第103話 七属性魔術士筆頭

 以前、ナーヅ王国との戦が終わった時のことだ。

 僕は王城で弟を励ました後に、「弟も元気になったしさぁ帰ろう!」と王太子屋敷に帰ろうとして父上に止められたことがある。色々な事情があり、その時は結局数日を王宮で過ごすことになった。


 そして今回。僕が王城に向かった時点で、王都に来て結構な日数が経っていた。

 王都巡りは楽しいが、そもそもの目的を達成している以上長居する理由は無い。加えて言えば、僕の正体が父上達に知れ今後の先行きが見えた以上、それに対して備えておかなければいけない。

 よって、翌日は最後の物資補給ストックがてら商店を中心に巡り、翌々日に出立することに決めた。つまり、僕は心の中で思ってしまった訳だ。「やるべきことは終わったしさぁ帰ろう!」と。

 どうやらそれが良くなかったらしい。


 父上達との対面が終わった次の日の朝。

 朝食を終えた僕達の宿部屋に、突然高級宿の責任者が気まずそうな顔で訪れたのだ。



 ※



「お寛ぎのところ大変申し訳御座いません。ジャスパー様にお客様がお目見えになっておられます」

「客?」


 宿部屋でミミリラ達と寛いで居たところ、唐突に訪ねて来た責任者の男はそう言って酷く顔を強ばらせたままに頭を下げてきた。その様子を見て、僕は首をかしげてしまった。

 この男は貴族御用達の高級宿の責任者らしく、落ち着き払った言動や佇まいをしており、また礼儀作法だって堂に入ったものだ。

 で、ありながらこの表情と使い方のおかしい敬語は一体どうしたことだろうか。明らかに過ぎた緊張をしている。彼をしてそこまで動揺してしまう何かが、その客とやらにあるのだろうか。


 僕は首をかしげたままに問いかけた。


「その客とやらの名前は聞いてる?」

「ええ、はい」


 何やら口ごもる責任者の男。何だろうこの違和感は。普段から幾多の貴族を相手に商売している百戦錬磨の商人が、それ程までに怯えなければいけない客だと言うのだろうか。

 四公三侯か、あるいは王族と言うなら分からないでも無いが、それにしたってこの怯えた様子は異常だ。一般市民が危険度第5段階の魔獣に出くわしたような、と言えば大袈裟に過ぎるかも知れないが、それくらいの怯えが見て取れる。


「誰?」

「代表の方のお名前は、コーリット伯爵閣下にて御座います」

「――」


 一瞬思考と表情が固まった。そして思わず手で目を覆い天井を見上げてしまった。

 そうか。昨日僕が忘れていたと思っていたのはこれだったか。


 コーリット伯爵。フルネームをセフィ・フレイム・ラ・ミーティア・カルミリア・ド・ラ・コーリットと言う。

 彼女の宮廷に於ける役職の名を、火属性魔術士筆頭フレイム・カラーズ・ラーレストと言う。

 つまり、この国に於ける魔術士の最高峰に立つ存在、その一人だ。

 先日玉座の間で僕に熱い視線を送ってきた一人にして、幼い頃に僕を瀕死に追いやったとんでもない女だ。


 そこで気付く。責任者の男は“代表の方”と言った。

 急激に湧き上がる嫌な予感をこらえながら、僕は再び問いかけた。


「他にも居るのか?」

「はい。他に六名様程」

「……代表の人を含めてさ。その人達って、髪の色が七色だったりする?」

「はい……」


 再び手で目を覆い、今度は俯いて首を振ってしまった。

 なるほど、これは確かに責任者の男が言い淀む訳だし、こんなにも怯える訳だ。


 現在僕を訪ねて来ているのは、先程のコーリット伯爵を含めて、国の頂点に位置する宮廷魔術士達だ。それぞれが属性の名を冠しており、全員を合わせて『七属性魔術士筆頭セブンズ・カラーズ・ラーレスト』と言う。

 高級宿の責任者がどうしてこれ程までに怯えているのか。それを理解するには、彼女達がどう言った存在なのかを説明しなければいけない。


 先ず前知識として。

 アーレイ王国には、常時戦力を保つ為の常備軍と言うものがある。これは常備軍隊長であるゼギルを筆頭に、百人の常備兵が所属していると言うのは以前から述べている通りだ。

 同時に、常備支援軍と言うものも存在する。

 細かく言えば長くなるので省くが、端的に言えば軍事行動に於ける支援、補助、補佐行動の専門家集団だ。もっと簡単に言えば常備軍の裏方だ。


 例えば軍事行動に於いて必要不可欠となる、荷物を運ぶ輜重隊しちょうたい

 これを担当するのは原則領兵となるが、彼らは専門的な「兵」では無い。普段は違う任に就いている人達だ。

 それらを纏める役と任に就く存在、それが常備支援軍となる。

 如何に速く、効率的に作業を終え、軍事行動を支援できるか。そう言った結果を出す為に領兵を纏め、また彼ら自身も人員として働く。

 実際の戦場に於ける後方部隊の指揮を執るのも彼らとなる。天幕を張るなどの施設行動一つ取っても、的確に指示を出しているのは彼らだ。騎士や貴族も指示は出すが、最終的に行動内容を決定し実行するのは支援軍の者達となる。

 騎士も貴族もそれに口を挟まない。彼らの方が速く的確と理解しているから。

 美味い料理を食べたいなら料理人に任せるのが一番。食べたい料理を注文こそすれ、実際に作るのは料理人、と言うことだ。


 大雑把に言えば、兵站や作戦を決めるのが国王や大臣、宮廷貴族。決められたそれらを的確に行うのが常備支援軍。支援を受け取り戦うのが常備軍やその他の軍、と言う感じだ。

 領主軍などでは基本的にこれは居ない。全てを騎士と領兵が担う。直属直轄軍と言う領主版常備軍は持っていても、流石にそこまでの専門家を常時保有しておける貴族は殆ど居ない。


 そんな常備支援軍の中に一つ、異色を放つ部隊が存在する。

 その名も『魔術士特殊支援隊』。もう完全に名前通り、魔術を以て支援を行う部隊だ。


 この者達は戦に直接参加して魔術支援することもあれば、純粋な支援軍として行動することもある。割合としては圧倒的に後者が多い。理由は幾つかあるが、その筆頭は「戦場で役に立つ魔術士はひと握り」と言うものだ。これは以前ナーヅ王国との戦の際に述べた理由と同じものになる。


 純粋な魔術士とは国単位で考えた場合、普通の兵士とは比べられない価値がある。“戦場で役に立つひと握り”では無いにしても、“使える”魔術士なんて簡単には補充出来ない。だからこそ、無駄に死なせる可能性が高い前線などには殆ど用いられない。

 また普段は国王直轄領内で何かしらの任に就いていることもある。変な言い方をすれば、人の手では成せない、人の手で成すには難しい何かを解決する何でも屋さんだ。


 この人達は殊更に優れた魔術士としての腕を持っている訳では無い。それでも、国が所属することを認めた魔術士集団だ。一般的な兵士や冒険者よりは余程に優れた魔術士としての能力を持っている。隊長や副隊長を言えば、冒険者第5段階アドベルランク5になれる程度の実力は持っているだろう。


 さて、ここからが本題だ。

 そんな彼ら、彼女らの上に立つ存在が『七属性魔術士セブンズ・カラーズ』、正式名称『王国魔術士兵団』と呼ばれる者達で、七人の魔術士筆頭と、その七人がそれぞれ持つ七人の弟子、総勢五十六名から成る、国内で最精鋭の魔術師集団だ。

 彼女達は宮廷魔術士であり、軍としての側面を持つ『王国魔術士兵団』でもある訳だ。


 彼女達の基本的な役割は、日々の魔術の鍛錬や王太子を筆頭とする王族への教育、『魔術士特殊支援隊』への指南、また魔術に関する研究などがある。

 もちろん有事の際には『王国魔術士兵団』として参軍するし、国王や大臣などが用事で外に出る時は護衛として一緒をする時もある。

『王国魔術士兵団』が参軍する際は、『魔術士特殊支援隊』とは違い、正真正銘戦力としての一軍扱いだ。たった五十六名でありながらも、扱いとしては常備軍と同等以上とされている。

 ちなみに常備軍は一応、敵軍一万に匹敵する――僕が戦で用いたかった理由だ――と教わったことがある。それと同等以上と言えば、彼女達の異常性が分かるだろう。まぁ常備軍が戦ってるところなんて見たこと無いので、本当かどうかは知らないが。


