第104話 御前試合開始

 さてこれはどうしたものか。


 円形闘技場アンフィテアトルムの中央に立ち、周囲を見渡して、僕はそう思った。

 本当に久しぶりに見る円形闘技場は広く、灰色に染められた天高く聳える周壁はまるで今にも押し潰して来そうな圧迫感で僕を包む。ぐるりと回る万を越える観客席もそれに拍車を掛けており、自分がこの場に立っていることが不思議で仕方無かった。

 いつもは観る側だった。されど、今はその立場が翻っている。


 そして現在。僕の正面にある観覧席、その最上段の王室貴賓席ロイヤルボックスには父上に母上、弟を筆頭にしたアーレイ王室の全員が座っている。

 その周囲に備えられている貴賓席には宮廷貴族に始まり、多くの貴婦人や画家に楽士に作家など、普段宮廷に住まう者達の姿がある。

 更にその左右にはアーレイ王国常備軍や近衛兵、王国常備支援軍やその他多くの兵の姿まで見える。

 少し離れた位置には『七属性魔術士筆頭セブンズ・カラーズ・ラーレスト』を除く、彼女達の弟子である『王国魔術士兵団』もこちらを見つめた状態で席に着いている。


 つまり、現在この場には、王城、王宮、宮廷、国に属する者達が勢揃いと言う訳だ。居ないのは門衛や警備、また王城を訪れる者に対応する内政官など、任に就いている者達だけだろう。


 いや本当、どうしてこうなったんだろう?



 ※



 僕達は王城の敷地内に入ると、先ずは宮廷へと向かった。

 円形闘技場を使うには内政官に許可申請をしなければいけないし、もし現在使用されていたら待たなければいけないからだ。

 代表として火属性魔術士筆頭フレイム・カラーズ・ラーレストのコーリット伯爵がその為に足を運んでくれることになった。


 その間、僕は他の『七属性魔術士筆頭セブンズ・カラーズ・ラーレスト』に誘われる形で、宮廷の中にある懇親の場ソーシャルホールで待つこととなった。

 ここはエントランスホールやパーティーホールのように一つの大きな空間があると言う訳ではなく、小さなホールを幾つも連ね連ねた形となっている。上空から見下ろせば、敷き詰めた球が地面を覆っているように見えるだろう。

 その玉と玉の間には敢えて幾つもの柱が建てられており、その空間の中に幾つもののテーブルセット、あるいは大きめのテーブルセットが一つ置かれている。物凄く大雑把に言えば、丸く間取りを取った壁の無い応接間を大量に組み合わせた感じだ。

 普段は宮廷に住まう、もしくは宮廷で活動している人達が優雅に茶菓子の時間ミッディー・ティーブレイクなどを楽しむ空間として使用されている。所謂社交界サロンの一つだ。


 ここは様々な人々が使うのだが、もちろん貴婦人達も利用する。

 純粋にお茶を楽しんでいる貴婦人達も居るのだが、そうでない人達は夫である当主の代わりに言葉と言う矛で戦いをしているので、あまり近寄ってはいけない。彼女達の言葉一つで当主の得にも損にもなる会話をしているのだ。そんな戦場に下手に近づけば、意図せぬ第三勢力として巻き込まれてしまう。

 王族が近寄れば擦り寄られるだけなので、違う意味で近寄ってはいけない。


 そんな空間の中でもとっておきの場所に僕達は腰を据えることにした。

 それは懇親の場の片隅にある、広い庭と美しい花々の景色を楽しむことが出来るテラスだ。日当たりも風の流れも計算されたそこは、懇親の場でも使用出来る人は少ない。ここを利用出来るとすれば、貴婦人であれば最低でも侯爵夫人以上。内政官であれば大臣か伯爵級以上だ。


 とは言え、そんな彼ら、彼女らですらあまりここを利用することはない。

 ここは景色が美しいので、王室の人がひょこっと気まぐれで現れることもあるのだ。そんな時に「先約です」、とばかりに座っていては不敬になりかねない。

 実際は別に王室専用と言う訳でも無いので気にしなくても良いのだが、そこが権威と言うものの難しいところだ。

 それにここで変なことをすれば一気に悪評は広がる。そうなれば不敬を行った人の地位が危うくなることにも繋がりかねないので、尚更に注意を払わなければいけない場所でもある。

