これまでにけじめ これからに挨拶

第106話 真否の瞳

 あれからの話をしよう。

七属性魔術士筆頭セブンズ・カラーズ・ラーレスト』や『魔術師兵団』達からの猛攻は、貴賓席から僕の案内人としてやって来た宮廷貴族によって回避することが出来た。

 そうして案内された客室で身嗜みを整えて、迎えの使いに連れられて父上達が待つ貴賓用の応接間へと向かった。空腹は【僕だけの宝物箱カラーレス・ジュエルス】から取り出したものを食べて一先ずは誤魔化した。


 そして応接間に入って最初に受けた洗礼は母上からの涙ながらの抱擁だった。

 どうやらあの試合、所々で反撃こそしていたものの、全体的に僕が嬲られているようにしか見えなかったらしい。まぁこれは趣旨が趣旨だし、最初から分かっていたことだ。

 問題は最後に『七属性魔術士筆頭』が放った【我ら七色を司るものマナ・オブ・セブンズカラーズ】と言う魔術だ。あれは直接向けられてもいない父上達の【危機感知ラップス・センス】が発動する程に凄まじいものだったらしい。

 で、だ。それの直撃を受けた僕は、完全に死んだようにしか見えなかったとか。だからこそ母上が号泣して離してくれなかった訳だ。僕は申し訳無さやら心苦しさやらに胸を痛めつつ、ただただ平謝りするしかなかった。


 母上の情動が収まって待っていたのは、父上から受ける本気のお叱りだった。


 先ず、何故あんな手合わせをすることになったのかと言う経緯から、父上が試合を止めるに至るまでの行動など、求められる状況説明をした。

 その説明が終わってすぐだ。父上から「何故『七属性魔術士筆頭』を殺していないのか」と、覇気満載のお叱りが下りてきた。

 何故父上がお叱りになったのか。それは、僕が宿泊している高級宿で不意打ちを受けた際、『七属性魔術士筆頭』に対し殺意を抱いた――つまり、明確な敵対認定をしたことに理由がある。

 父上の言葉はそこで終わらなかった。


 何故、殺意を抱いたその瞬間に殺さなかったのか。

 敵はどんな理由があろうとも殺して当然。アーレイ王国の王族、しかも王太子という直系の中の直系でありながら、それを見逃すなぞ言語道断。

 試合の最中もそう。最後の二度に渡る攻撃。そもそも最初の一撃で殺せていた。でありながら何故殺さなかったのか。何故甚振いたぶるような下らないことをしたのか。ましてや二度目で殺してないなぞ無様の極み。恥を知れ。


 覇気に殺気と怒気を載せた父上は、そう言って僕を叱った。

 父上のお言葉から分かるように、僕が抱いた「父上に迷惑が掛かる」なんて思いは、最初から甚だしい勘違いにしか過ぎなかった訳だ。

 円形闘技場アンフィテアトルムを破壊したことなんて父上からしたらどうでも良かった。僕が「敵対した者を生かしている」ことだけが許せなかった。

 つまり、父上が試合を止めたのも「見苦しい」と言う理由だった訳だ。


 これは大手連盟『英雄譚ヒロイックサーガ』を黙らせに行った時とは違う。

 あの時、確かに僕はバーグと言う塵芥こそ敵対認定したものの、『英雄譚』自体を明確な敵と認識していなかった。

「後々に敵対することは決まっている訳だし、こちら側に被害が出る前に潰しておこう」、「存在する価値の無い連盟なら潰しておこう」。こんな感じだ。あの場の争いに関しても、そもそも戦いにすらなっていなかったし、目的があっての行動だ。

 結果としてバーグと言う敵も世界へ還元させているので、問題は無かった。


 だが今回は明確な攻撃を向けられ、僕自身が敵対認定している。更に試合中とは言え、確実に命を奪いに来ている攻撃を向けられ僕は本気になった。その上で、僕は即死級の攻撃を躊躇いもなく放っている。それは最早、僕が『七属性魔術士筆頭』を確かな敵として認めている証。

 そして、父上達は僕が【魔力隠蔽マジカル・ヴェイル】で魔術を隠蔽出来ることを知っている。

 試合中は敢えて『七属性魔術士筆頭』が分かるように発動していなかったけれど、あれを用いて【風撃砲ブリーズ・ラッシュ】を彼女達が中空に浮いている間に放てば確実に殺せた。【ザルードの槍グラン・テ・レール】なんて尚のこと。彼女達は土の中に居て直接の視界なんて無かった。発動の瞬間さえ隠せば直撃は間違いなかった。

 それなのに殺していない。だからこそ許されない。


 僕は素直に謝罪した。何も返す言葉が無かったから。

 言われてみれば、確かにそうなのだ。僕は『七属性魔術士筆頭』を世界へ還元した後に「強者と弱者の見分けも付かぬ愚か者を処分しておきました」と胸を張って言えば良かったのだ。ジャスパーの姿をしていたからなんて言い訳にもならない。ただただ無様を晒してしまったと、心の底から反省した。


