第94話 創世神話

 その日、僕はミミリラ達と街に下りていた。

 特別これと言った目的がある訳では無いが、【僕だけの宝物箱カラーレス・ジュエルス】に物資補給ストックする為の食料や品を買い集めたりしたい気持ちはあった。

 ジャルナールから買う物は品質が良くて、それでいてきちんと数を用意してくれているので困ると言うことは無い。ただ、一般的な市民向けの服飾や食器や家具、道具類で便利そうな物があれば集めておきたい。

 使い捨て前提で使うような物もあるし、その場合は市民向けの商品の方がありがたいのだ。


 他にも茶菓子や甘味類を食べたり【僕だけの宝物箱】に物資補給ストックしたりもした。

 旅路の食料とは「あれば良い、美味ければ尚良し、紅茶と茶菓子があれば最高」なのだ。本当に今回の一連の騒動は色々な面で勉強になった。


 他にも傘下に下った三連盟3ギルド連盟拠点ギルドハウスを巡ったりもしてみた。

 実は今まで一度も見たことが無く、組織連盟ツリーギルド連盟員ギルドメンバーへの顔通しも含めて、折角なので足を運んでみることにしたのだ。

 連盟員への顔通しはするまでも無かった。僕が顔を見せた瞬間に全員が反応して挨拶をしてくれたから。恐らく各連盟のリーダー達から詳しく特徴を聞かされていたのだろう。


 各連盟の連盟拠点はそれぞれ特色があった。

 先ず冒険者連盟『リリアーノ』。

 ここは宿を大きくした感じの建物が一つ建っており、それに小さめの建物が幾つかくっついている形だった。聞けば小さい建物が宿として機能しているらしく、文字通り宿泊宿を営業している冒険者連盟アドベルギルドと言う訳だ。


 次に傭兵団連盟『グリーグ傭兵団』。

 酒場食堂を巨大にした感じのとても分かりやすい建物だった。

 一階部分は酒場食堂、二階より上が連盟員の生活空間になっているという、傭兵団連盟ソルディアーズギルドの連盟拠点だなぁ、と納得させられるものだった。


 最後に、先日初めて顔を合わせた冒険者連盟『マーシェル』だ。

 何と言えばいいか。強いて言えばジャルナールのベルナール商会の建物みたいだった。

 他の二連盟みたいに営業をしている訳ではなかったが、敢えて小さめの部屋を一角に作り、斡旋所に頼む程ではないが困っている、そんな小規模依頼を受けることを前提とした直接依頼窓口を作っていた。

 言わば市民に寄り添う冒険者連盟と言う感じが見て取れた。


 やっぱり連盟ごとにそれぞれ思いとやり方があるんだなぁと実感させられた。

 そう言う観点で見れば、『ミミリラの猫耳キューティー・キャットイヤー』はかなり大きな屋敷を連盟拠点として構えているにも関わらず、連盟長が女性達といちゃついているだけの場所に思えてくるな。

 ある意味特徴を捉えていると言えば捉えているが。


 そんな感じで改めて街中をぐるぐる歩き回っていると、一つの建物が目に入った。

 質素過ぎず、かと言って華美でも無い。それでいてそこに在ることが当然のような建物。それなりに大きな家屋と言った感じの建物の入口扉の上部には金色の板が掲げられており、そこには『金の神の教会』と刻まれている。


