第96話 アーレイ王国の歴史

 唐突ではあるが、ここで金の神の誓いと契約紋カラーレス・コアについて語りたいと思う。


 金の神の誓いとは、文字通り他者との約束や成すべき行いを破らぬ誓いを金の神に捧げることだ。凡ゆる契約や誓いを司る金の神は、常に誓いの言葉を耳にしているらしいので、これを蔑ろに扱うことは金の神への侮辱となる。

 この誓いは契約紋と違い強制力はないが、破った者は周囲からの信用を著しく失うし、金の神の怒りを買う恐れがある。


 契約紋とは、互いに約定を結び、それを破れぬよう金の神に願うことで互いの身体に契約の文様を刻んだものを言う。これは約定を“破ろうと思い実行しようとした時点”で魂が崩壊し、世界へ還元することになる。


 さてこの契約紋、実は簡単に無くすことが出来る。方法も簡単。お互いにその約定を無かったことにしようと了承し合えば良い。強制的に相手に了承させようとする行為はもちろん許されないが、その認識を以て金の神に願えば契約紋は消える。

 これは普通に認知されていることだ。


 だが、これと同様のことが金の神の誓いにもあることはあまり知られていない。


 昔、とある夫婦が居た。

 この夫婦は婚姻の際に、生涯の誓いを金の神に立てた。

 しかし時は経ち、夫婦は様々な理由から段々と互いへの情愛が薄れ、もはや同じ空間に居るだけで苦痛を感じるようになった。だが、金の神に立てた誓いを反故にすることだけは出来ない。夫婦は金の神の信仰者でもあった為、その意識は普通の人よりも強かったから尚更だ。

 だが、どうしても耐えられなくなった夫婦は二人で同時に金の神に誓いを破ることの許しをい、そして離縁した。それから夫婦はただの知人としての距離を保ったまま生活を送っていたが、何事も無く生涯を終えたと言う。


 どうしてこんな記録が残っているかと言うと、その婚姻と離縁を行った場所が金の神を奉る教会だったからだ。事が事だっただけに、教会はその後の夫婦の様子を事細かに記し残していたのだと言う。

 この記録、かなり信憑性が高いのだ。何故なら、金の神の偉大さを知らしめたかったら「罰が下った」と記す筈だから。それでありながら、金の神への誓いを破った者が居るにも関わらず、教会は「何事も無く生涯を終えた」と記し残している。


 この記録は国が認めた公的な書物として王侯貴族向けに販売されている。一般にも売りには出されているが、非常に高額なこともあってその数は極端に少ない。


 長々と説明したが、何故僕がこんなことを言い始めたかと言うと、僕達が王都に向かうことが決定した時のことだ。僕からミミリラに金の神の誓いと契約紋の緩和を申し出たのだ。


 五層の城壁に囲まれた王都の総人口は凡そ三百万。住んでいるだけでこれだ。日々出ては入る人を数えたらそれどころじゃ済まないだろう。

 そんな中を歩く以上、男と決して触れないと言う誓いと契約を交わしているミミリラは常時命の危機に晒されることになる。男に触れることを許すつもりは無いが、今更ミミリラをうしなうことは僕としては非常に嬉しくない。


 なので、僕は「不可抗力以外で男に触れない、不可抗力であっても男に身体を許さない限りは問題ないことにする」と言う内容に緩和しようと申し出た。そしてミミリラから全力でお断りを食らった。そのままで構わないとはっきり断言されてしまったのだ。

 前述の通り、金の神の誓いも契約紋も、互いに自発的な了承が無ければ変更したり無くしたりは出来ない。なのでミミリラに了承して貰わなければ、掠り傷一つで即死の場所にミミリラを連れて行かなければならなくなるのだ。


 その辺りを懇懇こんこんと説明しても断固として聞き入れようとしなかったので、仕方無く夜にベッドの上で綿密な話し合いと言う名の説得を行い、朝方になってようやくこちらの意を汲んでくれた、と言う経緯がある。


 そんな感じで長くはなったけれど、僕達は王都へとたどり着いたのだった。



 ※



 王都アーレイ。五層にもなる頑強な城壁に囲まれた人口凡そ三百万を擁する、アーレイ王国最大の大都市。

 城壁内には広大な農耕地だけではなく、商業地区に工業地区が大きく区切られており、王都だけでも国が成り立つと言われる程に全てが備わっている。

 当然の如く冒険者や傭兵も数多くがここに活動拠点ホームを置いている。巨大な斡旋所は七つあり、それでもまだ冒険者達の業務を処理する収容空間キャパシティーが足りない程だと言う。日々市民や商人や職人、凡ゆる商店や貴族からの依頼が常に舞い込んでおり、冒険者達にとっては楽園とも言える程に仕事で溢れている。


 そんな場所に足を踏み入れた僕達の最初の感想は至って簡素なものだった。


「人多すぎ」

「うん」

「ちょっときついですね」

「もう宿で休みたいのねん」

「うーん、あんまり嬉しくはないかなぁ?」

「私はちょっと遠慮したいかしら」

「右に同じくです」

「あ、あれ美味しそうですね」


 一名おかしい狸耳娘が居たが、ジャスパー集合体パーティー全員がほぼ同じ気持ちを抱いている様子だった。


 当然のことながら、僕は王都を自分の足で巡るなんてしたことが無かった。十年間王城で暮らしてはいたが、王都を見る機会なんて馬車に乗って小窓から覗くくらいのものだった。

 それだって喧騒を眺めると言うものではない。なにせ王太子が乗る馬車だ。凡ゆる人が道を譲り跪く。だから人々の営みと言った風景を目に映すことなんて一度足りとて無かった。

 だからこそ、初めて城塞都市ガーランドで自由を手に入れた時は心が躍ったし、今回もいざ王都に足を踏み入れるという瞬間はその時以上の期待感に胸躍らせていた。だってそうだろう。自分が生まれ育った都市、その雑踏の中を、ありのままの光景を見ることが叶うのだから。


 と、まぁそんな気持ちで王都に入った僕の心は見事なまでに砕かれてしまった。


 五層目と四層目は良かった。ここは殆どが牧草地や農耕地。都市を出入りする多くの人の通りこそあれど、穏やかな風景がそこにはあった。

 空気が変わったのは三層目からだ。

 三層目からは商業地区と工業地区が始まり、密集した住宅街の景色も広がっていく。そして三層目には斡旋所が二つあり、冒険者や傭兵の姿も見え始めるし、連盟拠点も存在する。