 ただ、その後に「今後俺の前で無様を晒すな」と言うお言葉を賜ることも出来た。

 これには二つの意味が込められている。一つは言葉通り。もう一つは「今後何か無様になることをするなら俺の見えないところでやれ」と言う、国王から王太子、王族の魂の欠片を継ぐ者への言外のお許しと温情だ。

 僕は素直に謝辞を述べて、そこでお叱りの時間は終わった。


 その後は、国王としては『七属性魔術士筆頭』を殺さなかったことを咎めたが、父親としてその気遣いは喜ばしいものであった。そして称賛に値する力だったと、純粋に息子として褒められた。

 これに僕は素直に喜び、その後「俺は確かに武を見せつけろとは言ったが、誰がジャスパーとして宮廷の者共を震えさせろと言った」と責められたことに頬をヒクつかせた。

 他にも、円形闘技場は修復出来るのか、出来ないならそれでも良いが直せそうなら、あの場に使われている特殊な魔石と魔術刻印の資料を渡すから直しておけとも言われた。

 そう言った話も終わった後は、瞳を輝かせた弟の話に付き合ったりして時間を過ごした。


 そう言えば。父上からは本当に褒美も頂けて、それは装備一式だった。

 僕の衣類が破れた代わりと言うのもあるそうだが、元々ジャスパーとしての装備に疑問を覚えていたらしい。

 まぁ英雄と呼ばれる冒険者第6段階アドベルランク6冒険者アドベルが、下位、良くても中位冒険者の身形みなりをしているのだからそれもむべなるかな。身に付けている剣の値段――初めて買った片手剣が金貨二十枚、次に買った両手剣が金貨二百枚――を伝えた時は呆れられた程だった。


 僕が剣の値段を説明した時、弟の目がテーブルの上に置かれているティーカップ一式に行ったことを僕は見逃さなかった。

 僕達が使っているティーカップ一式は凡そ金貨百枚から始まる。恐らく思ったのだろう。「ティーカップセット五分の一から二組分の剣で戦えるのか」と。大発生スタンピードに於いても万を越える魔獣の群れにこの二本で突っ込んだ形になるし、余計にそう思ったのではなかろうか。


 そんな訳で、宝物庫に収められていた金貨五千枚相当の名剣をその場で、後は最高級の生地で作られた衣服に、諸々の防具を後日連盟拠点ギルドハウスに送って貰えることとなった。

 正直嬉しくはあったけれど、逆に使いづらいなぁ、と内心でひっそり思っていた。


 次に、『七属性魔術士筆頭』と『魔術師兵団』の話だ。

 この五十六人とは、試合の内容について色々と語り合った。意見や感想を出し合い、試合という名の戦場が無かったかのような、穏やかな空気の中で反省会を行っていた。

 そんな中で、『七属性魔術士筆頭』から最後の【我ら七色を司るもの】についての所感を問われた際、僕が返した言葉に全員が「やっぱりですか」と頷いていた。

 と言うのも、僕を追い詰めたあの魔術、よく考えなくても役に立たないのだ。


 先ず、国内最高峰の魔術士七人が、完璧な『混色魔術ラン・カラー』と『絆技カ・ルラ』を成してようやく発動する。この時点で論外だ。机上の空論どころか、机上にすら上がらない次元の難易度を意味しているのだから。

 その発動するのだって、金の属性等級値が5-7と言う驚異的な数値を持つ金属性魔術士筆頭オレリアが居るからこそ奇跡的に可能となる。更に、それだけ優れた魔術士が揃っても、長い魔術言語カラー・スペリアンを紡いでようやく発動と言う完全に後方支援特化型固定式極限魔術だ。

 その効果だって、英雄ですら滅ぼせる程の威力だ。そんなものどこで使うんだよ、と言う話だ。

 変な例えをすれば、一般の市民ですら倒せる危険度第1段階の魔獣を倒すのに、父上やお祖父様が出張るような、完全に過剰なダメージを与える魔術だ。使い道なんて無い。


 言ってしまえば、彼女達が求めたあの極大魔術は、魔術馬鹿が「私達が考えた最高の魔術」を現実にしてしまった結果なのだ。夢を現実に昇華させたのは素直に凄いと思うが、現実で運用することが夢になっているのだから、何と言うか、彼女達らしいと言うか。


 折角なので、『魔術学』が定義する、魔術の威力などの評価基準となる『魔術のくらい』について説明しよう。

 魔術は低位、中位、高位、特大、極大の五段階の評価に分かれる。

 低位が、知力と魔力等級、属性等級が1から2相当の魔術。

 中位が、知力と魔力等級、属性等級が3から4相当の魔術。

 高位が、知力と魔力等級、属性等級が5相当の魔術。

 特大が高位の上位、極大が特大の上位の魔術とされている。


 前知識として、属性等級値とは、その属性の応用出来る数を表す。

 例えば「硬い石」を【土魔術グランドカラー】で生み出そうとした場合、「土を発生させる」「土を石の形に変形させる」「土を圧縮させる」、この三つが必要となり、この場合は土属性等級値が3-1から3-7相当になる。後ろの数はその過程を如何に上手く出来るかどうかを表す。所謂技能値、習熟度だ。