『王国魔術士兵団』は基本的に女性だけで構成されている。

 これはミミリラと出会った時に述べたように、女性の方が男性よりも精神力に優れていると言われているからだ。ひいては女性の方が魔術能力に優れている、と。

 更に、基本的に能力値や才能などは平民よりも貴族の方が優れている。

 これはアーレイ王国に限って説明すれば、爵位は強い者に授与されるのが基本であり、その魂の欠片を引き継いだ子にはその能力値や才能の一部も引き継がれているからだとされている。

 そんな訳で、優れた魔術士集団である『王国魔術士兵団』の殆どは貴族のご令嬢ばかりで構成されている。まれに平民が混ざっている時もあるらしいが、現在は所属していない。


 さてそんな彼女達だが、礼儀作法は完璧に行える。それは貴族の子だからではない。そもそも宮廷で役に就き、王族の教育に携わる者達だ。無作法なんて許されない。

 それに国王や大臣の護衛として任に就くと言うことは、必然的に会談や食事会、パーティーなどの場にも共をすることが求められる。

 それらに対応出来るようにする為、礼儀作法や食事の作法テーブルマナーに始まり、教養なども徹底的に覚えさせられる。

 魔術に関係ないことにも見えるが、逆に言えばその程度も出来なくて魔術が覚えられるか阿呆あほう、と言うことらしい。

 これは覚えられなければ『七属性魔術士筆頭』により『王国魔術士兵団』どころか宮廷からも叩き出され、問答無用で『魔術士特殊支援隊』へと送られる。

 その決定に異を唱えれば強力な魔術として返ってくる。彼女達に権威や権力なんて通じない。実際に愚かな弟子達が何人も世界へと還元されている。


 そんな彼女達、貴族の血を継いでいるからか、はたまた魔術に優れているからかは不明だが、とても見目の良い女性ばかりが揃っている。彼女達が纏まって歩いている姿は、アンネ達とはまた違った意味で玲瓏れいろうたる花畑が歩いているような光景を思わされる。


 ここまで話せば分かるように、彼女達はとても美しく、教養に優れ、魔術にも秀でている完璧な人達だ。

 だが、これが筆頭になると完璧を突き抜けてしまう。


『七属性魔術士筆頭』は日々魔術の鍛錬と研究に明け暮れている。時には宮廷魔導士達と共同で様々な物事について語り合うこともある。『七属性魔術士筆頭』もそうだが、宮廷魔導士達も相当に変人なので、両者が語り始めたら本当に一昼夜語り合う。そして語り合った内容を元にした研究に没頭する。


 宮廷魔導士ならここで終わる。しかし宮廷魔術士はここからが本番だ。


 彼女達は研究し考えた新しい魔術が有用と判断すれば徹底的に突き詰める。

 想像しては創造し、また想像を重ね変化・進化させていき、それが上手くいけば今度は技能値を上昇させる為に精神力が無くなるまで鍛錬に鍛錬を重ねる。

 その結果倒れても構わない。むしろ生命力や精神力とは、肉体的精神的に負担をかければかける程に上昇していく。だからこそ、一度始めたら徹底的にやり尽くす。やり過ぎて死んだら、なんて考えは彼女達の頭には微塵も存在しない。

 そして実際に倒れ身体を休めたら、今度は創造した魔術に関しての更なる研究や論文、後進の為の文書作成を始める。そしてまた生命力や精神力が回復したら鍛錬へと向かい倒れていく。

 彼女達はその他の勤めが無い時はそうやって日々己を高めている。


 まぁ勤めが無い時とは言うものの、希にやり過ぎて起き上がれず、王族の授業が中止になることも多々あり、それは最早ご愛嬌の次元だった。

 僕も何度あったことやら。


 そんな彼女達だが、普段はとても素晴らしい人達なのだ。礼儀作法や教養に立ち振る舞いに言動。見目だって言うことは無い。どれをとっても淑女然とした女性達だ。しかし、魔術が絡むと途端に僕達とは理解し合えなくなる。

 彼女達は魂が、魔術に関する学者として研究者として、実践者として染まりきっているのだ。

 そして『七属性魔術士筆頭』とは魔術士達の頂点に位置する存在。魔術を極めようとする内に、例外無く色々なものが突き抜けていくらしい。

 筆頭と言う役職は基本的に弟子達の中で最も優秀な者が受け継ぐが、弟子の時代にまともだった人も、魔術士筆頭になって暫くする頃には師匠のように変わってしまうのだとか。

 これは彼女達の弟子に直接聞いたことなので間違いはないだろう。


 さてここまで説明しても、まだ高級宿の責任者が怯える理由は出てこない。

 彼女達が危険な理由はここからだ。


 国王の治世が何代も前のことだ。

 ある日王都の街中を歩いていた魔術士筆頭が、一人の冒険者を見た。冒険者は、「俺はどんな魔術でも弾く魔術耐性を持ってるぜ」と豪語していた。もしかしたら酔っていたのかも知れないが、少なくともそう言った言葉を、よりにもよって魔術士筆頭の前で口にしていたと言う。


 それを聞いた魔術士筆頭は、彼に近付きこう言ったと言う。「私は魔術を日々学んでいる者。金貨千枚を渡すから一度攻撃してみても良いだろうか?」と。男はその提案を快諾し、そして魔術士筆頭は魔術を冒険者に放った。

 冒険者は塵一つ残さず世界へ還元されていったと言う。

 魔術士筆頭はその結果を見て、「この男はどんな魔術でも弾く筈なのに弾けなかった。何か理由があるのだろうか?」と疑問に思い、何事も無かったかのように王城へ戻り研究を始めたと言う。


 それ以外にもある。

 ある時王城で常備軍と『王国魔術士兵団』が合同で訓練をしていた。

 そこで「魔術耐性を高めつつ避ける訓練をしたいから様々な魔術で攻撃して欲しい」と希望する常備軍隊長に対し、魔術士筆頭は「どんな魔術でも良いのですか?」と尋ねた。

「訓練になるのでよろしく頼む」と常備軍隊長が返事をしたので、魔術士筆頭は新しく創造したばかりの強力な特大級広範囲魔術を“全力で”放ち、副隊長と数人の常備兵を世界へ還元させた。重軽傷者を含めれば被害にあった兵数は三十を超えたと言う。


 もちろんこう言った行動をする度に、時の魔術士筆頭は国王に呼び出された。

 その際に「どうしてそんなことをしたのか」と尋ねられ、冒険者の件に関しては「どれだけ考察を重ねても、どうして彼が死んでしまったのか分からぬのです」と答え。

 常備兵の件に関しては「死しては訓練になりませんのに、どうして彼らは世界へ還元される道を選んだのでしょう。私は共に訓練が出来ず悲しくなりました」と答えたと言う。


 ここから分かるように、彼女達に悪意は無い。殺意も無い。一切無い。

 あるのは魔術に対する果てない探求心だけ。彼女達は研究や鍛錬の過程で人を殺すことが出来る人達なのだ。


 敵対したものは必ず殺す、がアーレイ王国。

 敵対しなくとも、気付いていたら殺してた、が彼女達だ。


 希にやり過ぎてしまう人達も居て、そう言う場合はもちろん国王に斬られている。

 しかしながら、『七属性魔術士筆頭』は基本的に国王に逆らわない。それは恐れているからと言うよりも、雇い主だからという面が強いように見える。

 彼女達にとって魔術士筆頭という役職は、自由に研究、実践、場合によっては戦に参加して思う存分己の成果を発揮することが出来る最高の環境なのだ。

 だからこそ、それを失いたくないからこそ、国王には忠実な姿勢を取る。死を恐れている面もあるだろうけれど、それは死ねば研究や実践が出来なくなると言う意味合いが強い。


 まぁ非常に長くなったが、だ。

 そんなぶっ飛んだ価値観やずば抜けた魔術の実力を持ち、権威や権力と共に爵位を頭に被った存在、それが『七属性魔術士筆頭』なのだ。

 そりゃあ貴族を相手にしている高級宿の責任者、彼女達がどんな存在なんて知っているだろうからこんな態度になるのも致し方無い。下手をすればいきなり宿を吹き飛ばされる可能性だって無いとは言い切れないのだから。