 ちなみに僕は本当に気まぐれで弟とリリス姉上とここに訪れ、騒動を起こしたことがある。騒動と言っても子爵家が一つ潰れただけで、大したことではないのだが。


 そんな普通なら誰も近寄らないようなテラスの一角を、僕達七人は一切の遠慮なしに陣取ることにした。

 僕は最初から気にするつもりは無かったし、『七属性魔術士筆頭』もそれは同じ様子だった。そもそも『七属性魔術士筆頭』の集団なんて王室ですら近寄らない。多分視界に入った瞬間踵を返す。あのダイン兄上ですら無言で立ち去るだろう。

 彼女達は場合によっては躊躇い無く王太子すら殺しかける、権威も権力も通用しない最上位の魔術士なのだ。そんな彼女達の群れなんて危険極まりない。実際僕達が宮廷に足を踏み入れてからここまで、すれ違う人達の殆どが顔を逸らしていた。

 この集団に堂々と割って入れるのは父上か母上くらいのものだろう。


 テラスでは、宮廷メイドが淹れてくれた紅茶を飲みながら雑談で時間を潰した。

 話の内容は最初は普通だった。普段何をしているのかなど、そんな感じだ。そしてもちろんそこから魔術談義へと発展してしまう。

 基礎的な知識から応用に至るまで。僕も彼女達程では無いにせよ知識はある方なので問題なく受け答えしたのだが、答えれば答える程に彼女達が嬉しそうな顔で声を弾ませてしまう。だからこそ、会話が止まると言う現象を忘れてしまっている。

 未だ解明されていない魔術理論についてを聞かれた時は「僕が教えて貰う側じゃないかな?」と思いながら持論を展開して、何故か感心されたりもした。


 そうしていると、思っていたよりも早くにコーリット伯爵が合流してきて、残念なことに現在は常備軍が使用しているので、それが終わってからになると言われた。

 ただ二時間も掛からないだろうとも言われたので、それまでは皆で茶菓子の時間を楽しむことになった。

 ここは本当に快適だし紅茶も美味しい。僕としてもむしろのんびりした時間を過ごすことが出来るので、待つことに不服は無かった。会話の内容以外は。


 そして今度はコーリット伯爵を交えての歓談を始めたのだが、時間が経つにつれて『王国魔術士兵団』の魔術士達が姿を見せ始めた。七人単位でぞろぞろ集まり、結局全ての『王国魔術士兵団』が姿を見せる頃にはすっかり庭が狭く感じる程だった。その代わり違う花は咲き誇ったので、むしろ景観の美しさは増したかも知れない。

 全員が全員丁寧に過ぎる礼をしてくれて、そのまま彼女達も歓談に参加することになった。基本的には僕達の話を聞いているだけだったけれど、時々覚書メモを取っている者も居たのが印象的だった。


 その時改めて思ったのが、全員髪が長いなぁと言うことだった。

 僕も含め王族は長い髪が多いのは以前述べた通りだが、彼女達はそれにも増して長い。長い髪には多くの魔力が宿ると言われているからだが、純粋な魔術士は近接戦闘を度外視している為、伸ばせる限界まで伸ばす者も居る。

 弟子達四十九人は最低でも臀部、それより長い者は纏めてはいるが、【万視の瞳マナ・リード】の立体表示で詳細に長さを確かめてみると、踵程まで伸ばしている者も居た。

 そして『七属性魔術士筆頭』。この七人は全員が編み込んで纏めたり、単純に装飾具や華やかな布で巻き上げたりしているが、下ろせば身長二つ分の長さになることを僕は知っている。


 これは「己に二人分の魔力が宿りますように」と言う願掛けのようなものらしい。「二」と言う数に意味があるのかと聞けば、「双神」の二から来ているのと、それ以上伸ばすとなれば「五つ神」の五になり流石に長すぎる故の妥協とのことだった。