 そしてこの結果を生み出す為には、それに見合う知力と魔力の等級値が必要となる。


 これを前提とすれば、低位の魔術とは知力と魔力が1-1から2-7あり、且つ――「属性等級が1から2」、つまり全ての属性等級値を合わせた数字が1か2あることになるので――属性等級値が2-1から2-7相当の『単色魔術ロミ・カラー』か、二色以上の『混色魔術ラン・カラー』となる。中位と高位の魔術も同じ考え方だ。


 そして残りの特大と極大だが、明確な定義は無い。

 特大に関しては「能力等級値や属性等級値に関わらず、高位よりも上位の規模や威力、効果を発揮するもの」と大雑把な定義を付けられている。

 極大に関しても同じで、ただ特大の定義の「高位」が「特大」に変わっただけだ。

 その為、この二つはその時々で結構判断が変わる。

 例えば「これは高位よりは上だけど極大まではいかないよな。じゃあ特大だ」や、「どれだけ凄いのかは分からないけど、少なくとも高位じゃないし、特大って感じでもないな。じゃあ極大だ」と、本当にこんな感じだ。


 僕の【ザルードの槍グラン・テ・レール】。あれは確実に極大魔術だ。危険度第5段階の魔獣数千を含む、万の魔獣を一撃で屠る規模と威力があるからだ。

 城塞都市ポルポーラで使用した【紫玉の嘆きカーリー・グリーフ】も極大魔術だが、あれは厳密には「極大化」と言われるものだ。低位から高位の魔術が、何かしらの要素を加えることで特大や極大になることを「特大化」「極大化」と言う。

【紫玉の嘆き】は本来単体か、数人程度に使う強力な威力を持つ魔術技能。単体であれば高位か、いけても特大だろう。

 しかし、あの時僕はそれを十数万の魔獣を対象に、一度で屠れるように想像し、結果を成した。故に「極大化魔術」と言う訳だ。


 更にもう一つ、魔術の上位にあたる『魔法』について説明しておこう。

 本来魔法と呼ばれるものは、『七つ神』が人に授けた『恩寵技能グレイス・スキル』と言うものを指す。

 この世界、『人間ひとはざま』は万物の素と魔力で構成されている。だが、『人間ひとはざま』とは別に、実は『七つ神』はそれぞれ自分の世界と言う空間を持っていると言う。

 神の世界とも呼べるその空間は、完全に属性神の色だけに染まった万物の素で満たされていると言う。それを人は神素オドと呼ぶ。

『恩寵技能』とは、神によって選ばれた人が神素を使用する技能だ。

『恩寵技能』はその神の属性を自由自在に操ることが可能となり、その威力と多様性は決して魔術では生み出せない結果を齎すと言われている。

 現在この『恩寵技能』を使える人が居ないとされており、そのこともあって、魔術では不可能な神秘を起こす技能のことを、魔術と対比する形で魔法と呼んでいる。

 僕が追い詰められた【我ら七色を司るもの】に対して魔法と述べたのは、普通の魔術では決して不可能な現象だったからだ。


 ちなみにこの『恩寵技能』。初代アーレイ王の時代にはまだ存在していたらしい。

 これは初代アーレイ王と初代王妃がこの大陸にやってくる前の話で、お二人が元々住んでいた大陸にはまだ少数ながらに『恩寵技能』を持つ者が居たと言う。

 と言うか、実は初代王妃も持っていたらしい。

 元々初代王妃は光の神を信仰する教会、その本山の一つで聖女のような立ち位置に居た存在らしく、それが理由で光の神より『恩寵技能』を賜ったと言う。

 ただ、初代王妃自身は『恩寵技能』を疎んじていたようで、使えることを我が子である二代目国王にも伝えなかったと言う。二代目国王がそれを知ったのは、初代王妃が亡くなった後、残された日記を見てからだ。


 初代王妃は無宗教だったのでさぞ驚いたことだろう。

 ただ、初代アーレイ王が『双神』のことを『破壊の神』や『邪な神』、『この世で最も不要で役立たずな存在』と公言していたので納得はしたかも知れない。初代王妃は初代アーレイ王にベタ惚れだったそうなので、「夫が嫌いな神は嫌い」くらいは言ってもおかしくはない。

 ちなみに初代アーレイ王は、僕の信仰する『金の神』に対しては『糞神』や『逸楽いつらくの神』、『役立たずの極み』と呼んでいたそうなので、僕としては何とも言えない心境だ。

 記録によれば、初代アーレイ王はどうにも『金の神』に会ったことがあるかのような言葉を時折発しておられたらしいので、もしそれが真実なら喧嘩でもしたのかな、と思ってしまう。