 しかも宿を吹き飛ばされても迂闊に文句の一つも言えない相手。本音を言えば今すぐ出て行って欲しいだろう。僕に対しても含むところがありそうだ。「てめぇとんでもない客人を引き寄せやがったな」と。


 ちなみに僕が六歳の時に瀕死にしてくれた火属性魔術士筆頭の言葉はこうだった。

「王太子殿下、もしや殿下のお力が目覚められていないのは気付いておられぬだけかも知れません。試してみましょう」

 そう言って次の瞬間、彼女は危険度第5段階の魔獣でも一撃で吹き飛ばしそうな魔術を放ってきたのだ。

 その時は側に居た彼女の弟子が障壁を張ってくれて、近衛兵が身を挺して庇ってくれて、控えていた魔典医がすぐに回復してくれたこともあってギリギリ死ななかった。

 王城に居て危険だなと感じたことは幾度もあったが、多分あれが断トツだと思う。

 とまぁ、仮にも王太子ですらあっさり殺そうとするくらいには、彼女達はぶっ飛んでいる。でも普段は清楚な見た目と言動だからこそ、非常にたちが悪い。

 そこを除けば本当に完璧な人達なのだ。


 ちなみにこの火属性魔術士筆頭に関しては、真偽定かでは無い後日談がある。

 この件を知った母上が激昂し、なんと火属性魔術士筆頭を半殺しにしたと言うのだ。その時は駆けつけた父上が止めて収まったらしいのだが、それが無ければ今頃火属性魔術士筆頭は代替わりしていたと言う。

 その件に関しては未だに真相が分からない。当時はメイド達の噂程度の信憑性だと思っていたし、母上がそんなことする訳無いだろと言う気持ちもあった。


 ただ、あれ以来火属性魔術士筆頭フレイム・カラーズ・ラーレスト水属性魔術士筆頭アクア・カラーズ・ラーレストが母上に対して非常に腰が低くなっていたのは事実だった。

 ……母上のフルネームはサラ・アクア・ラ・ララーヌ・ド・ザルード。引き継いだ魂の欠片は『水と火司るザルード』。洗礼名は『水の神アクア』。そして髪の毛は天色で、臀部まで伸びている。もしかしたら、そう言うことなのかな?


 僕は俯いていた顔を上げ、責任者に目線を向けた。


「そのお貴族様達は今は?」

「はい。宿の応接間にてお待ち頂いております」

「お引取り願える? 理由は何でも良いよ。女と盛ってるから声も掛けられないとかさ」

「それは……その」


 責任者の顔が曇る。

 無理を言っているのは分かるが、僕は正直会いたくない。と言うか、彼女達がどう言った存在かを知って会いたいと思う奴が居るだろうか? 余程の女好きか魔術馬鹿でもないと無理だろう。

 僕は一応その片方に当て嵌るかも知れないが、彼女達は論外だ。


 いや本当、馬鹿だった。

 玉座の間であれだけ熱い視線を向けてきた彼女達が、いつでも戦闘が出来るような“魔術士としての正装”を身に纏っていた彼女達が、僕を放っておく訳が無かったんだよな。完全に獲物として捉えられていたのだから。


 昨日、勲章授与の後に父上からのお呼びがなかったら、お祖父様の馬車に乗せて貰えていなかったら、王城を出た瞬間に捕まっていたかも知れない。冗談抜きで。

 僕はお祖父様と別れてすぐに王都を出るべきだったのだ。それなのに、彼女達の存在を完全に忘れていた。


 この調子では責任者は彼女達の元に足を運べやしないだろう。もう表情が物語っている。「頼むから何とかしてくれ」と。

 いっそ全員に【僕だけの部屋カラーレス・ルーム】を掛けて抜け出すかと真剣に考えた。あれなら例え彼女達であろうとも感知は不可能だから。

 が、そこで一つ嫌な予想が脳裏をよぎった。

 もう僕は一度顔を見られているし、何より完全に狙い撃ちされている。つまり、連盟拠点ギルドハウスに戻っても押しかけて来る可能性が非常に高い。

 ここから城塞都市ガーランドまでは馬車で凡そ三日と近場だ。「国王陛下、少しお散歩行ってきます」と言うノリで乗り込んで来てもおかしくは無い。


 あんな危険な生物共を連盟拠点に近づける訳にはいかない。

 何だかんだと彼女達の魔術士としての腕は確かなのだ。ミミリラ達三人以外では手も足も出ない。それ以上に連盟拠点で特大級の魔術をぶっぱなされたら連盟員はもちろん、使用人や娼婦達まで危険に晒すことになる。

 もしこの場から逃げて彼女達が連盟拠点まで追いかけて来た場合、僕は城塞都市ガーランドに入る前に殺さなければいけなくなる。だがそれは確実に父上に迷惑をかける。王都の大同盟『月夜の杯エンゲージ』を潰すなんて比較にならない程の大迷惑だ。


 結論として、この場で何とかしなければならない訳だ。


「分かった、着替えたら向かうよ」

「ありがとう御座います。では私は部屋の外でお待ちさせて頂きます」

「ああ」


 僕が了承すると、責任者は心底安堵、という笑顔を浮かべて部屋を出て行った。

 それを見送ってから小さく息を吐き、ずっと背中に抱きついていたミミリラの猫耳を弄る。彼女の口から漏れた甘い声が耳に届き、ちょっと癒された。


 さて、頑張ってきますか。



 ※



 入りたくないなぁ。


 責任者が案内してくれた『七属性魔術士筆頭』が待つ応接間の扉の前に立つと、もうはっきりとした魂の波動が感じられた。わざと出しているのか普段から抑えない方なのかは知らないが、扉から魔術士特有の魂の波動が室外にまで漏れ出している。

 もうこの時点で僕の意気は挫けかけていた。


 純粋な魔術士の魂の波動は、戦士が発するそれとは完全に異なる。

 戦士の魂の波動は相手に圧力を感じさせるものだが、純粋な魔術士が発する魂の波動は、纏わり着く、あるいは覆い尽くすようなものとなる。そこから感じるのは、戦士とは違った意味で思わず一歩下がりそうになる澱んだ何かだ。

 強い戦士は恐れられることが多いが、強い魔術士は不気味がられることが多い。その理由がこの魂の波動にある。


 現在この応接間から漏れ出しているのは、常人が足を踏み入れた瞬間に弱体化効果バッドステータスを引き起こし気絶する程の濃密な魂の波動だ。そのまま気絶し続ければ確実に世界へ還元されてしまうだろう。

 以前スーラン伯爵達に【王者の覇気】を開放させた際、お供の騎士達が重圧に耐え切れず死にかけていたが、あれと同じ理由だ。


 これは責任者も怯えるよな。と言うか怯える程度で済んだってことは、やっぱりこれ、僕が近づいて来たのに気付いて故意にやってるな。

 流石良い感知技能を持っている。全く以て嬉しくない。


 見れば、責任者の顔色が悪い。


「もう良いよ下がって。ああ、お茶って出してるの?」

「え、ええ」

「じゃあ後は俺のだけか。要らないから近づかなくて良いよ」

「ありがとう御座います」


 それでは、と言って責任者はそそくさと立ち去って行った。高級宿の責任者らしからぬその無礼を咎めるつもりは無い。本当に気分が悪かったのだろう。

 しかしこれ、営業妨害とやらになるんじゃないのかな。心底そう思った。


 一度息を吐いてからノックする。気付かれているのは承知の上で、一応の声掛けをする。


「ジャスパーだ」

「お入り下さいませ」


 返ってきたのは懐かしき、コーリット伯爵の澄んだ美しい声だった。本当に今日は代表格として来ているんだな、と思いながら扉を開けて室内に足を踏み入れる。

 真っ先に目に飛び込んで来たのは室内の内装や間取りとかではなく、七色の髪とマントだった。


 黄色ライトカラー黒色ダークカラー赤色フレイムカラー緑色ブリーズカラー金色カラーレス茶色グランドカラー青色アクアカラー


 何度か述べたことがあるが、一部の例外を除いた生物の毛の色や瞳の色は七大神、つまり『七つ神』と呼ばれる神々の属性の色に染まっている。その色が濃ければ濃い程にその人の魔術属性の等級値が高いとされている。そして、基本的に一般的な生物の色は薄いものばかりだ。