 自然と、僕の足はそこに向いていた。


 静かに扉を開けると、とても落ち着いた礼拝堂が姿を見せる。

 左右には横長の椅子がずらりと奥まで並べられており、その先には人の頭程の高さまで作られた台座がある。しかし、そこには何も置かれていない。


 金の神は中庸、中和、無色と言う形を持たぬ神だ。

 その為、台座に何も置かれていないその姿こそが金の神を象徴していると言える。

 誰も居ないその空間の中を、静かに進んでいく。そのまま台座の下まで近づくと、僕は何も言わず跪き、両手を組んで目を閉じた。


 僕を見下ろして良いのは父上と母上だけ。僕が跪くのも父上と母上だけ。

 しかし、唯一の例外が世界を構成する『七つ神』だ。この存在にだけは何の不服もなく膝を着ける。


 少し、この世界について語ろう。


 最初に、この世界という空間を作り出した神がいる。

 この神に名は無く、便宜上『想像と創造の神』と呼ばれている。

『想像と創造の神』は世界を作ると二柱の神を生み出した。

 それが『光の神』と『闇の神』、『双神』と呼ばれる存在だ。

『想像と創造の神』は『双神』を生み出すと、世界の成長、発展を望みそのまま姿を消した。


『想像と創造の神』が姿を消した後、『双神』は世界を形作る為に五柱の神を生み出した。

 それが『五つ神』と呼ばれる『火の神』『風の神』『金の神』『土の神』『水の神』である。

『双神』と『五つ神』によって光と闇、火と風と土と水が生まれ、それらは金によって重なり交わり、世界を形作った。


 更に世界を発展させる為に、神々は『人』と『動物』を生み出した。

『人』には『金の神』が生み出した『魂』に神々の属性全てが宿っており、それを用いて人は成長し、世界を発展させていった。


 神々は世界を「人と人の間にあるもの」として「人間ひとはざま」と名付けた。翻って、人そのものも世界を構成する一つであるとして、「人間にんげん」と名付けた。

 基本的に「人間にんげん」は始まりの呼称である「ひと」と呼ばれている。「人」のことを「人間にんげん」と呼ぶのは魔導士や貴族など、一部の学に優れた者達だけだ。

 狭義の意味で言えば、「人」とは「七つ神」が直接生み出した種族である、「人族・人種」のことを指す。


 さて、他にも語ったら一月ひとつきが掛かってしまうのでこの辺りにしておこう。

 何故こんなことを語ったかと言えば、人とはそもそも神々の力によって生まれ育ち、そして世界もまた神々の力によって生まれ今も存在していることを述べたかったからだ。

 神の存在は迷信やまやかしなどではなく、確かに世界に存在していることは『土の神の怒り』や『個体情報』や『契約紋』などで証明されている。


 だからこそ、僕や世界に存在する全ての知性ある生物は神へ跪き感謝を捧げる。

 そして僕は『カー=マイン・カラーレス』という名前からも分かるように、『金の神カラーレス』を信仰している。


『七つ神』は別名『属性神』とも言われており、それぞれを色で呼ぶことがある。

 つまり『光の神ライトカラー』『闇の神ダークカラー』『火の神フレイムカラー』『風の神ブリーズカラー』『金の神カラーレス』『土の神グランドカラー』『水の神アクアカラー』だ。


 そして七色の属性を操る技能を『魔術カラー』、正式名称を『属性系魔術技能マナ・オブ・セブンズカラー』と言い、これに優れた者のことを『魔術士カラーズ』と呼ぶ。

 現代では魔術を用いて戦う者を『魔術士』と呼んでいるが、厳密に言えばこれは違うのだ。


 説明ばかりで長くなったが、僕がこうして自然と足が向いたのはそれが原因だ。殊更に深い意味は無い。ただ、成人した際に与えられる洗礼名を受けたきり、こうして祈りを捧げることをしていなかったから。

 それに僕が使う魔術は『金の神カラーレス』を用いているものが多い。そのことへの感謝の気持ちもあった。


 祈りを終えると、僕は立ち上がった。

 僕の後ろではミミリラ達までもが跪き祈りを捧げていた。まぁ『七つ神』の一柱に祈りを捧げるのは間違いではないけれど、ミミリラ達にはミミリラ達の信仰する神がいるだろうに。