 神と喧嘩って字面がもう色々とおかしいけれど、初代アーレイ王ならしていてもおかしくないなと何故か思ってしまう。僕も是非一度、拝謁賜りたいものだ。侮蔑の言葉なんて恐れ多すぎて絶対に言葉には出来ないけれど。


 閑話休題として。

 さて、試合の反省会が終わって僕に突きつけられたのは、くだんの『交感上昇論』についてだ。

 率直に言えば、迫られた。『七属性魔術士筆頭』だけじゃなく、その話を聞いた『魔術師兵団』までもが便乗してきた形で、思わず一歩引いてしまうくらいの勢いで迫られた。と言うか寝所に連れて行かれそうになった。

 その時の彼女達の押しの強さは、一瞬元婚約者を思い出してしまう程だった。いや、ドミニカにはこの五十六人でも勝てないな。あれは別格だ。あの娘に勝てると言えば母上くらいだ。


 もちろんと言うべきか、そのお誘いはお断りすることにした。ただ、正直に言えば「別に良いかな?」と言う気持ちはあった。

 それは彼女達の容姿や体型が良いからではなく、『交感上昇論』に即効性が見つかったと言う部分に興味があったからだ。

 もし本当に性行為による能力上昇に即効性があるのであれば、ミミリラ達を筆頭にしたサガラの女性陣にとって間違いなく有益となる。現状でも確実に即効性はあるが、それ以上の上昇率を手に入れられるのであれば否やはなかった。

 まぁ最初は「研究結果か、元となる資料を見せてくれ」と言おうとしたのだけど、「では実地で」と返ってくるのが明白だったので敢えて言葉には出さなかった。

 そう言った理由で別に交わっても良いかな、と思ってはいたのだが、とある理由で断固拒否の形を取ることにした。


 僕が生まれ育った王城だが、厳密に言えば王城城壁の内側全てを『王城』と呼ぶ。そしてその中に『王城』と言う建築物があり、また『王宮』や『宮廷』がある。つまり、『王城』内全てが国王の住まいそのものと言える訳だ。

 そして『七属性魔術士筆頭』が住むのは宮廷の中にある特別貴賓用の建物だ。これは宮廷貴族であり、役職にも就いている者が住まうことを許されている最高級の住まいだ。

 もし、僕が彼女達と交わるとしたらここになる。だが、先程も述べたように『宮廷』は『王城』の敷地内にある。言わば国王の住まいの中にあるのだ。


 とてもじゃないけれど、そんなところで盛る気にはなれない。

 しかも『王城』には父上だけじゃなく母上や弟達も居るし、何より僕の胤の扱いに意識が向いている父上の居住区の中でそんなことをしたら、今度は違う意味でお呼びが掛かる。「貴様良い度胸をしておるな」と。

 王都の高級宿でもそれは同じ。結局は父上のお膝元。意味は変わらない。

 そんなカー=マインの事情を口にする訳にもいかず、かと言って「王都はちょっと、嫌かな」なんて適当を口にすれば、五十六人揃って連盟拠点に散歩に来そうなので、僕は濁しに濁して話を打ち切ることにした。

 その時、少しばかり迂闊なことを言ってしまったので、彼女達が忘れてくれることを切に願う。


 そんな訳で、僕は『交感上昇論』の話は流し、彼女達が試合中に駄目にした魔道具の話に話題を持っていき、何か欲しい魔道具はないかと聞いてみた。

 城塞都市ガーランドに帰ってしまえば、僕はそのまま城塞都市ポルポーラに向かう。再び王都に足を運ぶこともあるだろうけれど、それはカー=マインとしてだ。ジャスパーが如何に英雄とは言え、冒険者が足繁く王城に通うなんてありえないのだから。


 そう言った理由で今の内に何か褒美を与えておきたかったのだが、『七属性魔術士筆頭』から求められたのは試合中に僕が使った七つの魔道具だった。

 一応は研究用に欲しいとのことだったけれど、折角なので彼女達にも扱えるように修正して、一人一つずつ渡すことにした。それが思いの外喜んで貰えたのは良かったのだが、修正作業を『魔術師兵団』全員の前でやってしまったことで、益々の興味を抱かれることになってしまった。


 僕は割とあっさりやっているけれど、本来魔道具の作製は難しい。と言うより出来る人を探す方が難しい。ましてや既に作成済みの魔道具に手を入れることが出来る人は更に少ない。

 そんな技能、技術を見せてしまった訳で、再び勉強会が加熱になったことは言うまでもなかった。いやまぁ、自分で作製したものだからこそあっさり出来たんだけど。その辺りを説明しても耳に入る前にどこかへ飛んでいってしまった。


 そして最後。どこかの英雄が破壊に破壊を重ねてしまった円形闘技場の修復だ。

 これには翌日から丸二日を掛けた。父上に許可を貰って、ジャスパー集合体パーティー全員を呼び寄せた程だ。本当はミミリラ達三人とチャチャルだけで良かったのだが、本人達が王城を見たがっていたのでついでだ。


