかと悩んだけれど、結果だけ見れば何もかもが僕の為になってくれた。であればこれも良し、と言うべきだろう。


「ああ」


 そうだった、と。改めて『七属性魔術士筆頭セブンズ・カラーズ・ラーレスト』の美顔を見回す。幼き頃の記憶と何ら変わることの無い彼女達の姿がそこにある。

 口には出来ないけれど、彼女達には王太子カー=マインからこの言葉を送らねばなるまい。幼き頃は本当の意味で伝えられなかった、この言葉。


 先生達よ、誠良き授業であった。其方らの知によって、私は一つ成長が叶った。

 誠、大義。この王太子カー=マイン、心からの謝辞である。


 僕は彼女達に微笑んだ。彼女達もまた、朗らかな笑みを返してくれた。

 失っていた過去を一つ、取り戻した気がした。

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