 そんなことを考えると、僕が信仰する神だから、という言葉が返ってきて苦笑した。

僕だけの宝物箱カラーレス・ジュエルス】から金貨二千枚が入った布袋を取り出し、台座脇に置かれていた供物用の台座に置いた。

 僕が洗礼名を与えられた際に寄付した金額が千枚。これまで祈りを捧げていなかったこともあるし、これくらいで良いだろう。


 さてそろそろ連盟拠点に帰ろうか。そう思い振り返って視線を向けた先に、初老の男が一人立っていた。

 カソックに身を包んだ、口辺に笑みを湛えたとても落ち着いた雰囲気の男性だ。

 僕はその男を知っている。なにせ僕が成人の際に屋敷に来て洗礼名を与えたその人なのだから。


 男は無言のままに近づいて来る。ミミリラ達が道を開けて下がる。


「ご寄付頂き、感謝致します」

「寄付は金の神への捧げ物。何のこともありませんよ」

「ええ、それ故です」


 その言葉に僕も微笑む。

 司祭とは別に権威を持つ者ではない。ただ神への信仰を強く持ち、それを生き甲斐にしている同類みたいなものだ。だからこそへりくだる必要は無いし、お互いに友人のように接することが出来る。


「お名前はジャスパー殿、でよろしいですかな?」

「知っていましたか」

「ええ、知らぬ方が難しいかと。遅れましたが私はシシスです」

「では改めて、初めましてシシス殿」

「こちらこそ」


 そう言ってお互いに微笑み、見つめ合う。

 挨拶は終わったから帰ろうかな、と思うのだが、シシスが何故か真っ直ぐに僕の瞳を見つめ続けている。何だろうか?


 そう思っていると、シシスが口を開いた。


「ジャスパー殿、一つ、よろしいですかな?」

「ええ、何でしょう?」

「では」


 そう言うと、シシスは一度目を閉じて再び開いた。

 その瞳はやはり僕の目を見ている。


「人は染まるものです」

「ええ」


 素直に頷く。

 この世界、多くの事柄に「染まる」と言う言葉が使われる。

 根本的に世界に存在する凡ゆるものは『万物の素マナ』によって構成されている。これが方向性を持つ、つまりそう言った存在に変化することを染まると言う。染まったものを魔力というのだが、これはいずれ語ろう。


 そしてシシスが言った「人は染まる」とは、以前僕が述べた魂の成長などがそれに該当する。つまり、魂が方向性を持ち変化、進化することを「人は染まる」と言っているのだ。


「ジャスパー殿程の者、語るも烏滸がましいですが、一度強く染まったものは変わりません。ただ人は適応することに長けております。土地や環境が変わればそれに適応する。それは染まることの一つでしょう」

「ですね」

「しかし、やはり一度強く染まったものは変わらぬのです。火が火の環境から風の環境に移ろうと、土や水の環境に移ろうと、一時の環境への適応で僅かに多色に染まることもありましょうが、やはり火は火。それは変わりませぬ」

「ふむ」


 言いたいことは分かる。が、どうしてそれを語るのかが今一つ読めない。


「それで?」

「強く染まったものは変わりませぬ。しかし染まったものが再び始まりの環境に戻った時、本来在るべき姿を輝かせるのです。まるで抑圧されていたものが開放されるかの如く」


 シシスはひたすらに僕の瞳を見つめたまま言葉を紡ぐ。


「人も同じ。例え姿形が変わろうとも、住まう場所が変わろうとも、魂は同じ。変えようとも変えられませぬ。そして変わらぬ以上、在るべき場所に戻った魂はその姿を輝かせるでしょう。それをお心にお留めください」

「――」


 瞬間、シシスが何を言っているのかを理解した。そして、何故僕の瞳を強く見つめ続けていたのかも。


 人見の瞳。これは「ほだし」が強ければ強い程に人の魂や内面が詳細に見える。僕とシシスが出会うのは今日で二度目。「えにし」はあれど「絆」は殆ど無い。逆に言えば、一度は“王太子として”顔を合わせているので「縁」はある。