「双神」の読み方は「そうしん」と「ふたつかみ」があるので、始まりの二柱の神が二人分の髪に宿りますように、と言う意味も多分に含まれているだろう。


 過去に一度だけ、闇属性魔術士筆頭ダーク・カラーズ・ラーレストであるルラーダル子爵に髪をほどいた姿を見せて貰ったことがあるのだが、漆黒のロングベールを被っているような様はとても美しく、許可を貰って触れたら掴むことすら出来ぬ程に艶やかで、且つ滑らかだった。

 幾ら【還元する万物の素リターン・オブ・マナ】と言う便利な魔術で汚れは一切溜まらないとは言え、素直に凄いなと感心する僕に、ルラーダル子爵は微笑みながら語ったものだ。


「髪は女の命と言いますが、それは魔術士も同じ。髪を大事に出来ぬ者に魔術に触れる資格は無いのです」


 当時は「そう言うものか」程度にしか思っていなかったが、こうして成長し力を得て振り返ると、あの時の言葉がしっくりくるものだ。

 魔術は想像から始まる。「そうすることで魔力が増す」と言う想像でその他の想像力や精神力が増すのであれば、髪を伸ばして成長するという願掛けに近いものだって確かに魔術には役立つだろう。それでもやることがぶっ飛んでいるとは思うが。

 そう言えば「この髪に包まれて眠ったら絶対に気持ち良いだろうな」って思ったこともあったかな。

 ミミリラの髪もルラーダル子爵と同様に黒いからお願いしてみようかな。今は肩甲骨より少し長いくらいだから、時間かかりそうだな。あと仮にも裏人や近接戦闘の戦士にそれを頼むのも酷か。いっそ僕が伸ばしてみるのもありかな?


 そんな時間を過ごしている内に、宮廷内の人達が急激にその数を増やしていく。発動したままの【万視の瞳マナ・リード】にはここに来た時とは比べ物にならない程の反応が表示されており、強化した聴覚からは、至るところで僕達のことを話し合っている内容が聞き取れる。

 それに、ここを直接視認出来る懇親の場のテーブルセットに座る者達は、明らかにこちらを意識している。


 どうやら『王国魔術士兵団』全員がつどっていることもそうだが、僕と言う異物が居ることに関しての注目が集まっているようだった。僕がザルードの英雄と言うことも周知されている様子なので、恐らくは先日の玉座の間に居た誰かが風貌を漏らしていたのだろう。

 そんな莫大な力を持った二つの組み合わせが見えるのだ。情報が命の社交界に住まうもの達としては見過ごせない光景だろう。


 ただ不思議だったのが、どうしてこの段階で僕と『七属性魔術士筆頭』が試合をすることが殆どの人達に知れ渡っているのだろう、と言うことだ。

 この時点で僕達がテラスに着いて凡そ一時間程だ。仮にコーリット伯爵が許可申請に趣き、そこで口にした使用目的が漏れたのだとしてもあまりに早すぎる。

 なるほど、これが言葉で戦う社交界の情報伝達速度の恐ろしさか。これは王太子の立場では気付けないな。


 まぁ僕としては別に構わない。精々茶菓子の代わりにしてくれれば良いさ。

 そんな気持ちで彼ら、彼女らを放置し、『王国魔術士兵団』の全員と歓談の時間を過ごした。

 そうして過ごすこと暫くして、ようやく使用許可が下りる知らせが届いたので、僕達は揃って円形闘技場へ向かうことと相成った。



 ※



 そう言った流れで僕はこの場に趣いた訳なんだけど、もう円形闘技場内に足を運んだ時には観客席に多くの人が待ち構えるように座っていたのだ。

 不思議を通り越して疑問を踏み潰して最早戸惑いにまで着地した。あれか、社交界での情報が広まりに広まって、それが父上や王室の耳どころか王城中にまで伝播したのか。

 いや、父上に関してはもしかしたら『七属性魔術士筆頭』が七人揃って円形闘技場を利用することの報告が行ってのかな? はたまたそんな『七属性魔術士筆頭』とザルードの英雄が戦うことに対しての報告が行ったのか。