 最初に手を付けたのは周壁と観客席の修復。

 これは少し悩んだけれど、【魔力視マジカル・アイズ】に想像を加えることにした。

【魔力視】は物体と化していない魔力を読み取る魔術。ではそこに物体も読み取れるように効果を付加すれば、物体という『魔力』の構造を理解、把握出来ると考えたのだ。

 これで円形闘技場を構成している石垣の構造や素材、魔力構成を頭に入れ込み、それを用いた上で元の景色を想像し、一気に創造した。


 この時、当然のように『魔術師兵団』は後ろに立っていたし、何故か常備軍の面々までが姿を見せていた。聞けば「今後の参考に」とのことだった。別に邪魔をしなければ僕としては構わなかったけれど、何と言うか、今後僕が何かした時の為に観察しに来ている気がしなくもなかった。


 僕が創造した結果は見事に成功してくれた。

 もう隅から隅まで僕が破壊する以前の姿がそこにある。本当に細かなところは多少違っているかも知れないが、誤差として扱って貰おう。

 それに、僕が作った部分はやはり新しく作ったお陰で綺麗なものだ。構成自体も周囲のものより少し頑丈に出来ている感じだ。


 ただ慣れていないことを一気にしたせいか、精神力がごっそり減ってしまった。流石に一瞬目眩めまいがしたが、側に立っていたミミリラ達が支え精神力を譲渡してくれて助かった。僕がミミリラ達を呼んだ理由がこれだ。一人では確実に精神力が足りなくなると分かっていたので、初めから助力を求めたのだ。


 ちなみにミミリラ達。最初に顔を合わせた時点から『七属性魔術士筆頭』に対して凄まじい殺意を抱いていた。僕が彼女達に悪感情を抱いていないので我慢しているようだったが、そうでなければ僕の倍以上ある魂位から発せられる魂の波動殺意で辺りが埋め尽くされていただろう。

 やはりと言うか、試合で僕が死にかけたのを把握していたようで、それもあって彼女達に対する敵愾心は例えようが無い程だ。『七属性魔術士筆頭』達が僕の仲間と言うことで好奇心満載で挨拶をしても、誰一人返さなかった。その時の空気は少し面白かった。


 さて次に手を掛けたのは観客席を覆う障壁だ。

 これはもう簡単だった。父上から貰った特殊な魔石と、無事な障壁を構成している魔石と魔術刻印を【魔力視】で解析する。そして同じく預かった魔術刻印に関する資料を読んで、後はそのまま同じものを作って終わった。

 単純に言えば、特殊な魔石で様々な効果が付与された障壁を作り、特定の場所に置き、そこに魔術刻印を刻むことで効果を高めているだけだった。

 もちろんその構造や理屈を知って僕の気分が上昇したことは言うまでもない。


 それが終わってからが本番だった。

 どこかの冒険者第6段階の冒険者が図に乗って空けた大穴を埋める作業だ。することは至って単純シンプル。土を生み出しながら固める、ただこれだけ。唯一の問題が、直径百メートルの大穴が地下数百メートル以上続いている点だ。どれだけの土を生み出せば良いのか見当も付かない――実際、体積の計算は出来るけどする気も起きなかった――。


 最初は穴の途中から構造物を作り、その上に土を被せれば良いかな、と思った。しかしここは様々な用途で用いられる。僕と『七属性魔術士筆頭』とまでは言わないまでも、普通に上位以上の騎士や魔術士が試合をしたり、あるいは軍事行動の演習を行ったりもするし、小規模な観兵式などもある。

 最初の数年は問題なくとも、十数年後、行事ごとの真っ最中に「大きな穴が空きました」なんて笑えない。よって、仕方無く僕は延々と土を生み出しては固める作業を始めた。


 少し助かったのが、『七属性魔術士筆頭』や『魔術師兵団』、更には常備軍やいつの間にか姿を見せていた常備支援軍の『魔術士特殊支援隊』が手を貸してくれたことだった。

 恐らく父上が手を回してくれたのだろうけれど、素直に喜ばしいものだった。


 そんな訳で全員で頑張って埋めていったのだが、最初に常備軍が限界を迎え、次に『魔術士特殊支援隊』が力尽き、粘った『魔術師兵団』が膝を着き、限界の二文字を捨てた『七属性魔術士筆頭』が精神力の欠乏で気絶してもまだ埋まる気配は無かった。

 僕がミミリラ達三人と新しく譲渡可能となったチャチャルの四人から精神力を譲渡して貰っても尚無理だった。結局その日は諦めて、次の日に何とか完全に穴を埋め、石敷まで修復してようやく作業は完了となった。

 余談だが、ミミリラ達から精神力の譲渡を受けながら延々と魔術を行使し続ける僕はどうやら化物のように映ったらしく、皆が皆「嘘だろ」と言う顔をしていたのが印象的だった。『魔術師兵団』に関しては瞳の輝きが増したとだけ言っておこう。