 気持ちとしては三層目に城塞都市ガーランドの総人口をぶち込んだ感じだ。実際三層目の人口は五十万を超えるので、ガーランド以上の人口が居ることに違いない。


 もうこの時点で眉をひそめ始めていたのだが、二層目は三層目に輪をかけて酷かった。特筆すべきことはないが、商業地区と工業地区の割合が減り、そして商店や住宅の数が増えていく。冒険者や傭兵の数ももちろん増えて行き、密度と言う意味では三層目とは比べ物にならなかった。

 そこを通り越して一層目、王都中央地区に入った時に思わず溢れた言葉が先のものだ。


 人、人、人。商会に商店、出店に行き交う荷台に馬や馬車。歩いている人も多くの種族がおり、そこに様々な職の者達が特有の格好で歩を進めている。

 これ、ミミリラに誓いと契約紋を緩和させておいて正解だったな、と心から自分の英断を称賛した。


 そんな景色を眺めながら、僕はぽつり呟いた。


「これどうするかな」


 実を言えば獣娘七人には【五色の部屋サン・ク・ルーム】を纏わせているので誰かに触れられると言うことはない。だから別に雑踏を気にせず露天巡りなりなんなりしても良いのだが、本当に人が多いのだ。

 今まで城塞都市ガーランドを主に住んでいたから余計にそう感じるのかも知れない。でも城塞都市ポルポーラだって相当の大都市なのに、これ程に密度を感じることは無かったんだけどな。


 取り敢えずここに居ても仕方が無い、この後の行動を決めよう。


「皆に選択肢を与えよう。選択一、のんびり宿を取る。選択二、早々に宿を取る。選択三、今すぐ宿を取る。ちなみに俺は選択三だ」

「三」

「三で」

「三なのねん」

「三だよー」

「三の一択ですね」

「三ですです」

「宿のご飯期待しちゃいますね」


 膝枕をしたら胸で顔が見えない獣娘が斜め上の返答をしているが、皆気持ちは一緒らしい。


「じゃあ行くか」


 確か宿場街があった筈なので一先ずはそこに向かおう。


万視の瞳マナ・リード】で場所を探し、真っ直ぐそちらに向かう。

 たどり着いた宿場街は正しく宿屋の建物が広い道にズラリと並んでいる。王都の主要道は基本的に広く取られているが、ここは殊更に広い。恐らくは王都外から来る貴族や商団の馬車がゆとりある止め方を出来るようにしているのだろう。


 そんな中で、僕は最も見栄えの良い巨大な宿を選ぶことにした。

 別に贅沢をしたい訳では無い。純粋に八人が同じ部屋に泊まるにはそれくらいの高級宿じゃないと用意されていないと思ったのだ。

 商団用や金を持つ家族連れ用の大部屋程度なら違う宿でもありそうだが、それだと室内の広さに限界があるだろうし、何よりベッドの数や大きさ、そして質に問題が出てきそうだった。


 高級宿には、貴族などが多数の高級娼婦を呼ぶことを前提としたかなり広い部屋があると聞くので、それが目当てだ。ちなみに教えてくれたのはとある最高級娼婦三人だ。

 宿に入って確認すると、運が良いことに一番高い部屋が空いていたようなのでそこを取ることにした。

 実は宿に入った時点で使用人や責任者にはかなり訝しげにされた。それもそうだ。貴族御用達の高級宿に良く見ても中位冒険者みたいな風体の男と、外套で身を包んだ女七人が入ってきたのだから。まぁ白金貨千枚、つまり金貨一万枚相当の金を見せたらとても良い笑顔で部屋に案内してくれた。

 危険度第5段階の魔獣の素材をジャルナールに引き取って貰っておいたのが見事に功を奏した。


 さて、と早速ベッドに寝転んで天蓋を眺める。すぐさま女衆七人が身体に纏わりついてくるのが心地よい。膝枕をしてくれているパムレルは相変わらず顔が見えない。

 そんないつもの状態を保ったままに、考えに耽る。

 この後は実際どうするか。見てみたいところは幾つかある。王都の斡旋所もそうだし、ベルナール商会の本店も見てみたい。色々な服飾店や武具屋もそうだ。ミミリラ達が楽しみにしていた茶菓子のある商店も行かなければならない。


 それに、先程文句を垂れに垂れた街並み、その中をゆっくり歩いてみたい気持ちがあった。

 何故なら、王都の第一層はアーレイ王国生誕の地になるのだから。



 ※



 王都の第一層目。ここは別名『王都中央都市』と呼ばれている。

 王都の中なのに何故都市と呼ばれるのか、それはアーレイ王国がこの第一層目から始まったからだ。つまり、この『王都中央都市』そのものがアーレイ王国だったのだ。

 城壁を作り替えたりでその領域こそ多少広げたものの、城の位置などは建国当初そのままらしい。


 少し、アーレイ王国の歴史について語ろうと思う。

 アーレイ王国を語るには、御三方と呼ばれる三人の国王を語らなければならない。


 先ず、アーレイ王国を建国した初代アーレイ王。

 この御方は、元々は別の大陸から初代王妃を連れて旅人としてこの地にやって来たらしい。前に居た大陸では登頂者バベリア、つまり天至の塔バベルで生計を立てることを専門とした冒険者をしていたとか。


 そしてこの地で知り合った小国の人々に懇願される形で王となり、周囲にあった小国や種族の里を併合してアーレイ王国を建国したらしい。

 この時点でのアーレイ王国は非常に小さいもので、人口も百万程度しかいなかった。当時のこの大陸はそもそも都市国家が基本の時代なので、今で言えば城塞都市が国だったのだ。

 つまり、先程述べたように王都の第一層目がアーレイ王国の領土だった訳だ。


 初代国王は自分が王座に就いている間に、この人口を一千万人に増やした。つまりそれだけの国を滅ぼし領土を広げたのだ。

 これは別に領土を広げると言う大望があった訳ではなく、ただ敵対した国を滅ぼしている内に自然と増えていった結果らしい。


 前知識として、この時代は大中小と、様々な規模の国が乱立していた。

 そしてアーレイ王国の人口百万人とは、小から中規模国家に入る。しかし、小規模国家や種族の里がいきなり併合して、しかもその王になったのが違う大陸から来た人だ。それはもう目立ったらしい。だからこそ、最初の数年はかなり周辺国家から攻め込まれたらしい。そしてその数年でかなりの周辺国家が消えていった。


 残された様々な文献から推測すれば、初代国王の能力等級値は確実に7の上辺りはあった。つまり7-6か7-7だ。

 そして初代王妃の日記には、魂位レベルは最低でも十万はあったと記されているのだから、まぁ止められる国がある訳もない。アーレイ王国に手を出した国は一切の例外無く滅びていった。