 父上や母上、弟は分からないけれど、他に居る面々は娯楽が目的かな? と思うところはある。何だかんだと王城内とは娯楽が少ないのだ。それが理由で宮廷に楽士や画家、吟遊詩人なんて存在が居るし、様々な用途を目的とした劇場だってあるのだから。

 英雄と『七属性魔術士筆頭』の対決なんて極上の娯楽だろう。僕でも王太子として王城に住んで居たら確実に足を運んでいた。


 問題があるとすれば、僕がそれを観せる側と言うことだろうか。


「……」


 少し気になり【視力上昇サップ】で視力を強化して父上達に視線を向けてみると、父上の顔が完全にアーレイ王国国王のそれになっている。母上は不安そう、心配そうな感じ。弟は物凄く瞳を輝かせている。もう全身から「楽しみです!」と言う感情が吹き出している。

 おかしいな、弟の魂の波動はあんな感じじゃなかった筈なんだけど、何か新しい色に染まったかな? なんて馬鹿なことを考えてしまう。

 ともあれ、三者三様の表情を浮かべている。


 元々そのつもりは無かったけれど、これは絶対に無様を晒す訳にはいけなくなった。

 ただ今回の趣旨が趣旨なので、傍目にはなぶられているようにしか見えない場面はどうしても出てくると思う。今観客席に座っている人達全員が、今回の趣旨と決め事ルールを把握してくれていることを切に願う。


「こちらは準備が整いましたわ、ジャスパー様」

「あ、うん」


 距離を取った状態で、僕を七芒星のように囲む頂点の一つであるコーリット伯爵がそんな言葉を掛けてくる。


「なぁ、コーリット伯爵。聞いても良いか?」

「何でしょう?」

「この状況は、あんたが?」


 僕がそう言うと、コーリット伯爵は口元に折り曲げた指を当てて微笑んだ。


「いいえ。私共としてはどちらでもよいので。ただジャスパー様の存在が自然と人を集めるのでしょう」

「つまり、呼ぶつもりは無かったけれど隠すつもりもありませんでした、と?」

「お言葉通りです」


 この女郎めろう。多分これ、許可申請に向かった際に、雑談混じりに何か言ってるな。

 何だろう、どうにも彼女達と会話をしていると調子が狂う。

 こう、ギリギリのところを責められていると言うか。宿で攻撃された時は本気で殴り飛ばしてやろうかと思ったけれど、ああ言う行動さえなければ完璧な存在だけあって、本当に不愉快さが無いのだ。

 だからこそ、だろうか。どうにも調子が狂わされてしまう。

 ある意味アンネ達とは違う意味で男を手玉に取れる女達だな。いやまぁ、最高の教育を施された極上の貴族令嬢であり、貴族家女当主だから文字通りではあるんだけどさ。ああ言う行動さえなければ本当に男が放っておかないと思う。