 そして人見の瞳は金の神の力が関係する技能。目の前のシシスは金の神を強く信仰する存在。


 つまり、彼は僕の正体を看破している。


 今の言葉もそう。

 僕の正体に気づいていることを前提におけば、全てが納得出来る。


「で、だ。神父殿。それを俺に聞かせてどうするおつもりで?」


 僕の感情を読み取ってか、ミミリラ達が警戒するのが分かった。

 口を封じるのは簡単だ。だがシシスは市民、そして僕に洗礼名を授けた金の神の信仰者。現実的にも心情としても安易に手を出す訳にはいかない。

 だが、このままにしておく訳にもいかない。


 さてどうするか、と考えていると、シシスはほがらかに笑みを浮かべた。


「何も致しませんとも。ジャスパー殿ならご存知の通り。神に信仰を捧げし者はただ祈りを捧げるのみ。まつりごとはおろか、権が付くものには関わらぬ存在です」


 もう何百年も前、別大陸での話になる。

 嘗て宗教や信仰とは力だった。宗教国家と呼ばれる国は神に仕える聖職者と言う権威を傘に、各国に存在する信仰者達からの支持を得ていた。様々な国家はその影響力に逆らえず、宗教国家からの内政干渉にも異を唱えることが出来ず屈していた。

 しかしある時、とある国がそれに反旗を翻し、信仰に染まった国民や諸侯と敵対を覚悟で宗教国家に戦を仕掛けた。

 それに同調した周辺国家を巻き込んだ大戦争は国家連合軍が勝利し、それ以降聖職者は政治不介入となり、破った場合即処刑と決まった。


 数千万の死者を出したその大戦争によって宗教国家や聖職者は力を失くし、それは現代、そしてこの大陸にも伝わっている。

 だからこそ、原則教会に関係する人は一切の政や権威、権力には触れない。


 シシスが今言っているのはそう言うことだ。

 カー=マインの秘密を漏らすことは王族の秘密に触れることに繋がる。それをしない。つまり、他言するつもりは無いと。


「ふむ。では神父殿はどうしてそう言ったことを俺に?」

「同じ神を信仰する者。司祭の詰まらぬ言葉とお思いください」

「先の言葉、何に誓う」

「我が信仰する金の神に誓い、契約紋カラーレス・コアを刻み証と致します」

「認めよう」


 これで彼は僕の正体を口外しないことを己が信仰する金の神に誓った。それを破ることは彼の生きる意味の否定。ならば本当に彼の口から真実が漏れることはないだろう。

 更に【魔力視マジカル・アイズ】で見れば、彼に契約紋が刻まれているのが見えた。これで誓いに関係なく、破ろうとも破れない。

 僕は頷き、【僕だけの宝物箱カラーレス・ジュエルス】から金貨五百枚が入った布袋を取り出した。


 それをシシスに差し出す。


「これは神への供物では無い。貴様への褒美だ。受け取れ」

「有り難き幸せ」

「大義であった」


 この場には誰も居ない。そして司祭はジャスパーでは無くカー=マインへ助言をした。ならばこの渡し方が正しいだろう。

 布袋を手渡し、そのまま立ち去ろうとして、一つ聞いておくことにした。


「一つ聞きたい」

「何なりと」

「金の神を信仰する聖職者とは、皆が貴様のように“目”がよいのか?」


 その問いに、シシスはまた穏やかな笑みを浮かべて答えた。


「そのようなことは御座いません。大事は魂が染まっているかどうか。私はたまたま『金の神カラーレス』に染まることが出来ただけに御座います。金の魔術は使えずとも、金の色に染まることは可能ですので」

「あい分かった」


 そう言って、道を譲ったシシスの脇を抜ける。教会を出て、一度だけ振り返る。扉の上に掲げられた金色の板。そこに刻まれた文字。


 それに対し、胸に手を当てて一礼をして、僕達はその場を去った。


「ミミリラ」

「なに?」

「どこかの商店で茶菓子でも食べて帰るか」

「大賛成」

「良いですね」

「今度は何食べるのんー?」

「楽しみです」

「今度は甘さ控えめも良いかしら?」

「私は甘甘がいいかなぁ?」

「私は紅茶に合うのが良いな」


 僕の言葉に、すっかり茶菓子に嵌まった女衆がわいわい騒ぎ出す。僕も茶菓子は大好きだから良いんだけどね。


 彼女達の嬉しそうな顔を見ながら、僕は最後に【透魂の瞳マナ・レイシス】で覗いたシシスの個体情報ヴィジュアル・レコード、その中身を思い出していた。

 金の魔術は使えないと言った通り、確かに彼の金の属性等級値は高く無かった。だが、技能の欄に『人見の瞳』と表示されていた。個体情報に表示されない、見えない技能の筈なのに。

 その効果の詳細には『魂を認める』と表示されていた。


 果たしてあれが、金の神の教会司祭だから持っていたのか、彼だから持っていたのか。それとも何かしらの条件さえあれば誰でも手に入れられるものなのか。

 もし誰でも身に付けることが可能だとしたら、それはいつ僕の正体が見破られてもおかしくないと言うことではないだろうか?