 もし初代国王に領土侵攻する大望があった場合、この大陸全ての領土はアーレイ王国になっていただろうとは全ての魔導士が語るところだ。

 仮に僕含め、各地で記録に残る英雄達が全て集まっても初代国王には瞬殺されるだろう。それ程に化物だったのだ、初代国王は。


 初代国王の政策と言うか、本人の行動理念は一貫していた。

 敵対したものは必ず殺す。敵対したものに味方したものも必ず殺す。逃げれば大陸の端まで追いかけてでも必ず殺す。遺恨を残さぬように徹底的に殺し尽くす。後はどうでもいい。こんな感じだ。


 本人が大臣などに残した言葉がそれを物語っている。


「この世は弱肉強食。食うか食われるか。負ける奴が悪い。死ぬ奴が悪い。俺の言葉を間違っていると言う奴を殺せばいい。そいつらを殺せばいい。文句を言う奴が消えれば皆が俺の正しさを理解するだろう。

 あるいは誰かが俺を殺せばいい。それもまた俺の言葉の正しさを証明することになる。覚えておけ、どんな理由があろうともこの世は食われた奴がよこしまなんだよ」


 この言葉通り、初代国王は敵対する者は全て殺していった。他国が滅びた理由の大半もこれにある。急激に領土を増やしていったことを妬んだ国が文句を言ってくれば、数日後にその国はなくなっていた。

 それを繰り返していく内に、自然とアーレイ王国は領土を増やしていき、建国してたったの十数年で近隣諸国で最も大きな国へと変貌した。


 結果的にだが、この時代のアーレイ王国は本人が意図しないところで絶対王政を敷いていたと言える。

 その代わり、領土拡大が収まった頃から初代国王が崩御するまでの間は内乱や侵略は一切無かったと言う。

 これは二代目国王の治世を強く助けることとなり、三代目国王の治世が大きく乱れる原因となった。


 初代国王は化物のような強さと冷酷さを持った人だったが、敵対しない者には非常に寛容だった。理不尽な命も下さなければ圧政も敷かず、基本的に内政は臣下に任せ、自分は国内外問わず、敵対する者達を滅ぼしていっただけだ。

 臣下もまた国王に罰せられることを恐れ、至って潔癖な政治を貫いたらしい。


 そもそもこの御方自身、自分が国王だなんて思っていなかった節がある。

 よく街に下りて食事をしていたり、場合によっては市民の手伝いをしたり子供と遊ぶことすらあったという。子供に泥団子をぶつけられても声を上げて笑っていたとか。この辺りは登頂者バベリアと言う、冒険者特有の気安さがあったものだと思われる。

 その為、恐ろしいを通り越した化物ではありながらも、国民にとってはこの上なく頼りになる存在だった。


 二代目国王。

 この御方は初代国王のことを父として慕い、国王としては崇敬していたと言う。

 この御方が王座に就いて主に何をしたかと言えば、初代国王によって急激に広がった国を纏める為の法の整備や、適切な人材に官職、爵位と領地を与えていった。その一環で斡旋所の基礎が生まれたのもこの頃らしい。

 このことから、二代目国王はアーレイ王国の土台を作ったと言われている。


 二代目国王の母である、初代王妃はとても教養に優れた御方だったらしく、その御方に教育を施された二代目国王はとても優れた知性と理性を持っていたらしい。

 己で法を考え、それを周囲に見せ意見を求め、返って来た言葉を自分の中で噛み砕き最適な法を作り出した。叙爵もそう。曖昧なままの領地などは、己がきちんと見極めた人材に爵位と領地を授与していった。


 そんな至って落ち着いた空気を出す二代目国王だが、初代国王の実子であり、初代国王のやり方を見て育った国王だ、もちろん彼の辞書に容赦と言う文字は無かった。


 いつの時代も新しい法や決まりに不服を唱える者が居る。

 母である初代王妃に似た穏やかな性格と施された教育がある二代目国王は、そういった不服の声にきちんと耳を傾けた。

 そしてそれが不服を唱える者の利己的な上奏だと判断した瞬間、その者をその場で斬り殺していたと言う。無論その者だけでは無い、その一族含めての鏖殺おうさつだ。


 初代国王の言う通りだ。文句を言う奴は全て殺せばいい。下らない文句を言う者に類する者全てを殺せば同じ文句は出ないだろうと言う、二代目国王なりの解釈による行動だった。そこに一切の慈悲は無い。何故なら初代国王の言葉通り、死ぬ奴が悪いのだから。


 まぁこんなことをすれば臣下の誰もが国王に対して意見を言わなくなるのが普通だが、二代目国王はそれを防ぐ為にこう言ったという。


「誰も何も言わぬ。それはつまり今の国の在り方が正しいと語るも同然。ならば私も何もするまい。但しその在り方が過ちと判断せざるを得ぬことが起きた場合、この場の皆とその一族には罪を償って貰うことになるが、よいな?」


 この言葉は効果てきめんだったようで、それからはまた国を良くする為の話し合いが盛んに行われることとなった。

 二代目国王はそれらの言葉を聞き、きちんとした国作りを続けた。

 もちろん真っ当な意見を述べる者達を罰することは無かったし、それを理解した臣下達も安心して国作りに貢献した。

 こんなこともあり、順調にアーレイ王国の土台は築かれていった。


 この二代目国王もやはり初代国王と同じで、敵対しない者には非常に寛容だった為、真っ当に生きる貴族や民からは有難がられていた。

 二代目国王の治世は、初代国王が存命だった為に一度も他国からの侵略は無かった。だからこそ落ち着いて国の土台作りが出来たと言える。


 三代目国王。

 現在のアーレイ王国を完成させた御方だ。

 この御方もまた二代目国王同様、祖父である初代国王を心底敬愛していたと言う。お爺ちゃんっ子だったらしいので、父のそれを超えていたかも知れない。だからこそ、祖父が築いたアーレイ王国に対する愛国心は凄まじいものがあったらしい。


 この御方が国王の座に就いて暫くして、初代国王は崩御なされた。

 初代国王は周辺国のみならず国内でも酷く恐れられていたので、案の定と言うべきか、その死後、二代目国王の治世含めて不服を持っていた者達が一斉に蜂起し始めた。

 各地で反乱が起き、それと併せるようにして他国からの侵略も始まった。


 外からも中からも攻められるそんな中、三代目国王が最初にしたことは反乱を起こした貴族などを征伐することだった。

 彼は反乱を起こした領主、それに味方する騎士、兵、そこに住む市民の全てを皆殺しにした。その貴族に僅かでも味方した者は鏖殺したのだ。この行動には初代国王の「敵は全て殺してしまえばいい」と言う教えが伺える。