 しかし、目の前に映る髪の色はかなり原色に近い濃さに染まっている。それはつまり、それだけ高い魔術属性の等級値を持っていると言う証明でもある。


「唐突の訪問大変申し訳なくジャスパー様」

「ああ」


 声を掛けて来たのはやはりコーリット伯爵だ。

 彼女は応接テーブル、その両脇に置かれている左側のソファーの一番奥に座っている。それ以外にも、コーリット伯爵を含めて両脇のソファーには三人ずつが座っており、下座には金色の髪をした女性が座っている。

 一応この場に居る七人は一人を除き全員が爵位持ちだが、もちろん僕は敬意を払うつもりはないし、礼儀を尽くすつもりもない。


 そんな気持ちで雑な返事をしたのだが、こちらを見る六人の顔に不快な感情は見られない。まぁ爵位なんて「お金も貰えるし便利だから受け取っておこうかな」程度にしか価値を見い出してないだろうからそれもむべなるかな。


 そんなことより気になるのが、だ。どうして上座を空けてるのかと。


「名前を聞いても良いのか?」

「これは失礼を。わたくし宮廷にて火属性魔術士筆頭フレイム・カラーズ・ラーレストの役を勤めさせて頂く、セフィ・フレイム・ラ・ミーティア・カルミリア・ド・ラ・コーリットと申します。恐れ多くも賜るは伯爵位、任じられし号と致しましては『王国魔術士兵団』にて『火色魔術士隊』の隊長を勤めております。以後お見知りおきを」


 実は宿部屋で責任者に代表者の名前を聞いた時から疑問ではあったのだが、このコーリット伯爵はいつの間に伯爵位を授与されていたのだろうか。僕が王城に居た頃は子爵だった筈なんだけどな。


「どうも。で、だ。コーリット伯爵。俺の座る椅子が無いんだが?」

「こちらにご用意致しておりますわ」


 そう言ってコーリット伯爵が手のひらで示したのはやはり上座だった。


「仮にも貴き方々。それが冒険者よりも下の座に座るなんて聞いたことないんだがな」

「これは異なことを。ここは武を尊ぶアーレイ王国。魔獣の群れ十数万を一撃の元に屠る英雄より上に立つ者なぞ、それこそ国王陛下、あるいは公爵四家くらいのもの。伯爵風情が座って良い椅子ではありませぬ故。どうかご遠慮なさらず」

「ああ、分かった」


 いっそ清々しい程の表明だ。多分普通に貴族をしている伯爵以下が聞いたら目を見開くだろうな。

 立ったままも仕方無いので、言われたように上座に座る。

 こちら側から見て右側ソファーには、手前から赤い髪のコーリット伯爵、緑色の髪と黄色の髪。左側ソファーには手前から青色の髪、茶色の髪と黒色の髪。

 そして僕の対面、笑っているようで何の表情も浮かんでいない、金色の髪をした女性が座っている。


「では改めまして、ご挨拶を」


 コーリット伯爵が言うと、その右隣に座っていた緑色の髪をした女性が口を開く。


「コーリット伯爵と同じく。宮廷にて風属性魔術士筆頭ブレイズ・カラーズ・ラーレストの役を勤めさせて頂く、リリアーヌ・ブリーズ・ラ・ペリーヌ・マタニート・ド・ラ・バルドと申します。恐れ多くも賜るは子爵位、任じられし号と致しましては『王国魔術士兵団』にて『風色魔術士隊』の隊長を勤めております。以後お見知りおきを」

「うん」


 その自己紹介を聞き、ここで初めてとある関係性に気付く。

 そう言えば、このバルド子爵はナーヅ王国の戦で僕に最も噛み付いてきたマタニート伯爵のご令嬢だったか。あの時は家名を聞いても全く気にしていなかったけれど、言われてみればそうだったな、と言う感じがする。


 バルド子爵の挨拶を受けて、次に口を開いたのはその隣に座る黄色の髪の女性だ。

 ここからの自己紹介も殆ど同じものだった。


 黄色の髪をした女性がベルティーナ・ライト・ラ・ソレンヌ・アーディラル・ド・ラ・ファーナジー。光属性魔術士筆頭ライト・カラーズ・ラーレスト。爵位は子爵。『王国魔術士兵団』は『光色魔術士隊』の隊長。


 続くは左側のソファーに座る三人。

 青色の髪をした女性がソフィ・アクア・ラ・ミーティア・カルミリア・ド・ラ・ヴァニラード。水属性魔術士筆頭アクア・カラーズ・ラーレスト。爵位は子爵。『王国魔術士兵団』は『水色魔術士隊』の隊長。


 茶色の髪をした女性がシルヴィ・グランド・ラ・ニネット・ディーブル・ド・ラ・ベラーダ。土属性魔術士筆頭グランド・カラーズ・ラーレスト。爵位は子爵。『王国魔術士兵団』は『土色魔術士隊』の隊長。


 黒色の髪をした女性がセシール・ダーク・ラ・レジーヌ・ハーディー・ド・ラ・ルラーダル。闇属性魔術士筆頭ダーク・カラーズ・ラーレスト。爵位は子爵。『王国魔術士兵団』は『闇色魔術士隊』の隊長。


 そして最後。対面に座る金色の髪の女性。


「お初にお目に掛かりまして、オレリア・カラーレスと申します。続くは似るもの。ご不要となりましょう?」

「そうだな」


 これまでの挨拶の中で最も簡潔にして簡素。気遣いと言うよりも己の生き方をそのままにした挨拶だ。


 名前からも分かるように、彼女だけは爵位を持っていない。と言うより、代々の金属性魔術士筆頭カラーレス・カラーズ・ラーレストは、爵位を不要としてきたらしい。

 仮に弟子の時代に持っていても、筆頭となれば爵位を返上するらしい。同時に、家名なども全て捨てる。彼女達の言葉をそのままに言えば、金の神は染まらぬ神。金の色も無色を表す。であれば、染まるものは極力手から離すべき、らしい。


 シシス司祭との会話で例えれば、染まる環境やその要因である「絆」、即ち家族や爵位といった、自分に付随するものは極力減らしましょう、と言うことらしい。

 正直何を可として何を不可とするかは彼女達しか分からないが、そう言った理由から、変わり者揃いの筆頭の中でも金属性魔術士筆頭は殊更に変わった存在となっている。


 まぁただ、この七人の中で僕に最も影響を与えた女性であることは違いない。

 僕が金の神を信仰するようになったのは、この女性の言葉にこそ理由があるのだから。


「で、要件は?」

「現代に生まれし英雄。その御方と一度お話を、と。この場一同以前から思っておりまして」

「今日は王都で買い物をして明日には出る予定でな。出来れば手短だと嬉しいんだが」

「あら、でしたらこの場に居る全員と手合わせを致しませんか? それが一番手短だと思いますわ」


 始まったよ。

 ついそんなことを思ってしまった。知力が抜群にある癖に、何故か脳筋さを感じさせられる。脳筋なんて言葉とは縁遠い知的な存在であるにも関わらず。

 そもそもそれは言葉を用いたお話では無く、拳で語り合う肉体言語と言うやつではないだろうか。ただ拳が魔術に変わっただけだ。

 ん? その発想で行けば魔術言語カラー・スペリアンってもしかして……いやいや。我ながら馬鹿なことを考えてしまった。


 それにしても、英雄に対して「取り敢えず戦いません?」なんて言う人がこの世界に一体何人居ることやら。


「断る。面倒だし理由が無い」

「私達がしたいでは理由になりませんか?」

「俺の理由だよ」

焦慮ストレス発散にどうでしょう? 有象無象の脆弱な魔獣や同業者よりは余程に食べごたえがあると思われますよ? ジャスパー様も血に飢える日もありましょう?」

「俺は戦闘狂じゃないんだが」

「では知の探求者となりましょう。恐れながら、ジャスパー様は魔術剣士にして魔術拳士と伺いますが、もととなる職は魔術士であると推察します。であれば、この場に座する七人と技を合わせることはジャスパー様にとって得になるかと」


 それは否定しない。

 どれだけぶっ飛んだ思考回路をしている女性達だとしても、逆に言えばそれだけ魔術と言うものに対して誠実と言うことでもあるのだから。

 そもそも僕に魔術と言うものを教えたのは彼女達だ。

 そして僕は無能であったが故に、殆ど座学や見学しか出来なかった。故に、彼女達からは本当の意味での手解きや指南を受けられていない。

 現時点でも強さだけなら僕の方が圧倒的に上だろう。魔術の威力や想像力でもそうだし、例え七人が一斉に掛かってきても瞬殺出来る。

 だが『魔術士』としての造詣ぞうけいの深さでは、彼女達の足元にも及ばない。戦士として父上やお祖父様に敵わないのと全く同じ。戦う者と言う観点で見た場合、強いと上手いは類義ではあるが同義では無いのだ。