 彼女の言葉に対し肩を竦める。


「まぁ良いさ。やることは変わらない。俺も準備は良いよ」

「では」


『七属性魔術士筆頭』が国王である父上に身体を向ける。僕も改めて視線を向けた。


「我ら『七属性魔術士筆頭』七名、この戦いに於いて如何なることがあろうとも、ジャスパーに対し一切の不服を唱えず、咎めぬことを金の神に誓いましょう!」

『誓いましょう!』


 コーリット伯爵達の誓いの言葉に続き、僕も声を張り上げる。


「我が名をジャスパー、この戦いに於いて如何なることがあろうとも、この場『七属性魔術士筆頭』の七名に対し一切の不服を唱えず、咎めぬことを金の神に誓う!」


 この誓いの言葉は王城に至る道中、馬車の中で彼女達と決めていた約束事だ。

 そもそもこう言った“何があってもおかしくない”戦いに於いて、特に地位や名誉のある者達が戦う場合は戦闘後に何も文句を言わないと金の神に誓うことが基本となっている。

 色々理由はあるが、代表的なものとしては「貴方は王侯貴族ですけど遠慮無くぶっとばしますね」、「私は王侯貴族ですけど遠慮無くどうぞ」と言う意味だ。

 これが無いと、例えば御前試合で騎士と伯爵が戦う、なんて状況で騎士側が遠慮して戦いにならない場合があるのだ。


 武を尊ぶアーレイ王国、死んだ方、負けた方が悪いので気にする必要もないのだが、騎士も家族が居る。恨みを買うことを恐れ、躊躇う者が居ないでもないのだ。

 栄誉は大事。名誉は大事。武功は大事。それ以上に家族が大事。

 マーシェル伯爵程とまではいかなくとも、アーレイ王国でもそう言った良い意味での変わり者は居る。そしてそれは一概に責められるものではない。

 ちなみに筆頭格は愛娘の為に現国王にして前王太子を殺そうとしたザルード公爵家当主だ。


 だからこそ。そういった行為の一切をせぬと、金の神に誓うことで示すのだ。

 そしてこれに関しては国王ですら後から異を唱えることは許されない。

 何故なら、金の神への誓いに対し外から口を出すことは許されないから。金の神の誓いを破ることは当然許されないが、誓いを破らせることもまた許されないのだ。どちらかと言えば後者の方が罪は大きい。

 そして国王ですら何も言えぬ以上、それ以下の者達も決して異を唱えることは許されない。


 まぁ、言い換えればお互いに「殺されても文句は言わないけど、殺しても文句は言わせないよ?」と言うことだ。最早御前試合と化しているので、この場合は国王に対して「僕達これから正々堂々殺し合いますね」と宣誓している意味もある。


 僕達の誓いの言葉に応じるように、父上が立ち上がって口を開いた。


其方そなたらの力、存分に振るうがよい! このアーレイ、しかと見届けようではないか!」


 立ち上がり返答した父上に、僕達は胸に手を当てたままに礼をする。

 それが終わると、再び彼女達は僕に身体を向けた。それに合わせて、僕も幾つかの魔術を発動させた。【五色の部屋サン・ク・ルーム】を始め、【視力上昇サップ】と【魔力視マジカル・アイズ】、そして【アーレイ王国ロワイダム・ドーファン】だ。


 一応、今回の試合に於いて障壁は有りとなった。

 彼女達曰く「戦士は鎧兜を、魔術士は障壁と魔道具で攻撃から身を守ります。それを前提とするが戦いと言うもの。ジャスパー様の装備は最早装備に有らず、されどそのお身体こそが鎧兜も同然。故に、障壁の有無はお任せ致しますわ」、だそうだ。

 彼女達としては「全力を出しても壊れない相手に全力をぶっぱなす」がそもそもの目的でもあるので、ようは僕の障壁か僕の身体を破壊出来ればそれで良いと言う訳だ。言葉にすると酷いなこれ。


 まぁ最初は様子を見てみたいので、遠慮無く【五色の部屋】を使わせて貰うことにした。

 他の三つは彼女達の戦闘中の動きや実際に放たれた魔術を観察、分析する為だ。折角魔術士としての最高峰が七人も居るのだ。使う使わないは別として、盗めるものは盗んで行きたい。立ち回りの参考にもなるだろうしね。


 危惧していた衣服も何とかなった。

 なったと言うより、振り返れば僕は初めて王太子屋敷から外に出た時、衣服を含めて姿を【変化ヴェイル】で変えていた。つまり、仮に衣服の全てが吹き飛んでも、その衣服と同じものを【変化】でそこにあるように見せておけば良いのだ。

「それは結局吹き飛んだら全裸になっているのと同じだろう」と言われればそうなのだが、そこは開き直ることにした。

 と言うのも、今回敢えて彼女達の魔術を直接受けてみたくなったのだ。故に、下手に衣服を強化して彼女達の魔術の威力を殺すことは避けたかった。

 理由としては、以前から手に入れたいと思っていた技能を手に入れる為だ。


 僕はこれまでの戦いで、ダメージらしいダメージを受けたことがない。だけど、受けなければ手に入らない技能もあるのだ。

 それに、彼女達程の手練の魔術が直撃した場合、果たして僕にどれだけのダメージを与えられるのか。これも折角なので知っておきたい。必ず今後の為になるだろうから。

 彼女達の言葉では無いが、僕も自分の能力をまだ把握出来ていない。彼女達が自分の全力をぶつける相手が居ないのだとしたら、僕はそれに加えて全力をぶつけてダメージを与えてくれる相手が居ない、と言うことになる。

