第95話 王城よりの使者
それから二日後、国王の使者である宮廷貴族マーシェル伯爵はやって来た。
彼は王家の紋を付けた馬車を
【
「此度はよくぞおいでなさいました」
「うむ。よい屋敷であるな」
「お褒め頂き光栄です」
姿を見せたマーシェル伯爵に対し、胸に手を当て礼をする。
ジャスパーになってから、貴族に対して僕が本当の意味で頭を下げたのはお祖父様、そしてティラード子爵だけだ。ジブリー伯爵に対しては敬意も敬語も無く、スーラン伯爵やフーダ伯爵に至っては敵に対するそれだ。
ただ今回は事情が変わる。目の前の貴族は正しく王城から来た、父上の命を携えた貴族なのだ。ならば礼を尽くして当然。
マーシェル伯爵はエントランスホールを一度見回すと、視線を僕に向けてきた。
そんな彼に、僕は問いかける。
「応接間にご案内致しますか?」
「私は
「畏まりました」
「では」
そう言って早速、マーシェル伯爵は懐から一枚の丸められた羊皮紙を取り出し開いた。
「国王陛下よりの御言葉である」
「はっ」
跪き頭を垂れる。
「
そう言葉にした後に差し出された羊皮紙を慇懃に受け取り、中身を確認してから巻き直し立ち上がる。
僕は微笑を浮かべて口を開いた。
「して、期日は? 記されておりませんでしたが」
「その
「畏まりました。では出来るだけ早い内に向かおうと思います」
「うむ。手間ではあろうが、これも民の勤め。承知せよ」
「ええ、無論のこと」
僕達はそこで頷き合う。
「
「ほう、それはありがたいな。馳走になろう」
「兵の皆さんもどうぞ。喉が乾いていますでしょう、果実水などお出ししますよ」
僕はそう言って離れて立っていた使用人数名に頷く。彼女達が奥に去っていくのを尻目に伯爵を席に座らせて、対面に座る。エントランスホールに置かれているテーブルは全て丸型。故に上座は無い。
椅子に座ったマーシェル伯爵は改めて広いエントランスホールを見回した。
「しかし、冒険者とはより小柄な建家を拠点にしていると聞くが、その方は違うのだな。聞くところによると、元は王侯貴族を招く為に特別に作られたタレット伯爵の屋敷だとか」
「正直に申せば、偶然です。王室御用達ベルナール商会、その城塞都市ガーランド支店長ジャルナールが後援となってくれておりまして。どこか良い場所がないかと聞けばここを用意してくれました」
「ほお。なるほど。あのお方なら納得だ」
「マーシェル伯爵はジャルナール支店長をご存知で?」
その言葉に、マーシェル伯爵は苦笑した。
「貴族でありながらこう言うも品位に関わるがな。金と言うものに関してあのお方よりも優れた者を私は知らぬ。実を言えば昔は世話になった」
「ほお。初耳ですね」
「で、あろうな。まだ右も左も分からぬ木っ端貴族であった私に、金だけでは無い、物の流れと言うものを教えてくれた。感謝の念に尽きぬよ」
「今度遠回しに伝えておきましょう。貴族様に御高説を垂れたことがあるそうだな、と」
「ははは、止めてくれ。あのお方は今でも王城や宮廷に足を運ばれることもあるのだよ」
「ああ、それは聞きますな。ではここだけの話と言うことで」
「うむ」
当たり障りのない会話ではあるが、悪い印象は無いだろう。
それから暫くして紅茶が持ってこられる。彼が一口飲む
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ジャック・グランド・ル・ジャージー・ル・マーシェル
種族 人族・人種
魂位 1273
生命力 167,126/167,126
精神力 164,526/164,526
状態:
力 5-4
速度 5-3
頑強 5-4
体力 5-2
知力 5-4
魔力 4-5
精神耐性 5-5
魔術耐性 4-7
魔術属性
光 3-3
闇 2-7
火 4-3
風 3-5
金 1-7
土 4-7
水 3-5
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
この詐称野郎。僕の素直な感想だった。これで内政官だなんて嘘だろう。
以前にも述べたが、能力等級値は第4等級で優秀、第5等級で天才、第6等級は英雄や二つ名が付けられる程に優れた者を表す。
ただ僕から言わせれば、第6等級とは「英雄になる資格を得た数値」と言う感じはある。僕が持つ6-7で“ようやく”英雄と呼ばれると。その数値を持ち、英雄と呼ばれるようになってそう思うようになった。
そして第5等級からは後ろの数値が1違うだけで意味が変わる。6-1と6-7では赤子と危険度第6段階の魔獣くらいに差がある。
閑話休題として。
マーシェル伯爵のこの数値は十分前線で通じる。戦士としての区分けで言うなら英雄の二つ前、最上位と呼ばれる。冒険者段階で言えば確実に5だ。