 故に、僕の先生足る彼女達が、自身の持つ豊富な魔術をどう用いて、どう戦うのか、それを知ることは間違いなく得があると言えるだろう。


 正直に言えば少しだけ心が揺れた。彼女達から学ぶことが出来れば、自分の未熟さを僅かでも埋められるのではないかと。そう思うと同時に、別に要らないかな、という気持ちにもなっていた。

 戦いと言うものを経験して分かったのだが、結局のところ実戦で使う技と言うものは限られてくるのだ。如何に自分にとって使いやすく、便利で、効果的か。これに適する技を使う。


 もちろん技と言うものは種類が豊富な方が良いとは思う。

 だが、百の技があって百を全て使うかと言われれば、少なくとも僕は絶対に使わない。戦いの幅を広げると言う意味では非常に有用だと思うが、いつか使うかも知れないその瞬間の為に百の技を均等に鍛えるよりは、五の技を重点的に鍛える方が余程に現実的で価値がある。


 僕は現状持っている技能スキルで不自由は無いし、必要に応じてその場で適切な魔術カラー創造マテリアル・レイズしている。今必要なのはどちらかと言えば戦いの経験と、それに伴う判断能力だろう。だからこそ、強いて彼女達の技を覚えることに意義があるとは思えない。

 何より僕はさっさと彼女達から離れたい。実を言えば椅子に座った瞬間から、オレリア・カラーレスがひたすらに僕を見つめてきているのだ。


 彼女は金の神を信仰する金属性の魔術を用いる存在。その瞳に見つめられると、どうにもシシス神父を思い出してしまう。個体情報ヴィジュアル・レコードには『人見の瞳』が表示されていなかったので大丈夫だとは思うが、代わりにこのオレリア、なんと金属性の等級値が5-7もあった。


 以前から何度も述べているが、金属性の魔術の使い手と言うものは殆ど居ない。「金の神」や「金の属性」とは無色であり現象を伴わないもの。故に想像すら出来ないのだ。

 例外としての魔術が【還元する万物の素リターン・オブ・マナ】だ。

 あれは金属性の魔術でありながら殆どの人が使える。市民だって使える人は多い。そしてこれが使えるからこそ、個体情報の金の属性等級値には1-7が付く。だが普通の人はそれが限界だ。金の神の敬虔なる信者であり、教会の司祭であるシシスですら、2-7しか無かった。


 その限界を自力で乗り越えた女性が今、目の前に居る。

 自分以外の存在が金の属性を扱える、その事実がこんなにも不気味だとは思わなかった。金属性の魔術は形が無い。つまり何が可能で何が不可能なのか、誰にも分からない。もちろん僕だって分からない。全てを知るのは金の神だけだ。

 また、使い手が殆ど居ないこともあり、使用例も極端に少ない。と言うか殆ど無い。故に、これまで誰がどんな金の魔術を用いたかの記録が無い。

 その上で、僕は金属性の魔術の多様性と利便性、恐ろしさを、使えるからこそ知っている。だからこそ、彼女は一体何が出来るのか、何をするのか、僕を以てしても予測が付かない。それが不気味で仕方無い。


 そんな訳で、だ。


「お断りさせて貰う。殊更必要って訳でも無いし」

「そうですか……残念ですわ。ジャスパー様が使用されたという巨大な魔獣の頭を一撃の元に世界へ還元させた破壊の一撃や、数多の魔獣を屠ったという光の柱、数百の魔獣を吹き飛ばす風属性の魔術に自在に操る光属性の魔術、また大発生を鎮静させた紫色の破壊の波にその他の諸々、是非拝見したかったですのに」

「……耳が良いんだな?」


 今のは僕がこれまで表立って戦った際に使ってきた技能達だ。如何に彼女達が情報飛び交う宮廷の魔術士にしても、戦場でしか得られない情報もあったんだけど。

 僕がそう言うと、コーリット伯爵は少女のように微笑んだ。


「宮廷では様々な情報が流れます。それに『王国魔術士兵団』はその殆どが貴族令嬢から成っております。男爵家の者もおれば上は侯爵家から来ている者まで。彼女達全員が家や知人に聞けば、色々と耳に届きます。それに、私やヴァニラード子爵は名前の通りカルミリア公爵家が生家せいか伝手つては御座いますから」

「なるほどな」


 言われて見れば確かにそうだ。集まっているのは貴族令嬢にして魔術師として最高峰に位置する魔術士の集団。しかも筆頭二人は公爵家の人だ。下手な裏人よりも余程に情報収集能力はあるだろう。


 僕は肩をすくめた。


「まぁ諦めてくれ。力を求めることを否定はしないけど、日々をそれだけに費やすつもりは無い。あんたらはあんたらでやってくれ」

「でしたらどうでしょう。何か対価をお渡しするので、その代わりに、と言うことでは」

「対価?」


 突然話に入り込んできた水属性魔術士筆頭アクア・カラーズ・ラーレストであるヴァニラード子爵の提案に思わず返事をしてしまった瞬間、内心で「あ」と言葉が漏れた。

 貴族や商人相手にこういう反応を返してはいけないのだ。本当に彼女達とさっさと別れたいなら流すべきだった。


 案の定、ヴァニラード子爵は花咲くような笑みを浮かべた。僕はその後ろに食中花の姿を幻視した。


「ええ、色々ありますけれど、そうですね。ジャスパー様程の者、財貨には価値を見い出されぬでしょう」

「まぁな」

「では私達の身体はどうでしょう? ジャスパー様は女子おなごを好むとお聞きします。英雄色を好むとも言いますし、私達はちょうど七色、選り取り見取りですわ。全員手入らずですし、皆が悪くない見目と身体をしているかと」


 いや、色ってそう言う色じゃないだろ。理解した上で言っているんだろうけれど、正直少し面白かった。確かに彼女達の見目と身体付きであれば馥郁たる七色の花と成れるだろう。

 それにしても、仮にも貴族令嬢にして貴族にして国の最高峰に立つ魔術士の言葉とは思えない。完全に自分達の身体や破瓜を道具としてしか見ていない。しかも今の言葉に対して全員が否の姿勢を見せていない。


 言質を取られぬように気をつけながら、言葉を選んで返す。


「俺は俺が欲した女しか抱かないよ」

「あら、お気に召しません?」

「気に入るか気に入らないか、じゃない。欲する女がもう決まっているんだよ」

「残念ですね。何分後に欲する女にして頂けますでしょう?」


 心底残念そうに、憂いを帯びた表情で頬に手を当てるその姿の可憐なこと。でも近寄りたくない可憐さだ。それと、続いた言葉にはもう何も返さないことにした。指摘すれば延々と何かしらの問答が続いてしまいそうだったから。


 それはそれとして。気のせいじゃなければ魂の波動が濃くなってきている気がするな。もう完全に応接間の中全体に彼女達の魂の波動が充満しており、誰の波か分からない程だ。

 極力魂の波動覇気を出さないように抑えているせいで、彼女達の魂の波動を直接受けている。くすぐったいやらもどかしいやら、表現出来ない感覚が常時纏わり付いている。精神耐性や魔術耐性が無い人はとっくに気絶しているか気が狂っているんじゃないだろうか。


 ヴァニラード子爵の提案を僕が蹴って少しの間があった。その間に、彼女達の頭の中では凄まじい速度で色々な選択肢が取捨選択されているのだろう。何が何でも僕を引っ張り出そうする為に。


 そんな中、口を開いたのはオレリア・カラーレスだった。


「でしたら魔道具などは如何いかがでしょう?」


 そう言って、オレリアは少しだけ差し出した手のひらの上に、二つの巻物を“出現”させた。


「――」


 一瞬、思考が止まった。

 すぐに彼女の個体情報を思い出し、それも不思議ではないと思い直した。けれど、いざ目の当たりにすると驚きを通り越してしまう。

 彼女が今使ったのは紛れもない、僕の【僕だけの宝物箱カラーレス・ジュエルス】と同じ金の魔術技能だ。魔術名カラー・レイズは【金色の仮宿カラーレス・エントランス】。

 宮廷魔導士や宮廷魔術士が使用していたと言うのは知っていた。それを応用した収納鞄や袋があることも。しかし、まさか現代の宮廷魔術士が使えるだなんて知らなかった。おかしいな。王城に住んでいた頃にそんなことが出来るだなんて聞いた覚えはないんだが。