 だからこそ、この貴重な機会を全力で利用することにした。


 そんな訳で、だ。

 僕は彼女達に頷いた。


「――」


 瞬間、僕の【五色の部屋】ごと暗闇が周囲全てを覆い尽くした。単純シンプルな闇属性魔術だ。使ったのは間違いなく闇属性魔術士筆頭ダーク・カラーズ・ラーレストであるラーダル子爵だ。


 正直この時点で相当に驚いていた。己の得意とする属性であり、最も低位の魔術とは言え、あまりに展開が早い。僕が頷いて顔を上げた瞬間に発動が終わっていた。

 予め準備を整えていたのかも知れないけれど、これは次元が違う。

 球状に暗闇を生み出す応用力も、【魔力視マジカル・アイズ】で見ているから分かる、圧縮した高密度の魔力も。たったこれだけでラーダル子爵の技量が分かる。


 が、このままで居る訳にもいかない。

 これも折角だ。同じ低位で返してみるか。


「『始まりの光は世界を照らす』【光よ在れライト・レイズ】」


 最も基本的な光を生み出すだけの魔術。これを思い切り精神力を込めて発動させた。どうやら威力は僕の方が上だったようで、周囲を覆っていた暗闇は消え失せた。

 そして開いた視界、そこには僕を覆う光り輝く球状の障壁が待ち受けていた。


 暗闇が終わったらすぐに光か。

 ほんの少しばかり目を細めたままに、今度は同じく低位の闇属性で返す。


「『始まりの闇は世界を埋める』【暗闇ダーク】」


 先程とは相反する光景。生み出した暗闇が光を飲み込み、それを解除する。

 そして完全に視界が開けた瞬間瞳に映ったのは、文字通り周囲を埋め尽くす程の魔術の壁だった。


 いや、おい。


 もう見える限り一面に光、闇、火、土、水――氷か。この五種類が小さな槍となって僕に牙を剥いている。【アーレイ王国ロワイダム・ドーファン】で気付いてはいた。何か大量に生み出してるなぁ、と。

 しかし、いざ目の当たりにするとこれは酷い。


 次の瞬間、それらが一斉に僕に向けて発射された。

 凄まじい速度と威力で間断無く襲い来る魔術。豪雨を通り越し、もはや濁流。通常の魔術士が用いれば大した威力を持たぬこれらも、彼女達程の使い手ともなれば一発一発が高威力、且つ高速連打を可能とする。


 しかもこれ、普通の速度じゃない。確実に風属性魔術で加速させている。

 次から次へと生み出されるそれらは、顕現した瞬間に姿を消すような速度で発射されている。恐らく【五色の部屋】を解除した瞬間、一秒に百発以上の魔術が襲って来るだろう。


 試しに自分の精神力の消耗を見てみる。【僕だけの部屋カラーレス・ルーム】もそうだが、【五色の部屋】は常時展開型。僕が精神力の供給を止めるか、あるいはその強度を越える威力を与えない限りは続く。しかし、障壁にダメージを負わせられるだけの威力を受ければ、それに応じて精神力は減っていく。


 それの確認の為に個体情報ヴィジュアル・レコードを確かめたのだが、正直「ありえない」という感想が胸中を支配した。この時点でもうジブリー領の『木で出来た埴輪クレイウッド』から受けた光線の半分にも達している。