 但し、三代目国王は愛国心に溢れた御方でもあった。

 全てとは言ったがこの時「関係ない者は王都か近くの城塞都市に移れ」と貴族の血縁、騎士や兵、民に対して“一応の”勧告はしたらしい。残った者を敵対者として判断すると。

 まぁ逃げたくても逃げられなかった者も居ただろうが、その時は国内で四つの領主の叛逆はんぎゃくと、五つの国からの侵略をほぼ同時に受けていた。言い方は悪いが、逃げられなかった民を生かす為に手を打つ悠長な時間なんて無かったのだ。


 後に分かったことだが、この反乱と侵略、全て裏で繋がっていたようで、だからこその同時攻撃だったと言う訳だ。この時完全に三代目国王を殺し、アーレイ王国を滅ぼす目論見だったらしい。

 アーレイ王国が周辺国家からどれだけ恐れられ、恨まれていたかの証明でもある。


 そう言う状態だったので、敵じゃないかも知れない数万、十数万の民の為に数百万の民を殺す選択肢は三代目国王の頭には初めから無かった。

 だが時間が無いからと言って、叛逆者に味方した有象無象を逃がすつもりは無かった。だからこそ、敵対認定した者を逃がさぬ為に、一切の問答無しに殺していったらしい。

 まぁ初代国王の「何があろうと死ぬ奴が悪い」という考えも根底にあったのは間違い無いだろうし、敬愛する祖父が築いた国で馬鹿をした奴らに対する激情はかなりあったと思う。何より大好きな祖父が亡くなってすぐに襲ってこられたのだ。よく勧告するという慈悲と理性が残っていたものだと感心する。


 そして、この三代目国王の征伐が終わる頃には世界へ還元されていった市民の数は百万を優に超えていた。実際に叛逆した貴族や反乱に加わった国内の兵士、侵略してきた他国の兵士と合わせると、この時だけで数百万の人の命を奪ったことになる。

 当時他国では、三代目国王を殺戮王や初代アーレイ王の再来と呼んでいたらしい。三代目国王にとっては最上の賛辞だったことだろう。


 但しこの時、アーレイ王国自体もかなりの被害を受けた。

 三代目国王も英雄並の力を持っていたが、初代アーレイ王のように数時間程度で他国に到着、滅ぼしその日の内に王城に帰って来るなんて化物のようなことは出来なかった。なので、反乱を征伐している間や侵攻してきた軍一つの相手をしている間に領地が幾つも奪われてしまったのだ。


 厳密な記録は当時も難しかったのだろう、詳細には残っていないが、千百万から二百万程度居た国民は、全てが終わった時には六百万も残っていなかったらしい。

 まぁこの内最低でも二百万は三代目国王の手によるものだが、敵軍の侵攻が相当の規模と速度だったようで、それが原因の一端であることは間違いないだろう。


 その代わり、侵略して来た他国の軍はその殆どを三代目国王に滅ぼされている。

 侵略してきた五カ国は士気を高める為か同時侵攻してきた国々への体裁ポーズかは分からないが、全ての軍を国王が率いていた。

 つまり、五カ国はこの戦で全ての国王を三代目国王に殺されているのだ。どちらが大打撃を受けたのかは判断が難しいところだろう。

 加えて言えばこの五カ国は数年後、怒り狂った三代目国王に全て滅ぼされている。

 三代目国王はこの戦いで著しく技能値を上昇させ、数百万人分の経験値を得ていたので、恐らく五カ国は手も足も出ずに滅びたことだろう。


 さて、一連の騒ぎが収まった後、あまりに多くの民を殺めたことに対して諸侯からの上奏があった。事情はあるが他にやりようがあったのではないかと。

 そんな諸侯の上奏に対し、三代目国王はこう一蹴した。


「不服があるなら余を殺し貴様が国の王となり民を導くのだな。但し貴様らが矛を手にした時、貴様の一族に民は全て余の敵となると知れ。ここは偉大なる初代アーレイ王が築いたアーレイ王国。言葉を通したければ余を殺してから存分に語れ」


 所謂『アーレイの掟』はここで確立された訳だ。


 この三代目国王の征伐の後、国内で反乱を起こすものが出てくることは無かった。もしそういった考えを持つ者が居たら、例え家族であろうともその場で殺すか引っ捕えて領主か国王に差し出した程だと言う。

 まぁそれもそうだ。その者が変なことをすれば、怒り狂った国王によって誰彼構わず皆殺しにされるかも知れないのだから。領主は差し出した者に破格の報酬を授けたとさえ言われている。

 とは言え、時代が変わればやはり似たようなことは起こる。その度に、時の国王は三代目国王に倣って征伐し、場合によっては領地ごと滅ぼしてきた。


 余談にはなるが、三代目国王の行いに関してはちょっとした裏話がある。

 先程述べたような行いを平然と行う三代目国王も、実は己の行動に悩んだ時が度々あったと言う。

 例えば三代目国王が国内の征伐を終え一度王城に戻った際、父である二代目国王に相談したと言う。


「父上、私はお祖父様がお築きになられた国の民を減らしてしまいました。私はお祖父様にお叱りを受けてしまいますでしょうか?」


 それに対し、二代目国王は笑いながらこう答えたと言う。


「逆に考えるのだ。父上のお築きになられた土地に住まいながらも国に反旗を翻すなぞ、それ最早アーレイの民に在らず。それ以外の民もそう、例えどんな理由があろうとも死んだ者が悪いとは父上の尊いお言葉。故に減ったのではない、初めから我が国の民なぞそこには居なかったと考えるのだよ。むしろ父上ならばお主の行いを褒めて下さっただろうよ」


 それを聞いた三代目国王は瞳を輝かせて頷いたと言う。


「で、ありますな。では私はこれより国外の害虫を処理して参ります」


 この会話の記録は、同席していた二代目国王の王妃が日記に記していたものとなる。目にすることが出来るのは国王と王妃、王太子だけだ。


 ここから読み取れるのはつまり、三代目国王の背中を陰で押していたのは二代目国王とも言える。

 このやりとりに関して、嘗て父上が笑いながら言っていたことがある。「初代国王は無感情に人を殺し、三代目国王は激情に人を殺し、二代目国王は笑顔で人を殺す。どなたが最も恐ろしいのか分からんな」と。


 四代目国王の治世に移る頃には、もう完全にアーレイ王国、そして国王の権威と権力、法や規則の全ては完結していた。三代も同じ政策が続けばそれは国策となり、国の風潮が染み付いていくに十分な期間となるのだ。