 僕が思わず注視してしまったことに気が付いたのか、オレリアは僅かに微笑みを浮かべてから巻物の説明を始めた。


「ジャスパー様は、『記憶転送石』という魔道具をご存知ですか?」

「ああ、一応な」


 まさかここでその名前が出てくるなんて。驚きが連続で襲って来るな。


「でしたら。あれは望む場所に使用者を転送させるもの。これは定めた場所から定めた場所へ、物体を転送させる魔道具。名を『転送刻印覚書』と呼びます」

「物体を?」

「ええ。この巻物は対になっておりまして、片方の巻物を開き場所を定めると、そこに魔術陣が地面に刻まれます。これと同様に対となる巻物で魔術陣を刻みますと、その定めた間で物体の移動が可能となります」

「へぇ」


 素直に気になる魔道具だ。と言うより欲しい。物凄く欲しい。確実に入手したい。

 連盟拠点で役立つのもそうだし、何より以前から悩んでいた転移系の魔術の想像に役立つ。


 だが、ここで食いついたら不味い気もする。


「ただ転送させる大きさや範囲、使用回数などの効果にバラつきがあり、一概に同じ魔道具とは言えぬところはあります。これは比較的、そうですね。馬車程度の大きさであれば可能となります。距離は王都の端から端程度。回数は二十ですね」

「十分だな」

「ええ。これが出現ドロップするところでは結構な数が出回っており、基本的には商人や職人、そして都市兵などに用いられているようですね。後は規模の大きい登頂者連盟バベリアクランでしょうか。今目の前にあるこれは『転送刻印覚書』の中でも高級品の部類に入ります」

「ん? 出現ドロップ? これは魔術士によって作られているんじゃないのか?」


 話を聞けば聞く程に疑問が増えていくな。


「これは自由都市国家群、その一つである天至の塔の都市バベルシティーは『タイランド』に聳え立つ天至の塔バベルから入手することが可能となる魔道具ですわ」

「ほぉ……ああ、と言うことは『記憶転送石』も?」

「ええ。同じ天至の塔からになります」


 どうしてシリルが『記憶転送石』なんて魔道具を持っていたのか、今更ながらに納得した。

 サガラの里はドゥール王国に存在していた。そしてドゥール王国は自由都市国家群とは盛んに交流を行っていた。つまり、サガラが手にする機会は幾らでもあったと言うことだ。


 しかし良いことを聞けた。それなら別にここで彼女達から受け取らなくても自分で天至の塔の都市バベルシティーに行ってくれば良い。どれだけの規模を誇る天至の塔かは知らないが、一日もあれば結構な数が手に入れられるだろう。何なら天至の塔の都市バベルシティーそのもので買い占めても良い。

 もう僕の中で『転送刻印覚書』は確実に手に入れておきたい一つとなっている。あと、魔道具を作る為に『記憶転送石』をもう一つ欲しい。贅沢を言えばサガラ全員分欲しいな。ちょっと『タイランド』についてサガラかジャルナールに聞いておこう。


 最初からジャルナールに入手して貰うように頼むのも一つの手ではあるが、自由都市国家群と仲良くないアーレイ王国に品を入れられるのかが不明だし、入手出来るとしても時間がかかるだろう。僕は今、確実に一つ手にしておきたい。

 念を入れて、既に手に入れていそうな可能性に直接聞いてみよう。


《ミミリラ、『転送刻印覚書』ってサガラの誰かが持ってたりするか?》

《申し訳御座いません。里にはありましたが、逃げる者達にとっては不要な物、今となっては全てが灰と化したか、あるいはザルード公爵家に鹵獲ろかくされたものかと》

《ああ……なるほどな。分かった》

《お役に立てず申し訳御座いません》

《お前が口にすれば、その言葉も最高の皮肉だな》


 そう言ってミミリラとの会話を打ち切る。

 しかし、ザルード公爵家か……仮に鹵獲していたとしても、それが残っているかどうかは怪しいし、残っていたとしても僕の手に渡るのがかなり遅くなるな。今は極力早く入手したいから、そちらは選択肢から除外するか。つまり、残る選択肢は目の前の魔道具を受け取るか、自力で出現ドロップさせるか、買いに行くか。


 そこで気付く。

 この自由都市国家群、実は王都から結構離れている。仮に『タイランド』が王都に一番近い都市国家だとしても、僕の足で丸一日はかかる。そこで天至の塔に登り城塞都市ガーランドに戻って来るとなれば、最低でも三日は潰れる。買い物にしたって、なにせ他国だ。すぐに目的の物を見つけて買えるかどうかは完全に不明だ。つまり日数は読めない。

 既に僕の廃太子に向けて父上は動かれているだろう。下手をすれば数日の内に廃太子を告げる公的文書を携えた使者が王太子屋敷に到着するかも知れない。


 この瞬間、選択肢は一つとなった。であれば、前向きに話を進めていく方が“手短”になるだろう。


 さて、ここで少し考える。もう僕の中でこの魔道具を受け取らないと言う選択肢は無いのだが、この魔道具と有益な情報を渡してくれたことに対する褒美、報酬をどうするか。

 現時点で彼女達からは『タイランド』で『記憶転送石』と『転送刻印覚書』が入手出来ることを聞いている。そしてこれから『転送刻印覚書』を受け取るので、二つ褒美が必要な訳だ。これを一体どうするか。


 そう言えば。彼女達が望んでいるのは僕との手合わせだが、もしかして違う報酬もありなんだろうか? 最初は話がしたいとか言っていたし。


「参考に聞きたいんだが、あんた達が俺に求めているのは手合わせだけか?」

「もちろんお許しあれば共に研究なり様々なことを」

「仮に一つだとすれば?」

「手合わせですね」

「即決なんだな」


 僕の言葉に、皆が微笑んだ。


「戦士は百回の鍛錬よりも一度の実戦に学ぶと言います。魔術士も同じ。魔術を目にし、技を合わせ、その全てを身を以て味わうことで更なる昇華を可能とします。自身を高めるに研究は大事、鍛錬も大事、しかしそれらより遥かな大事が実践と実戦ですから」

「分からんでもないがな」


 ここだけを聞けば本当に、純粋に強さと知識を探求する素晴しい人達に思えてくる。僕だってその意見には大賛成だ。


 しかし、それを台無しにする言葉が続けられる。


「それに、現代に生まれし英雄。どれ程頑丈なのか。誠残念なことに、全力で放つ魔術に耐えられる存在が居りませぬが故、己の魔術がどれ程のものかかいせぬのです。王都周辺に危険度第6段階の溢れが毎日のように現れてくれたならどれだけ嬉しいか。かと言って上位者の方々に攻撃させて頂きたい、などと言葉にする訳にもいきませぬ」

「……まぁ、そうだな」


 どこか恍惚と語るコーリット伯爵に、僕はそう返すことしか出来なかった。

 どれだけ美しい声で紡ごうとも、彼女の言葉の意味は一つだ。

「取り敢えず全力の魔術を誰かにぶっぱなしてみたいです」と。しかもそれをはっきり僕に対して言葉にしている。

 コーリット伯爵には安心して欲しい。現段階でまだ国で上から三番目に位置する上位者に全力で攻撃したいとしっかり言葉にしているぞ。

 そろそろ化けの皮がはがれてきている気がするな。いや、別に被っていた訳でも無いので、本性が出て来ていると言う方が正しいのかな。


 取り敢えず話を進めよう。


「つまり、俺にまとになれと?」

まとだなんて。多少の手心を頂きたくありますが、ただ私共が望むは手合わせに過ぎませぬ。でも、思えばジャスパー様が本気になられたら私共の魔術が当たることは叶いませんね。どう致しましょう?」

「つまり、攻撃に当たりつつ、適度に反撃もして欲しい、こう言うことか?」

「素敵なお言葉ですわ」


 両手を胸の前で合わせて喜ぶコーリット伯爵。豊かなふくらみが潰れて非常に扇情的だが、これ程までに性的な魅力を感じないのは初めてだ。

 まぁもう話は決まっているようなものだ。契約だけ果たそうか。


「じゃあ俺は今言ったように、敢えて攻撃を受けつつ、こちらの判断で反撃しても良い。そしてその手合わせを受けることを条件に、先程の魔道具を貰う、と。これで良いのか?」

「ええ、こちらとしては。皆様も宜しくて?」


 コーリット伯爵の言葉に皆が頷く中、オレリアだけはまた手のひらに何かを出現させて先程の魔道具に並べた。どう見ても『記憶転送石』だ。


「恐れながら、こちらもお渡ししたく存じます」

「良いのか?」

「はい。英雄との都合の良い手合わせ。これでも足りぬ程。それに、ジャスパー様はこちらもご入り用に伺えましたので」

「……」


 確かに、先程僕はもう一つ『記憶転送石』を欲しいと思った。だが、そんなに表情に出ていたのだろうか? 仮に表情に出ていたとしても、あの流れで的確に僕が欲しているものを当てられるだろうか?