 そんな懸念が胸中に湧き上がる。


 そこが気になって彼に「目がいいのか」と聞いたのだが、彼は違うと言った。魂が染まっているかどうかだと。

 それはつまり、金の神の色に魂が染まったと言う意味なのだろう。だからこそ望んで「絆」を強くすることが可能となり、人見の瞳を技能として扱えるようになったと。

 理屈としては上位者の在り方に魂が染まったから覇気が使えるようになったのと同じだ。

 あくまでも推測でしかないが、恐らく間違っていないと思う。


 正直、少し気を抜きすぎていたのかも知れない。

個体情報隠蔽マナ・ヴェイル】で個体情報は隠せる。だからカー=マインの力を知ることは誰にも出来ない。知っても証明することが出来ない。

変化ヴェイル】で姿を偽り、【魔術感知カラー・センス】などにそれを悟られぬように、魔術行使を隠蔽する【魔力隠蔽マジカル・ヴェイル】で隠している。お祖父様は別として、【変化】が一介の冒険者に使える訳が無いと言う常識も利用して安心もしていた。

 だが、それが覆されてしまった。

「僕の正体の証明なんて出来る訳がない」という認識が無意識に生まれていた。


 僕の正体を看破する方法として、すぐに思いつく方法は三つだろう。

 一つは先程のシシスのように人見の瞳で僕の魂や内面を視ること。

 一つは魂の波動を明確に判断すること。

 一つは王城の宝物庫に秘されている国宝級の魔道具を使用すること。


 三つ目は考慮しなくていい。そんなものを持った人がその辺を歩いている訳がないから。

 二つ目も今現在は問題ない。以前から言っているように、魂の波動は一人一人、同じものを持つことはない。本人から発せられる魂の波動はよく色や濃さで例えられるが、はっきりと見えるものではなく、厳密には感じ取るものだ。冒険者証明証などに宿っている魂の波動も、あれは「波」のようなものを記録しているだけなのだ。


 ただ、例えばお祖父様のような優れた戦士や、あるいは宮廷魔術士のような優れた魔術士は、優れた感知系の技能を持っている。そう言う存在であれば、明確にその人物ごとの魂の波動を見分けることも可能だろう。

 先日お祖父様と会った時、僕は以前とは比べ物にならない程の魂位を持っていたし、何より魂の波動に覇気の色が混ざっていた。問題はない。仮に王城に居る人達でも分からないだろう。

 ただ今後カー=マインとして相対した場合、これは不味い。


 そして一つ目。これが最悪だ。『縁と絆』、その「絆」が強い程人見の瞳は効果を発揮する。先程のシシスは例外として、僕にとって「絆」が強い人達が王城には居る。

 それも、とてもとても太くて強い、肉親という存在が。

 どうして今までそこに意識が向かなかったのかと自分に問いかけたくなる。


 考えれば考える程に、気を抜きすぎていた自分に気付かされる。

 もう王城からの使者は明日、明後日には到着してしまう。そこから王都に向かい、王城へ登城するまでに多少の時間があるとしても、ゆとりがあるとは言えない。


 教会に来たことは正解だった。シシスからの助言を聞けたことは僥倖だった。

 神の思し召しかどうかは分からないが、ここに来なければ間違いなく僕はそのまま王城に向かっていた。

 何とか手を打たなければいけないという焦燥が胸の中に湧き上がる。


 とにかく今は気分を落ち着かせよう。焦った状態では良いことにはならない。

 そう思い、僕は彼女達の姦しさの中に意識を投じることにした。

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