 つまり、武を尊ぶアーレイ王国とは初代が土地を拓き、二代目が土台を作り、三代目が完成させたことで生まれたのだ。

 そのことから、この三人の国王を御三方と呼ぶ。

 僕は以前父上が御歴代最強の国王と言ったが、それはこの御三方を除いてのことになる。この御三方の強さは比較するものでは無いのだ。


 折角なのでもう一つ、この国に於ける国王と諸侯の関係性を表しているものを語ろうと思う。

 これは以前、城塞都市ザーケルからの帰り道で語った、自主的な国王への地代年貢収めのことだ。


 年に一度行われる領主から国王への地代収め。これは以前も述べたように、全てが自主的に行われていることであり、初代国王を始めとして誰一人強制もしていないし圧力もかけていない。


 この慣習が始まったのは、遡れば初代国王の治世になる。

 初代国王は本人が望まぬままに急激にその領土を広げた。そして封建主義と言う形こそ執っていたものの、基本的には「領地を支配したい奴がいるなら勝手にしろ」と言うやり方で、領地は属国のような扱いだった。つまり、帝国主義、皇帝制に近い形だったのだ。

 またそれらの扱いについても、大臣や官職に就いている者達に采配は任せていた。


 そんな折、とある領地が隣国から攻められた。

 国境を接していた領主は初代国王に助けを求めたが、初代国王はその懇願を一蹴した。「お前の領地だ、自分で何とかしろ。出来ないなら死ね」と。

 これは原文であり、本当にそう言ったらしい。初代王妃の日記に惚気と共に記されている。初代国王にとって自らが守るべき民とは、国王直轄領の中だけだったのだ。


 暫くしてその領地は隣国に奪われ、領主一族は滅びた。

 初代国王が出てこなかったことにこれ幸いとでも思ったのか、その隣国はそのままの勢いで再びアーレイ王国の領土を攻めた。その時攻め入られた領主も、やはり初代国王に救いを求めた。

 初代国王はその領主の懇願を聞き入れ腰を上げた。

 それから数日もしない内に敵軍どころかその国ごと滅ぼし、アーレイ王国はまたその領土を増やすこととなった。


 初代国王が何故最初の領主の願いを一蹴し、次の領主の願いを聞き入れたのか。そこには地代と言う捧げ物の存在があった。

 別に初代国王は地代になんて価値を見出していなかったが、「貰った物があるなら仕方無い助けてやるか」程度の義理人情はあったらしい。この領主自身は完全に自主的に地代を収めたことがあり、それに対して応えたと言うことだ。


 これを知った各地の領主はこぞって国王に地代を献上するようになった。献上していれば何かあった時に助けてくれると思ったのだ。

 当時はまだ様々な国家が乱立していたし、そもそもアーレイ王国自体が国としての体制を整いきれていなかった。いつどこから攻められてもおかしくない時代に生きる領主達からすれば、国王に助けて貰えるかどうかは死活問題だったのだろう。


 そして何度も言うが初代国王は地代なんて別に欲していなかったし、いきなりばらばらに持ってこられて煩わしかったのだろう、「こんなに要らん。それと持って来るなら皆で併せて持って来い」と言ったという。

 ここから各領主で話し合い、地代は年の税収の一割、そして光の月、光の週、光の日、つまり年の始めに収めようと決まった。


 これが現代にも続く、領主から国王への自主的な地代収めという訳だ。


 僕個人としてはこれ、もう不要だと思っているし、父上も嘗てそう口にされていた。なにせ今は昔と違い、どこかの領地が攻められればそれはもう国への攻撃と同義。領主が救いを求めなくとも国から兵が出る。この地代の元々の意義が無くなっているのだ。

 だが、領主達はそう捉えていなかったらしい。


 何代も前の国王が領主達に「地代不要」を通告した。

 それを知らされた四公三侯含めた全ての領主が「この慣習は無くすべきでは無いのでお考え直しを」と上奏したという。くどい程に言うが、国王は決して圧力なんてかけてない。完全に領主達の判断による上奏だ。


 領主達が何故自分達にとって都合が良い筈の「地代不要」を上奏してまで止めたかと言えば、契約事と同じだ。

 契約とは代価や対価があって初めて成り立つ。このどちらかが無代であれば、その無代である方はいつ契約を捨ててもおかしくない状況にある。なにせ相手からは何も貰っていない、契約を守る理由が無いからだ。


 領主達が恐れたのもそれ。万が一何かがあった時に、国王から「お前の領地だ、自分で何とかしろ。出来ないなら死ね」と言われては堪ったものではなかったのだ。

 半分くらいは「まさか初代アーレイ王の治世に国政を戻すのか」という不安もあったのかも知れない。変な言い方をすれば、国王直轄領は国から独立するからお前達は勝手にやれ、と言われたと。


 まぁ四公爵に関しては「他の領主が不安になるし、折角そのやり方で数百年国が安定しているんだから変える必要は無いですよ」と言う意味での上奏だったとは思う。何故なら、公爵家は別に独立しても問題ない程の力と戦力、生産力を持っているのだから。

 ああいや、国力として考えたら激減して他国に攻め入られる危険が増すから、本音ではあったのかな。


 そんな訳で、この不要な慣習は現在でも続いているという訳だ。

 この国で最も恐ろしいのは国王に違い無いが、最も頼りになるのもまた国王であることは間違いないのだ。

 力の無い国王がこの国で最も価値が無い理由もここにある。



 ※



 結局決まったその後の行動としては、到着したばかりだし今日は控えめにして明日以降のんびり王都を巡ろうということになった。

 暫く休んだ後に、宿の責任者に美味しい茶菓子が楽しめる商店を教えて貰い、夕餉は外で取ってくるので要らないと告げて僕達は再び街へと足を運ぶことにした。

 もちろん街に繰り出す前に、王城に出向いて到着と宿泊宿の報告はしておいた。


 そして実際に街を歩いていると、雑踏に苦しめられると言うことは無かった。恐らくではあるけれど、僕やミミリラ達三人の持つ魂位から生まれる魂の波動がその他の人を無意識に押しのけているのだと思う。

 先日のマーシェル伯爵もそうだし、城塞都市ポルポーラで会ったドドルもそう。お祖父様なんて言わずもがな。強者と言うものは自然と強い魂の波動が漏れている。そこから考えれば、ここには英雄級の魂の波動を持つ人が四人も纏まって歩いているのだ。それはもう皆が自然と避けていく。


 これは便利だと思いながら、人波の間を歩いていく。

 こうしてのんびり眺めることが可能となれば、視界に入る景色を良いものだと楽しむことが出来る。自分の生まれ故郷という美化が多分に混じってはいるだろうが、それでも構わない。良いものは良いのだ。


 それから幾つかの服飾店を見た後に、宿の責任者から教えて貰った商店に向かった。紅茶を喫茶しながら菓子を食せる商店で、所謂喫茶菓子商店カフェ・パティスリーだ。

 ここは貴婦人御用達の商店らしく、普通なら市民は入れないし、男の冒険者なんて先ず立ち入らない高級店だ。


 しかし僕は宿の責任者から紹介状を貰っているので、それを見せれば商店の上階、特別に作られたバルコニーに案内して貰えた。そして「全種類の茶菓子や甘味を八人分」と注文した結果、次々に持ってこられる数々のそれ。