これは才能と努力、両方があって初めて手にすることが出来る数値だろう。高い知力だって、恐らくは内政官になってから相当鍛えたに違いない。でなければ戦士だった人がこんな数値になる訳が無い。
王城や宮廷の貴族が頭が上がらないと言うのも、恐らくは自然と漏れる魂の波動が原因だろう。これで頭が切れるなら確かに逆らえない。
「一つ、お伺いしたいのが」
「ふむ、何であろう」
「マーシェル伯爵閣下の
「ああ、それか」
「不躾な問でありますれば、不愉快なら謝罪を」
「なに構わぬ。聞かれることもあるでな」
紅茶をまた一口飲み、マーシェル伯爵は語り始めた。
「確かに幼き頃、父より武を叩き込まれた。私は嫡男であった故、いずれは戦場を駆けることを望まれていた。それに応えようと私も励んだ。励み実力を付け年を重ねた。そしていざ実際に戦の場に出て、私は国王陛下にお褒め頂く程の戦果を上げた。父にも家族にも認められた。誇らしかった」
だがな、と首を振る。
「幾度か向かった戦場で、私が武功を立て、栄誉を手にし、そして美味いものを食っているその影で、苦労している者達を見た」
マーシェル伯爵は視線を上げ、どこか遠くを見るように目を細めた。
「戦場で飯を食い、装備を整え、天幕で眠れるのはどうしてだ? それは栄誉を得る機会の無い兵士達の存在があればこそ。だが彼らはその苦難に耐えながらも評価されぬ。彼らの支えがあるからこそ武功を立てられるのに彼らは何も与えられない。
確かに彼らは武に優れた訳では無いのだろう。機会を奪われたのでは無く、元々手にする資格すら無かったのだろう。ここは武を尊ぶアーレイ王国。弱い彼らが悪い。それは私も理解しておる。だがそれを踏まえた上で尚、私は受け入れられなかった。兵とは配下であると共に仲間であり家族よ。それを踏みにじり得る栄誉のなんと虚しいことか」
小さく溜め息を吐くマーシェル伯爵。
「だから私は前線で戦うことを辞め、後方で戦うことを選んだ。上手く兵站を動かし、彼らの負担を減らし、無理をさせぬように尽力した。まぁ父からはこっぴどく叱られた。長子でありながら何を、とな。殴り合いどころか剣を抜き、技能を使用しての殺し合いにすらなったさ。武門の家だからな。不抜けた嫡子に生きる資格は無い。父は本当に私を斬るつもりだったろう。
だが私が譲らなかったことから父は折れた。その上で家を追い出された。もしその道を選ぶのであれば内政官として出世してみよとな。そうすれば家督を譲ってやると」
ははと笑う。
「その時私は幸いにも男爵位を賜っておった。そのまま王城に出仕し、後方を担当する官職を希望した。そこからは知っておるやも知れぬが、必死に食いつき評価を得て、武門の出でありながらも内政官として国王陛下に賞を賜り今に至ると言うことよ。父より出世してしまったが故に、逆に家督を継げぬようになり家名も変わってしまったがな」
マーシェル伯爵が僕を見て微笑を浮かべる。
それがどう言った感情からの笑みなのか読み取れなかったので、僕はただ合わせるように頬を上げた。
「さて長話が過ぎたな。ここで
「こちらこそ良い話が聞けました。いずれまた席を共に出来ましたら」
「ではその時を楽しみにしておこう」
「ええ」
「ではな」
そう言って、伯爵は去って行った。
彼が立ち去ったその扉を見つめたままに、ふと思う。ああいう人物を評価出来るからこそ、父上は国王として君臨しているのだろうかと。
武を尊ぶアーレイ王国の国王に最も必要なものは強さだ。
しかし以前僕が父上に述べたこともあるように、上に立つ者には武だけではなく指揮が要る。そして国王にとっての指揮とは戦だけではなく、国を纏める指揮も必要となる。国を繁栄、発展させると言う勝利を得る為に国を指揮しなければならないのだ。これは僕が王太子として学んだ帝王学からの知識だ。
マーシェル伯爵の選んだ道は、実際『善邪』に近いと思う。強き者はその強さを発揮してこそ意味がある。強いからこそ戦い敵を討ち滅ぼし、それが結果として国や家族、そして兵や民を守ることに繋がるのだから。
そう考えれば、国王に認められる程の強さを持つ彼が前線を離れたこと、これはどんな理由があろうとも愚かな行いだろう。彼の
けれど、それを踏まえた上で、僕は彼の選んだ道や
それに、結果的に彼は内政官として誰も異を唱えられない程の者へと上り詰めた。つまり彼の選んだ道や志は『善正』だった訳だ。
ナーヅ王国との戦の時、僕は兵站なんて気にしていなかった。管理は全て騎士や貴族に任せ、その結果報告だけを聞いていた。
それは本陣の指揮を執る者の行いとして当然のこと。過ちだとは今でも思わない。
そもそも領兵とはその殆どが荘民だ。奴隷以上市民未満。そういう扱われ方をされて当然の人達だ。それを仲間や家族だなんて言うマーシェル伯爵の方が異端だ。