 手伝ってくれた彼ら、彼女らには何か褒美を与えないとな、と思って希望を聞いてみると、『魔術士特殊支援隊』からは魔術の指南、常備軍からは手合わせ、『七属性魔術士筆頭』と『魔術師兵団』からは『交感』と言う答えが返って来た。


『魔術士特殊支援隊』には後方支援に於ける魔術や、役立つ魔術の有無について相談されたので、実演込みで説明したり新しく魔術を創造して教えてやったら喜ばれた。

『魔術士特殊支援隊』は『魔術師兵団』から指南は受けるが、やはり作業的な後方支援で役立つ魔術に関しては自力で運用方法を考え、それに適した魔術を創造するしかないのだ。よって、万能的な魔術の創造を可能とする僕の発想や考え方はかなり有用だったらしい。


 常備軍は強化技能や支援魔術バフあり、攻撃系魔術無しの条件で全員と戦った。本気でやって欲しいと言われ手合わせしたのだが、国王直属兵と言う意味が良く分かった。

 常備軍だけで敵軍一万の兵に匹敵すると言うあれは嘘だった。二万、三万と言われた方が余程に納得出来る程の強者つわもの揃いだった。文字通りのつわものだ。

 そして副隊長もそうだが、隊長であるゼギルは強さの桁が違った。あれは間違いなく僕の近衛兵隊長であるロメロ、直属軍隊長のエルドレッドが二人掛りで対峙しようとも、手も足も出ない。と言うより、近衛隊と直属軍総勢百二十人で掛かってもゼギルを止めることは不可能だろう。それ程に凄まじい力があった。

 正直に言えば、途中で負けそうになった。致し方なく本気の本気で攻撃してしまい、鎧ごと腹に穴を空けて殺しかけてしまったくらいには余裕が無かった。

 純粋な近接戦闘に於いて、今の僕では話にならない。流石「騎士」や「兵」の中で最強と言われるだけあった。


『七属性魔術士筆頭』と『魔術師兵団』に関しては、今度僕お手製の魔道具を贈ることで決まった。決めた。ある意味ゼギルとの戦い以上の激戦を乗り越えて結論を付けた。

 それから父上に結果の報告をし、一度だけ弟と手合わせをした。

 その後何故か僕が最初に買った安物の片手剣を欲しいと言うので譲ってやった。【性質硬化マナ・キューリング】を使わなければすぐに壊れて何の役にも立たないのだが、鍛錬用だろうか?

 母上には最後の最後まで別れを惜しまれ、非常に心苦しかった。


 一つ驚いたのが。なんと『七属性魔術士筆頭』は別れ際に、例の『交感上昇論』に関係する全ての資料を一冊の写本に纏めたものを渡してくれた。

 何でも全員で一夜で書写したのだとか。その中には彼女達が苦労して研究した結果の内容も記されており、決して安易に誰かに譲って良いものではないし、受け取れるものではない。

「気持ちは嬉しいけど、過ぎる宝物に見合うものを持ってないんだよな」と僕は遠まわしに断ろうとした。写本が欲しいのは本音だが、本当に返せるものが無い、と言うより返すものが大きすぎて受け取れなかった。

 英雄に近しい人の持っていた日誌、他大陸から国王に献上された資料、その二つと『交感上昇論』を元に、国内最高峰の魔術士達が研究し纏めた論文。これに見合うものなんてそうそう無い。


 だからこそ断ろうとしたのだが、逆に諭される形で断られてしまう。


「送り送られ、返し返され。大事は贈る者では無く贈られる者がどう思うか。私共は英雄に手ほどきを受け、極まりし魔術技能カラー・スキルを目にし味わい、更には叡智を分け与えられ、自らの魔道具まで頂きました。私達は今後益々の成長が約束されました。それは魔術を極めんとする者にとっては史上の褒美。返すに見合うものを準備出来ていないのはこちらですわ」


 ここまで言われ断ってはこちらが失礼になってしまう。彼女達が言っていることは結局、僕とジャルナールが城塞都市ポルポーラでお祖父様に無代で物資を渡す時に使った強引な交渉と同じだ。

 僕とジャルナールは、お祖父様に対価無しに物資を受け取ってもらう為に『山岳進入許可証』を求めた。お祖父様からすれば何の痛手にもならないものだ。しかし、僕達が「それだけの価値があるのです」と言い張ればそれが真実なのだ。大事なのは受け取る側がどう思うかなのだから。


 僕から受け取ったものを「至上の褒美」と彼女達が評している以上、それに軽々しく異を唱えては無礼となるし、恥をかかせてしまう。

 なので、僕は気持ちよく受け取った。

 その時の彼女達の笑顔はそれはそれは咲き誇る花畑のように美しかった。僕もそれに対し微笑んだ。きちんとお互いに分かっていることを承知の上での微笑みだ。僕がこれを受け取ってそのままで済ませる訳が無いと。