 高級な材料を使い、腕の良い菓子職人の手によって作られたのだろう。一つ一つが美しく形作られており、一口食べれば上品な甘さが口内を満たし、芳香な菓子の香りが鼻腔をくすぐった。飲み込んだ後もその余韻は続き、最後の最後まで味と香りを楽しませてくれる。そこで紅茶を一口飲めばもう言うことは無い。

 獣耳娘達七人も相当気に入ってくれたようで、綻んだ表情も伝わってくる感情も喜び一色だ。無表情で食べるミミリラが一番喜びの感情を迸らせているのが、何ともなぁと思った。


 商店内の菓子類が全て出された後に、僕はもう二回全商品を頼んだ。流石にこの場で食べる訳ではなく、【僕だけの宝物箱カラーレス・ジュエルス】に収納して後でミミリラ達が望んだ時に食べさせる為だ。

 それら全てを終わらせて僕達は商店を出た。嬉しそうで微妙に固まった笑顔を浮かべた使用人達に見送られながら。

 いや、しかし流石高級菓子店。注文した数もあるだろうけれど、あっさり金貨百枚以上が飛んでいった。男爵が多く貰える年収の一月分がぽんと消えてしまった。

 冒険者四人が酒場食堂で腹一杯飲み食いして掛かる金額が金貨一枚と言えばその意味が分かるだろう。


 それから斡旋所の一つに足を運んでみた。

 もう外観からして「ここはどこの豪邸だろう?」と思う程に大きな建物だった。中に入っても、もう城塞都市ガーランドとは何もかもが違う。エントランスホールかと見まごう広さで、受付は十数以上もあり、壁一面には依頼板がずらりと張り巡らされていた。中に居る冒険者や傭兵の数も凄まじいものがあり、足を踏み入れた瞬間に引き返しそうになってしまった。


 一応色々な依頼を眺めたり、所内にある書庫に入ったり、その他諸々の部屋も巡ってみた。やっぱりここは斡旋所じゃないだろという気持ちで一杯だった。

 一番違うな、と思ったのが斡旋所内に食堂が無いことだった。そんな場所に空間を使うくらいなら違う用途に回す、と言うことだろう。新鮮と言えば新鮮だった。


 斡旋所から出て今度はベルナール商会の本店に行ってみたが、これまた「これが王室御用達商会の本店か」と思ってしまう程に巨大で豪奢な建物だった。しかもここは城塞都市ガーランド支店と同様に、他の場所に引き取り場や関連商店が幾つもあるらしい。ジャルナールは支店よりここで商会長してる方が似合ってるなと心から思った。

 ここには別に用事は無いので外観だけ見てすぐに離れることにした。どうせ中で売っているのは貴族向けの高級な装飾品や調度品、後は服飾と家具類だ。


 そして最後、強く興味を抱いていた場所がある。

 城塞都市ガーランドに於ける傘下三連盟のように、王都にもやはり大手連盟と言うものがある。それは王都の中央に近づけば近づく程に質と規模が大きくなっていく。つまり、ここ第一層に連盟拠点を置く連盟は王都だけではなく、国内で最高峰の規模と質を誇る連盟と言うことになる。


 もちろんそんな連盟同士で同盟パートナーズも組んでいる。全ての連盟が組んでいる訳ではなく、幾つかの同盟で勢力は分かれているらしい。

 その中で最も巨大勢力を誇る同盟がある。その同盟名パートナーズネームを『月夜の杯エンゲージ』と言う。更に、その同盟の中で中心的な役割を果たす連盟があり、その連盟名ギルドネームを『英雄譚ヒロイックサーガ』と言う。

 この連盟は王都では知らぬ者が居ないと言われる程の歴史と実力を誇る。連盟長なんて二つ名を持つ程の強者らしい。


 そんな連盟の連盟拠点だ、一度見てみたい気持ちがあった。

 それに連盟拠点内では連盟員以外への技能指南も連盟の業務として行っているらしく、中々に面白いことが経験出来そうなのだ。


 と、いざ足を運んだは良いものの、僕は連盟拠点の前で二の足を踏んでしまった。

 先ず、とにかく大きい。華美な外観と言う訳ではないが、階数もあれば奥行もある。試しに【万視の瞳】で確かめて見れば、中は相当の人で賑わっていて、恐らくこれは直接依頼に来ている人や指南を望む冒険者達も含まれているのだろう。

 奥の方には訓練場みたいな空間もあるし、そこにも多数の人が居る。こんなところに飛び込む気持ちにはなれない。


 空を見上げると、まだ日が沈むまでは暫くありそうだった。

 しかし今日はそこまで王都を巡る予定は無い。


「一旦宿に戻るか」


 そう言って、僕はミミリラ達を連れて宿に足を向けることにした。

 まだ食事には早いし、かと言って主だった行きたいところは見た。ならばもう夕餉の時間まではのんびりするべきだろう。


「賛成」

「ですね」

「のんびりするのん」

「いいですねぇ」

「ですです」

「疲れは無いですけど気疲れしますね」

「視線が多すぎて疲れますね」


 相変わらずパムレルだけは方向性が違う発言をしているが、まぁ仕方無いだろう。

 パムレルだけではないが、彼女は身長が高いし顔が良い、そして胸が大きい。外套を羽織っていても押し上げる胸元なんて、そりゃあ色々な意味で視線を集める。そしてサガラは感知能力に優れているので、煩わしさの一つも生まれるだろう。



 ※



 それから宿に戻り、暫く七人とごろごろして日が暮れる辺りになってから僕達は再び街へと繰り出すことにした。

 目的の場所は宿の責任者に聞いた、冒険者や傭兵が多く集まる酒場食堂。味や品揃えの違いを確かめてみたいのもあったが、彼らの会話から色々な情報を仕入れてみたい気持ちもあった。

 やること自体はザルード領のセイラード地区はセーナード町でやったことと同じだ。普通に食事をしながら強化した聴覚で情報を仕入れていく。まぁこれといって特定の情報が欲しい訳ではないので、誰彼だれかれの会話を耳にしながら食事、と言う感じだ。


 そしてたどり着いた場所は普通の酒場食堂だが、やはり城塞都市ガーランドにある食堂とは比べ物にならない大きさと広さだった。ただ食堂内に漂う空気や客層は同じなので、そこまで違和感を覚えることはなかった。