 それとも、彼女は僕の心を読んだとでも言うのだろうか?


 オレリアの顔、いや敢えて瞳を真っ直ぐに見つめる。人見の瞳、そこに、彼女の奥底がはっきりと映った。何ものにも染まらぬ、無色の内面。余程に「絆」が太く強くなければ不可能とされるそれを、オレリアは可能としている。


「……」

「……」


 しばし互いの瞳と瞳を合わせる。


 玉座の間で母上と人見の瞳と人見の瞳が通じてから、己の内面、魂を見通される感覚と言うものが何となく分かるようになった。宿に戻ってミミリラ達で試したら、その感覚は確かにあると判断することが出来た。

 それを踏まえて言えば、オレリアは僕を人見の瞳で見てはいるが、見れてはいない。見通せていない。魂までその瞳が届いていない。なのに、僕は彼女の魂を見ることが出来ている。この矛盾は一体どう言ったことだろうか。

 まぁ見れていないならそれで良い。幼い頃の僕を知っているオレリアの瞳に僕の内面が映っていたのであれば、父上に相談しなければいけなかったから。


 それから僅かな時間の後、僕は人見の瞳ではなく、普通にオレリアの顔を見て頷いた。『記憶転送石』を欲していたのは事実。これで与える褒美も一つ増えたが、構わないだろう。


「まぁ、分かった。貰えるものは貰おう」

「それでしたら後程私達からも何かしらを」

「要らないよ。もう貰った」

「ご遠慮なさらず」


 そう言って引きそうにないコーリット伯爵、そして周囲の女達。

 彼女達が何を渡すつもりなのかは知らないが、受け取る理由が全く無い。けれど、断ってしまえば「ではいずれ」と言って何かを渡す為に連盟拠点に押しかけてきそうだ。それならいっそ面倒を承知で受け取るべきか。

 何が面倒ってこれ、受け取れば彼女達にもまた別途の褒美が必要になるのだ。

 所謂貴き存在の矜持と言うもので、王侯貴族は受け取ったものが何であれ、褒美や報酬、対価を渡さないことはありえない。

 そして渡し返され、また返し。時に多く渡してその分また返す。これが王侯貴族特有の、切れない矜持という繋がりだ。


 だからこそ受けとりたくないんだけど、断っても無理やり渡してきそうで思考が堂々巡りだ。まぁここは受け取るのが正しいだろう。万が一にも連盟拠点に押しかけてこられるよりは余程にマシだ。

 それに、どちらにせよこの時点で一回分多く僕は受け取っている。一つ増えるも二つ増えるも同じだろう。大事なのは中身と方法、けじめだ。


 この時点で相当気疲れしているのが自分でも良く分かる。

 地位も権力も無い冒険者として、殺すことも許されず、覇気で脅すことも二重の意味で不可能、そんな人達を相手にするのがこんなに面倒だとは。


 わざとらしく息を吐いた。


「分かった。その辺りはご随意に」

「であれば良かったです。私共としても遠慮なく日々の鍛錬と研究の成果を発揮出来る場なので。私は筆頭の名を賜ってからは初めて全力を出せます」

「ああ、好きなだけ攻撃してくれ」

「はい、でしたら遠慮なく」


 ――瞬間、目の前に火の塊が生まれた。


 咄嗟に【五色の部屋サン・ク・ルーム】を身体中に纏わらせた。襲い来る火の熱と衝撃。全く同じ時期タイミングで頭上や周囲から一斉に何かしらの攻撃系魔術が襲ってきている。


 それらは単発型の魔術だったのだろう。攻撃は一度だけで、追撃が来ることはなかった。

 座っていた椅子が崩壊してしまったので立った状態のままに彼女達を見下ろしていると、両手を胸の前で重ね合わせたコーリット伯爵が瞳を輝かせて弾んだ声を響かせた。


「流石です! 今の攻撃に対する行動。咄嗟の状況判断と魔術行使の速度。張った障壁の強度。これが英雄。素晴らしいですわ」

「……一応聞こうか、どういうつもりだ?」


 喜色に表情を染める彼女、彼女達とは裏腹に、僕の表情は無色だろう。

 それに気づいてか承知の上でか、コーリット伯爵は心胆喜色の声で続ける。


「『好きなだけ攻撃してくれ』とのことでしたので、遠慮なくさせて頂きました」

「外で、と俺は解釈していたんだが?」

「善は急げと言いますから。『善正邪悪』。『善』とは魔術。『正』とは求めること。私共にとっての『善正』とは魔術への探求。ならばやはり攻撃も急ぐべきかと思いまして。でも本当にお凄い。今の一撃は魔術耐性5はある娘が支援魔術バフを受け、魔術障壁を張った状態でありながらも半死に至らしめたもの。その上この場の六人同時攻撃でしたのに」


 汚い言葉になるが言わせて貰おう。この糞女共は今日からにでも毎日父上に拝めば良いと思う。国に仕える優れた魔術士で無ければもうとっくに世界へ還元している事実を噛み締めろ。


 自分の英断に感謝したかった。こんな危険な奴ら、絶対に連盟拠点にはこさせられない。


《お命じ下されば今すぐにでも》


 どうやら僕の怒りの感情や声を読んだらしいミミリラが声をかけてくる。彼女からも猛烈な怒りが伝わって来るが、僕に気を使ってくれているのだろう。大人しく部屋に居るようだ。


《その時は命じる前に終わっている。気遣いは有難いが大人しくしてろ》

《畏まりました》


 ミミリラとの会話を終わらせて、すぐに浮かんだ疑問。

 僕はこいつらの魔術を一切感知することが出来なかった。【気配感知マナ・センス】にも【魔術感知カラー・センス】にも【危機感知ラップス・センス】にも、一切の反応が無かった。

 これはまるで、僕の【魔力隠蔽マジカル・ヴェイル】と同じではないか。あれは発動する瞬間、そして発動した魔術の気配を感知することが不可能となる。

【魔力隠蔽】は一応僕が独自オリジナルで創造した魔術。筆頭程の魔術士だ、似たようなものを創造出来ても不思議では無いが、僕同様に全くの感知を不可能とするなんて可能なのだろうか。


「良ければ聞きたいんだがな」

「何でしょう?」

「今の魔術は、どれも感知が働かなかった。そういう魔術技能を持っているのか?」

「なるほど。あると言えばありますが、今私達が成したのはまるで違うものです」

「へぇ。聞いても?」

「ええ。そもそも魔術の発動とは――」


 コーリット伯爵が教えてくれたのは魔術では無かった。但し、繰り返された研究と実践が混ざり合って初めて実現する、最早技能とすら言える方法だった。


 魔術とは想像し、精神力を注ぎ、創造することで発現する。彼女が言うには、その創造を発現するには、発現する始まりの場所を指定しなければいけないという。

 例えば僕の【ザルードの槍グラン・テ・レール】だ。あれは「天空から」という始まりの場所を指定して発現している。あるいは【紫玉の嘆きカーリー・グリーフ】の正しい運用方法だ。あれは「視界の中、望む場所」という、意識した場所を指定して発現している。

 

 ここから話が少し変わって、以前シシス司祭との会話にも出てきた『万物の素マナ』と「染まる」と言う言葉になる。

 この『人間ひとはざま』は全てが『万物の素』で構成されているが、この『万物の素』が“方向性を持ち、万物の素以外の存在に変化すること”を「染まる」と言い、染まったものを「魔力」と呼ぶ。