それを理解した上で尚、マーシェル伯爵のような者は国には必要なんだなと、そんなことを思わされてしまった。
『善邪』に見えるものを正しく『善正』と認める。それが国王としての指揮の一つなのだろう。貴重なことを学ぶことが出来たな。
振り返って。僕で言えばどうだろう。
後方を支えてくれる筆頭はジャルナール。その次にサガラだろうか。いやサガラは前線として数えるべきだから、やはりジャルナールか。
以前から負担ばかりかけているけれど、今後はもっと大事にしようと心に決めた。
「お疲れ様」
思考に没頭し過ぎて気付かぬ内に側に居たミミリラがそっと寄り添ってきた。
いや、大事筆頭のお前が近寄ると大事の話が飛ぶから止めて欲しい。
そう思う僕に、ミミリラは喜びの感情を届けながら微笑んだ。何だか全く締まらない。
※
マーシェル伯爵の伝えがあってから、僕はサガラやジャルナールの協力を得ながら、ただひたすらに
先日のシシス司祭とのやり取りで判明した僕の意識の甘さ。そして危険性。これを埋める為、それこそ一日中想像し、試行錯誤しては創造し、また想像しを繰り返しようやく納得がいくものが出来た。
それが済むと、今度は出発に際して必要となる諸々の準備を整えることにした。
今更になるが、連盟には
通常
これは、今までなら単純な留守番として機能すれば良かった。
しかし
『ミミリラの猫耳』で
まぁ『ミミリラの猫耳』は
ちなみに『ミミリラの猫耳』の連盟紋は猫耳だ。ネイル達と斡旋所で連盟組織登録申請書を提出しに行った時に僕が即決した。
そんな訳で留守の際の連盟運営は問題ない。
そして僕の【
どうやら準備に要する時間が足らず、本人としては納得のいくものでは無かった様子で、まだ微妙に物足りなさそうにしていた。本来彼が求めていた儀礼服だったらどんなものが出てきていたのだろうかと非常に気になるところだ。
確かに僕が王城で着ていた儀礼服に比べたら幾つも
それでも、だ。
試着した僕の姿を見たサガラや娼婦の全員が大喜びしていたので、金貨五千枚以上の価値はあったと言えるだろう。僕としても十分に満足のいく出来栄えだ。
そんな全ての準備と休息に二日程を当て、僕達は出発の日を迎えることとなった。
※
現在僕達が居るのは城塞都市ガーランドから暫く離れた、人目の無い場所だ。もちろん【
さて今回も活躍する【
「初めてですねー」
「前々から気になってたです」
「特別感は凄かったですね」
「楽しみだな」
そして僕以上にワクワクしている初乗りの四人。対してミミリラ達三人はちょっと優越感のある表情だ。お前達三人だって最初の時ははしゃいでただろうに。
『それはそれ』
『これはこれ』
『ですのん』
そうですか。
せっかくなので、今更の余談を一つ。
この三人、
この世界では、こう言った数を決める時は最初に七が候補に上がる。これは『七つ神』からきており、冒険者で言えば
他にも
そう言った理由があるにも関わらず、躊躇い無く四人を追加した理由を三人に聞くと、こんな答えが返ってきた。
「一つの集合体でジャスパーを支える」
「そもそも集合体連携って、ジャスパーさんに合わせられる人なんて誰も居ませんよ」
「だからジャスパーが私達一つの集合体を率いる、って言うやり方の方が良いのん」
ぐぅの音も出ない程の正論だった。
特にニャムリの言葉が一番突き刺さった。ザルード領の二つ目の要衝では、三人には別働隊として指示を出し、僕は単独で突っ込んだのだから。三人の意見はご尤もだ。
「あと、女は多い方が匂いが強い」
「ジャスパーさんのお世話役が三人とか少ないって思ってました」
「最近のジャスパーは最低でも二十人くらいと寝てるからこれでも少ないのねん」
僕はここで話を打ち切った。正直こっちの方が何も言い返せなかったから。多分もう一人寝は出来ないと思うからこそ、僕は無言を貫くしかなかったのだ。
話を戻して、初の七人高速移動。
《浮かせるぞ》
全員の身体を自分の一部として認識し、【
《わぁ》
そんな声を上げる四人に注意しながらくるくる回したり急停止させたりする。
《問題あるか?》
《無いですよー》
《無いですです》
《ありません》
《良いですねこれ》
一名違うのが居たけれど問題ないらしい。
《じゃあ行くぞー》
自分に全ての
さてどうだろうか。
《調子悪くなったらすぐ言えよ》
《楽しいですねー》
《最高ですね》
《これは堪らないのです》
《これ一度乗ってみたかったんですよね》
全く問題ないらしいことを確認して、僕は更に速度を上げた。
向かう先、アーレイ王国はアーレイ地区、王都アーレイ。
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