 幾つかのテーブルを合わせてから椅子に座り、聴力を強化した状態で注文をしていく。


「まぁしかし、流石王都だな。色々と思い知らされた」

「ちょっとびっくり」

「言い方は変ですけど、大国の王都って感じはしましたよね」

「たまに来るのは良いけど、住むのはきついのん」


 それはあるかも知れない。

 よく考えたら、僕って王宮か王太子屋敷か元伯爵邸の連盟拠点と言う静かな場所ばかりで生活していたんだな。


「私は美味しい菓子店があったりするのは高評価でした」

「綺麗な服もあったのです」

「欲しいものが見つかるっていうのは良いですねぇ」

「隠れんぼするには最高な条件ですよね」


 パムレルの発言は微妙にずれているように聞こえるが、実際彼女が言うと冗談にならない。ほら他の六人も頷いてるじゃないか。


 そんな感じで大量の料理が持ってこられ、酒を含めて舌鼓を打つ。やっぱり王都の店だけあってか味が良く、酒の種類も豊富だった。きっとグリーグ達を連れて来れば大喜びだろう。

 そういえばネイルとキースは元々王都で冒険者をしていて一緒に城塞都市ガーランドに来たって聞いたことがあったな。本人達が嫌がらなければ今度その辺りについても聞いてみたいものだ。


 八人で取り留めの会話をしながら食事を続けていく。周りの喧騒から伝わってくる会話はどれも中々面白いものが多い。ただやはり場所が場所だからか、雑談交じりの中にちょっとした情報が混じっているという感じだった。

 どの依頼でどんなことがあり、どこに何があるから気をつけろ、みたいな感じだ。


 これはこれで十分楽しめるな、と思っていると一瞬だけ会話が止まった空間があった。見れば入口の方で、そこには一人の男が立っていた。その男の周辺に座っている冒険者達が、男を見て会話を止めたのだ。


 何だ?


 男は店の奥の方へと進んで行き、知り合いらしき男達と同じテーブルに着いた。それから少しして、口を閉ざしていた男達はどこか嫌そうな顔をしたままに食事を再開した。見れば、食堂内の何組かが席を立ち会計を済ませて出て行った。


 恐らくあの男が原因なのだろうけれど、どうしてだろう。あの男からは別に強い魂の波動なんて感じないし、試しに【透魂の瞳マナ・レイシス】で個体情報ヴィジュアル・レコードを見ても、はっきり言って雑魚だった。まぁ実力第4等級はあるかな? くらいだけど、少なくとも恐れられるような冒険者ではない。


 更に気になったので【万視の瞳】で色々詳細表示させてみると、納得するものが表示された。あの男の所属連盟が『英雄譚ヒロイックサーガ』になっていたのだ。

 なるほど、王都でも有数の大手連盟の連盟員だ、多少思うところは出てくるのかも知れない。


 そう思いワインを口にした時、先程黙った集団の会話が耳に届いた。


「またバーグの奴絡んでるぞ」

「災難だな」

「俺達も絡まれる前にさっさと食って出ようぜ」

「だな」


 見れば、会話通り集団の男達は食べる速度を速め始めた。


 そこで疑問が浮かぶ。

 今の言い方だと、あのバーグと言う男は普段から色々な冒険者や傭兵に、良くない意味で絡んでいるのだろう。でなければあそこまで毛嫌いされない。

 ここがおかしい。連盟と言うものは、大きくなればなる程に大人しくなっていく。グリーグ達が僕の傘下に入る時に語った、所謂冒険者の歴史だ。

 冒険者同士の争いは法的には認められても、暗黙の了解としては御法度。何故なら大きな争いに発展する可能性があるから。

 そして大手連盟は基本的には畏怖の対象だが、横柄にすれば恨まれやすいと言う側面もある。


 つまり大手になればなる程に、冒険者同士の諍いを回避するようになるのだ。ましてや『英雄譚』は歴史ある大手連盟。そう言った部分の危険性は重々承知だろう。

 もう一つ加えれば、大手連盟の背後には必ず貴族が居る。大手と大手が揉めると言うことはその貴族へ面倒をかけることにも繋がりかねない。

 だからこそ、大手連盟の連盟員は揉め事を起こさないように心掛ける。

 荒くれ傭兵集団のグリーグの連盟員だって、酒場食堂で騒ぎこそすれ、喧嘩を売ったり面倒な絡み方はしない。


「んー?」


 良く分からないけれど、まぁ良いかと食事を続けることにした。王都の連盟には王都の連盟、冒険者同士の何かがあるのだろう。

 そう思い、たまにミミリラ達からの世話を受けながら食事を楽しみ続けた――のだが、唐突にバーグの方が騒がしくなってきた。

 視線を向ければ、愉快そうに笑うバーグの姿がある。強化した耳に届く声と合わせれば、どうやら酒に酔って武勇伝を語っているようだった。しかし、同席している男達の顔には辟易の文字が張り付いている。もう今すぐ立ち去りたいと言う気持ちが有り有りと見える。

 そんな状態のままに話は進んでいき、突然バーグがタンカードをテーブルに叩きつけて声を荒らげ始めた。


「だから俺が一緒に行ってやるって言ってんだろうが!」

「俺達は俺達でやるから気にしないでくれと言っているだろうに」

「俺達が潜る階層はそう下じゃない。今の集合体員パーティーメンバーで十分なんだよ」

「俺が参加すればもっと潜れるんだぞ? そうすれば金が入る」

「そりゃあ金は欲しいがな、俺達には俺達のやり方がある」

「そんなんだからお前達はいつまで経っても中位冒険者なんだよ。あーだっせぇ」

「だったら放っておいてくれ。そもそもお前だって連盟員なんだからそっちで活動するべきだろ」

「俺には俺のやり方があるんだよ」

「じゃあもう一度言おうか。俺達には俺達のやり方があるんだよ」

「ああ? 言うじゃねぇか」

 

 どうやら元々座っていた男達は集合体で、バーグがその集合体に一時参加してやるから魔窟ダンジョンの下層に潜ろうと強引に誘っている様子だ。

 集合体としては別にそんなことを望んでいないのに、バーグの方が勝手に誘って断られて勝手に文句を言っていると、こういう感じだ。


 どうみてもバーグより集合体員の方が強そうなんだが、よくあそこまで偉そうな態度が取れるものだと感心する。間違いなく『英雄譚』と言う名前を笠に着ての言動だろうが、それにしてもだ。