 冒険者ジャスパーは名実ともに冒険者第6段階、英雄と呼ばれるに相応しい存在となっている。公爵家当主より推薦状を頂く上に身元保証人にもなって頂いた。更には国王より勲章も授与される、大手連盟三つを傘下に収める連盟組織ギルドツリーの長でもある男だ。


 そんな男が宮廷貴族当主であり『七属性魔術士筆頭』でもある存在から、非常に価値のある物を受け取って「ありがとね」で終わる訳にはいかない。そして、ジャスパーと言う男が受け取って終わる奴ではないと、彼女達は確実に理解している。

 その上で彼女達が僕にこの写本を渡してきたと言うことはつまり、言外に「これからもよろしくお願いしますね」と伝えてきている訳だ。

 何故か、城塞都市ポルポーラでアンネにしてやられたあの瞬間を思い出してしまった。


 全てを終わらせた僕は今度こそ宿に戻り、一夜を過ごして次の日の朝に王都を出立することにした。本当は『英雄譚ヒロイックサーガ』や『レイナース』の面々に挨拶くらいはしていこうと思ったけれど、僕が足を運べば要らぬ気遣いをさせてしまうと止めておいた。


 そして本当に全てのことをやり終えた僕達は、宿を引き払って一路、城塞都市ガーランドへ帰宅の途に就いた。



 ※



 試合中に風属性魔術士筆頭バルド子爵から教わる形で覚えた、物体を加速させる風属性の魔術によって、僕達は来る時よりも遥かに早く連盟拠点に戻ってくることが出来た。試合では攻撃の為に使う印象が強かったけれど、高速移動にもかなり有用だな。今度魔術名化カラー・レイズしておこう。

 七人を下ろし全員に【還元する万物の素ディ・ジシェン・ジ・マナ】をかけてからエントランスドアを開けると、そこには何人かの待機組が座っていた。


「よくお戻りで、連盟長ギルマス


 近くに居たサガラの副族長にして『ミミリラの猫耳キューティー・キャットイヤー』の連盟副長補佐サブアローンでもあるヒムルルが労いの声を掛けてくる。その後にも皆がお帰りなさいと言ってくれて、帰って来たんだなと実感する。


「今日はこれだけか?」

「狩りに行ってる組と、後は外で訓練してる組、それとちょっとした買い物に出てる組です。狩り組はもしかしたら斡旋所の食堂で食べてくるかも知れないです」

「ああ、分かった。助かる」

「これからは何を?」

「部屋で休みながら、色々とな。夜に全員集まったら話があるから伝えといてくれ」

「分かりました」


 それだけ言って部屋へと上がる。その後を七人と、更に付いて来る数人の女衆。

 部屋に戻って僕とジャスパー集合体七人に再び【還元する万物の素】をかけて寝転ぶ。


「お疲れ様」


 言いながらミミリラやそれ以外の女が身体を摩ってくれたりする。最近娼婦達から色々学んでるんだよなこいつら。

 なんて思いながら、ジャルナールに『以心伝心メタス・ヴォイ』で声をかける。


『ジャスパーだ。ジャルナール、今大丈夫か?』

『うむ、良いぞ。丁度キリが良いところだ』

『それは良かった。で、王城で色々あってな。取り敢えずジャスパーの正体が露見した』

『ふむ。聞かせてくれ』


 そこから身ばれした経緯や向こうで話したこと、そして今後の動きを伝える。


『なるほどの』

『ああ、だから今後王太子への対応は大丈夫になるな』


 色々な用事で引っ張ってばかりのジャルナールだが、今でもたまに王太子屋敷に顔は見せている。見せかけと体裁は必要だからだ。


『して。お主はどうするのだ?』

連盟ギルド関係はこのままだな。向こうに居る時間が増えるだろうし、最初は特にそうだろう』

『では冒険者としての動きは暫く止めると言うことか?』

『出来ればそれはしたくない。だからその辺は色々考える。矛盾しているが向こうにもこっちにも居られるようにするさ』

『ははは。お主なら誠に出来るのであろうな。あい分かった。では、わしはこれまで通りに?』

『そうしてくれ。連盟拠点もそうだが、お前さんを含めて活動拠点ホーム自体を移すと色々と大変だからな。また一から根を張るのも組織連盟に関しても、活動にも影響が出る』

しかり』


 そこで少し間を置く。深呼吸すると甘い匂いがした。それを察してかミミリラが胸に顔を埋めてくれる。これくらくらするんだよな。この状態で耳もとで声をかけられると正直会話にならない。


『ただまぁ、距離はあるがベルナール商会ガーランド支店と『ミミリラの猫耳』はザルード公爵家のお抱え御用達にするつもりではある。別に王室御用達であろうと問題ないだろ?』