木で出来た埴輪クレイウッド』から受けた光線はネイル達三人含めて四人分だった。そして、あれの威力は連盟第5段階の連盟を一発で壊滅させる程もあった。

 現段階で、彼女達はもうあの凶悪な光線二発分のダメージを僕に与えているということになる。


 あの時の僕は頭に血が上っていたのもあってあまり気にして居なかったが、実は精神力が結構危ないところまで減っていた。

 それを鑑みれば、もしジブリー領に足を運んだ頃の僕がこの七人と戦い、僅かでも防戦に回ってしまった場合、下手をしたら瞬く間に精神力を削られ負けていたかも知れない。

 魂位が低かったこと、まだ戦いと言うものが今以上に未熟だったこと。それらを考慮しても、英雄級の存在を殺せる程の力を持っていると言う事実。


 英雄に至る資格は十分に持ってるな。

 心底そう思う。そして納得した。確かにこれはコーリット伯爵が「全力で放つ魔術に耐えられる存在が居りませぬが故」と嘆くのもよく分かる。こんなもの、危険度第6段階の魔獣でも無い限り受け止められない。

 今は僕がまとになっているからこそ全ダメージを受けているのもあるが、それを抜きにしてもこれならその辺の冒険者や魔獣なんて瞬殺は間違いない。巨人種だってこれ、多分一秒と持たないだろうな。


 ナーヅ王国との戦の際、彼女達はどの戦域にも派兵されていなかった。

 それは初戦だから温存していたのかと思っていたけれど、それはある意味で当たっていて、ある意味では外れていたんだな。

 こんな奴ら、弟子を含めて戦場に放り込んだらそれだけで一つの戦域の戦況を引っくりかえせる。だからこそ逆に派兵出来なかったのか。弟の手柄が消えてしまうから。常備軍より同等以上の評価も納得だな。


 そんなことを考えながら、僕は【五色の部屋】を襲い続ける魔術を見た。

 これも十分凄いが、まだ試合は始まったばかり。つまり、これは小手調べに過ぎないと言う訳だ。

 やっぱりこれ、彼女達の攻撃を受けたら数秒も経たない内に衣服は全部吹き飛ぶな。そんなことを冷静に考えてしまう。それと、技能の為とは言えこの光景を直接浴びるのはちょっと遠慮したくなってきたな。


「ふむ」


 それにしてもこれ。如何に彼女達とは言えあまりに連射能力がありすぎるな。

 操作も単純とはいえ、これだけの数を連続して発動もすれば、知力等級値が6あっても集中力の関係で多少は速度ペースが落ちそうなものだが。試したことないので何とも言えないが、彼女達が身に付けていた魔道具にも秘密がありそうだな。

 あんまり気にして無かったけれど、後で【透魂の瞳マナ・レイシス】で詳細に見ておくかな。


 そして【魔力視】で確認して分かるのだが、彼女達の魔術は完全に最大限効率化されている。一つ一つの魔術を構成している魔力がとても綺麗なのだ。魔術を作る際に用いる精神力とそれの組み合わせに一切の無駄が無いとでも言えばいいのか。完璧に設計されたものを完璧に作り上げている、そんな魔術だ。

 まぁそうだよなと思う。如何に彼女達がずば抜けた精神力を持っているとしても、消費率を抑えなければこんなにも大量の魔術を発動し続けられる筈も無い。ある意味では魔術を極める上で最初に覚えなければいけない技術とも言える。


 僕が無意識にしている効率化も、恐らく彼女達は自力で成し遂げているのだろう。


「んー」


 色々なことに思考を巡らせながら目の前を光景を眺めつつ、自分の精神力の減りを見ていると、これはこれで良い参考になるなと思えるようになってきた。

 彼女達がどんな魔術をどんな風に使っているのかは【視力上昇】と【魔力視】、そして【アーレイ王国】で把握出来ている。

 その把握した魔術が【五色の部屋】に当たる度にどれだけのダメージを与えているのか、非常に為になる。凄いな、と言う気持ちはある。でもそれ以上に、少し楽しくなってきている自分が居ることもまた事実だった。


 唯一の心配があるとすれば、彼女達からの総攻撃を受け続けている光景が外からはどう見えているのだろうと言う点だ。

 無様に取られてなければ良いけれど。

 そんな若干の心配をしつつ、僕はこの猛攻が収まるまでただ待ち続けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る