 なるほど、先程さっさと飯を食おうと言っていた奴らも、早々に店から去って行った奴らもこれが嫌で避けた訳だ。


 まぁ、あんな奴が食堂に居るだけでも飯が不味くなるのに、絡まれたらやってられないだろう。多分普段からあんな感じで周囲の冒険者達には接しているんだろうな。

 よくも『英雄譚』の連盟長や連盟副長はあれを許しているものだ。正直僕の中で『英雄譚』の評価は地に落ちた。


 王都の大手連盟もこの程度か。

 何だか飯が不味くなったな。


 丁度今テーブルに並んでいる料理で注文は終わりだ。さっさと食べて宿でミミリラ達と戯れよう。

 僕がそう思うと、考えを読み取った三人と、感情を読み取ったであろう四人も食事の速度を速めてくれた。


 しかし、それは少しばかり判断が遅かったようだ。

 もう少しで食事が終わるという辺りになって、唐突にバーグがこちらに近づいて来た。【万視の瞳】で確認していたのでその動きは常に把握していた。

 向かって来るバーグに視線を向けると、先程の不機嫌そうな顔はどこへやら。それはもう楽しそうな笑みを浮かべているではないか。


「何だ?」


 僕達の側に立ち止まったバーグを見るも、バーグはミミリラ達を一度見回して再び頬を上げた。それから僕を見る。何が目的か非常に分かりやすい。

 まぁむさ苦しい食堂に美女、美少女が七人固まっていれば目も付くだろうな。実際食堂に入ってから男達の視線はずっとミミリラ達に飛んできていた。ここまであからさまに舌舐りするような視線で見てくる馬鹿は居なかったけど。


「兄さん、見ない顔だが余所者かい?」

「そうだな。王都には今日着いた」

「そうかそうか。俺は『英雄譚』の連盟員バーグってんだ。余所者でも知ってんだろ? 大同盟『月夜の杯』の中心連盟『英雄譚』だ。宮廷貴族のイーマル伯爵お抱えの大手連盟よ」

「ああ、知ってるな」


 連盟の名前を口にした。同盟の名前を口にした。お抱え貴族の名前を口にした。

 こいつはその意味を分かっているのだろうか? 目的が判然としているからこそ、余計にそう思う。


「俺はその連盟員って訳だ。王都は庭みたいなもんよ。よけりゃ案内してやろうか?」

「いや、のんびりやるから良いよ」

「ああん? 俺の親切心をお前蹴ろうってのか? 糞田舎者の癖によ」

「そうだな。で?」


 どうしよう。ミミリラ達に汚らしい視線を向けたことに対する不愉快はあるんだけど、ここまでの阿呆あほうに対面するのは初めてなので、正直反応に困ってしまう。

 何かの演技で僕を油断させようとしているのかと真面目に疑ってしまうくらいには酷い。冗談抜きで全ての支援魔術バフを僕とミミリラ達全員にかけた。個体情報は見たけれど、もしかしたらとんでもない魔道具を持っているのかも知れない。

 一応大手連盟の連盟員だし、無いとは言い切れない。


 反応の薄い僕を見たバーグはわざとらしい舌打ちを一つすると、今度は鼻で笑った。


「まぁ俺は優しいから許してやんよ。その代わりそこの女を一人――」


 瞬間、バーグの身体を【闇の部屋ダーク・ルーム】で覆い、【風圧殺ブリーズ・クラッシュ】でその四肢を握りつぶした。

 椅子から立ち上がり、崩れ落ち苦悶の声を上げるバーグの髪を鷲掴みにする。


「金を払っておけ」


 それだけをミミリラ達に言って、僕はバーグを引きずりながら食堂を出た。

 漏れることのない悲鳴と罵声を上げ続けるバーグを路地まで持ってくると、壁に投げつけた。

【闇の部屋】を解除し、【母の手ラ・メール】で回復してやる。少しの間自分の状態に戸惑っていた様子のバーグだったが、痛みが取れていることに気付き憤怒の表情を浮かべた。


「てめ――」


 食ってかかろうとしたその顔面を足裏で蹴飛ばし、そのまま壁に押し付ける。二度三度踏み躙ってから離し、また【母の手】で回復してやる。

 そしてまた同様のことを繰り返して来たので、こちらも同様のことをしてやる。

 今度は大人しくなってくれたので、問いかける。


「お前、さっき連盟の名前とか口にしてたけど、それは連盟の言葉と受け取っていいのか?」


 僕が何故、無礼極まりない言葉を発したこのごみ屑をまだ生かしているのか。それは別に『英雄譚』との争いを恐れた訳ではない。純粋に気になったのだ。この阿呆は、正しく『英雄譚』の連盟員なのだろうかと。


 バーグの行動はあまりに愚かしい。冒険者溢れる王都で最大手と言っても良い程の連盟、そのメンバーがこんな馬鹿な言動をする訳がない。だからこそ知りたい気持ちがあった。

『英雄譚』は本当にこんな屑を認めるような愚かな連盟なのか。そうでないのか。もし前者なら、明日には王都同盟の勢力が変わるだろう。こんな屑を許す大手連盟なぞ、この聖地アーレイに相応しくない。


 僕の質問に、バーグはまだどこか優位を保った笑みを浮かべた。


「ああそうだ。俺に手を出したら連盟も、同盟も、お貴族様だって黙っちゃいねぇぞ!」

「ああ、良く分かった」


 こいつは違うな。

 確認の意味を込めての質問だったけれど、今の答えで確信出来た。こいつはただ連盟に寄生しているだけの虫けらだ。本当に連盟のことを思う連盟員ならば、迷惑をかけないように口を噤む。なのにこいつは自分から周囲に喧嘩を振りまきながらも連盟の名前を口にした。

 これは完全に寄生だ。連盟の美味しい汁を吸うだけの本当の塵芥だ。


 まぁそれはそれとして、だ。

 僕は酒場食堂だなんて人目があるところで、連盟や同盟、お抱え貴族の名前を名乗った連盟員と揉めた上に手を出してしまった訳だ。しかもここに来るまでの間にかなりの人目に付いている。


 つまり、僕は『英雄譚』を始めとした巨大勢力と敵対してしまった訳だ。


 どれだけ屑であろうとこの男は『英雄譚』の連盟員。そしてその連盟に被害を与えた以上、同盟連盟パートナーズギルドが出てくるとはグリーグの言葉だ。

 僕はサガラを守るカー=マインであり、冒険者連盟アドベルギルドミミリラの猫耳キューティー・キャットイヤー』を率いる連盟長ギルドマスタージャスパーだ。ならば敵対する存在を認める訳にはいかないだろう。


 再びバーグの身体を【闇の部屋】で覆い、【風圧殺】でその四肢を握り潰す。【万視の瞳】で『英雄譚』の連盟拠点を表示させる。


 バーグは言った。自分に手を出せば連盟、同盟、貴族が黙っていないと。なるほどそうだろう。それはグリーグ達も言っていた。ならば僕がすべきことはただ一つだろう。


 ――黙らせに行くか。


 そう思い、僕は『英雄譚』へと足を向けた。

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