『なんの問題もないな。それにここは支店。御用達の名前が商会の名に付いておるだけで実際は全て本店がお世話役よ。むしろ喜ばれるであろうさ』

『なら良いな』


 しかしこいつとの関係も深くなったものだ。

 折角の機会だし、以前からずっと気になっていたことを聞いてようかな。


『なぁジャルナール』

『何じゃ』

『お前はどうして無能王太子にかしずいたんだ? あの時はまだその力に気づいてなかっただろうに』

『なに簡単なことよ。求めていたものを王太子殿下の瞳の奥に見たからこそ』

『人見の瞳か?』

『左様。まぁ少し違う部分もあるがな』


 聞けば、ベルナール商会の人には代々【真否しんぴの瞳】という血族技能を持つことが多いという。

 これは物体であれば本物か否か。人であれば嘘を吐いているかどうかが感覚で分かるとか。絶対的な効果ではないし、状況や人によっては通じないものらしいが、その力の本質は『自分が求めるものかどうか』、『自分にとっての真実か否か』を判断するものらしい。

 そして、これに人見の瞳が加わると効果が変わるという。


『わしはな。先王陛下のお世話を務めさせて頂いた。先々代の商会長であるわしの父とな。だがその時から思っておった。なんと詰まらぬと』

『詰まらない?』

『ああ。わしは商才があった。そして上位者の方々で言うところの覇気、それの商人としてのものを持っておったのだろう。他のどの商人よりも、それこそ父よりも優れていた自負があった。だからかの。先王陛下に対し「この御方では無いな」という思いを抱いてしまった』

『ほお』


 考え込む時の癖で、ミミリラの尻尾を掴んでしまう。耳元で鳴き声が聞こえるも、それより意識はジャルナールに向かう。


『それは恐れ多くも今上きんじょうの国王陛下にも感じてしもうた。故にな。国王が現在の御方になってわしは、暫くと言うには長いが、息子に商人としての大事を叩き込んで商会長の座を譲り、半ば隠居することにしたのよ。本人はべそをかいておったがな』

『ふむ』


 この時点で随分とまぁ傲慢な発言ではあるが、ジャルナールが口にしている言葉は何一つ偽りの無いものなのだろう。何より、誰より商才があった上に覇気に似たものを持っていたなんて、僕は全く疑う気にならない。むしろ納得したくらいだ。


『そんな日々を過ごしている内に、城塞都市ガーランドに王太子殿下がお越しになられた。今だから言おう。不敬極まりないが、何とも惨めなものよ、そう思った』

『はは』


 僕は苦笑するしかない。そしてジャルナールの剛毅さに改めて感心する。

 どれだけ秘密を共有しようと親しくなろうと、王太子という高貴な存在であるものに対して侮蔑の言葉、ましてや本人に向けるとは。普通の神経をしていたら絶対に言えない。


『それからもそうよ。五年間。ご挨拶とばかりに商品を持っては顔すら見ぬ御方。たまに見せてはただ見せるだけ。益々自分の中で虚しさが募るばかりであった。だがそんな時だ、ある日、王太子殿下の瞳が全く違うものに見えた』


 これは恐らく、成人し初めて対面した時の話だな。


『幾度かその瞳と相対し、お部屋に連れられお言葉賜った時のあの瞳の奥に、わしの真否の瞳が確かに捉えたのよ。わしが求めていたものをな。そして悟ったのだ。わしはこの御方に出会い仕える為にこれまでを過ごしてきたのだとな』

『ふむ』

『あとは語るまでも無い。今もそう。例えあの御方が国に兵を起こすと言われてもわしはどこまでも付いて行くつもり。例えそれが破滅の道であろうとな』

『あい分かった。よく話してくれた。二人からの言葉だ。これからもよしなに』

『畏まって仕る』


 大きく息を吐いてミミリラを抱き寄せた。良い匂いだ。落ち着く。考え事をしている時には必須だ。


 ジャルナールみたいな優れに優れた豪商がどうして無能のたった一言に傅いたのか。そして凡ゆる苦労を厭わず、苦労と捉えず支えてくれるのかずっと疑問だった。

 話だけを聞けば狂信者にも見える。僕にとって非常に都合の良い存在だ。けれど、僕はそこに、主を求め彷徨い辿り着いた高潔な騎士の姿を幻視した。

 聖騎士ならぬ商騎士とか言う称号を作って与えてみたいものだ。


 主人を決めた国随一の商人と、狂信者であるサガラと。

 この二つだけで何でもやっていけるな。本気でそう思ってしまった。いつか本当に小国を建てたりするのも楽しそうだ、なんてな。


『取り敢えず廃太子の通告が来るまでは待機だ。俺も色々と準備しておかないとな』

『あい分かった。わしは普段通りにしておく』

『そうしてくれ。良ければたまには飯でも食いに来い。まぁ味は普通だがな』

『では今晩にでも』


 二人して笑い、会話を切った。

 何故か分からないけれど、王城とは違う意味で、自分の家に帰って来たんだな。そう思った。

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