 分かりやすく言えば、物質や生物、現象、それら全ては「魔力」と言う訳だ。


 魔術を発動すると言うことはつまり、『人間ひとはざま』と言う『万物の素』で満ちた空間に「魔術と言う魔力」を生み出すこと。

 そしてその『万物の素』の中に生まれた『万物の素』以外の異物である「魔術と言う魔力」を感知する技能が【魔術感知】だと言う。


 ではそもそも魔術とは何で構成されているかと言えば、魔術士本人の魔力であると言う。先程の論で言えば、人もまた『万物の素』が「人という魔力」に染まったものであり、その人の魔力に染まった、人の中に存在する源のことを、「生命力」や「精神力」と呼ぶ。

 魔術は精神力を注ぐことで創造を可能とする。つまり、魔術とは七色の属性に染まったものではあるが、根本的には魔術士本人の魔力そのものだと。


 そしてここからが、彼女達が僕に魔術の発動を気取らせなかった方法となる。

 彼女達は僕が応接間に入る前から、自分達の魂の波動を大量に放出させていた。魂の波動とは別名魔力の波動。即ち、魂が発した魔力とも言える。つまり、応接間は彼女達の魔力で染まっていたわけだ。


『万物の素』の中に「魔力」が生まれることで感知されるなら、魂の波動という“魔力の中”でなら魔術は【魔術感知】によって感知されないという考えが導き出される。

 故に、彼女達の魂の波動で満ちたこの応接間の中では、彼女達が魔術を発動したのか、そして発動した魔力がどこでどうなっているのかを【魔術感知】では感知出来ないと言う訳だ。


 途中で魂の波動がその密度を増していたのも気のせいじゃなかった。

 あれは敢えて強烈な魂の波動を僕に当て続けることでその「魔力」に慣れさせて、彼女達の「魔術という魔力」が襲って来ても【危機感知】が働かないようにする為だったらしい。


 結論とすれば、だ。

 この糞女共は最初から僕に魔術による攻撃を仕掛けるつもりだったと言う訳だ。


「魔術士はどうしても戦士に比べ近接に弱い。ではどうするか。戦士に気取られぬ状況を作ってしまえば戦士はその力を発揮出来ないと考えました。まだまだ課題は尽きませんね」

「で、あるか」


 説明を聞き終えた私は、この屑共をどうしてくれようかと真剣に考えた。

 知る知識もあった。知らぬ知識もあった。認めよう。勉強になった。参考にもなった。その上で述べよう――図に乗るなよ虫けら共が。


「……まぁ、良い」


 気持ちを落ち着ける為に小さく息を吐き首を振る。そして、周囲を見渡す。

 まぁ見事にぼろぼろだ。【物理障壁】と【魔術障壁】でも張って守ってやれば良かったのだろうけれど、あまりにあまりな時期タイミングで攻撃されたので守ってやるゆとりが無かった。油断と言えば油断だろう。常在戦場って言葉を聞くが、こう言うことなのかな。応接間って魔術が飛び交う戦場だったんだな。知らなかった。


「コーリット伯爵、と言うよりこの場の誰か、物体を修復する魔術は使えるか? 技能でも何でも良いが」

「大丈夫です」


 僕の問いに即答したのはオレリアだった。それを聞いて好奇心が湧いた。

 そんなものがあるなら是が非でも知りたい。彼女は金属性魔術の使い手。もしその技を一度でも目に出来れば今後僕も使えるようになるだろう。

 まさか僕が『英雄譚ヒロイックサーガ』の連盟拠点ギルドハウスを直した時のような強引な方法では無いだろう。


 どんな魔術技能だろうと期待に胸を膨らませていると、オレリアはにっこりと笑った。


「後で宿の責任者に気持ちを加味したお金を渡しておけば自然と直ります」

「うんまぁ……そうだな」


 これは、『金の神』と『金の加味』で掛けているのかな、と真剣に悩んだ。

 先程のヴァニラード子爵の七色の発言もそうだったが、意外と『七属性魔術士筆頭』って掛け言葉みたいな冗談が好きなのかな。幼い頃はそんな素振りは全く無かったから、こちらが有りの侭の姿なのかな?


 あと、オレリアの言葉を聞いた残りの六人が両手を胸の前で合わせて「それが良いですね」と口にしているのを見て、やっぱりこいつら元は貴族のご令嬢だな、と心から思った。それとも爵位持ちだからなのか、価値観が違うからなのか。

 全部な気がしてきたな。


 それから宿の責任者と話をしたり、僕は僕でミミリラ達にまたもやお留守番を伝えたりした。その後、彼女達が乗って来ていた豪奢な馬車に乗って、僕達は王城へとその足を向けることとなった。


 英雄と『七属性魔術士筆頭』が全力で戦える場所なんて限られている。純粋な近接戦闘だけの戦いならまだしも、魔術士の攻撃は基本的に高威力の現象を放つもの。周囲への被害なんて前提条件だ。

 ましてはこれから戦うのは国の最高峰に位置する『七属性魔術士筆頭』。その辺の空き地や王都から少し離れたところで「じゃあやりますか」と簡単に出来る訳が無い。

 空き地なら下手をしなくても周辺の建物は瓦礫の山だし、場合によっては死体の山も築かれることだろう。王都の外でも流れ弾で何人が死ぬか分からない。王都の城壁外周には出店もあるのだ。


 そういった戦いをするのに最適な場所が王城の敷地内にはある。

 それが円形闘技場アンフィテアトルムだ。御前試合をしたり、あるいは様々な軍隊が演習や訓練を行う場合に使われる場所だ。

 別名を審判の戦場。王侯貴族同士での諍いが生まれ、口で決着が付かない時に「面倒だから殺し合って決めろ。勝った方が正しい主張だ」と国王が当事者達を放り込む場所でもある。


 また王族同士での諍い、例えば本格的な兄弟喧嘩が始まると、やはり国王が当事者達をここに放り込む。僕の父上の代では今のところそう言った用いられ方はしていないけれど、御歴代の治世を辿れば幾度も使用されている。

 王族同士を殺し合わせる場と言うことで、蠱毒の戦場と呼ばれた頃もあるらしい。

 まぁこの場で王太子が世界へ還元され、王位継承権が繰り上がった実例もあるのであながち間違っているとは言えないだろう。


 円形闘技場自体かなりの広さがあり、積み上げた石垣などは特別性。特殊な魔石と魔術刻印によって観客席は頑強な障壁で守られており、その観客席も万の人数を収容出来る。


 英雄と『七属性魔術士筆頭』が暴れる戦うに打って付けなその場所で、僕達は相対することが決定した。


「やれやれ」


 まさか二日連続で王城に向かうことになるとは。父上に知られたら「お前は何をしておるのだ?」と呆れられそうだな。


 そんなことを思い、馬車の中で共に乗っている彼女達と決め事や雑談をしながら、どうしようかな、と考える。

 最初に応接間で自己紹介をされた時、彼女達の個体情報は全員分見ていた。正直に言って、本当に驚いた。全員が知力と魔力、そして精神耐性と魔術耐性の能力等級値が6以上あったから。

 これは英雄に一歩足を踏み入れている。そして彼女達は先日のセインとは訳が違う。セインも戦士としての技量は相当にあっただろうが彼女達には到底及ばない。

 彼女達は己を高める為、日々鍛錬と研究に人生と魂を捧げているのだから。


 準英雄級の、極められた魔術の腕を持つ者達。しかも使える魔術は全ての種類を含めると二百を優に超えていた。僕は先程百の技を使うことはないと断言したが、魔術を極めんとする彼女達であれば、全てを使いこなせていても何ら不思議ではない。

 鍛えられた精神力の総量も十分過ぎる程にある。今彼女達が手にしている魔術杖も、腕や足、首や耳に髪留め、そしてマントにまで付けられた装飾具は全て魔術の効果を高め補助する、高級の魔石などが用いられた最高級魔道具だ。


 障壁張らないとこれ、間違いなくダメージ食らうな。

 果たして障壁が有りなのか無しなのか、僕は若干の不安を覚えた。


 ――何が不安って、障壁が無ければ彼女達の魔術によって着ている服は確実に全て吹き飛んでしまうと言うことだ。

 広い円形闘技場の中、裸体で七人の美女と魔術戦を繰り広げる光景なんて想像もしたくない。自分の生まれ育ったところともなれば尚更だ。


 王城へ着くまでの間、僕は万が一に備えて衣服を頑丈にする魔術を想像し続けることにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る